第14節 来たくない子は来るな
「じゃあ、例えば、万汰議員は?」
イブの質問に歩夢がゆっくり答える。
「彼は一匹狼で無所属。バックには何もないですね。彼にあるのは将来性だけですよ。去年当選したばかりだから何の実績もない」
そう言って、苦笑いしている鯛双を横目で見ながら、またジョッキをあおる。
イブも、負けずにトコブシをかじりながら食い下がる。
「でも、そうした各種各界からの代表者やいろいろな見識を持った人が集まることで、結果的に議会全体に地域住民の声が集まって来るというのが、地方自治法の考え方なんじゃないの?」
イカのぽっぽ焼きの輪の向こうから歩夢の目が睨む。
「本当に、そう思いますか? 拾えていない声は、ありませんか?
一部の強すぎる声が、忖度されていると思いませんか?」
そう言われれば、確かに歩夢が言うように、一部の声をたくさん集めたからといって全部の声と等しくなるとは限らない。重複や漏れが出てくるのは論理的に理解できる。
歩夢が畳みかけた。
「日本の議会の議員って、アメリカの議会の議員のように議案、条例案を提案しないじゃないですか。
権利としては、あるんですよ。でも、実際に議会に議案を提出するのは、基本的に執行機関である首長ですよ。
議員は、議会でそれに意見を言ったり、質問したり、最後は賛成か反対か、手を挙げるだけじゃないですか。自分からは動こうともしない。
高額な議会予算を使って海外視察に行っても、帰ってきてからその報告書を作るのは視察に随行した議会事務局の職員ですよ」
「ほんとですかぁ?」
憤慨したイブの声が荒い。
「本当です。自分から勉強もしないし、勉強していなくても、何も知らなくても議員にはなれる。
昨日まで政治活動を全くやってなかった人でも、議員だった親が亡くなって地盤を引き継ぐと、選挙の結果、票さえ集まれば議員になれちゃう」
鯛双は2人のやりとりに耳を傾けながら、ひたすら料理に箸を伸ばしている。昼間、社会体育のイベントが中学校であり、よく働いたのだ。
「もし、そうだとすると、議会が住民の声を正確に反映できていない恐れがある、ということになりますよね?」
鯛双の食べっぷりを見ながら、イブも負けずに金目鯛の煮付けに箸を伸ばす。
「ザッツ・ライト。ということで、連町会長の出番なんですよ」
「はあっ?」
イブの箸が止まる。
「例えば、深井町の町内会加入率は95パーセント。つまり、町内会、それをまとめた連合町内会こそが、地域住民の声の集約の場になっているということです。
町民の95パーセントの声を拾った組長さんたちが組長会議で町内会役員に意見を述べ、それらの意見が連合町内会の会議で出されれば、見事に町民の総意が把握できるわけですね。
こっちの方が真の代議制民主主義なんじゃないんですか? 大きな声ばかりでなく、小さな声もきちんと拾える」
トコブシを咥えたまま腕組みするイブ。
「かたや、地方議会議員選挙の投票率は、50パーセントに満たないことすらある。投票率が一番高い町議選だって全国平均で6割を切っているし、市議選なんか10年前にとっくに5割を切ってる。
住民の過半数から信任されていない地方議員って、いったい何なんでしょうねぇ?」
法学部出身の歩夢が語る議員の正統性の話は、衝撃的だ。
「地方自治法に規定されている代議制民主主義の否定じゃありませんか?」
イブも少し酔いが回ってきて、声がだんだん大きくなってきた。
横座りした膝が開く。
歩夢が、自分の顔の前で箸を左右に振った。
「ブ、ブー。もともと、自治法の中にも代議制民主制でない直接民主制は規定されてますよ。
第94条には、条例に基づいて町村総会を設置することができるとある。
実際に、1955年まで議会を持たず、住民総会を開いていた村がありますよ。八丈小島の宇津木村です。
最近は地方議員のなり手不足もあって、議会を廃止して住民総会に切り替えようかという動きすらあります」
歩夢が言っていることは、確かに間違いないようだけれど、しかし、なんか言いくるめられているようで、すっきりしない。
「あれっ、でも、連町の牛目会長は、お名前からして外の人ですよね?」
今度は、いつのまにか冷酒が入ったガラスの徳利を右手に握った鯛双が、トロンとした目でイブを見て言う。
「ブッ、ブッ、ブー! 牛目会長の奥さんの愛子さんが、ここの人。
なんと、蝶々のお姉さん」
「おおおっ」
箸を持ったまま、イブがのけぞる。
「そうだったんだ、、、」
体を戻した拍子に、迷わず鯛双の目の前のトコブシを掴む。
「もともと深井町の住民だった女性が外で夫を掴まえて戻ってくるというパターンは、実は意外に多い」
空のお猪口を左手に持ったまま説明を続ける鯛双。
イブが口をもぐもぐさせながら冷酒を注ぐ。
「だから、3家の姓でないからといって、3家の悪口なんか言ったら大変ですよ。翌日には、しゃべったことが全部町中に伝わってしまう。
おばさん、冷酒おかわり!」
3人の暑気払いは、その後も延々と続いた。
牛目誠は、身長1メートル78。
60を過ぎた年齢でこの身長だから、若い頃は相当目立ったはずで、どんなスポーツをやっても活躍したに違いない。
牛目は、横浜の大手プラント輸出会社「横浜揮発油」を辞めたタイミングで原愛子と再婚し、愛子の実家がある深井に移住してきた。
そして、南急電鉄「三崎マグロ駅」からのバスの終点「荒崎」の近くで、趣味の釣りを楽しみながら、漁師や農家の親爺を相手にした小さなスナックを始めたのだ。カウンターに7人、4人掛けのテーブルが2つ。
そんな辺鄙な場所のスナックに、牛目を慕う当時の部下たちが電車とバスを乗り継いで時々来ているのを、近所の者は知っていた。
一度まかせたら、口は出さない。しかし、結果には責任をもつ。
そうした仕事のスタイルを貫いた人で、部下によく慕われた。
連町の会議でもそうだけれど、牛目が自分から発言することは、まず、ない。
かと言って、話を聞いていないわけではなく、中身を理解していないわけでもない。決められたことは粛々とこなす。
ごくまれに言葉少なに発言して周りがドキッとするけれど、そうした時は常に核心を突く指摘であり皆が首肯する内容なのだ。
「何年住んでも、屋号を持たない者は地の者とはみなされない」
そうした不満を、時に愛子に漏らすこともあった。
どんなに地域貢献しても、「外の人」「風の人」と言われる。
確かに、墓は深井にはない。いずれ骨になれば故郷に帰る身ではある。
妻の愛子は愛情深い人で、町長が小さい頃から親に代わって面倒をみてきたことから、今でも町長は愛子に頭が上がらなかった。
愛子と誠の間に子供がいないこともあって、深井に戻ってからの愛子は色々と頼まれることが多く、民生委員児童委員や婦人会の役員もしている。
牛目は、妻から聞かされる地域の貧困家庭の状況に胸を痛め、同じ東都理科大の後輩と2人で無料の学習塾「無量塾」を立ち上げ、平日の午後に荒崎の燗妙寺の1室を借りて、算数・数学と英語の2科目だけの学習補助を行っていた。
無料の塾だけあって「来たい子は来い、来たくない子は来るな」の厳しい指導が功を奏し、成績だけでなく生活指導面でも貢献しているとの評価が、学校の内外で高かった。
午後5時、地域の防災無線から流れるキンコンカンと共に無量塾を閉めれば、スナック「夜空の星」のマスターに変身し、ただの飲み屋の親爺になるのだ。




