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変身ヒーローカップルの、人に言えない悩み――変身すると男女が入れ替わる  作者: 青い水


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愛の金策戦士たち

恋する若者の前に立ちはだかる強敵、それは恋の資金という現実問題。


 郁は、夏休み期間にバイトと訓練以外することはないので、平穏に暮らしていた。もはやヒーローの相棒として機能しなくなったバイクに乗って、たまに奥多摩へ出かけるのと趣味の読書が息抜きとなっていた。そんな郁のバイト先に、夏の陽光にあぶり出されたような姿で温が訪れた。世界史の参考書を買いに来たと言っていたが、その瞳は参考書に注がれることはほとんどなく、もっぱら郁の顔を食い入るように見つめていた。まるで不足していた養分を全力で吸収するように。別れ際、笑顔の温の唇がわずかに艶めかしく膨らんだのを郁は見逃さなかった。


「デート、どうしようかなあ?バイトのシフトが増えたので資金は潤沢だし、夏らしいイベントをしたいな。夏といえば火照った身体に冷えた水、海水浴かプールだな。多摩から海は遠いけれど、サマーランドという巨大プール施設がある。これまで行く機会がなかったけれど、ちょっと興味がある。おっと、そういう夏らしい遊びをしたことがないので、海パンやらラッシュガードやら、いろいろ買いに行かないと。」


 郁はバイクで立川を目指した。ここは少し奮発しても、良いものを揃えたい。多摩センターや聖蹟桜ヶ丘が日常の延長にある“ちょっと良いもの”を買う場所なら、立川は多摩地区最大の商業施設が集まっている一種の大都市だ。とはいえ、近いとはいえ、これまでの郁には敷居の高い場所だったので、あまり訪れたことがない。セントラル大学の学生は、サークルのコンパというと、場所はたいてい立川らしい。サークルに所属していない郁にとって、立川は上京したてのころに数回訪れただけの、少し緊張して背伸びしないと入り込めない場所なのである。


「まずはグラサンだな。夏といえばグラサン。ヘルメットを脱いだらすぐさまグラサンを装着。ヘルメットをかぶったまま着用するバイク用グラサンもあるみたいだけど、HMDとの折り合いが悪い。グラサンはヘルメットを脱いだら付ける、うん、これで安全だ。」


 郁はルミネ立川でいくつかの眼鏡屋を物色してサングラスを購入した。次は夏の定番アロハシャツだ。これはセンスが問われる。どんな模様にするか。そして最大の問題、オシャレ下層民にとって謎の選択肢、アロハの下に白Tを着るか否かをどうするか。本来は着ない、それはわかる。ハワイの人がすぐビーチで海に入るためには、その下に白Tなんか着るはずがない。西洋人でアロハの下に白Tってあまり見たことがない気がする。しかし、高温多湿の日本で、素肌にアロハを着続けると汗が外に染み出る。なんとなく不潔だし、気まずい。どうしたものか。デートということを考えると、やはり白T必須だ。アロハの柄は、ショップの人のアドバイスを受けながら決めよう。郁はルミネを物色したあと、もうワンランク上のショップを探しにグランデュオ立川に向かった。



「すみません、アロハシャツを探しているのですが?」


「どのような柄がご希望ですか?」


「清潔そうで爽やかに見える柄ですね。中に白Tを着る予定なので、その組み合わせで似合う感じの。」


「なるほど、シティリゾート用ですね。ならば...ペラペラ素材ではなくてマットな質感が良いですね。これなんかいかがでしょう?青を基調にしていて爽やかですし、ボタニカル模様も上品ですよ。」


「はい、ではこれをください。あと制汗用の白Tも。」


「ありがとうございます。ではあちらでお会計をお願いします。」


 郁は値段を見ないで買ってしまった。こんな薄くて軽いアロハシャツとTシャツのセットで15000円を超えてしまった。財布には元々5万円を軍資金として入れてきていたが、さっきサングラスに1万円を使ってしまったので、財布の中身は4万円、ここから15000円を支払うと、残りは25000円。軍資金の半分が蒸発した。支払うときの顔のこわばりがキャッシャーに気付かれたかも知れないと郁はあとになって恥じた。


「残り25000円で海パンとラッシュガードとビーサンか。ギリ足りそうだが、支払うときの不安が大きすぎる。」


郁はATMで1万円を下ろし、スポーツショップへ向かった。


「すみません、海パンとラッシュガードを探しているのですが。」


「海パンはどのようなものをお考えですか?」


「どのようなと言われても、海パンは海やプールに入るときに着ける男性用水着ですから、それほど違いがないかと。」


「いえいえ、用途によって、そしてお客様の趣味によってずいぶん違ってくるんですよ。」


「え、そうなの?」


「競泳選手が履くような布面積最小のものから、膝下まであるようなものまで長さもいろいろ。肉体を誇示したいお客様用から、むしろ控えめに隠したいお客様用まで、水着で何を表現したいのかによってさまざまなのです。」


「あ、えーと.....シ、シティリゾート的な....」


「お客様は海パンをはいて街歩きもなさるのですね?」


「い、いえ、違くて、その、あまり目立たなくて爽やかで上品なやつ...」


「ならば、このチャコールグレーの膝上丈はいかがでしょう?」


「あ、それにします。あと、ラッシュガードも。」


「ラッシュガードもいろいろあるんですよ。サーファーが着る身体に密着するやつとか、パーカーのように羽織るものとか。」


「密着はちょっとイヤです。羽織るタイプを。」


「ではさきほどの海パンと合わせますと、白が清潔で爽やかイメージですね。」


「おお、それは最高です。それにします。」


「他に何か?」


「サンダルは?」


「こちらも様々ですね。ブランド品のスポーツサンダルもありますし、魚サンもあります。」


 郁はだんだん不安になってきたが、足下だけ猟師になるわけにはいかない。スポーツサンダルのコーナーをチェックしたが、上は1万円超えから下は5000円程度。何とかなるだろう。


「ではこれをください。」


「はい、ではお会計はあちらでまとめてお願いします。」


 できるだけ平静な顔を装いつつ、郁はレジに表示される金額を見た。約2万円だった。これで残りは15000円。勝った、勝ち残った。郁は落ち着いて品物を受け取り駐輪場へ戻った。しかし、これだけの大量の紙袋、バイクに積む場所がない。そうだ、車と違ってバイクにはトランクがない。郁はしばし悩んで、バイカーショップへ行った。買った商品を無理矢理詰め込むリュックを買おうと思ったのだった。しかしバイカーリュックはそこそこ高い。財布に残った15000円でようやくギリ入手できた。オケラだ。無一文だ。郁は再びATMへ行ってなけなしの5000円を引き出し、帰路についたのだった。


 部屋に戻った郁は戦利品の山と空っぽの財布を見てため息をついた。イキって立川に行ったのが間違いだったのかもしれない。バイトのシフト増ごときで資金が潤沢などと思い違いをしてしまった。恐るべし、立川。資本主義の魔境。立川でこれなら、銀座に行った人間はどうなるのだろう?枯れ果ててて砂漠の風に舞う屍になるのか?郁は天を仰いだ。天は人の上に人を作らず、しかし、カネは人の上に人を無限のグラデーションで積み上げる。いや、そんな経済哲学的な夢想に浸っている場合ではない。


「ダメだ、緊急事態だ。急いで金策をしないと、デートの前に餓死してしまう。」


 郁はパソコンを開いてバイト情報を探し始めた。スマホで探すと目が疲れて気分が極限まで沈み込むと思ったからだ。


「多摩周辺....夜間....高い時給.....できれば日払い....」

 郁は、「タレント送迎ドライバー」という求人を見つけた。普通免許を持たない郁には無縁の求人だったが、郁はそれがデリヘルのドライバーであることを知らなかった。


「これだ!事務所移転の引っ越しバイト。深夜手当込みで日給18000円、しかも日払い。訓練で筋力もずいぶん付いたことだし、これで行こう!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「お待たせしました。マルゲリータです。」


 温は満面の笑顔で注文の皿をテーブルに置いた。時刻は20時。退勤までまだ2時間ある。立ち仕事の4時間は思ったよりきつい。これまで気付かなかった飲食店のホールスタッフへのリスペクトが温の心に根付いた。



「Buona Sera! お席へどうぞ!」


「やあ、また来たよ。注文が決まったらタブレットだね。君に配膳されると幸福な気分になってしまうから、ついつい通っちゃうんだよ。」


「いつもありがとうございます!そう言っていただけるとやる気ゲージが上昇します。」


 そんな温の接客を奥で眺めながら、店長は目を細くして喜んでいた。看板娘、良い言葉だ。




早くお金を作らないと7月が終わってしまいます。頑張れ、温!負けるな、郁!

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