プロローグ1 中野郁
新しい物語が始まってしまいました。翡翠さんタイムトラベルがまだ終わってないのに、移り気ですみません。現代のリアルな地名とリアルな環境を明示して学園ラブコメみたいなのを書いてみたくなりました。甘酸っぱいギャグがいっぱい出てきそう。
俺の名前は中野郁、東京のセントラル大学の1年生だ。東京と言っても華やかな23区ではなくて多摩、緑豊かな田園都市。大学の近所には動物園がある。耳をすませば動物の鳴き声が聞こえる。同級生には志願校に落ちて不本意にここに来たと言うやつもいるが、俺はけっこう気に入っている。広くてのびのびしてるし、周りには何もないので大学の外に出て遊ぼうなんて誘惑はない。学部は、本当は文学部に行きたかったが、親の意向で就職のことを考えて経済学部にした。
通学は電車とモノレール。アパートから大学までは20分ぐらいでとても近い。これも多摩に住んで多摩の大学に通うメリットだ。入学してから、都心に出たとき以外は、満員電車に押し込められた経験がない。立っていても車内読書ができる余裕、これは最高だね。俺は文学部に行きたかったほど読書が好きだ。なのでバイトは書店一択。時給が少し安くても働く環境に身体が適応しているのが一番だ。居酒屋とか絶対無理。
唐突だが、実は俺には秘密がある。あれは入学して一か月が過ぎた連休のことだった。俺はバイトのシフトを多めに入れて、あとは文庫本を持って散歩する日々を過ごしていた。金を稼いで金は使わない。最高すぎる。そんなある日、神社の境内のベンチで本を読んでいた俺は、そろそろ日が傾いてきたので帰ろうとしていた。するとサングラスにマスクに帽子といういかにも怪しい女が近づいてきて俺に声をかけた。
「ねえ、あなた、大学生かしら?」
「はい、そうですが。」
「ちょっと立ってこちらを向いて。」
「はい。」
俺は何て素直なんだ。女はバッグから小型の機器を出して俺に向けた。おい、それって危険なやつでは?
「合格ね。健康そのものだわ。おめでとう。」
「いや、健康ではありますが、何ですか?あなたはどなた?」
「私は世界邪悪根絶委員会―World Evil Eradication Committee、略してWEEC―のリクルーターです。中野郁さん、あなたは合格です。おめでとう。」
「え?なんで俺の名前を。」
「リクルーターですからね、候補者の情報は調べてあります。」
「俺は何に合格したんです?」
「正義のヒーロー。」
「ええええっ!ちょっと待ってくださいよ!」
「いえ、こちらが身分を明かした以上、拒否はできません。邪悪を根絶する力を授けますから一緒に来てください。」
「無理、無理ですってば!」
俺はダッシュで逃げようとしたが、周囲から現れた黒服の男たちに取り押さえられ車に押し込まれた。
「機密保持のため、しばらく眠ってもらいます。」
女はガスを俺に噴射し、俺は昏倒した。眠っていたのでどれだけ時間が経ったのかわからないが、気が付くと実験室のような場所で俺は横たわっていた。透明なドームになっている機器の中だ。周りには研究員が何名かと、サングラスとマスクを外しているが、さっきの女がいた。女は微笑みながらウィンクしやがった。くそ、訴えてやる。大学の学生相談室に駆け込めば法務部が動いてくれるだろう。うちの大学は司法試験合格者が多いからな、ただではすまないぞ。
「では笑気ガスを噴射後にオペレーションを開始します。」
「マニュアル通りにやれば何の問題もないわ。」
「はっ。」
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俺は気が付いた。透明ドーム―アイソレーターというらしい―が開放され、俺は起き上がることができた。
「おめでとう、郁くん。成功よ。あなたはヒーローの力を手に入れたわ。これから世界のために、邪悪を根絶するために頑張ってもらうわよ。はい、これが変身アイテム。」
女はにこやかに何やら怪しげな道具を俺に渡した。
「何ですか、これは?」
「危険が迫ったときにこれを掲げて“変身”と言えばヒーローに変身できるわ。怪人や魔物がそばにいないときは発動しないので誤差号はありません。安心して携帯してね。」
「俺、同意していないんですけど。」
「WEECの規定では候補者の同意は不必要ということになっています。警察に駆け込んでも無駄よ。WEECは各国の法律の上位に位置する審級ですから。そもそも改造されたという証拠を示せないのでせせら笑われるのがオチね。君もいい年なんだから子供番組の夢に浸かっていないでしっかり勉強しなさいってね。」
「怪人や魔物に出会わなければ何の問題っもなく平穏な日々を過ごせるのですね?」
「そうよ。たぶん遭遇すると思うけど。なお、ヒーローに謝礼は出ません。出せる資金はあるんだけど、かっこがつかないでしょ。金をもらうヒーローなんて聞いたことがないもの。」
「わかりました。せいぜい気を付けて暮らします。どうせ俺の家も知ってるんでしょ?家まで送ってください。目隠しされてもかまいませんから。」
「わかったわ。彼を家まで連れて行きなさい。」
初っぱなから改造されちゃいましたね。プロローグですから、自己紹介だったのですが、改造人間であるということが主人公のアイデンティティなのでこうなるしかありませんでした。次回は彼女のプロローグになります。




