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ジャムで目覚めの一杯 ― 秋山亮一教授推理探偵物語 ー  作者: マーたん


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香り立つ推理 ― コーヒーショップにて ―

コーヒーショップ

香り立つ推理 ― コーヒーショップにて ―


午後の陽が傾き始め、ガラス越しの街並みにオレンジ色の光が差し込む

古びたコーヒーショップ「ヴェルデン」は、木の扉の軋む音と豆を挽く香ばしい匂いで満ちていた


秋山教授は窓際の席に腰を下ろし、手帳を開く

彼の前には助手の渚、そして坂場刑事が座っていた


「教授、どうしてここなんです?」

坂場刑事が眉をひそめながら言う

「こんな時にカフェなんて」


秋山は微笑みながら、湯気の立つカップを手に取った

「香りは記憶を呼び覚ます。心の奥に沈んだ真実を浮かび上がらせるには、静かな場所がいい」


渚が小声でつぶやく

「例の事件、被害者がこの店に来てたって話ですよね」


秋山は軽く頷いた

「そうだ。彼女は“毎週同じ時間、同じ席で、同じコーヒー”を頼んでいた」

「つまり、何かを待っていた」坂場が言う

「それとも――見せたかったのかもしれない」


秋山は席の隅に置かれた花瓶を見つめた

「この花、ジャスミンだ。香りには鎮静効果があるが、逆に使えば記憶を刺激することもある」


渚が驚いた顔をする

「つまり、香りを使って――心理的に誘導された?」


秋山はカップを置き、静かに言葉を続けた

「そう。人は香りに支配されやすい。香りの順序、温度、そして環境が心の状態を変化させる」

「犯人はそれを知っていた」


坂場刑事が手帳をめくり、低く言う

「被害者が最後に残した言葉、“苦いのに甘い”……まさかそれが」


秋山の目が細くなる

「心理的錯覚だ。人は恐怖や緊張の中で、快の刺激を強く感じる。

 つまり、被害者は“甘い香り”を感じながら死を迎えた」


渚が息をのむ

「じゃあ、このコーヒーに仕掛けが?」


秋山は席を立ち、カウンターの裏へ歩いていく

店主の老人が目を丸くしていた

教授は豆の瓶を指差す

「このブレンド……通常のモカに少量のカカオ・アブソリュートが混ざっている」

坂場が声を上げる

「毒か!」

「いや、違う」教授は首を振る

「香りの“記憶を連鎖させる作用”だ。過去の感情を蘇らせ、特定の行動を引き出す。

 つまり――被害者は、“ある香り”を嗅ぐことで、犯人の指示を思い出すよう仕向けられていた」


渚がぽつりと言う

「香りを使った心理トリック……」


秋山は頷き、静かに言葉を落とす

「人の心は論理だけでは解けない。香りや感情、記憶の奥に潜むものを読み解かなければ」


店の時計が午後五時を告げた

カップの底に沈んだ残り香が、まるで過去の影を写すように揺らめいている


坂場がぼそりとつぶやく

「教授……あんた、もしかしてもう犯人の見当がついてるのか?」


秋山はコートを羽織り、カップに視線を落としたまま答える

「香りは真実を隠さない。

 ただ、嗅ぐ者の心が濁っていると――それが“何の香り”か、わからなくなるだけだ」


渚が微笑む

「じゃあ、教授。次はどこに向かうんです?」


秋山は静かに笑った

「決まっている。香りの源を辿るだけだ。――ジャムはお好き、坂場くん?」


「……コーヒーで十分ですよ、教授」


三人の笑い声が、カフェの小さな鐘の音に溶けていった

外の街は夕闇に沈み、焙煎豆の香りがまだ漂っている

その香りの奥に、秋山教授は微かな“真実の残り香”を嗅ぎ取っていた


残り香の記憶


秋山教授は、研究室の奥に並ぶ試験管を一本ずつ見つめていた

窓の外はすでに夜、静寂の中でコーヒーの香りがわずかに漂っている


助手の渚が机にノートを広げ、顔を上げた

「教授、例の香り成分、抽出できました」


「そうか。では、これを嗅ぎ分けてみよう」


教授は実験台に置かれた三本の瓶を手に取る

ひとつは純粋なアラビカ豆の香り

もうひとつは、カカオ・アブソリュートを混ぜたもの

最後の一本は――被害者が最後に口にしたブレンドを再現したものだった


「この香りを嗅いだ瞬間、脳の扁桃体がどう反応するかを測定する」

秋山は冷静に言いながら、指先でスイッチを入れる

心拍数、脳波、体温――

その全てが香りに呼応するように微かに変化した


「やはりな」教授は静かに呟いた

「香りは、単なる嗅覚の刺激ではない。記憶の鍵だ」


渚が不安げに問う

「でも教授、どうして犯人はそんな方法を知っていたんでしょうか」


教授は机の引き出しから一枚の古びた論文を取り出す

表紙にはこう書かれていた

“嗅覚刺激による潜在記憶の再生と暗示反応”


「この研究を行っていた人物を覚えているかね、渚くん」

「……まさか、羽形諒子博士?」


秋山は小さく頷いた

「そう。私の旧友であり、かつてのライバルだ」


渚の表情が凍る

「教授……まさか犯人は――」


秋山はゆっくりと答えた

「彼女が直接の犯人とは限らない。しかし、この理論を知る者は限られている。

 つまり、彼女の研究室の関係者か、弟子の誰かだ」


教授はデータを指でなぞりながら、考えを組み立てていく

「このブレンド香は、人の“後悔”を強調するように設計されている。

 被害者は、最後の瞬間に“甘さ”を感じながら、自らの過去を悔いた。

 その心理を利用して行動を誘導された可能性が高い」


渚はメモをとりながら言う

「じゃあ、次にすべきことは……」

「ブレンドの製造元を突き止めることだ」教授は言った

「この成分配合は一般的な焙煎では不可能。誰かが意図的に、研究所レベルで作ったものだ」


坂場刑事がドアを開けて入ってくる

「教授、例のコーヒー豆の取引記録が出ました」


秋山は顔を上げる

「どこからだ?」

「都内じゃない。長野の山間部にある“香料研究所”です。五年前に閉鎖されたはずの」


教授は眼鏡を押し上げ、微笑んだ

「やはり、香りの源はそこか」


坂場が腕を組む

「教授、本気で行く気ですか? あそこは立入禁止ですよ」


教授は立ち上がり、白衣を脱いでコートに袖を通した

「推理は、机の上だけでは完結しない。

 真実の香りは、現場でしか嗅ぎ分けられないのだよ」


渚が後を追いながら言う

「教授、今度こそ危険です!」


教授は振り向かず、微笑だけを残した

「渚くん――ジャムはお好き?」

「え? い、いきなり何を」

「少し甘いものでも口にしておきたまえ。これから行くのは、苦い真実の場所だからね」


坂場刑事が呆れ顔で言う

「教授、毎回それ言いますね」


秋山は振り返り、いつもの静かな笑みを浮かべた

「名言とは、繰り返してこそ香り立つものだ」

香り推理

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