水槽の中の脳
幕間
玉座に座りながら、俺は謁見者を見下ろした。
小太りの男だ。
隣国の貴族だそう。
この国の王は先ほど謁見を終わらせた。
あとは消化試合だ。
「の、ノイアルル天王陛下……。こ、この度は新生国家の樹立を……」
「よい。そんな口上は聞き飽きた」
「は、はい……」
ちょっと遊ぶか。
「お前は、水槽の中の脳。と言うものを知っているか?」
「し、し、し……」
知ったかぶるか、悩んでいるな?
あまり爵位の高くない貴族だからな。
ここで俺の気分を害すれば国家反逆罪で一家もろとも処されても仕方がない。
「知りません……」
「ほう、嘘を吐かなかったか……」
「ッ……!!」
「そこまで顔を青くしてどうした? なにか怖いものでも見たか? それとも体調が優れないか?」
「い、いえ……。すこぶる、元気でございます」
「私の好意を無為に帰すと?」
「そっ! い、いえ、決して、そういう心づもりでは……」
ああ、面白い。
これだから権力は好きなんだ。
「ふむ、まあいい。水槽の中の脳についての話だったな」
「は、はい」
「今見えている現実、その全てが夢である。分かりやすく言えばそのような考えだ。つまり、水槽の中に我々の脳みそだけが入っており、実際にこうして話すこともまた現実ではないという事だ」
「それは……」
「どう思う?」
はいかいいえで答えられない質問をするのは楽しい。
二択であっても悩むようなこの男がどれだけ時間を掛けるか見ものだな。
「……」
彼が考え始めてから数秒が経過した。
彼は恐らく早く何かを言わなければと思っているだろうが、正解がなにか分からないのだ。
時々ごまかすように出る小さな声だけが玉座の間に広がる。
それが余計彼を急かしている事に気が付いていないのだ。
「こ、怖い、と思います」
「そうか。私はそんな世界を作りたいのだよ」
「!!」
「まあ怖いという気持ちもよく分かる。だが、全人類の脳を水槽にて管理するシステムを、私は必ず構築する。その利点はね、戦争が起きないことなんだ」
「戦争が……」
「私は平和主義者だからね。人死になど、あってはならないと考えている。水槽の中の脳であれば、仮に死んだとしても何度だってやり直せる。つまり自意識の中では転生できる」
「転生……」
「素晴らしいと思わないかい?」
俺は玉座を降り、男に近付く。
彼は今にも逃げ出したそうな顔をしながら俺を見た。
「どうだね。私には可能だと思うかね?」
「も、もちろんです! 天王陛下であればすぐにでも!」
「なあ、私を舐めているのか?」
少しマシになった顔色が、また青くなる。
いや、さらに悪い。
今にも死にそうだ。
「い、いえっ……。舐めているなど……」
「今、私を過大評価しただろ」
「か、過大評価など」
「今、私が話している」
「っ……」
「過大評価って言うのは、相手を舐めてるからする行為なんだ。それ、理解できるか? あらかじめ過大評価をしておいて、後から思い返して大した事なかったな、と思うために人は過大評価を行う」
男は凍えたように震えだし、体は氷のように動かない。
ただ、首を何度も振っていた。
それが肯定の意であると【龍玉】で刷り込んだからだ。
「どうなんだ? 答えることを許可する」
「っ……」
「答えろよ」
「ち、違います! 後から思い返そうなど、していません!」
「そうそうか。よく分かった」
俺は三歩下がる。
「つまり、私をおだてていた訳だ」
「えっは、はい! そうです!」
「私はこの程度で気を良くする間抜けだと、お前はそう思った訳だ」
「へっ……?」
男は完全に固まる。
ストレスが限界を超えたのだろうか。
随分と老化したように思える。
そろそろ止めるか。
「冗談さ。冗談。ほんのジョークだよ。君がかなり緊張していたからね。和ませてあげようとしただけさ。私なりの好意だよ」
「は、はは……。あ、ありがとう、ございます」
「君、気に入ったよ。是非とも、私の水槽に招待したいよ」
「は、はは……。光、栄です……」
さて、お遊びは終わりだ。
新世界を作ろうか。
実はノイアルルってクズなんですよ。
クズだけど根はいい奴、なんていうことはないんです。
ガチクズです。
まごうことなくクズ。




