#09 養子 I
霧縫屋敷から帰ったエドゥアールは"紅炎一座"全員の招集をかけ、数日ほど経ってから仮拠点の広間で経緯を説明した。
「──というわけだ」
「なるほど、騎士身分みたいな感じなのかあ」
「意外といい話なんじゃない?」
「今までも何度か、それっぽい打診あったけど、腰を落ち着けるにはいい時機かも」
「罪の不問かぁ。派手にやらかした時は、みんなしてビビッってた時もあったからなあ」
「話を受ければ堂々とやれるってわけだね?」
「堂々とやっていいこっちゃねーだろ」
「税制優遇は素直にありがたいですね」
「お、オレは……今と変わらなければ、それで……」
一座の面々はそれぞれにおおむね好意的な反応を示す。
放浪生活に疲弊が積み重なってきたことは、もはや疑いようもなかった。
「ただし条件がある。アルムを養子に迎えたいとのことだ」
「はあ!?」
「アルムを……エドゥアールさん、その霧縫ってのは子供に困ってんですかい?」
「いや霧縫では男児が二人、女児三人に恵まれている。ただ北州の慣習であり、縁組をすることで関係をより強固にするということらしい」
先ほどまでとは打って変わって、雰囲気が一変する。
「アルムがいなくなるのはちょっとなぁ……」
「ってかさ? 既に子供がいる……ってことは、アルムは跡取りにはなれないわけ?」
「相続・継承権のない"育預"という形の養子だ。霧縫を名乗り、武士としての生活は送れるはするものの……それだけのようだ」
「直系の子がみ~んな謎の死を遂げれば、継承せざるを得ないんじゃない?」
「やめーや」
「養子か……さびしいな……」
「あと五年、いや十年くらい待ってもらおうよ」
「無茶言いやがる」
「──武家の子として教育も受けられる。もちろん一座でも色々と教えられるが、あくまで偏った専門分野ばかり。わたくしも貴族教育は多少なりと心得はあるが……なにぶん早くに戦場へ出てしまったものでな」
他の面々は元奴隷の身分しかいない。
王国では基礎教養ないまま集まった上で専門教育を進め、北州に渡ってからは皆がそれぞれ生活が第一だった。
「もちろん一座の中で学ぶことで、いずれ大成することはできるだろう」
「じゃあ今のままでもいいんじゃない? 邪魔してくるなら今までみたいに踏み潰せばいいし」
「おま……前線担当はエドゥアールさんらなのに、気軽に言うなよ」
「──抵抗する道もあろう。だが早くに世界を知ったほうが、アルムの将来の為になるかも知れない」
エドゥアールの冷静な一言に、紅炎一座の面々は静かに考えを巡らした。
「大陸ではなく、北州で生きていく上で北州の教育をきちんとした形で受けられるのは……非常に有意義なことだろう」
閉じた共同体ではなく、もっと広い視野を持てることも大切なことだと。
「でもでもー、もしも霧縫ってのがクソ野郎だったら? アルムが虐待される、とかさ」
「そん時こそ焼き討ちして終いだろ」
「物騒すぎる、でも確かにそれもそっか」
「紅炎一座を随分と買ってくれているようで、話をしていた限り含みは感じなかった。同じ町内に居を構えられるし、自由時間に会うのも構わないそうだ」
エドゥアールは自身の経験と、火傷痕が痛々しい肌を含めた鋭敏な感覚によって、かなりの深度で真偽を推し量ることができる。
霧縫は元々情報を収集する忍びの家系であった為か、物事を柔軟に考えているのが会話の端々から感じられた。
こちらへの敬意も感じられ、向こうとしては単純に大陸人らしい"新たな風"がほしいといったような印象だった。
「いつでも会えるのなら別に……」
「そうだねぇ、それが本当ならあたしらにとってもありがたいけど──」
皆の意向が定まってきたところで、全員の視線が1人の鬼人族に集まる。
誰もが彼女の想いと決断を尊重するつもりなのが、明白なほどに。
「ラディーアが納得できないのであれば、断ろう」
「……わたしは別に。いつまでも過保護ではいられない。わたしが放り出されたのも同じくらいの年だった」
ラディーアは柔らかくアルムの頬に手を当て、柔らかい声音で語りかける。
「アルム。あなたはどうしたい? もう自分で考えること。決めることくらいできるはず」
「んー、みんなとはなればなれになる?」
「ずっと一緒というわけにはいかないが、会うことはできる」
「それなら、いいよー」
アルムはあっけなく状況を飲み込み承諾する。本当にわかっているのかを疑ってしまうほどに。
「だってそれがみんなにとっても"いいこと"でしょ? どこにいってもおれはおれ!」
「決まり」
ラディーアは微笑みながら、アルムの頭を撫でた。
まだ子供ながらもはっきりと意思を示したことに、一座の皆は感動すら覚える。
「そうだな、どこにいようとも一座は家族。血よりも濃い絆だ」
◇
ほどなくしてアルムは霧縫家の養子となり、紅炎一座は寄騎衆となった。
「当主の霧縫ドウゲンだ。アルム、お前は今日より霧縫の子となる。理解できておるな?」
互いに正座し向かい合った状態で、アルムはコクリとうなずく。
「これよりは"霧縫アルム"を名乗れ。我が子らと同じように接するゆえ、霧縫の名に恥じぬ振る舞いをまずは覚えること」
「はい!」
「ひとまず返事は良い。最初は慣れぬことも多かろうが、ゆめゆめ──」
ドウゲンが話している途中で襖の向こうから声が近づき、ゆっくりと開けられる
「にゃん、にゃーん、にゃ~~~ん。父上、こちらに白猫がきませんでしたかぁ」
「見てわからぬか、話し中だ」
「申し訳ありません」
それは深みのある黒い髪に、赤橙色の瞳をした女の子だった。
たおやかな指には糸が幾重にも絡みついていて、手と手の間に複雑な──猫にも見える──模様を作り出している。
「だが……うむ、ちょうどよかった。"ノエ"、来なさい」
「はい、父上」
絹糸をしまいながら、ノエと呼ばれた女の子はスススッとドウゲンの横へと座ると、丁寧な仕草でもって礼をする。
「霧縫家の三女、ノエと申します」
「うん、おれはアルム! あっ……と、きりぬいアルムです」
「アルムは正確な年齢はわからないそうだが、おそらく年端はノエと最も近かろう」
「あなたが聞いてた新しい子かぁ。ふんふん……きっとわたしのほうがお姉ちゃんだから、いろいろ教えたげるね」
勢いよくノエは立ち上がり、アルムの手を取って立たせたところで、はたと気付いたように尋ねる。
「父上、よろしいですか?」
「……案内してやりなさい」
ドウゲンはやれやれと言った様子で目をつぶり、腕を組んだままゆっくりとうなずいたのだった。