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#08 子連れ鬼


「見て! (はは)これ見て!」


 船上で出自不明な赤子のアルムを拾ってから、3年。"子連れ鬼"という二つ名のほうがすっかり板についてきた頃──


「アルム。わたしを母と呼ばない。約束したでしょ」


 母親代わりではあっても──血の繋がった本当の母親を差しおいて──そう呼ばれるのに、どうにもわたしとしては抵抗が残っていた。


「うん、わかった。見てラディーア!」


 アルムはわたしを呼び直すと、嬉しそうに"小さな箱"を見せてくる。


「あ。これ……」

「ヴィスコームが買ってきてくれた"ぶひん"で、ボーネルになおしてもらったー」


 それはまだ【王国】で傭兵をしていた頃だった──巡業でやってきた"とある一隊"が、大々的に売っていた"魔術具"の一つ。

 手持ちが足りなくて買えたのはそれだけ。後々になって相当な値段がついたものの売ることなく、【極東】北州(ヒタカミ)までわざわざ持ち込んだ品物(モノ)



「ねぇラディーア!」

「なに?」


 その"魔術具(オルゴール)"の機能としては、ただ録音した音を再生するだけのものある。

 しかしそれまで流通していたものよりも遥かに手軽で、音質も良く、比して値段もお安いものだった。


「うたって~」

「歌──」


 中に録音されているのは歌唱と演奏。


 "彼ら"は今までに見たこともない楽器を使い、聞いたことのない様々な歌を、多くの人間の心に刻みつけていった。

 魔術具を使って拡音するだけでなく、多様な光や特殊効果で演出し、見た者すべてを魅了し、聞いた者をあまねく熱狂の坩堝(るつぼ)へと叩き込んだ。


 自分と同じ鬼人族、さらには有翼人・狼人族・人族も混じって、自らを"ロックバンド"と呼称した一隊。

 差別激しい王国内であって逃げ回るように、あっちこっちで"ライブ"というものを敢行していった。

 

「んっんん──あ。あーーー」


 わたしは喉を調整するように声を出し、彼らの歌を思い出す。

 瞳を閉じれば今でも鮮明にまぶたの裏に浮かぶほどに、とてつもない衝撃を受けた。

 奴隷剣闘士から傭兵となり、闘争こそが人生だった自分に新たな"娯楽"ができたのだ。


 そして……オルゴールから流れてくる音に合わせ、人知れず歌ってきた。



「最初の曲は──」

「"あいせるだれかを"ーーー」


 魔術具(オルゴール)はアルムが来てからも何度も聴き、また一緒に歌っていた──その為、壊れてしまった時は途方に暮れるほどに惜しみ、悲しんだ。

 それは小さいながらアルムも同様だったのだろう。

 だからこそ、商人として利益をあげ人脈を拡げているヴィスコームを通じて大陸にしかない部品を仕入れてもらい、技術屋であるボーネルに修理してもらったのだと。


誰かわたしに(だれかわたしに)──』


 わたしとアルムの声が重なる。このような幸福が見つかるとは思ってもみなかった。


愛せる人を(あいせるひとを)──』


 音と拍子(リズム)が調和する。

 アルムは自分の子供ではない。でもなぜだか……どこか他人のような(・・・・・・)気がしない(・・・・・)、とでも言えばいいのか。


見つけてくれ(みつけてくれ)──』


 家族とは血の繋がりだけではない。かけがえのない絆があるのだと。

 愛せる誰かを見つけられたことに感謝しよう。わたしが生まれたことに、この子が生まれてきてくれたことに……。


(心からの感謝を)


 そうわたしは胸中でつぶやき──母と子として──掛け替えのない時間を楽しむのだった。





 ──霧縫家(きりぬいけ)、屋敷──


 エドゥアールは通された奥座敷にて、その家の当主である男と対座していた。

 丸糸に縫針の家紋が刺繍された旗を壁に掲げ、"霧縫(きりぬい)ドウゲン"からの提案をエドゥアールは咀嚼(そしゃく)する。


「"寄騎(よりき)"、ですか……」

「左様。我が霧縫家(きりぬいけ)は、ここ上総(かずさ)ノ国を(おさ)める大大名たる(なつめ)家の"寄親"であり、貴殿らはその"寄騎"として正式な身分と後援を受けられる」

「今一度詳しく願えますか」


 エドゥアールはおおよそ把握してはいたものの、確認の意味を込めてもう一度伺う。


「そうさな……大陸風に言うのであれば。大名とは大貴族、寄親が地方貴族として主従の関係とあり、寄騎は騎士身分として寄親の下で戦う──とでも言えばいいか」

「お詳しいのですね、大陸のこと」

霧縫(きりぬい)は元々忍びの家系であるゆえよ。様々な方面のことを調べるし、耳に入ってくるというもの」


 ドウゲンは右手を小指から折りたたんでいくと拳を作り、そこに息を吹きかける。


「"紅炎一座"、貴殿らもそろそろ腰を据えて一所(ひとところ)に落ち着くべきだろう」


 そう言ってから手をバッと開くと、奥座敷内が急激に霧によって包まれていった。


「家伝の"忍術"だ、大陸から見れば──ただの魔術でしかないのだろうがな」


 もはや対面に座る二人の姿しか、互いに見えなくなってしまっているほどに濃い霧だった。



「何がしかの形で傘下に入るより他に、北州(ヒタカミ)において大陸人の寄る辺はないだろう。正式に主従となれば今まで見逃されてきた大小様々な罪も、不問にすると確約を得ている」

「大小様々な罪、ですか」

「種々の非公認活動、私的武装および制裁また殺人、無許可の交易、不法滞在など──君たちが有益で腕が立つからこそ、黙認されている違法行為の数々だ」

「今の"公然の見逃し"のままでは不都合が?」

「評判が無視できないものとなってきた。幕府の秩序、屋台骨が揺らぐようなことになっては示しがつかぬ」


 "紅炎一座"それ自体が行き詰まっているわけではないものの、良くも悪くも扱うことの規模が大きくなってきたのは自覚するところだった。

 そうなれば色々と、目に付けられる頃合なのもエドゥアールは重々承知していた。


「……悪い話ではないのでしょうな」

「無論だ、当主である"棗トキサダ"様にも話は通してある。基本的な活動もこれまで通りで構わぬし、多少なりと税制面でも優遇は受けられよう」

「庇護下に入る以前とやることは同じ。ただ命令系統と功績を明確にすることで、権威を維持したい……と」

「後ろ盾があることで安定する。我々としても(ちまた)で評判の"紅炎一座"を迎え入れることで、得られる(えき)は多岐にわたるというもの」


 異邦人としての差別も決して無いわけではない。

 土地によっては暴力に(さら)されることもあり、自己防衛の為に応戦することもあった。


 北州(ヒタカミ)中を放浪するように仕事をしてきた中で、ここ上総(かずさ)の地が居心地が良く感じていた。

 皆も好ましく思って長期滞在をしていた為、ここを定住の地とするのは──とても良い話とも思える。



「──ただし一つだけ、条件がある」

「……ひとまずはうかがいましょう」

「紅炎一座には、小さな子供がいるだろう?」

「アルムと申します。拾い子なれど、我らが子のように育てています」


 霧縫ドウゲンは、数拍置いてから口を開く。


「その子を我が霧縫家の養子として迎えたい」

「それは人質(・・)ということですか」

「大陸ではそう捉えられても仕方あるまい。確かにそういう側面もあることに違いないものの、多くは(えにし)を組む為のもので、北州(ヒタカミ)においては自然なことだ」


 王族や貴族同士での政略結婚、あるいは子を預けるということは珍しくもない。

 多くの文化において、権力者はその地盤をより強固とする為、一族という単位で利益を追求するものなのだ。



「……わたくし一人では決めかねます」

「よく話し合って決めるといい。こたびの仔細(しさい)については、全てこちらにしたためてあるゆえ」


 ドウゲンはスッと"巻物"を差し出し、エドゥアールはそれを受け取り立ち上がる。


「ではこれにて、失礼させていただきます」

「霧縫は成り上がりとはいえ、正式に"武士"身分を(いただ)いている。養子としての立場こそあれ、武家の子としての教育はしかと受けさせるつもりだ」


 エドゥアールが背を向けたところで、ドウゲンが口を開く。


「自由な時間に会うことを制限するつもりはないし、いずれは"紅炎一座"と共に仕事をして経験を積んでもらうのも良いだろう。よく考えてくれ」


 返事はせずエドゥアールは──霧の中を迷わず真っ直ぐ進み──奥座敷の出口から外へ出るのだった。


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