#07 紅炎一座
森深くにある盗賊の根城へと──二本角を生やした若い女──ラディーアは歩いていく。
「あっ……? おん、な──がッッ!?」
見張りと思われる盗賊を、ラディーアは出会い頭にぶん殴る。
鬼人族の膂力を遺憾なく発揮した一撃によって、盗賊の肉体は十数メートルと吹き飛び、木へと叩きつけられてそのまま崩れ落ちた。
ド派手な音につられて、盗賊たちがぞろぞろと集まってくる。
「何者だ、てめェ……」
「ガキなんざ連れて、舐めてんのかあッッ!!」
ラディーアはたった一人、十数人に囲まれながらも特に表情を変えない。
「っちゃーん」
「こらアルム。動かない。まったく……」
今まさに背負われた幼児──アルムはやんちゃの一言だった、好奇心旺盛で何にでも興味を示す。
戦闘においてラディーアの背中に、アルムがおんぶされる形で固定されているのは……もはや常習。
危険であるにも関わらず連れて歩くのは、成り行きとしか言えなかった。
「ッッオイ、まさかこいつ……"子連れ鬼"じゃねえか!?」
「最近暴れ回ってるっていう異人集団──たしか"紅炎一座"の、赤子をおぶった鬼女ってやつか!」
元々は"紅炎一座"の面々がそれぞれに仕事をしている中で、仲間が窮しているという火急の報が届き、赤子を置いていくわけにもいかずラディーアが戦場に連れていったことから始まった。
そして不思議なことに──アルムを連れていくようになってから──矢や鉄砲といった投射物が、ラディーアに掠ることすらなくなった。
アルムを背負っている以上、当然ながら最大限の注意を払っているものの、どれだけ危うくても当たることはなくなった。
守護る者がいることで意識が変わる。
アルムが一種の守り神のような、験担ぎのような感覚で連れ歩くようになってしまった。
それにアルムはまだ単語をたどたどしく話す程度ではあるが、わかりやすく感情を示し、戦場の空気も気に入っているようだった。
「その二つ名……好きじゃない。わたしには元々"狂乱する熱風"っていう──」
「ガキもろとも死にさらせや!」
「おまえが死ね」
背後に迫った盗賊は、ラディーアの裏拳で首が180度回転する。
そのまま襟首を掴むとぶっきらぼうに死体がぶん投げられ、前方にいる1人が巻き込まれる。
「どわっ──危な!」
「鬼人族と接近戦をするんじゃねえ、遠くからやれ! 遠くから!!」
「無駄。当たらない」
当たらないという確信そのままに、射掛けられた矢は逸れていく。
「こんのックソ、なんなんだ……」
「投降しろ。今だけだ」
ラディーアは圧倒的な戦力差を見せつけつつ、盗賊たちへ最後通牒をおこなうのだった──
◆
船上でアルムを迎え入れた後、エドゥアールが率いた一団は無事【極東】北州の地を踏むことができた。
しばらくは船と大陸の品々を換金して全員が生活できるくらいの資産はあったものの、新天地に慣れる意味でも早々に仕事を始めることにした。
各人が持ち得る特性を活かすべく、資源採集・運送・護衛・賊退治に至るまで──広範に渡る万を請け負う便利屋。
特定の拠点は持たず流浪のまま、北州中を巡りながら評判を積み、交易品の売買などでも稼いでいく。
その中でも特に実入りが大きかったのは、やはり荒事であった。
"飛騨幕府"の成立後、大きな戦争はなくなっても各方面では様々な小競り合いが発生している。
そんな中で地方領主がすぐにでも動けない厄介な事案を、金銭授受によって解決することは相互にとって利益となった。
武力担当であるエドゥアールとラディーアは、ある一仕事を終えて言葉を交わす。
「正直……歯ごたえがない。エドゥアールもそう思うでしょ」
「かっはっはっは、戦場で名を馳せたわたくしやラディーアにとっては仕方あるまい」
大陸は極東とは比較にならない人口を誇る。その上で広大な土地で覇を争ってきた。
戦乱の中で発展した知識や技術を持ち、多くの者の中で揉まれ、競い合い、心身を鍛え上げ、戦場経験を積んできた。
魔術にしても、魔力による肉体強化にしても……淘汰圧によって鍛え上げられた粒揃いの戦力、その差は歴然と言える。
大陸において上澄みに含まれるであろうエドゥアールやラディーアの強度にとって、北州人の多くが歯牙にもかからない。
「……"火葬士"。に比べればわたしなんて大したことない」
「そうかな? "狂乱する熱風"のラディーア。帝国の亜人特区で生まれ、"炎と血の惨劇"によって故郷を喪い、奴隷として売られたものの生来の不愛想と荒れた気性で買い手がつかず、最終的に剣闘士として見世物となった」
「うるさい」
「されど我流ながら特異な炎属魔術を使い、連戦連勝を積み重ね、ついには奴隷の座から脱した」
「運が良かった。それに前例がいた」
「あぁ……"白き流星の剣虎"か」
エドゥアールは何か苦い思い出のように、その二つ名を口にした。
かつて【王国】の闘技場において無双を誇り、対戦相手にも苦慮され、"円卓の魔術士"すらも闘争を避けたという強者の中の強者。
人族であれば奴隷の身から自らを買い上げた者は何人かいたものの、亜人らには決して許されていなかった中──獣人でありながら、その強度によって解放を勝ち獲った英雄。
そして──エドゥアールの行く末を変えた"インメル領会戦"にも参加し、その価値観を変えさせた存在の一人。
「なんにしても運だけではなく、ラディーア自身の実力ですよ。自らを買い上げて自由となり、以降は傭兵としても力を振るった積算と強度あってのもの」
「……エドゥアール。闘争しかなかったわたしを拾ってくれたこと。感謝してる」
「ありがとう、とても嬉しい言葉だ。新たな土地で、本来の目的はもはや果たせないが……こういう生活も悪くない」
「たしかに。ところで聞きたいことあった」
「なんです?」
「"紅炎一座"の由来」
「一座とは──ヒタカミの言葉で、"一つの舞台を共有する者たち"だそうだ」
エドゥアールはゆっくりと噛み締めるように語る。
「そこに我々が持ち込んだ王国の紅色の織布と、わたくしやラディーアも含めて最も使い手の多い"炎"属。皆にとっての灯火であり、新天地を生きる情熱……それで"紅炎一座"だ」
◆
最終的な警告に対し、盗賊たちが差し迫る状況に揺れていると──根城にしている廃屋が一瞬にして燃え上がり、ラディーアに背負われたアルムが「きゃっきゃっ」と笑う。
「残念。時間切れ」
「は……? なっ──どういうこった!!」
「こっちは陽動。攫われていた人は別動隊が既に救出。おまえらは命を拾う機会を無駄にした。これで終焉」
前方へ腕を向けたラディーアの掌中には炎が灯り──そこから彼女だけの、"輻射熱"の魔術が炸裂する。
かつて失った故郷で──愛想のない自分とも、積極的に付き合ってくれていてた男女2人の幼馴染。
男の子のほうは夢想の世界に生きてきたかのように、様々な荒唐無稽極まることを教えてくれて、女の子と一緒に疑問符を浮かべたり、信じたりしたものだ。
そうして得た中の知識の1つが、自身が扱う炎属魔術。そして……己にとって、二人の幼馴染と故郷を喪失した苦痛の想起。
「沸騰しろ。"狂乱する熱風"」
煌々と揺らめいて浮かんだ赫炎が、ラディーアとアルムの頭上へ形成されると、2人を除く全方位に熱が放射された。
炎それ自体で攻撃するわけではなく、通常の炎熱とも違う。
熱源に関係なく上昇し続ける輻射熱そのものが魔術の核心──狂おしく熱き心の具現化。
目には見えない"熱放射"によって内部から温度を上昇させられ、盗賊は漏れなく血液が煮立って絶命していく。
「こーえん!」
「うん。そうだよアルム。わたしたちは"紅炎一座"。わたしたちがあなたの灯火になる。だから情熱を忘れないように」
全滅した盗賊たちが倒れている中で、ラディーアは優しい声音で背なの幼児に語りかける。
願わくば、こんな生活がいつまでも続きますようにと──