#06 星の子
船室内には全員が入りきらない為、見つかった赤子は黄昏時の星天下へと連れ出される。
「えっなにこれ、どういうこと!?」
「空から降ってきた……?」
「流れ星的な──」
「いやいや、いたの室内じゃん」
「"片割れ星"からの贈り物とか」
「誰かさらってきたか──」
全員が互いに顔を見合わせるが、誰一人として特に思い当たるようなことも隠していたような素振りもない。
「そういうわけでもなさそうね」
「ねっねっ、ワタシにも抱かせてよ」
「あっ……おれもおれも」
泣き続ける赤子は、皆の腕を順々に巡っていった。
「んっん~男の子! 一歳くらいかな。はい次ぃ、やさしくね」
「おぉう……軽ぅっ」
「耳の形からすると……妖精種?」
「吸血種かも知れんぞ」
「もうちょっと成長しないと確かなことはわからないけど、耳の尖り具合からすると……もしかしたら半人かも。歯が生え揃ってくればどっちかわかるかもね」
「うわ、ふにっぷにだ」
「泣きやまないのは、お腹が空いてるからか?」
「こわくないよ~、こわくないー」
「……ふむ」
腕の中から腕の中へ渡っていく出自不明の赤子が、エドゥアールにも回ってくる。
彼だけは──泣き声が聞こえてくる前に、その違和感を察知していた。
どういうものだったかまでは判然としないものの、確かに"何か"があったのだと。
「最後はラディーア」
「わたしは。別にいい」
「そんなこと言わないの~、はいっ」
やれやれと言った様子でラディーアに抱かれると、赤子はたちまち泣き止んでしまった。
「おぉ……?」
「すご、泣き止んだぜ!」
「懐かれてんじゃんラディーア」
「何かコツあるの!?」
「なるほどなるほど、ラディーアの隠し子だったかぁ」
「ふざけるな」
吐き捨てるように言ったラディーアだったが、腕の中で笑う赤子と目が合ってしまう。
他の誰かに渡そうにも、理性とは別に抗えきれない本能的なナニカが込み上げてくるのを感じていた。
やがて泣き疲れていたのか、赤子はゆっくりと碧紫色の瞳を閉じてスヤスヤと眠りにつく。
「子育て経験者は~~?」
「この中だと、"ボーネル"さんじゃねえ?」
ドワーフ族では珍しく、この場にいる誰よりも大柄な男へと、皆の視線が向く。
「え? う、う~ん……オレはたしかに子供いたけど──まともに子育てはしてない。ほら……ずっと仕事してたのに、稼ぎも悪かったから……捨てられちゃったし」
「あーあー思い出させちゃったよ、ボーネルも落ち込まない」
ポンポンッと肩を叩きながら、ヴィスコームは目線を移す。
「エドゥアールさんは?」
「わたくしは二人の妻と五人の子がいますね」
「それじゃあ──」
「しかし戦場生活が長く、あくまでフォルス分家の血を継ぐ為だけの形式的な関係。それに貴族の多くは乳母や教育係にまかせきりなもので、わたくしも例に漏れません」
船の上には13人の男女と1人の赤子。若年者や元奴隷も少なくない為、まともな経験者はいなかった。
「ていうかさ、育てる前提なの?」
「見捨てるわけにはいくまい」
「そうじゃなくって、両親を探してあげるとか」
「どうやって? 船の上で、どこから来たかもわからない」
全員にわずかばかりの沈黙が流れる中──赤子の寝息と波の音だけが──ラディーアの腕の中から聞こえてくる。
「……見知らぬ両親が船内に紛れ込ませていたとして。大陸に戻るわけにもいかないわね」
「"王弟の大粛清"は、既に街中でも風聞として流れ始めていた。せめて我が子だけでも逃がそうと、託して密航させていた……ってとこか」
「この子も亜人種だもんね」
「だからって。わたしに押し付けるな」
「あっはははははは、ラディーアだけじゃなくみんなだって協力するから」
「まんざらでもないくせにね~」
半眼で抗議するラディーアは皆に宥められながら、エドゥアールが意思決定を下す。
「これも縁、良き門出と思うとしましょう」
そう口にしたところで、ラディーア以外の全員が異議なしと言ったばかりにうなずく。
「ん……。この子──手に何か握ってる」
腕の中で眠る赤子の緩んだ手から、ラディーアはゆっくりと掴み取って見せる。
「指環……のようですね、それも白く透明な宝石が──」
それは赤子の指にはまだ大きい指環であり、金属部に埋め込まれる形で、夜空の光のように煌めいていた。
「本物!? 高い!? ボーネル調べて!」
「い、今すぐはムリ。道具は奥のほうにしまってあるから……」
「売る前提で考えんなよ」
「いやぁこの子を預けてった両親が、せめてもの子育て料の代わりに──」
「向こうで商売やるにしても、資金はあって越したことはないけども」
「こらこら、この子にとっては親族との繋がりを示す、唯一の形見なのかも知れないのだから」
手から手へ巡ってきた指環。
輪の内側からわずかな感触があり、エドゥアールはよく観察する。
「これは……何か彫られてる──"アルム"」
刻まれた文字は大陸共通語で書かれていたが、少なくとも共通語においてその単語は何かを意味するものではなかった。
「アルム? この子の名前?」
「宝石が本物なら、アルムちゃんの両親って裕福だったのかな」
「オイオイ、名前って決め付けるの早くね」
「いいじゃん。響き的にも、っぽいし。ってか、みんなで名前決めようとしたら──きっと朝になっちゃうよ」
「言えてらあ」
指環は再びラディーアへと渡り、赤子の小さな手の中へと収まる。
「アルム。この子の名前──」
不思議な感覚だった……なぜだか他人のような気がしない、とでも言うべきか。
母性や庇護欲だけではなく、それ以上の繋がりを感じていた。
「アルムかぁ……大きくなったら、どんなヤツになんだろうな」
「気ぃ早くない?」
「いいじゃん、気になるじゃん」
その言葉を皮切りに、思い思いの想像がぽつりぽつりと漏れ始める。
「勘だけど、戦士の才能があると見た」
「種族的に考えればエルフでもヴァンパイアでも魔力適性ありそうだし、魔術士のが向いてるんじゃな~い?」
「商人がおすすめだな」
「そりゃお前の希望じゃん、ヴィスコーム」
「強さや誇りも大事だが、やはり先立つものがなくては」
「て……手に職を付けるのも悪くない、と思う」
「料理人とか良くね? 美味し~~いご飯を作って振る舞ってくれんの」
「誰が教えんだよ……達者なのいないぞ」
「意外と吟遊詩人とか?」
「学者なんかもいいかも、うちらに足りないもの」
すると視線が赤ん坊から、それを抱いている人物へと向く。
「なに」
「ラディーアもほれ、想像してみぃよ」
「……別に。元気に育ってくれればいい」
皆がしばし沈黙し、やれやれといった様子を見せる。
「まあそりゃそうだけどよぉ……その上で何になりたいか、どういう姿なのかを語り合おうぜってもんさね」
「なんにでも。なれる」
「そうだな……今の我々は"自由"、それだけに苦労はさせられない」
エドゥアールはフッと笑ってから、付け加えるように言った。それに応じるように、全員がうなずき合う。
海を渡った異国──新天地での生活で不安は尽きない。
しかし赤子という存在が、皆の心をより一つにしてくれると。
「皆で責任をもって育てていこう、それを我々の最初の目標とする。いつか選択肢を広く選べるように、どんな道を往こうとも立派に歩ける人間に──」
すると赤ん坊は「だあ」と、まるで応えるように声をあげた。
「ははっ、返事してらあ。とりあえずはラディーアが担当だな」
「……」
「おろ? もう"ふざけるな"とか言わねえの?」
「やぶさかで。ない」
ラディーアは薄く穏やかな笑みを浮かべながら、その小さな手を包み込むように握るのだった。