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#05 火葬士


 ──大陸東、外海域・洋上──


 ()が水平線上に沈んでいく。

 半分は夜空で、半分は夕焼け空に染まる──世界が二分(にぶん)されたような、かくも美しい黄昏時(たそがれ)

 夜空側に浮かぶ"片割れ星(カノン)"も、平時と違って幻想的に映る海上。


 魔術によって補助された小型のスループ帆船に乗る13人ほどの男女が、薄明の中でそれぞれに異なった面持ちを浮かべていた。


「なにを神妙な顔をしてるの、"エドゥアール"」

「……あぁ少しばかり郷愁にな、駆られていた」


 エドゥアールと呼ばれた男はそう口にし、(おも)(ふけ)る──





 大陸東部の【王国】に、かつて"火葬士"という異名(ふたつな)で呼ばれた男がいた。


 三大公爵家の一つである"フォルス"家の傍流として生まれ、何不自由のない生活が約束されながらも、彼は戦場の炎に焦がれ、その身を投じた。

 それが戦略・戦術的に合理的で必要とあれば、一顧(いっこ)だにせず、有象無象の区別なく、業火によって老若男女を問わず平等に焼き、灰へと変えてきた。


(狂気に染まり、兇気に(まみ)れ──自覚しながらも呑み込み、受け入れ、同居しながら──戦争を楽しみ、明け暮れ、賛美した)


 転機と言えるものがあったとするなら、後に"インメル領会戦"と呼ばれた一つの戦争(いくさ)であった。


 "岩徹"ゴダールの指揮下で、円卓の魔術士である"筆頭魔剣士"と"双術士"の二席を(よう)しながらも、【帝国】を相手に大敗を喫した。

 罠が十重二十重(とえはたえ)に張り巡らされ、技術・戦力の上に成り立つ緻密(ちみつ)な計算、情報という武器を最上位に置き、また活用された戦争。



(そして……戦争終結後に、当時の"五英傑"の1人であった"折れぬ鋼の"の闘争を垣間見た)


 それまでも何度か戦場で邂逅することもあったし、大きな戦争のたびに現れる恒例行事(・・・・)として戦ったこともあった。

 しかし──その日の闘争は、半生の中で最も衝撃的だったと言えよう。


 大陸最大の軍事国家の首長にして、王者の血族における最高傑作。"戦帝"バルドゥル・レーヴェンタール。

 出自不明、金糸を操り、地形を変えながら英傑に対して肉薄し続けた"金髪の男"。

 同じく素性不明。地上をあまねく照らさんばかりの爆光でもって、英傑を流血せしめた"謎の人物"。


 いずれも"折れぬ鋼の"を打ち倒すには至らなかったが、それでも己の中で──業火とは別の種火が(くすぶ)りはじめるのを感じた。

 結果的に空席となった円卓の魔術士の席に、新たに自分が座ってやろうという意欲よりも、その新たな火を大きくすることに注力したいと感じたのだ。



(二年ほどして後──"戦帝"が大規模な帝国内乱にて崩御し、さらには"折れぬ鋼の"が打ち倒されたとの報を聞いた時、自身を取り巻く状況はまったくの別物だった)


 伝統に固執・堅持し続けている王国のやり方は、今後の戦争に勝つ為にあまりにも不足であり杜撰(ずさん)と言わざるを得なかった。


 王国は人族による大陸一の魔術国家であり、魔術に優れた神族や魔族や亜人は重用されるが、それ以外の多くの亜人や獣人の地位はおしなべて低く、ほとんどが奴隷として扱われる。

 しかし帝国が強国としていられるのは獣人や亜人を、単なる動く肉壁とするのではなく、各々の特性に合わせて調練・配置した上で適切に運用しているからに他ならない。


 新たな技術を王国も積極的に取り入れ、奴隷であろうと獣人や亜人らを訓練し、有効に戦線投入しなければ……今後の軍事活動ひいては王国に未来はないこと思い知った。

 広く強者を受け入れ、育てる土壌を作ることで、集としても個としても傑出させていかなければ、他国との差は開くばかり──いずれ滅亡へと至るのだと。



(それゆえに内部から改革を試みた──だが待っていたのは……想像を遥かに超える、腐敗しきった政治闘争だった)


 多くを戦場で過ごし、政争など興味なかった所為(せい)もあって、認識が甘かったことは否定できない。

 三大侯爵家であるフォルス家の──分家とはいえそれまで使ってこなかった権威と、積み上げた軍功を使ったところで……わずかに半年で排斥(はいせき)されるに至った。


 それからさらに半年ほどの苦闘を経て、最終的に与えられたのは──"実験牧場"とも揶揄される──12人ばかしの獣人・亜人を集めて育成する為の組織の長という、(てい)のいい厄介払い。


(様々なしがらみがある中で、少ないながらも多方面から選別し、手探りのまま集めた)


 やがては英傑とも戦えるような、"伝家の宝刀級"となりえる突出した個の武力を3人。

 戦術を理解し、柔軟で的確な判断力でもって集団指揮を行う為の候補を1人。

 広域戦略・情報など、広範に渡って取り扱う為の知識を養成する人材を3人。

 兵站管理や外交折衝を担う、弁舌や根回しに長けた者を2人。

 工学的な分野を理解し、分解・再構築、さらには創造まで担う為の技術者を3人。


(目標に届かずとも、何がしかの結果さえ残せれば、次代に託すに足る結果を残せさえすればと……不慣れなことばかりながらも三年近く、我が身を削り続けてきた)


 そうして理解させられたのは、またしても見通しが甘すぎたということだった──が、同時に掛け替えのないものを得られたと言えよう。





「あぁ……たった数年だったが、色々ありすぎた──とな」

「そ。らしくない」

「かっはっはっは! "ラディーア"に心配されるとは……よっぽど顔に出ていたようだな」


 ラディーアと呼ばれた女性の頭には、亜人種である鬼人族の証──二本角が生えていた。

 桃色の髪を肩より少し長めまで伸ばし、顔のそばかすが特徴的な、大人にはなりきれていないような幼さが残る年齢。


 元は帝国の生まれであったが故郷が焼かれ、王国に奴隷剣闘士として売られたものの、実力でもって自らを買い上げ、それからは傭兵として活動していた個の逸材。


「あいにく。心配してない。単にあなたがしっかりしてないと皆が困る」

「そうだな、ただ"海魔獣"オルアテク──外海ではいつ現れてもおかしくない。直接遭遇するのはもとより、通った海路(みち)は数日間に渡って嵐や竜巻、大波や大渦潮といった超常気象に見舞われる……そうなれば全滅は必至。ゆえにこそ本当にわたくしについてきて後悔していないかと、ついな」



「いまさらでしょうや? エドゥアールさんがいなきゃ"王弟の大粛清"を事前に察知できず、獣人・亜人であるわいらは全員死んでたとこでしたぜ」


 (むし)られてボロボロになっている翼を持った有翼族の男が、思い出し笑いのように口角をあげながら会話に合流する。


「"ヴィスコーム"、おまえが短期間でこの船を用意してくれたからこその部分もあろう」

「資金を用立ててくれたからこそで、大したことはしてませんぜ。そもそもエドゥアールさん一人だけなら、そんな必要はなかった」

「うん。わたしたちを見捨てなかった。それが事実」

「西へ【帝国】か【共和国】へ行こうにも距離がありますし、どこに検問あるかわかりゃしないですから、全員が生き残れる可能性は低い。船は最適な選択だったと思いまっさ。なにより皆であなたについてくと決めたんです」


 教え子たちの想いが同じなことがわからないほど、エドゥアールは間抜けではない。

 わずかに1年ぽっちではあるが、確かな信頼を築いてきたという自負もある。



「──しかし海岸沿いに【東部連邦】へ向かう手もあった」


 逃亡先に海の向こうを選んだのは……エドゥアールが"神王教"ディアマ派を信仰していたから、という部分も否めない。

 かつて三代神王ディアマの魔剣によって大陸より斬断され、分かたれてしまった【極東】の地。

 大陸最東部に位置する【王国】であっても、わずかばかりの貿易しかない隔絶された土地。


「海岸沿いだと軍船がいるでしょうから、見つかったら終わりですし」

「うん。素晴らしきかな。新天地」

「そうそう、ラディーアの言う通り、新しい土地で新しい人生を謳歌しましょうや」


 ヴィスコームの言葉に、いつの間にか周囲に集まっていた皆もめいめいに──思い思いの視線を込めて──同意するようにうなずく。



「そうだな……皆の今後はわたくしが責任を持つと、ここに約束しよう──」


 言い切った瞬間だった。エドゥアールの全身に渡って焼けた肌が、敏感に何か予兆のようなものを察する。


 本当にかすかなものだったが、それは確かな違和感だった。

 顔を歪めたエドゥアールの様子に、全員に緊張が走る。もしも"海魔獣"であったなら、抗し得る手段は何も存在しないと。


「──ギャァ、おぎゃあ」

「……!?」

「赤ちゃん……?」


 全員の視線が船室のほうへと集中する。それは確かに、赤ん坊の泣き声。

 連れてきてもいない、誰もいないはずの船室から、それは確かに聞こえてくるのだった。


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