#46 天狗と無貌 I
あまりにも唐突に、脈絡もなく──霧縫アルムは持った扇を床へと落とし──患者の左足は膝下から分断されていた。
「うん、覚えたてだが上手くいった。まぁ"一騎打ちの時は失敗"したけど」
「これ、は──?」
眉をひそめつつ与羽村リンドウは、切断面を凝視する。
それは美しいとさえ言えるほどに、堅い骨まで綺麗に斬断されていた。
「血が……出ていない」
「止めてるかんね、次はどうするんだ?」
何をどうやっているのかはわからないが、リンドウはひとまず施術を優先することにした。
「通常であれば、血流を圧迫し消毒、切断してから、局所を焼きつつ縫合をする」
「ほー、へー」
「しかしこれは切断の仕方が悪い」
「あぁ? あんたはコレより上手く切れるってぇ?」
「そうではない。まず切断部位は膝より上のココ。それに後から縫い合わせる都合上、こう上からと下から、それぞれ斜め方向に切断する必要があるのだよ」
言いながらリンドウは、刃になぞらえた手刀を、脚部に対して角度をつけて示した。
「……なるほどなー、ちゃんと考えられてるわけか」
「切り口に関しては申し分ない。ゆえに今一度きみに頼みたいが、どうだね?」
「まかせろ」
リンドウは手早く患部周りを固定・消毒、別途に圧迫止血を施し、アルムへ改めて角度と深さを指示する。
再び扇を手にアルムは、患者の足へと差し込む、と……丁寧かつ正確に切断した。
水やゼリーとも違うはじめての感触の上から──リンドウは切断面を焼灼し、縫合していく。
「すっげぇなぁ。やり方も手際も、実に美事なもんだ」
そう言ってアルムはパタパタと、血の一滴もついてない鉄扇をリンドウへとあおいで風を送る。
「すまないが、この"透明な皮膜"? のようなものを解除してもらえるか」
「ほいよ、もういいぜ」
傍目には変化がわからなかったが、清潔な布を巻いていくにあたって特に引っかかりを感じなくなっていた。
「ありがとう、きみの魔術のおかげで助かった」
「いやいや大したこっちゃないって。こっちこそイイモン魅してもらったぜ」
アルムは扇を閉じて、パチンッと小気味良い音を鳴らした。
「あとは早急に"義肢"を造る必要があるな」
「切って繋ぐだけじゃなくって、そこまでやってあげんのか。至れり尽くせりだなぁ。なんか見返りでもあんの?」
「この地方一帯には、伝統的なある風土料理があってね……特に村のは、自分好みの味付けなのだよ。近くに寄った時はいつも馳走になっていた」
「……それだけ? ざっと見て回った感じ、あんた一人で救うにはちっとばっかし大変じゃねぇ?」
「互いに情が湧くというものだよ。だから……自分が困っていれば彼らは助けてくれるし、自分もまた彼らを救けるというだけさ」
「ご立派ぁ──んじゃせっかくだし俺も義足作り手伝って、その風土料理とやらのご相伴あずかるとすっか」
「わかるのか?」
「鍛冶・絡繰・指物なんかもかじってるぜ」
コキコキと指を鳴らすアルムをリンドウは少しだけ見つめてから、穏やかな笑みを浮かべる。
「多芸だな、若くとも御庭番なだけはあるか……なら手伝ってもらおう」
「よしきた」
アルムはドンッと胸を張って叩き、滑らかに五指をうねうね動かした。
「ところで、さきほどの"透明な皮膜"……それに最初に姿を現した時に察するに──空気の層、あるいは面のようなものを魔術で操れるのか」
「まっまっそんな認識でいいぜ」
「であれば……たとえば鏡のように映しだすことも可能か? 空気の密度を変えることで、可能なのだが」
「……密度?? まぁ多分イケる、ってか鏡が必要なのか」
リンドウは腕を伸ばし、グッと手を握ったり開いたりを繰り返しながら説明する。
「"幻肢痛"と言って、喪失している手足がまだ存在しているかのように痛むという症状がままあるのだよ。その治療の為に鏡が要る」
「はぇ~~~、色々知ってんだなぁ。ってかそういうことなら、実際に"鏡"がありゃいいってわけだな?」
「あぁ、しかしこんな農村では──」
手に入らない、と続けようとした瞬間、アルムは後ろ手から"大きめの鏡"を取り出していた。
「……ッ!? 一体どこから、しかもなんと高品質な──」
ただ磨き上げられただけの金属鏡などとは違う。
きちんと成形されたガラスに金属が塗布された、"リンドウが知っているそれ"と遜色ないほどに反射率の高い美しい鏡だった。
「くっかっはっは、雪解けの清流から汲んできた水面よりもハッキリ映んだろ? 大陸からの輸入品だけど、思ってたより値は張らなかった。向こうでは珍しいものじゃないんだろうなぁ」
そして……映った自分の顔をはっきりと見たことで、改めてリンドウはこれが現実なのだと再認識させられる。
はたして幻肢痛ならぬ"幻身痛"とでも言えようか。
存在しないはずのものを、別の形で新たに突きつけられたような……そんな心地と同時に、自己の確立が成されるという不思議な感覚に陥った。
「どうしたぁ? もしかして、"自分が思ってた顔と違いでもした"りしたか?」
冗談めいて茶化すようなアルムの言葉に、リンドウは目を細める。
「でもま、気にすんなよ。むしろあんたの顔は整ってるほうだと思うぜ」
「そういうきみも、まだ幼さが残るようだが……かなりの美形のようだ。霧縫アルム──"黒鷲楼"でも、さぞ遊女たちにもてたことだろう」
リンドウは頭の中で引っかかっていた名前をふと思い出し、話題を転換しつつ改めて"天狗面"の名を呼んだ。
「ずいぶんと羽振りもいいと聞いている」
「ん、なんでそれを……?」
アルムは腕を組みつつ、首をかしげた。
中央以東において他の追随を許さない、北州三大遊郭の一つ──"黒鷲楼"。
「もしかしてあんたも常連さんだったり? 店のどっかで顔を合わせてたか?」
「いや……自分が黒鷲楼を運営している主人だ」
「うっそぉ!?」
「君が名乗った時に、どこかで聞いたことがあると思っていた。"東雲太夫"にまで手を伸ばしたほどの、年若き御大尽……霧縫アルム」
地位も権力もない一介の男が、最高級の遊郭の最上位の遊女と遊ぶ為には、伝統として様々な贈答品や宴などを催し、店にも遊女にも信頼ある馴染み客となる必要がある。
御庭番がいかに高給と言えど、到底足りるものではない。
「まっ、雑多な方法で稼いでるんで別に心配してもらわなくてもいいぜ?」
「未来ある少年が、色に溺れてもと思ったが……杞憂だったかね」
「言わせてもらうと、正直なところ閨のほうはイマイチだった。いろんな経験や教養はあって、話してるのは楽しかったけどな」
「太夫を抱ける者はそう多くない。ゆえに手練手管を発揮する機会が少ないのは否めないが……それでも普通の男ならば、骨抜きになる程度の教育はしてあるはずだが──」
最上級の遊女が、客一人満足させられないとなれば沽券に関わってしまう。
「霧縫は今でこそ武家だけど、元々は忍びの家系としてあらゆる技を継承してるんで。房中術も嗜みっつーの?」
「つまり遊女たちは……きみの練習台にされたわけか」
「くっかっはっは、ちゃぁんと金子は払ってるんで勘弁な。いや──むしろ俺がちょいちょい手解きしてやったまであるから、金返せとは言わんが感謝くらいはしてほしいぜ」
「随分と達者のようだ……では感謝しよう」
リンドウは遊郭の主人として、上客を満足させられなかった経営者としての謝罪も込めて頭を下げたのだった。




