#44 探索
「おいバカ弟子、止まれ」
「げぇっ、お師さん」
呼び止められて背後を振り返ると、霧縫の上位にあたる大大名──棗家当主付きの護衛にして、分家の棗ナガヨシが立っていた。
素性が知られぬよう"公儀御庭番"の"鬼面"を着けているが、面の奥の瞳は決して笑っていないことがわかる。
「って……あーーーぁ、お師さんのせいで逃げられた」
既に河村ゲンジロウは戦場に紛れて、完全に姿を消していた。
いかに"歪空跳躍"できても、位置がわからなければどうしようもない。
男らしくはないものの、あまりにも潔く躊躇のない退却っぷりは、逆に賞賛に値するのかも知れない。
「上空から探すか」
「アホ、これ以上目立つな」
先陣切って蹴散らし、敵方の狂気も薄れて二の足を踏み始め、逃散者もちらほら出始めた頃合だった。
「やるもやったり……一騎駆けに一騎打ちとはな。さらには不殺か」
棗ナガヨシはアルムに追いつくまでに倒れていた者らと、今まさに周囲を見ながらそう告げた。
「なんせ大半は決起しただけの農民や食い詰め浪人、職すらない貧民ばっかなんで。温存してるのか知らんけど、魔術士も数えるほどしかいなかったし」
「甘い奴だ。戦場に情けは無用だと教えたはずだが?」
「いやぁ~俺が最初に殺したという歴史に名が残る誉れを、弱卒なんかにあげられないでしょ? あげてもよかったのは今まさに逃げられちゃったし」
「あまりにも……あんまり過ぎて、言葉が出てこん。そもそも任務で幾人も手に掛けているだろうが」
「それは御庭番の天狗面なんで。紅炎一座の頃に殺ったのも、賊とかどうでもいい連中っす」
眉をひそめた棗ナガヨシは、腕組み問いかける。
「何が違うというのやら」
「俺の戦場の場における初陣っすよ? 男として霧縫アルムの名に関わるし……木っ端とはいえ、まがりなりにも大義なり信念はある連中を嬲り殺しても面白くない」
「まったく……御託の多い弟子だ」
「それに余裕だとか甘さだの同情ってのはほら、強者だけが持ち得る特権ですし」
アルムは肩をすくめながらへらへらと笑うも、ジロリと師に睨まれてそれ以上は閉口する。
「危ういな、だが強いのも確かだ。それゆえに始末が悪いんだがな」
「恐縮っす」
「心得違いをするなよ、手放しで褒めてるわけじゃあないんだぞ」
「ぶっちゃけると、歯応えが足りないし、消化不良なんでぇ……せっかくなら"あっち"と闘ってみたいっすね」
アルムが視線を向けたのは、自陣の中心。
そこにいるのは──"北州無双"と称される、聖威大将軍の"斯衛武官"筆頭。
さらには"公儀介錯人"という立場で、大罪人の首を斬る役目も負っているとされる総大将の姿だった。
「大バカ弟子が。"宗像タツトラ"殿は、虎に育てられた竜の子とまで言われているんだ」
「龍の子──ん、南州にそういう一族がいましたね。女系にだけたまに現れるんだとか──大陸の竜とは違うらしいですけど」
「知るか。とにかく天稟が違う」
「俺の天稟も溢れてません?」
「才能には差があるものだ」
「ですよね、俺のほうが上かー」
「そうだな……無駄な口数に関しては間違いなくおまえのほうが上だ」
「お師さん、節穴っすよ」
"鬼面"棗ナガヨシは、いい加減アルムの言葉を無視して宗像タツトラへと視線を注ぐ。
「放っておけば伝承の"大妖怪"にも数えられたであろう、"膨哭花"をたった一人で掃討したんだからな。それも今のお前とそう変わらぬ年齢の頃だ」
「なら俺にもできますね」
「抜かしてろ。あくまで"試合"と仮定し──十回立ち合っとて、一本取れるかすら……」
「お師さんでそれなら、俺は二回に一ツは勝て──」
ボグッと強めの拳がアルムの頭頂部へと吸い込まれ、言葉が途中で遮られた。
「戦場の渦中で、いつまでもくだらない会話を続けるつもりはない。ひとまず"霧縫アルムとしての戦果"はここまでにしておけ」
「まだまだ魅せられますけど……戦功を独占するな、って?」
「その通りだ、兵を供出した諸将の顔を立てねばないからな。だが結果的にこちらの犠牲は少なく済んだ、そこはよくやった」
「どーもっす」
「残りの戦果は"天狗面"として動け──公儀御庭番としての任を与える」
「了解──」
密書を受け取ったアルムは、手の平に描いた"空脈方陣"を握っていく。
それからゆっくりと開いていくと、周囲に霧が立ち込め──晴れる頃には2人とも姿を消していたのだった。
◇
「ふんふ~んっと──今回の乱を引き起こした"主導者"の探索……な~んて漠然としてると思わない?」
敵首魁に通じそうな手勢を見つける為に、"天狗面"は鼻歌混じりに敵方の陣営を望む。
「っ……ぅ、あ──こ、こんなの……知らな……っ!」
「シーッ、ずかに」
大樹の枝に腰掛けながらアルムは、周辺を張っていたところを捕まえた女間諜の喉を抑え、大声を出させないよう調節する。
女はアルムに背後から抱えられるように座り、股ぐらを開くように体を固定されていた。
「多少の訓練は受けてるみたいで、いい具合だ。暇潰しには最適」
「あ……いや、ダメ──そこだめっ」
声を聴かなければもったいない。しかしバレるわけにはいかない。
絶妙に呼吸に喘ぐ女を楽しみながら、アルムはゆったりとペースを上げていく。
「お姉さんは本当に知らないの? 知らないわけないよね」
「ゆ、るして……ください、これ……以上は、ほんとにっ」
「質問にはちゃんと答えてくれよ」
耳打ちするようにアルムは囁くと同時に、責める箇所を変えた。
それまで焦らされていた分が解放されるように、女の体はゾクゾクと波打っていく。
「なに……も、知らな──あぁぁあああっ!」
か細い声で必死に叫ぶ女を無視して、アルムは容赦なく抽送を繰り返す。
もはや語彙を失った女の嬌声をBGMに、ラストスパートをかけていった。
「あっ──う……ぁ──」
「ッふぅーーぃ」
躊躇いなく誰憚ることなく放出した後、アルムは魔導で中に出したモノを外へと転移させて捨てる。
アルムは二回戦に突入しながら、ぼけーっと空を見上げた。
(御庭番なぁ……ぼちぼち息苦しくなってきたかな)
最初は面白そう、かっこいいという理由で所属はしたものの──秘密ばかりで、簡単には抜けることもできないときている。
(──まっ色々なことを学べたことは学べたけど)
少なくない報酬を元手にして大陸との交易拠点を作り、他にもいくつかの事業を始めることもできた。
"使いツバメ"の運用方法も盗み取り、自ら歪空跳躍しなくても片手間で迅速な伝達ができるようになった。
(実利の面で得たモノは……多かったよな、うん)
しかし仕事そのものはどうにも消化不良というか、いまいち燃えない。
面白味が感じられなくなってきている頃合と言えた。
「なぁなぁ俺ってさぁ、そんなに人の命令聞く性質じゃないんだよね。そもそもの話」
師こそ多く仰いではいるものの、根本的な部分では己の中の芯に従って自由にやっている。
教えが至極真っ当でうなずけると思うから学び、性に合わなかったものは中途で放り投げてきた。
「ねぇ聞いてる? ん、聞こえてないか」
「っ……ぅ──」
達しすぎて反応がなくなった女を地面まで降ろしてから、アルムはグッと伸びをしながら……一句、紡ぐ。
「"色のなき、天に心を、思描き。虚ろな風に、我が身舞え映え"──」
何事も変化し、移ろいゆくもの。
一つのことに固執する理由もなければ、流れに身を委ね……あるいは己自身が流れとなろう。
「つまんないなら……自分で面白くするっきゃない、よっなッ!」
アルムは与えられた任務を意図的に曲解することで、次なる行動へと移ることにしたのだった。




