#43 一騎打ち
河村ゲンジロウの斬り上げからの、斬り落としの二連斬。
霧縫アルムの反射回避、二斬目を躱しからの、落ちていた脇差の投擲カウンター。
わずか数瞬の攻防ではあったが、それだけで互いの力量を知るには充分であった。
「やるじゃん、"人斬り"ゲンジロウ。実に張り合いがある」
肩口に刺さった刀をまったく意に介さず、ゲンジロウは再び大太刀の長さを隠すように捻転した構えを取る。
その間にアルムは弾かれたように立ち上がり、一呼吸を吐いた。
「それ、抜くの待ってもいいけど? 浅いっぽいから血が噴き出ることもな──」
「……要らぬ世話」
わざわざ抜かずとも上腕に込められた筋肉によって、自然と脇差は抜けて落ち……血も滲む程度に止まっているようだった。
「壱の太刀で仕留められぬ時、弐の太刀はすなわち決死なり」
圧力の乗った言葉に、アルムの口角が自然と上がっていく。
「初太刀で殺せなければ、続く一撃で死んでも殺す覚悟ってことか。ごっついなぁ……流派は?」
「──"地源流"」
「あ~~~ちっと待って、思い出す……確かぁ、そう! 大隅起源の剣術だったか」
「然り」
北州の最南端、大隅ノ国に伝わる剣術流派。
国中に道場がある主流派の剣術と違って、彼の国でしか学べないその剣だが、使い手の勇名はその限りではない。
「負った傷も顧みないってか……潔すぎる」
ゲンジロウが律儀に答えてくれるのもあって──機先を制すように──アルムは隙を見せず話し続ける。
「でも大隅訛りじゃないな?」
「……生まれが違う。拙者は流浪の身、地源流も数多く学んだ中の一つに過ぎぬ」
「奇遇だな、俺もだ。生まれも違えば、流派も色々」
そう言ってアルムは、ゆっくりと後ろ手から一本の刀を握って、正眼に構えた。
「……"朴心一刀流"か」
「ご名答、数多く学んだ中の一つさ」
立ち幅・重心・前傾姿勢のわずかな違いを見抜くゲンジロウの眼の動きを、追って捉えるアルムの眼。
北州に剣術流派は数あれど、四大剣術の一つに数えられる流派である。
「ってか、どっから取り出したのかは気にならない?」
「些末」
「甲斐がないなぁ」
ゲンジロウの濃く深い殺意の眼光を、アルムはへらへら笑って受け流す。
ギリっと歯を噛み締める音、限界まで伸びた骨の軋み、引き絞られた筋肉の唸りが聞こえたかと錯覚するほどに。
「まっいーけどさ……。つか、知られてる流派の技をわざわざ出すこたぁないよな」
アルムはそう言って構えを変えた。
すると腰を深めに落とした半身に、諸手に握った刀身を体に隠すように構える。
「……猿真似、もしくはくだらぬ対抗心か」
それは利き手側に捻転して引き絞っている河村ゲンジロウの構えと、対照的にも見えた。
「いーーーや、これは"魔剣"だ」
「魔剣──だと」
ピクリと河村ゲンジロウの眉が動き、眼光が一層鋭くなると同時に、殺意以外の感情が混じる。
「"空華夢想流・戦陣礼法"──大陸の技だから知るまい? しかも書かれてた感じからすると、未完成っぽい」
「あいにく、拙者は大陸の技にも詳しい。あるいは誰よりもな」
「……まじ?」
「だが──そのような流派は聞いたことはない。よほどの田舎剣法なのだろう」
淡々と口にする河村ゲンジロウの言葉には、特段の嘘は感じられなかった。
「ちぇっ、別にいいもんね~~~。俺が気に入ってんだから」
「腑に落ちぬのは……そんなものが、魔剣だと?」
「妖刀とかとも違う、技術としての魔剣──らしい。つまりあんたは斬られるってことだ」
「未完成の技で、か」
「俺が! 今! ここで! 完成させんの!!」
そう宣言してからアルムはゆっくりと息吹をしつつ、気を落ち着ける。
「征くぜ魅せるぜ──魔剣"雲耀・天断ち"」
一歩。
アルムの地を蹴った左足から流れるように、右足が大地に踏み込まれるよりも速く、体の左側から真横に弧を描く煌き。
ほぼ同時に、その場から振り切って迫る河村ゲンジロウの大太刀。
白刃と白刃が衝突する──刹那。
アルムの右手首が瞬時に返され、枝分かれするように、振り下ろしへと変化・連絡・結合させた。
倒れ込む勢いのまま地面を踏みしめる右足と重なって、袈裟懸けの一刀が河村ゲンジロウを斬ったのだった。
「っぬぐ……──」
「太刀を手離さないと、そのまま斬断だぜ」
右鎖骨あたりに食いこんでいる刃を、アルムは膂力のみで押し込むように鍔迫る。
同時にアルムは河村ゲンジロウが握る大太刀を、空いた左手で素のまま握り込んでおり、保持されている限り逃げられない。
「術理は……理解した」
「ん?」
河村ゲンジロウは意地でも己の大太刀を掴んで離さないまま、言葉を吐き出していく。
「一歩で間合いを詰める爆発的な脚力、突進の際に広く踏み込み幅を取る。相手が反応でなければそのまま斬り抜け、回避なり防御をしようとすれば……強靭かつ柔軟な手首の返しによって軌跡を強引に変えつつ、片足の踏み込みによって勢いと重さを確保して斬る──たしかに技術としての魔剣、と言えるのかも知れん」
「すげぇな、一回見て喰らっただけで理解ったのか」
「貴公は片手で返したが、両手のまま返しつつ斬るのが完成型だろう。だから力が足りていない」
何やら雰囲気から喋り方まで変わったような河村ゲンジロウの様子に、アルムはやや訝しい眼で見つめる。
「なるほどなー。でも俺流だから片手でいいや、俺なら片手でも斬れる。なんなら踏み込みすら必要ないまである」
「骨も断てていないようだが」
「直に断たれるさ」
アルムは左手で相手の刀を握り込んだまま、右腕の力を緩めぬまま押し込んでいき、河村ゲンジロウはついに膝をつく。
「本来ならこんなことしなくても、触れた瞬間から真っ二つに斬断──のはずだったんだけど、実戦で使うにはまだまだ俺の練度不足だった」
魔剣のほうは形にはなったが、魔導のほうに問題があった。
もはや上体が崩れそうになっている河村ゲンジロウは、諦めたように呟く。
「仕方……ないか」
ゾクリ──と、刀身を掴んでいた左手から背筋まで、アルムに悪寒のようなものが走った。
反射的に左手を離すと、ドズンッと大太刀が墜ちて大地を裂き割る。
「なんっだァ……?」
続けざまに振り上げられた剣閃をアルムが躱した為、食い込ませていた刀は河村ゲンジロウから離れてしまう。
「どうやら手離したのは──貴公が先のようだな」
「言ってくれるし、やってくれんじゃんか……って、あら?」
アルムは刀を正眼に構えて気付く、見ればいつの間にか刀身が半ばから斬られてしまっていた。
おそらくは回避した際の、河村ゲンジロウの斬り上げが原因──しかし斬断された感触はおろか、手応えすら無かった。
「面白くなってきたな。これは俺も本気にならざるを得ないかも」
「まだ底があるか……手負いのまま、交戦を続ける意義は──なしッ!」
言うやいなや河村ゲンジロウは担いだ大太刀を斬り落とすと、地面を砕いて目くらまし──遁走の一手を図ったのだった。
「ったくよぉ~~~勝負から逃げるとか、男の風上にも置けねェぜ……。それにこの俺から逃げられると──」
「おいバカ弟子、止まれ」
「げぇっ、お師さん」
背後から呼び止められて、アルムは止まらざるを得なかった。
振り返ればそこには"鬼面"をかぶった──"弥勒兵法"と"シン捨流刀殺法"の師匠である──棗ナガヨシが立っていたのだった。




