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#42 曙誠党の乱 II


「──父上、やっぱり暴れてるのアルムでした」


 遠見から戻った霧縫ノエは、父ドウゲンへと報告する。


「っっ……アルムの奴は自ら"紅炎一座"の位置を希望していて、なぜ最前線なぞにおるのだ!」

「だっはっはっは!! さすがだぜあの愚弟(アホ)


 苦虫を嚙み潰したような養父・霧縫ドウゲンとは対照的に、義兄である霧縫フゲンは大笑いする。


「エドゥアール、ラディーア両名はしかと後方で控えているようで……アルムだけが単独で先陣を切っています」

「お屋形さまになんと申し上げれば……」

「そこは大丈夫じゃねえのお? お屋形付きの棗ナガヨシさんが師匠なわけだし。つーか敵の戦線が総崩れじゃん、あの野郎あんなに強くなってたのか」

「私たちも()きますか? 父上」



 ノエの言葉に、ドウゲンは静かに首を振る。


「ならぬ。血が騒がないでもないが……命令を無視するわけにはいかぬわ」

「アルムと違って、立場ある身はつらいやなぁ? お・や・じ・ど・の」


 腕を組む(ちから)が入るドウゲンは、表情には出さずに言葉を紡ぐ。


「すべて捨て去りたい──と思ったことはなくもないがな」

「そうなのですか?」

「この父が……流浪の忍びとして。研ぎ澄ましてきた己の実力(ちから)を、誰憚(だれはばか)ることなく、何のしがらみもなく振るいたいと思うのは意外か?」


 ノエはフゲンと顔を見合わせてから、ドウゲンを(うかが)うように見る。


「……まぁ、正直に言えば──」

「ノエの言うとおりだ、意外すぎるだろ。親父殿(どの)はそんな素振り今まで見せたことねぇじゃん」


 厳格な父としての姿しか知らないフゲンとノエにとって、そんなドウゲン(ちち)の姿は初めて見るものであった。



 ドウゲンは目をつぶってしばし沈黙してから、ゆっくりと語る。


「それはこのように大きな戦争(いくさ)などなかったからな。自由な立場、自由な意思で主君を選べる歓びは……どういうものなのかとな」

「──初代さまのように」

「親父殿(どの)は棗の家じゃ不満なんかよ?」

「無論、不満などない。棗家は仕えるに値する主君であるし、七代目さまより数えてきた恩義と忠節がある」


「はっは~~~ん、不満はなくとも満足はいってねえわけか」

「……霧縫は武家として、良くも悪くも(おさ)まってしまった。どんな名刀も、抜かねば竹光(たけみつ)と変わらぬ」


 いかに優れた白刃(はがね)と秀でた武術があっても──使う機会が無ければ、斬る覚悟が無ければ──ナマクラと同義。


 初代から連綿と受け継がれた技と業。

 七代目より続く武家として……地方領主として民を治める立場。


 ──生まれし頃より、棗家に仕える身として育ってきた。

 自由に憧れるのと同時に、変わらぬ安寧(あんねい)の価値も知るがゆえの葛藤。

 しかしながら積み上げられてきたもの──伝統を踏みにじってまで、己の代で台無しにできるような性根もまた、ドウゲンは持ち合わせてはいなかった。



「とォ~~~りあえずはよ、少なくとも霧縫の名──その武勇に関しては、今まさにアルムが上げてくれてんだろ」


 フゲンはあっけらかんと言い、ドウゲンは大きく溜息を吐く。


「武力をひけらかすなど……忍者(しのび)としては()()だというに」

武士(さむらい)としてはいいんじゃねえの?」


 外部より自由な風を吹き込むという意味でも、わざわざ養子(アルム)を迎えたという部分が大いにあった。

 それがドウゲンにできる、精一杯でささやかな変化。


「ノエ、アルムはよもや……霧縫流を使ってはおらんだろうな」

「観察した感じだと、それは大丈夫のようでした」


 ノエは内心では笑いながら、表情には出さずに淡々と答えた。


「それだけが救いか。得てして悪名とならねばよいがな……。まあいい、さしあたり生きて戻ればもはや何も言うまい」

(やっさ)しいねえ、親父殿(どの)


 ドウゲンは顔近くまで上げた右手を、握り込むようにゴキリと鳴らした。


「言わぬが、たっぷりと(しぼ)ってやろうぞ」

(おっそ)ろしいねえ、親父殿(どの)





 実戦経験のない兵、戦慣れしていない農民や雇われ浪人──最初こそ整っていたが、まともに指揮も機能しなくなっていく戦場。

 陣が入り乱れ、敵味方の区別がつかないまま、ただただ目の前の相手を打ち倒さんと、自他共になりふり構わず、無秩序で狂奔(いかれ)坩堝(るつぼ)と化した大乱戦。


 異様な熱気に満ちて、吸う空気にも(とぼ)しく苦しい。

 剣戟音・破砕音と共に、怒号・絶叫が四方より耳をつんざく。

 血と汗と、死そのもののが混じり合ったかのような不快な匂いが鼻腔に充満する。

 白煙や粉塵に加え、蒸気のような(もや)で視界すら濁る。


 どれもこれも味わったことのない初めての体験。


「なんつーのかな、"(せい)"を実感するわぁ」


 だからこそ"霧縫アルム"は戦場の醍醐味(たいごみ)というものを堪能し尽くす。


 手は綺麗に──無駄を排し、淀みなく繰り出される一挙一動は、ある種の洗練された美しさを内包し、まるで一筆の書が完成へと至らんと刹那の軌跡を描き、空間に余韻を残す。

 心は熱く──内なる激情(ほのお)を自らの炉心に閉じ込めて、熱き血潮は魂をも燃焼させるが(ごと)く、高鳴る鼓動の一打ちごとに、(おの)(はがね)を鍛え上げていく。

 頭は冷静に──有象無象(だれもかれも)が狂いゆく混沌にあってなお、()いだ水面(みなも)のように静寂を(たた)え、戦場と己自身を俯瞰して詰め将棋のように組み立てる。



「♪♪・♪・♪・♪ また一人、倒れ、ゆく──」


 戦場(いくさば)の空気と立ち回りに慣れてきたアルムは、口笛を吹きながら音階(メロディ)拍子(リズム)を刻み、歌を口ずさみながら打ち倒していく。

 衣服や鎧兜・武具の質といった出で立ちの差を一瞬で見極め、的確に敵のみを加減した一撃のみで昏倒させていく。


「幸せか? 満足か? いつまでこの戦場(じょうきょう)に耐えられる?」


 身につけた技術(わざ)を振るい、鍛え上げた肉体(ちから)(ふる)う。 

 音楽と共に戦意を駆り立て(ふる)わせ、合いの手のような打撃音が大気を(ふる)わせる。


「♪♪・♪・♪・♪ また一人、冥府へ、道連れ──」


 アルムは数多(あまた)にとっての死地を、マイペースに、時にステップを踏みつつ、闊歩(かっぽ)し続ける。


 どれほどの混戦に只中(ただなか)あっても──羽織る紅衣に──返り血の赤が染み込むことはなく。



「──っと、ようやく骨のありそうなのが来たな」


 眼前には中肉中背で長髪をうなじあたりで結った男が、身長ほどもある大太刀を背に、目つきを鋭くゆらりと(たたず)んでいた。


「名乗りをあげなよ」

「拙者の名は……"河村ゲンジロウ"」

「ほっほ~~~聞いたことあるな……"人斬り"ゲンジロウか」


 悪徳な権力者を何人も斬殺し、小大名すら護衛もろとも叩き斬ったという"一等手配首"──御庭番の任務や情報の中で、アルムも耳にしたことがある名だった。


「俺は霧縫アルムだ。暗殺者が戦場まで出てくるなんて……よっぽどの事情があるのか?」

「拙者が求むるは強者との立ち合い。この剣を、術を、練磨することにある」

「暗殺も?」

「権力ありし者の周囲には、強き者が集う」

「一理ある……のか?」


 アルムは疑問符を浮かべ、河村ゲンジロウの手が背なの刀へと伸び、蓄えられた筋肉が隆起する。

 抜いた刃の切っ先は大地へと向けられ、両手で砕かんばかりに柄を握られていた。



「戦場にてもはや問答は無用なり、参る」

「そりゃ残念、俺は問答大好きなんだけど。せめて一個だけ質問に──」


 言葉を無視した河村ゲンジロウの、地面を削る一瞬の踏み込み。

 肉体を盾にするが如く隠された大太刀(おおだち)の間合い。突進と捻転より放たれた、膂力・速度・遠心力の乗った斬撃。

 それはアルムが思考するよりも早く、反射的に肉体が回避を選択していた。


「──知恵捨(ちぇすと)


 ゲンジロウがそう呟いた次の瞬間、天高く振り上げられていた刀身が瞬時に、続けざまに振り下ろされる。

 今度は反射ではなく意識的に、アルムは一撃目で崩された(たい)を地面についた右手で支え、左手で拾った脇差(かたな)を投擲しつつ斬撃を(かわ)した。


「……」


 投げられた刀はゲンジロウの肩口に刺さっていたが──特に気に留める様子もなく──再び構えを取るのだった。


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