#41 曙誠党の乱 I
──山城領・伏見平野──
駿河ノ国において、"曙誠党"と呼ばれる集団が蜂起。
倒幕を掲げて挙兵し、周辺を巻き込んで肥大化し北上、越境し山城の国へ。
伏見平野にて陣を張っている中で、飛騨幕府軍を筆頭とした諸将の軍容が展開していた。
「……アルム」
「なに、ラディーア」
「今さらわたしたちと一緒に戦う必要。ある?」
「大丈夫、許可はもらってるし」
今までも賊の掃討や魔物の討伐程度であれば何度か一緒に戦うこともあったし、幼少期は連れ回してもいた。
しかしこのような大規模な戦争は、ここ数十年なかったゆえに、戦に関わる大多数の人間にとって未知であった。
「我らが一座の息子の晴れ舞台、頼もしいではないか」
「エドゥアール。のんき」
紅炎一座の長である、"火葬士"エドゥアールは寂しげな表情で指先から炎を出す。
「皆それぞれ独立や引退していった。新たな土地で新たな生活に根ざす……実に喜ばしい」
"紅炎一座"で残っているのはわずか4人。
実戦要員はエドゥアールとラディーアを残すのみであった。
「エドゥアールも隠居。すべき」
「だよなぁ、もういい年齢だ。もはやエドゥアール老だよ」
「まったく二人とも……今この戦場において、誰よりも戦場経験が豊富なのは誰だと思っている」
大陸において戦争に身を捧げてきた魔術士は、老齢に差し掛かりつつも己の中で燃え上がる炎を感じていた。
「年齢といえば、ラディーアは誰かと"誓約"しないの? いい男紹介しようか?」
「子供が。余計な気を。遣うな」
「俺だってもう子供じゃないって、こうして肩を並べられる。身長だってほら──」
アルムが隣に立つと、既にラディーアの背丈をわずかに超えていた。
「もう"親連れ妖鬼人"だぜ、天狗でもいいかな」
「かっはっははは! "子連れ鬼"も形無しだな」
「うるさい」
時に悪態を吐く他愛のない会話、それも大切なやり取り。
「……妖鬼人?」
「ん、言ってなかったっけ。俺の血の半分は人族だけど、もう半分は妖精種と吸血種が半々ずつ入ってんだって。だから妖鬼人、"半人半妖鬼"」
「興味深い話だな。そうなると……アルムは半人半妖精種と半人半吸血種の子、あるいは人族と半妖精半吸血種の子ということになるのか」
「俺の先生の話だと、前者の方らしい。よくわかんないけど、揺らぎがどうとか言ってた」
アルムとエドゥアールの言葉に、ラディーアは静かに考え込む。
ハーフエルフとハーフヴァンパイアの子であったなら──その事実が示すのは。
「どったの、ラディーア?」
「いや。なんでも。……ない」
ラディーアはそんな偶然──いや奇跡があるとは、いくらなんでもありえないと思った。
しかし密かにそう思うだけならば……生きていた2人が結ばれ、その子供が自分にかけがえのない幸福を送り届けてくれたのなら──
淡く儚い希望ではあるが、信じるだけならば……と。
「その先生とやら……いったい何者だ? アルム」
「残念、そいつぁエドゥアールにも秘密だぜ」
「……そうか。まあお前も既に一端の男だ──己を導く人間を見極めるくらいはできるだろう」
「うん。立派になった」
アルムの頭へとラディーアは手を伸ばすも、ヒョイッと避けられる。
「──っと、もう撫でられるような年齢じゃないって」
「年は関係ない。いくつになっても。子供は子供」
そう言いつつラディーアは手の平を頭ではなく、アルムの頬へと添えた。
「んべっ──」
そのまま人差し指と中指で"半長耳"を挟み込み、親指を口の中に突っ込んで"鋭歯"に触れる──さらに"碧紫の瞳"をグッと見つめた。
改めて成長した義理の息子の姿──かつて過ごした幼馴染たちの面影を、言われてみれば受け継いでいる……ような気がするその顔。
「いきなりなんだよ」
「別に。なんでも。ない」
そう言いながら手を離し、わずかばかりの笑みをアルムへと向ける。
「……変なラディーア」
「いつもではないか?」
「確かに、それもそうか」
「二人とも。黙れ」
するとドンドンドンと太鼓の音が何度も鳴り響いた。
「おっ、そろそろ開戦か」
さらに法螺貝が鳴ったところで幕軍の御旗を契機に、家紋入りの旗が一斉にあがっていった。
『おぉぉおおおおおおおおおおおおーーーーーーッッ!!』
各所の怒号が合わさっていき、鬨の声が戦場全体を包む。
「んんっすっげぇ~~~なぁーーー」
「正面決戦は戦争の華ではあるが……あくまでそれが求められる局面、至るまでの高度かつ緻密な応酬があってこそなのだがな」
「仕方ない。こっちではまともな戦争。ずっと無かったわけだし」
戦争経験者のエドゥアールとラディーアは、アルムとは対照的に冷静に戦場を眺めている。
大陸人から見た時に【極東】と呼ばれるこの島国は、さらに北州と南州とに分断され、戦争だけではなく単純な人口も比して圧倒的に少ない。
すなわち生まれてくる才能の数も、過酷な競争でもって成長し芽吹く機会も、環境格差で厳選される淘汰圧も、何もかもが恵まれていないとさえ言える。
「ごめん二人とも。俺、先駆けるわ。後方じゃもったいない」
「陣容を乱すのは、戦争においてご法度だぞ」
「かもね、だ~か~ら~~~"戦果で捻じ伏せる"さ」
ビッと親指を立てるアルムに、エドゥアールとラディーアは慣れたようにうなずく。
北州にあってなお己の天稟を伸ばしたアルムの強度に、もはや心配は皆無であった。
仮に今のまま大陸に行ったとしても、充分に通用する──と。
「意気は良し、無理はするなよ」
「アルム。いってらっしゃい」
「押忍! いってきます!」
◇
「罷り通るぜ~~~」
アルムはするすると味方の陣をすり抜けながら──最前列にいた将が返答する間もなく──敵味方が突撃せんとする出鼻を挫く形で、戦場のド真ん中へと進み出る。
紫を基調とした出で立ちに、一座の"紅衣"を羽織った姿は、狙ってくれと言わんばかりに目立っていた。
「味わったことのない空気……新鮮だ」
たった一人逸った功名小童を血祭りにすべく。
矢が放たれるも、当たらない。何度も射掛けられて、なお当たらない。
止まらぬ歩によって距離が詰まり、鉄砲の射程に入ったことで、何発もの鉛弾が撃ち放たれ、さらに追加の矢の雨が降り掛かる。
しかし矢も弾も──まるで自らの意思を持ってるかと見紛うが如く──アルムの体を除けていくようだった。
「一番槍、もーらい」
アルムは自身に迫る槍衾の一本を掴み取ると……長槍を力任せに奪い取り、そのまま片手で無造作に、横薙ぐように振るう。
最前列に構えられた大盾が、触れた端から千切れ飛んでいく。
「やぁやぁ我こそは! 上総の雄──棗家に仕えし、霧縫一門が末席。霧縫アルムなり!!」
雑なスイングで折れ砕けた長槍の柄を捨てながら、名乗りを上げる。
「さぁてっと、いったい誰が名誉を背負う? 後の世の女たちに語られる不世出の"英傑"、霧縫アルムが生涯で最初に殺した相手という、たった一つの名誉ってやつをさッ──!!」
戦端は開かれた。
状況の変化に焦った後続が追いつくよりも速く、アルムは敵陣の只中へ突っ込んでいくのだった。




