#39 魔導具 II
「──で最近"扇祇カグラ"さまってぇ、次期将軍さまがお目見えしてた。"姫公方"って巷じゃ呼ばれてる」
「ゆくゆくは女性の聖威大将軍ですか、珍しいですね」
ピロートークに花を咲かせながら、イドラは水分を補給しようと竹筒に手を伸ばすと、アルムが先に取って口に含む。
すると飲み込まないまま唇を交わしてきて、アルムの口内からイドラの喉へと流し込まれていった。
「っぷは、ちょっと年上なんだけどすっげー綺麗で、あれはぜひとも一発……いや飽きるまでやりたいな」
「とんだすけこましになったものですね」
「先生のご指導ご鞭撻の賜物っす」
イドラは愛弟子と抱き合いながら、その頭を優しく撫でる。
「あっやられた」
「そんなに撫でられるのがイヤですか?」
「いや別に……ただちょっと恥ずかしいだけ」
年頃特有の気恥ずかしさなのだろう。
素直だった少年は成長し、生意気で気概に満ちた青年となった。
「そういや先生、魔導具の効果ってなんなん」
「……説明するのを失念していましたね。魔法具の話を覚えていますか?」
「ん、大陸の二代神王と初代魔王が協力して造ったっていうやつだっけか。確か、十二の魔法具」
「そうです。わたくしはそれを模倣する形で──しかして再現までは到底できないので、形や効果を変えて十二の魔導具を造ったのです」
「おっおー、そんなに造ったん!?」
アルムは上体を起こすと──手が届かぬちゃぶ台の上にある──桐箱へと、腕を伸ばす。
すると中に入った魔導具だけを、手元へと転移させていた。
「美事な空間操作です」
「まだ視界にあるものだけだけど、中身がわかってれば造作もないぜ」
「魔導の扱いも手慣れたものですね」
「女もそうありたい」
アルムはそれぞれ左手と右手に、耳飾りと白い花を差し出して見せる。
「白い花は"一日一命"──不老不死の効用を得られる魔法具、"深き鉄の白冠"を模倣したものです」
「すっげ、不死身かぁ」
「ただしこれは花が咲いている間、一日に一回だけ死んでも生き返ることができる程度のものです。蘇生することで枯れてしまいますが、そこから一日ほど掛けて使用者の魔力をすべて吸い続けて元通りに咲きます。吸われている間はもちろん回復できません」
「丸一日分も魔力が吸われ続けるのか、そりゃかなり厄介だな……」
破格の性能ではあるが、同時に魔力を強制的に喪失してしまう。
魔力が吸われる不安定な状態で蘇生しても、実戦においては危険なまま。実用性としては難が残るシロモノだろう。
「あれ? さっき先生が咲かせてたのって……」
「わたくしは製作者ですから。魔力こそ使いますが、契約せずとも一瞬で咲かせるくらいはできます」
「ずっる」
「そもそもわたくしの魔力色で調整したものですから、他の人間だと仕方がないのですよ。わたくし自身が使ったところで咲く前にもう一度殺されたり、魔力が足りなければ注ぎ損になります」
「なるほどなー。まっとりあえずは初回無料で使えるってことね」
「任意で怪我を治すのにも使えますが、一回は一回です。魔力の消費対効果が良くも悪い、正直なところ意外と使いにくいものです」
一度とはいえ死んでも問題ない。それが決定的な心の隙を生むこともある。
「しかも一度契約してしまえば、寿命で完全に死に切るまではずっと根を張ります」
「……根?」
「死んだ時にも自動で発動しなければ意味がありません。そのトリガーは"脳機能が停止"したと判断された時──つまり頭皮の下に張った根によって判断されrのです」
「えっ、なにそれ怖っ──じゃぁ外せないってこと……?」
「もちろん死に切るまでは、外せません。魔導具だけ破壊しようにも、根まで絶たないとダメです」
「うへぇ……」
アルムは何とも言えぬ表情を浮かべ、イドラは淡々と説明を続ける。
「使用者と一体化する魔導具というのは、実は少なくないのですよ。例えば心臓に楔を打ち込むことで、"影"を自由自在に操作できるようになる魔導具などもありました」
魔術や魔法と違って、固有とも言える魔導は……それほどまでに強力に結び付く必要があるものとも言える。
「なるほどなー。まぁなんたって効果が蘇生だもんな。デメリットが多くても、"保険"って考えれば十分すぎるなぁ」
「保険?」
「最近をそういう商品を扱ってんだ、元々は大陸のやつでさ。何か損失があった時に補填をしてやるんだけど、例えばその元手は100人とかから少しずつ集める。んで実際に損失が発生するのは稀だから、こっちは儲かるし利用者は少額で安心を買えるわけ」
「単純ですが、よくできた機構ですね」
「まぁヒタカミでも過去には組合内に限ってとか、似たようなものはあったっぽいけど」
発想は至ってシンプルでも、実際に思いつけるかというのは別問題であること。
技術的には可能でも数百年後に発明されたもの、あるいは転生者の知識によってもたらされた思想や発明品。
長い歴史を生きてきたイドラにとって、それは身に染みるほどに感じてきたものだった。
「つまりは"備えあればなんとやら"ってやつ。で、耳飾りのほうは?」
「"鏡合わせの残響"──魔法具"遍在の耳飾り"の模倣……わたくしが製作した中でも、一二を争うほど忠実に再現できたモノです」
チャリンッと一対の耳飾りを鳴らして、イドラは語る。
「端的に言えば、"分身体"を作ることができます。無尽蔵に産み出せるという魔法具の方と違って、どれだけ魔力を消費しても一体が限度ですが」
「……ん、それってさぁ先生も二人になれたり?」
「もちろん」
「契約解除できるタイプの魔導具?」
「耳飾りはそうですね。そこを含めて再現度と完成度がとても高──」
「うわっもったいな! 三人でヤレたじゃん!」
「はぁ~……まったく、度し難い弟子ですね」
イドラは大きく、あまりにも大きく溜息を吐いた。
「んじゃ今からでも──あっ! 花を咲かせるのに魔力使っちゃってる!?」
「……」
忙しなく感情を上下させるアルムを、イドラは生暖かい目で見つめる。
実際には閉鎖空間に構築されている循環魔力によって、消費した魔力は既に充填されつつあるのだが……今は口を開かないことにした。
「くっそ~。次は絶対ね!」
「考えておく、とだけ今は言っておきましょう」
一通り落胆したアルムは気を取り直し、ピッと天秤を指差した。
「んじゃ最後にあれは?」
「"不均衡の天秤"──魔法具"分かち合う心中"を模倣しようとしたのですが……正直なところわたくし自身、効果を掴めていないのが現状です」
「ほっほ~ん?」
「製作者にすら不明瞭で持て余す危険なモノ、ゆえに誰の手にも渡ってはいけないわけです」
「なんなら壊してあげよっか?」
弟子の提案をイドラは丁重に断る。
「それもまた忍びないというものです。解析を続けていくつもりですし、それとは別に近々"新しい魔導具"も作り始めようかと」
「おーーーそっかそっか、楽しみ。他には無いの? 変な人の手に渡ってない?」
「所在不明だったのは、奪還してもらった三つだけです」
イドラ自身が北州へと持ち込み、封印された際に奪われてしまっていた魔導具。
「残りはわたくしの同志に分け与えています」
「同志……?」
アルムはそれまでイドラから様々なことを語られてきたが、初めて聞く部分が気になって問う。
「"長命種同盟"、定命の者よりも遥かに長い寿命を持つ者たちで、助け合う目的で創立した組織です」
「へぇ~、先生の仲間か」
「わたくしが【極東】へ渡った時点で別れた形ですが……一癖も二癖もある者たちですから、しぶとく達者に生きていることでしょう。アルムも半人半妖鬼ですから、まだ存続していたら入ってみますか?」
「会って、話して、楽しそうだったらアリかも」
笑みを浮かべながらアルムはそう言った。
もしも組織がなくなっていたら、新たに弟子と創り直すのもいいのかもと……イドラは心の隅で穏やかに考えるのだった。




