#38 魔導具 I
「おーっす、先生。ちょっとお邪魔していい?」
アルムは本来であれば何者も出入りの許されぬ空間内に、気安く侵入してくる。
「わたくしは貴方に対して閉ざす扉を持ってはいませんよ。物理的にも精神的にもね」
「ありがとう先生、あっそうそう、この前の手紙は出しといたよ」
「いつも助かります」
「そういえば先生宛ての手紙は来たことないよな? 片思い?」
「古い知人へ連絡しているだけですから、必要ないのです」
「ふ~ん、そっか。まっやり取りしたいんだったら、いつでも俺を通してくれていいかんね」
アルムはさながら我が家のように座布団を敷き、ドカッと座り込むと巻物を読み始める。
「ところでアルムはもう何歳に?」
「十二歳だけど?」
最初の頃と違って、定期的に持ち込まれた生活用品によって快適性は様変わりしていた。
同様に弟子もまた、幼き頃の面影はほとんど薄れてしまっている。
「年頃ですね、そろそろ"自分だけの空間"というものがほしいのでは? "空間変成"で創ってみるのもよいでしょう」
「自分だけの空間を、創る……? その発想はなかったな、ここに慣れすぎて」
弟子の心が安んじられる場所であることに、イドラは一抹の嬉しさもあったが……そろそろ自分が子離れ──もとい弟子離れする時期であるとも思っていた。
「アルムだけが使える、空間に対して自由に展開する魔術方陣。名を──」
「"空脈方陣"ね」
「それを使い、この場所のように循環させる形で構築すれば、人が住める環境を創ることが理論上可能なはずです」
アルムは体を揺らしながら想像を膨らませていく。
「絶対楽しいやつじゃんか。それに夢と浪漫がめちゃくちゃある」
「構築にあたってわたくしが手伝えることもあるでしょう。その時は遠慮なく相談して構いません」
「うん、そうするよ。最近はヴィスコームさんとも一緒に商業やったり、ボーネルさんから色々と物作りも教わってて忙しいから、もうちょい落ち着いたらだけど」
アルムは"紅炎一座"の名前を出しながら、中断していた手の中の巻物を再び読み始める。
「──ところでアルム、何度も邪魔して申し訳ありませんが……熱心に読んでいるそれは? いつだったか熱心に読んでいた大陸の"星典"とは違うようですが」
「ん~別に邪魔なんて思ってないよ。これはねぇ、秘伝の奥義書」
「奥義書、霧縫の……?」
「うん。当主しか見られないやつらしくて、ちょこっと借りてきた」
実にあっけらかんと言う。
しかしアルムの魔導にとって、誰にも見つからずに忍び込んで脱出するなんてのは散歩と変わらないのだろう。
「本当にあっさりと盗ってくるのですね」
「よゆーよゆー、いずれ先生もこっから出してあげるからさ」
イドラはその言葉に対して沈黙し、噛み締めるように飲み込んでから口を開く。
「アルム……頼みごとをしてもいいですか?」
「いいよー、なに?」
「"魔導具"を盗んできてほしいのです。正確には元はわたくしの物ですから、"奪還"と言えばいいでしょうか」
「それって先生の目にあるやつ?」
片側だけ伸ばした銀髪の奥にある、水晶のようなイドラの左瞳をアルムは見つめる。
「この万物の揺らぎを視られる"万相眼"とは違います。他にもあるのです」
「へっへぇ~……奪り還す、了解。どこにあるん?」
アルムは一切の疑念を抱くことなく、イドラの言葉を信じて鵜吞みにする。
イドラ自身、別に嘘は吐いていないのだが……あまりの素直さに少しだけ心配になるも、それもまた美徳であろうと心の中でうなずいた。
「おそらくは棗の家の、宝物殿のようなものがあれば──そこに無ければ、扇祇か霧縫と思われます」
「どれもよ~く知ってる」
「そうでしたか、では──」
イドラは皮紙を取り出すと、羽ペンでサラサラと絵を描いていく。
「鏡の破片のような三角形の耳飾り。大きな白い花を象った髪留め。金色の天秤──かつてわたくしが製作した魔導具たちです」
「へぇ~……先生が造ったのか。ふんふん、わかりやすいしすぐ見つかりそう。じゃっ早速いってくる」
言うや否やアルムは、その場から搔き消えてしまったのだった。
◇
「──"耳飾り"が棗、"白い花"と"天秤"は扇祇のほうにあったわ」
1時間とせず再び戻ってきたアルムは、包みを開いて小・中・大の桐箱をちゃぶ台に並べる。
「……両方に忍び込んだのですか」
「大した手間じゃなかったよ。仕入れてる中で似たようなのを選んで、一応それぞれすり替えといた。外箱はただの流用ね」
あまりにも手回しが良すぎた。
随分と慣れた手口のように思えたが……イドラは口をつぐみ、丁寧に箱から取り出された魔導具を1つずつ手にして確かめる。
「なんか白い花は萎れてんだけど、それで間違いなかった?」
「間違いありませんよ。これは魔力を注ぐことで活性化するのです」
そう言うとイドラの手のひら大くらいにまで、白い花が咲き誇った。
「本当にありがとうアルム、さっ──」
「いやいやもう頭とか撫でられる年じゃないって、先生」
「そうですか……まぁいいでしょう。天秤はわたくしが使うつもりですが、残る二つはアルムが使っていいですよ」
ふわっと投げられた白い花を、アルムは優しくキャッチする。
「え? いいの?」
「大切な物を……価値も、使い道も、何も知らぬ他人の手によって死蔵されているのが、もったいなかっただけですので」
「あーーーわかる。ましてや自分で作ったものなら余計にそうだよなぁ──そっかそっか、んじゃありがたく」
アルムがそれぞれ小・中の桐箱に戻したところで、イドラは天秤の片一方を指で押すように傾けた。
「もっとも魔導と魔導は干渉しますから、アルムには使えませんが……」
「えっ……? あー、そういえば昔そんなの聞いたような」
「魔導とは魔力の固有色によってもたらされるもの、原則として魔導を二つ以上持つことはかないません。魔導具にしても同じです」
「原則、ってことは例外がある……?」
「過去には"融合の魔導士"が別の魔導師と融合することで、別の魔導を同時に使えていましたね」
「俺には無理じゃん」
むすっと口を尖らせるアルムに、微笑みながらイドラは話を続ける。
「融合魔導師は、他にも何人も融合──いえ、もはや存在ごと"喰う"と表現すべきでしょう。繰り返し続けて肥大化し、やがて精神を保てなくなり、ただの魔獣と成り果てました」
「あ~らら、限界点を見誤っちゃったんだ」
「アルム、貴方は力の使い方を決して過つことがないように」
「俺に限ってそれはありえない、けどまぁ肝に銘じとく」
アルムはコツンコツンと桐箱を指で叩きながら不満を漏らす。
「でもそっかーーー、使い物にならないんじゃ見返りにならないなぁ」
「……なるほど貴方の考えが読めましたよ、アルム」
「さっすが先生、俺への何よりのご褒美は──先生を抱くこと、最近やってないし」
イドラは小さく溜息を吐いて、愛弟子へと視線を向ける。
「抱かれるのは構いませんが……ノエさんに勝つべく、他の女性を練習台に手籠めにしているのでしょう。今さらわたくしの体などで──」
「いやぁ、やっぱり俺を育ててくれた肢体だし。まだ先生をあへあへ言わせたことないから」
「……奥義書を読むのはいいのですか」
「そんなのは後回し、こっちのが優先!」
一瞬にして服を脱いだアルムの肉体は、もはや少年とは言えぬほどに逞しく育っていた。
「あっ先生はそのまま、着たままがいい」
「男子三日会わざれば──南州の言葉でしたかね……まったく困った弟子です」




