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#36 星の一会 III


「それでぇ、アルムくんはこれからどうするのぉ?」

「えっ? あーーー俺は……」


 俺は色々と思考を巡らしながら、そこから先を言い淀む。


「ねぇユリウス?」

「ああ、もしもアルムくんが良ければだが、家族として歓迎したい」

「エンテにもお兄ちゃんができるわねぇ」

「アルムにいちゃん……?」


「くっかははは、それもきっと悪くはないかも知れません」


 そう俺は口にしつつ、現状と考えをまとめていく。



(……戻ることは、きっと問題なくできると思う)


 そうイメージできるし、確信できる。

 なぜなら空に浮かんでいる"母星(フーガ)"には親しい人たちがいて、帰りたいと心の底から願える場所(いえ)だからだ。


(でもまた、もう一度"片割れ星(カノン)"に来れるかと言われれば……)


 きっと──いや、間違いなく無理だ。

 地上から遠く眺めていただけの片割れ星(ここ)へ、再び空間転移できる想像ができない。


 いかに今こうして立っていたとしても、ほんのちょっとでも迷いがあって、失敗してしまったなら──考えたくはなかった。


(だからって、ここが帰る場所と思えるほど居着くわけにもいかない……)


 紅炎一座や霧縫家に会えないまま、ここで何年も過ごすにはあまりに長い。

 何よりもここには三人家族と、未開拓の大自然と、死んだワーム以外──娯楽が何も無いのだ。


「ごめんなさい、俺を待ってくれている人がたくさんいますから、帰りたいと思います」


 はっきりと自分の意思を告げる。ここだけの楽しみを見出すこともできるだろうが、それは今ではない。



「あらそぉ? 戻れることはできそうなの?」

「何か手伝えることはありそうか?」

「いえ特には。一応は魔導師なので、具体的な想像はできています。それになぜだか片割れ星(ここ)は……凄く魔力が溢れている感じですから」


 アデリンとユリウスは慈しむように、こちらを見つめながらうなずいてくれる。

 一方でエンテはどこか寂しそうな表情を隠しきれないでいた。


「残念ねぇ、またこっちに来れたりするのかしらぁ?」

「そこに関しては……少なくとも今の俺の実力だと難しいと思います。でもいずれは──自由に行き来できるようになるかと」

「いいわねぇ、その自信。あなたは魔導師になるべくして魔導師なった子なのねぇ」


「ありがとうございます、その時には皆さんを連れていけるくらいになっておきます」

「こっちの生活も悪くはないのだがな。とはいえ少なくともエンテには、外の世界を知ってもらいたいところだ」


 エンテはいまいち事情が呑み込めていないのか、キョトンとした顔を浮かべていた。


「まぁこれもせっかくの機会なんで、しばらくはお世話になります。片割れ星(カノン)を観光したり、ワームにも興味ありますし」





「ごめんなさい、言っちゃ難なんですが……お二方って何も知らないんすね!?」


 俺は3人の生活環境を把握したところで、思わずそう突っ込まずにはいられなかった。


「生まれた時から貴族生活でぇ……こっちに来てからも魔術に頼り切りだったしぃ?」

「我は生まれも育ちも良くなくてな、元々は名すら無かった身だ。最低限の生きる(すべ)こそ自然と覚えただけで、専門的なことはあまりな──」


 食糧や(まき)に関しては単純に自然豊富だから問題はないものの、解体の仕方が中途半端で無駄が多く、まともな保存なども特にされていなかったり。

 遠くない場所に川があるのに水を引くこともせずに、魔術で作り出したり、その肉体にあかせて不必要に往復したり。

 薪こそ備蓄しているものの、保管状態が悪いせいか湿っているのを火属魔術で強引に誤魔化しているようだったり。


 生物や植生に恵まれているとはいえ……本当に最低限というだけで、それ以外のことがあまりにも杜撰(ずさん)と言えた。



「いくら魔力も豊富で、アデリンさんが凄腕の魔術士だったとしても──これはないですよ……」

「あ、あらぁ……? いやぁそのぉ、自覚がないわけじゃないのよぉ」

「むしろアルムくんが、まだ若いのに随分と詳しいようだな」


「まぁ拾ってくれた家族……それと忍びの家に養子に入って、他に師匠らからもいろんなことを教わりましたんで」


 灌漑(かんがい)。農耕。燻製など保存性の良い食糧の作成法と、より文化的で美味しい調理。

 種類に応じた適切な保管と、氷室(ひむろ)なども含めた保存場所の構築。

 皮の(なめ)し方や紐類の製作。効率的で高品質な塩の確保。釣りの仕方。器の製作。

 燃やして残った灰の利用方法。衛生的な環境への改善。その他に(つちか)った様々なサバイバル技術。


(思ったより長居することになるかもなぁ……)


 俺はこのまま見捨てることもできないまま、この際は"片割れ星(カノン)"の生活をしばらくエンジョイすることに決めるのだった。





「──ユリウスさんて、どうやってこんなワームを倒したんですか?」


 俺はユリウス引率の下で、エンテと共にワームの内部を探索していた。


「息絶えるまで何度も殴っただけだ」

「……わーお」


 予想外で、そして意味不明な答えだった。

 これほどの巨獣を殴り続けて殺し切るなど、正気の沙汰とは思えないし、実現可能とも思えない。

 しかし嘘を吐くどころか、冗談らしい冗談すら言えない人物なのは、既に知っている。


「アルム! 見て!」


 エンテはいつの間にか、手の平よりも大きい"黒い石"を拾って見せてくる。


「なんだこれ……黒曜石──?」

「はい」

「うぉぉぉおおおお!?」


 無造作にエンテから渡された黒い石を持った瞬間、見た目からは想像できない重さに腰が崩れるも──無様に倒れるのだけは何としても(こば)む。



「ッッ──なんじゃこりゃ」


 それは明らかに黒曜石とも違う、一点の曇りもない黒い結晶のようだった。


「奥のほうにもっと大きいのがあるよー?」


 両腕を広げながらエンテはそう言った。 

 俺はツツツーっと黒石の表面を触ってみると……とても不思議な感触だった。


 するとユリウスが腕を組みながら口を開く。


「我が本気で殴っても壊れない、とても頑丈なものだ。大陸はあちこち巡ったものだが、さすがの我にとっても初めての経験だったな」

「ユリウスさんが殴っても!? まじっすか……」

「改めて試してみようか」


 そう言うとユリウスは左手で黒石を軽々と掴み、右腕を伸ばしながら思い切り全身を引き絞る。

 やることはただ思い切りぶん殴る。ただそれだけ。

 しかし積み上げられた経験に裏打ちされた拳は、我流ながらも本人にとって最適な形となっているようだった。



「ぬんッ──」


 地面が沈み、目にも映らぬ速度で放たれた一撃。

 その余波だけで俺の体躯が吹っ飛ぶ──ところを、慣れているのかその場で(こら)えたエンテによって腕を掴まれ、なんとか留まる。


「すまんエンテ、ありがとう」

「どーいたしまして」


 俺はその場に着地して、ユリウスが握っている黒石を見つめた。

 特に欠けた様子もなく、殴られる前と変わっていない。


まだ(・・)無理か」

「半端ないっすね、これで武具を造れれば──」


 最高の素材を前にゴクリと生唾を飲んだところで、俺はすぐに大いなる矛盾に思い至る。


(いや、ユリウスさんで壊せないってそれ……加工できないじゃん)


 ワームのような化物を素で殴り倒すユリウスの拳をして、破壊できない超物質。

 しかもとてつもなく重い上に大きいとくれば、まともな運用は期待できなかった。



「アルム、武器作れるの?」

「そこまで大層なものじゃないが、造れるよ」

「ほう……アルムは鍛冶の心得があるのか」


「えぇまぁ、霧縫の家では縫飾(ほうしょく)も習うし、|任務で鍛冶師見習いや、指物(さしもの)なんかもやってたのを趣味で続けてるんで」

「任務──忍びというやつだったか」

「子供だからけっこう重宝されてるんすよ。任務が終わってからは、ただ好きでやってます」


 様々な物を加工して、自ら新たに創り出したり、別の形にしていくのは本当に楽しい。



「ただこの"黒結晶"を使って何かを作るのは無理ですけどね」

「……?? どうしてぇ?」

「そりゃぁなエンテ、ユリウスさんに壊せないものを俺が切ったり削ったりできるわけがないからさ」


 首をかしげるエンテの純粋無垢な質問に、俺は肩を落としつつ答えた。


「なるほど、たしかに。これで武具を製作するなら──"単純な膂力(ちから)を超えた、特異な能力(ちから)"が()るというわけか」

「……特異な、魔導(ちから)──?」


 何の気なしに口にしたと思われるユリウスの言葉に、俺はふと──漠然とした予感のようなナニカが、己の中に薄っすらと(とも)ったような気がした。

 今後進むべき指針(みち)とも言うべき、新たな方向性(かのうせい)を垣間見たような……。



「そっすね。いつの日かユリウスさんを超えた暁には、"黒晶(これ)"で武具を創ってみせますよ?」

「良い気概だ、我も負けてはいられないな」


 これ以上強くなる気なのか──と、俺は心の中だけで口には出さなかった。


「とりあえず今は……別の素材でエンテに何か造ってやるか、武器はいらないだろうから防具(ふく)をな」

「アルム、ありがとう!」

「なんのなんの」


 にこーっと笑顔を魅せるエンテの頭を、俺はポンポンっと撫でる。弟がいればこんな感じなのかと。


「すまないな。我もアデリンも、どうにも(うと)いものでな」

「えぇえぇ、この数日でよーく知ってます。まぁこれも数奇な(えにし)ってやつです」


 本当に人生というのは何が起こるかわからない、とても面白いものだと俺は改めて思うのだった。

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