#35 星の一会 II
「ここは"片割れ星"。君が居た場所は……空に浮かぶもう一つの星だ」
エンテの父は、空を指差しながらそう告げる。
「……はい? 今なんて?」
「極東があるのはあの浮かんでいる"母星"で、ここは向こうの地上から"片割れ星"と呼ばれていた双子星だということだ」
俺は数十秒、あるいは一分以上──しばらく思考が停止していた。
それから改めて周囲を観察し、夜空の星を見上げ、星座の位置を記憶と照合する。
(そっか……違和感の正体は、いつも見えてる星座の位置とズレてたからだ。片割れ星も……言われてみれば色も少しだけ──あれが"母星"の色か)
言われなければ気付かれないほどだったが、知った上でよくよく観察すれば確かに違うのがわかった。
少しずつ状況を整理しつつ、俺は実感がようやく満ちていき、驚きと嬉しさと戸惑いと不安とが綯い交ぜになる。
「片割れ星、ここが。くっかっはは、ははははっははははハハハハハハハッ! 俺は大陸どころか、空の星に来ちゃった──かぁ……」
「アルムくんはどうやって来たのだ?」
「っあーーー実は俺、魔導師でして……別の空間へ移動できるんです」
本来であれば隠しておくべきことだったが、何かもうどうでもいい気持ちになっていた。
どのみちバラしたところで、片割れ星では情報が漏れることもない。
「魔導……エンテと年の頃はそう変わらなそうだが、しかしその様子からするとまだ御しきれていないようだな」
「おっしゃる通りっす。まぁこういうことは珍しくはないんですよ、ただこんなとんでもない距離まで転移するのは……初めてで」
あるいは魔力量・魔力操法・魔力濃度、魔導そのものが洗練されてきたがゆえの……超長距離の"歪空跳躍"成功だったのかも知れない。
俺はボーーーッと故郷の星を見つめる。
(そりゃぁ確かに星天に魅せられ、星々に憧れ、片割れ星にも行きたいとは常々思っていたけどさぁ──まさかこんな形で発露するなんて……)
想定外にもほどがあった。しかしそこでふと当然のように浮かんだ疑問を、俺は素直にぶつけた。
「……っっ!? そういえばエンテたちはどうして、どうやってここに……? まさかこっちにも人類が、国が……いや? それだと、なんで言葉が通じて──」
「そうだな、ゆっくりと説明する為にもいったん我が家へと招待しよう。エンテの初めての友達ならば、なおのことな」
◇
遭遇地点から少しだけ行ったところで、すぐに目印となるものが地平線から顔を出す。
その目的地まで近付いた俺は、ぽかーんとマヌケ面で威容を見上げた。
「……なんっだ、ありゃぁ」
「あれは"ワーム"だ、アルムくんが倒したのはその幼体となる」
「まさか大陸神話に語られる、あのワーム!?」
大地深くを掘り進み、山脈すら喰らって、"大陸の中に海を作った"らしい魔獣。
先生が語った歴史の中に存在する数多の魔獣の中でも、理外・規格外・別格に分類される存在。
人族と魔族の大戦争の最中であっても、停戦・協力して対抗せざるを得なかったほどに強大だったという。
「まだ孵化しきれてなかった卵が稀に残っていることもあり、エンテの狩りの修行に使っていたのだ」
「なるほどなー、つーか……」
近付けば近付くほどに──それは端的に言えば、"山"と形容すべきひたすらに巨大な物体であった。
とてつもなく太く、高く、分厚く、長い、それが一部とぐろを巻くように雑に積みあがって死んでいる。
(いくらなんでも巨大すぎる、こんな魔獣がいるのか……北州伝承に聞く"泥田羅"だって、これに比べれば……きっと小人だ)
先生から「空間転移を扱う者として相対距離のみならず、あらゆる距離を常日頃から意識して測り、確度を高めること」と言われている。
だからそれが一体どれくらいの大きさで、実際にどんな風に動いて、どういう被害をもたらしていたかは、現実的な実感としてある程度ではあったが想像できた。
("海魔獣"オルアテクなら……)
あるいは今なお外海で猛威を振るっている、島と見紛うほど巨大らしい化物ならば匹敵するのかも知れないと。
「……まさかこれ、エンテのお父さんが討伐したんですか?」
「そうなるな」
端的にそう答えられる。
まるでそれが当たり前で、そこらへんの森にいる獣を飼ったようなテンション感だった。
「はぇ~~~ヤッバぁ……ってか、意外と臭くないんですね」
「動いていた時は、それはもうきつかったものだったが。死んでしまえば腐ったのも一部だけ、不思議なものだ」
これほどの巨大さ、素材としても使える部位はあまりにも多いだろう。
北州伝承に残る凶悪な怪異や妖魔も、討伐された後は武具などとして利用されて高値で取り引きされている。
もしもここが"片割れ星"でなかったら、この死骸が生み出す利益は、恵みとは……果たしてどれほどのモノになっていたであろうか。
一財産どころではない。
「着いたぞ、あそこが家だ」
それは死骸より離れた場所に建てられた、岩塊からそのまま削り出したような家だった。
おそらくは優秀な地属魔術士が建造すると、ああいうのができるのだろうと想像させた。
エンテは父親から離れると、扉を開けて勢いよく入っていき、俺もそれに続いた。
「母さま、ただいま!」
「おかえりエンテ……"ユリウス"も──それに可愛らしい……お客、さん!?」
中へ入ると、癖のある金髪を伸ばした見目麗しい女性が驚いていた。
エンテと並んでいると、顔立ちは母親似なのだと思わせる。
「お邪魔します、霧縫アルムと言います」
「アルム、ぼくのともだち」
エンテは母親の服をちょいちょいと引っ張って、耳打ちするようにささやく。
「ユリウス、どういうこと?」
「我も詳しくはまだ聞いていない、だからこれから話そうと思う。十中八九、きみのほうが詳しい分野だ」
そうして俺は、家と同じく石から切り出したような造形をした椅子と机へと案内されるのだった。
◇
「──なるほど魔導師なのねぇ、それは珍しいわぁ。それに言葉遣いや態度も立派ねぇ」
「家が厳しく、いろんな人に師事してますので……」
「あらぁ、そうなんだ。でもここでは楽にしていいわよぉ──そういえばまだ名乗ってなかったわねぇ」
俺は──決して美味くはない──"なんかよくわからない粗茶のようなもの"を飲みながら、"片割れ星"に住まう三人家族と会話を重ねる。
「わたしの名前は"アデリン"。昔は貴族でアンプ姓を名乗ったり、"大層な地位"に座ってたり、しがらみも多かったけど……今はただのアデリンよ」
アデリンは意味ありげな視線をユリウスへと送る。
「すまない、まだ名乗っていなかったな。我もかつては数え切れぬ"二つ名"があったものだが……今はただの"ユリウス"だ。しばらく後に付けられた名前ではあるが、気に入っている」
「ユリウスさん、アデリンさん……それにエンテも、皆さんはどうしてここに?」
「エンテはここで産まれた子よぉ。わたしは"とある戦争"で、最愛の肉親を喪失い、ここへとやってきたの」
「我も同じだ。アデリンの話を聞く限り、ここに我らを運んだのは恐らく"同じ人間"──不思議な魔術だった」
どうやらアデリンとユリウスは、別々にこの星へと送られたらしかった。
「はぁ……、ってかまさか、ユリウスさんって負けたことあるんですか!?」
「だからここにいる。もっとも我の時は三人掛かりではあったがな」
「わたしの時はぁ、逆に二人掛かりでその一人相手に負けちゃったわねぇ」
俺は窓の外に鎮座するワームの死骸を見つめる。
巨大なワームすら討伐しうるユリウスを、敗北させた人物──それは一体どれほどの傑人なのだろうか。
はっきり言ってしまうと、彼が敗ける姿がまったく想像ができない。
そんな印象を受けるほど超人物であると、本能が告げている。
「我が為すべきこと、成さねばならぬことは尽きることはなかった。が、なに……存外こういった生活も悪くないと知ることができた」
「それはわたしも同じねぇ……ユリウスのおかげで、わたしたちを愛してくれたおかげで救われたの」
「父さまと、母さま、仲良し」
「エンテもねぇ」
穏やかな笑みを浮かべる両親の間で、エンテは屈託なく幸せそうに笑っていた。
(なんか、うらやましいな……)
俺は素直にそう思った。
ラディーアや紅炎一座がいる。霧縫家や先生や老師らにも恵まれている。
それでも本当の両親というものが恋しくも想う。いつかは探し出すのもまた、俺にとって目的の一つであるように。




