#34 星の一会 I
「ふわぁ……あ~~~──」
"アルム"はあくびを一つしながら、寝ぼけ眼で周囲を確認する。
どうやら寝過ぎてしまった──以前に、屋内ではなく外の地べたで寝ていたようだった。
「んっく、ふゥ……やっちゃったなぁ」
最近はとんと無かったものの、数年前までは何度となく味わって慣れたものである。
"空間転移"の失敗──というよりは暴走。
睡眠中にうっかり発動させてしまい──それが霧縫屋敷内ならまだしも──まったく見知らぬ土地で目覚めることも何度もあった。
それは例えるなら寝小便みたいなもので、魔導を覚えたての7~8歳くらいの昔ならともかく、11歳にもなってするとは思ってなかった。
「っにしても見覚えがないなぁ、ここはど~~~こだ?」
単衣に裸足で立ち上がった俺は、周囲を見渡す──も、何もない茫漠とした荒野のみがただただ広がっていてた。
さしあたって見覚えがないのは当然としても、なんとなくいつもとは違ったようにも思える光景だった。
「すゥ……はァ……」
俺は大気を肺いっぱいに満たしてから、ゆっくりと吐き出していく。
「なんか空気が濃くて、美味しい気がする。でも気圧的に……標高はそんなでもなさそうな」
感覚的にそう考察しつつ空を仰ぐと──"片割れ星"と、昼間にも輝いて見える星座が映る。
(なんだろう……なんかこう、変な気がする)
首をかしげながら、俺は違和感の正体を探ろうとする。
下手をすると、甚だ不本意ながら"大陸"にまで転移してしまったのではないかと。
「帰るまでにどれくらい掛かるかなぁ。いつだったかみたいに、ま~た心配掛けちゃうかも」
まずは人里を見つけて、自分が今現在どこにいるのかを知るところから──と思った矢先、空の向こうより"ナニカ"が近付いてくるのが見える。
「魔物……いや、蟲?」
それが近付くにつれて、二対の翅がはばたく嫌な音が耳へと届く。
飛んでくる黒い連節状の体は太く短くしたミミズのようで、大きさは自分の上半身くらいはありそうだった。
「気持ち悪ぅ……」
知的好奇心よりも、生理的な嫌悪感のほうが上回る形状。
明確に敵意をもって突進してきた化物蟲を──直前まで引き付けてから──俺はステップを踏んで回避した。
衝突すべき標的を失った蟲は、大地を削るように激突する。
「地面のほうが抉れるとか……煮ても焼いても食えなそ~~~。珍味とも思えない臭さだし、腹が減ってても絶対に食べたくないかなぁ……」
蟲のほうへ向き直ってよくよく観察してみると、外皮は恐ろしく堅牢そうで、半端な攻撃では殺せそうになかった。
仮称"飛び黒ミミズ蟲"は、ギチギチと威嚇音のようなものを発し、翅をバタつかせている。
「まっ向かってくるなら駆除させてもらうぜ」
さきほどは反射的に素肌で直接触れるのを躊躇ったのと、未知の生体に対する観察、そして準備から回避を選択した。
「"空脈方陣"──」
俺は伸ばした手の平から空間へと、薄めた魔力を走らせて"魔術方陣"を描いていく。
それはイドラと共に開発した俺の為の、俺だけにしかできない──"空間変成の魔導"を利用した代替魔術。
「"狂乱する熱風"」
魔力を薄めるイメージで展開し、虚空に判を捺すように浮かんだ魔術方陣から、"小さい太陽が如き赫炎"が現出する。
それは俺が最も見てきた、狂おしく熱き心の具現。
年端もいかぬ頃より、育ての母ラディーアの背中から見続けてきた魔術。
触手のような三ツ叉の口蓋を開き、鳴き声のような奇声をあげて突っ込んでくる"飛び黒ミミズ蟲"。
飛んで火にいるなんとやら──空中に浮かんだ熱狂の炎に近付くほど、その輻射熱によって直接内部から沸騰する。
「どんだけ堅かろうが、内側から灼かれちゃぁ、どうしようもないっしょ」
勢いを失った害虫は、地面へと墜落して転がっていく。
「ん、実戦でも使えるくらいにはなってきたな」
俺はゆっくりと握り潰すように炎を消してから、死骸のほうへと向く……と、いつの間にか"見知らぬ子供"がそれをしゃがんで見つめていた。
「……おぉ!? いつの間に──」
白金色した短髪に淡い翠眼、幼さが多分に残り、上質な布と毛皮を組み合わせたような、少し変わった服を着ている。
「ってか、人だ! こんちは!!」
俺が声をかけると少年と思しき人物はビクッと体を震わせ、狼狽したようにキョロキョロと周囲を見回した。
するといきなり地面へと抜き手を突っ込み──そのまま大地の一部をめくりあげて壁を作り、その後ろへと隠れたのだった。
「なんっだァ!? ゴッツイことするなぁ、ど~~~れッ──」
俺は芽生えた悪戯心に従い、こちらを覗き込んでいた少年の背後へと転移し、ポンッとその背中を叩いてやった。
「やっほ」
「──ッッ!!」
声なき叫びと共に、反射的に振るわれた無造作な裏拳を、俺はスウェイバックで躱す。
少年は勢い余って一回転し、その拳がめくられた岩塊へとぶつかる──と一撃であっさりと粉砕されてしまった。
「ヒューッ! ってかヤッバ。俺とそんなに年齢変わらなそうなのに、やるじゃんお前ぇ」
「ぁ……ぅ──ごめ、ごめんなさい。びっくりしちゃって、つい……」
俺は臨戦態勢を取ろうとした直後、右往左往してから状況を理解したのか……少年は頭を下げて素直に謝ってくる。
「あぁ、いいって別に。それよりもさ、ここドコ?」
「っぇっと……」
ふるふると首を横に振る少年に、俺は肩をすくめてから順序立てていくことにした。
「ふ~~~ん、まぁいいや。とりあえず友達になろうか、俺はアルム。霧縫アルムだ」
「あぅむ……アルム」
「そうだ君の名は?」
「……エンテ」
「エンテか、よろしく」
手を差し出した俺に、恐る恐るエンテは伸ばしたところでゆっくりと握手を交わす。
「くっはっは! 潰されるほど柔じゃないから、そんなにビビらなくていいよ。にしてもお前、パッと見だと鬼族でもなく、普通の人族っぽいけど膂力あるよなぁ」
蟲を殺している間に、いつの間にか現れていた素早さも踏まえても、相当な身体能力である。
「ひと……はじめ、て。あるむ、会った」
「んん? 人と初めて会った? 俺が最初?」
「う、うん。父さまと、母さま以外で、はじめ……て。じぶん、たち……以外、人、いないはず、なのに」
(舌っ足らず、発音もなんか違う感じだ。それに俺が両親以外で初めて会った人間……? って、まぁ見るからに相当なド田舎っぽい──)
その時だった。
ドンッ──と、突如として空から降って現れ、地面に足跡をつけながら着地した人物に、俺は当たり前だが釘付けになる。
「どうだエンテ、ちゃんと狩れ──」
灰じみた白髪に、痩躯にも見える長身の男と眼が合った。
存在そのものの圧とも言うべき雰囲気と同時に、俺は今までに感じたことのない包み込まれるような感覚を覚える。
「……子供、だと?」
「父さま!」
エンテは父と呼んだ男の後ろに隠れ、俺はその場を動いてはいけないような本能的なナニカに逆らわないでいた。
「ありえ、ない。どうやってここに」
「えっと……どうも、エンテのお父さん? 俺は新たにお友達になった霧縫アルムといいます」
驚愕に染まったエンテの父の表情に、俺は──初対面で失礼ながらも──腑に落ちないといった顔を浮かべるしかなかった。
「これは……傷もなしに死んでいる。この幼体は、君がやったのか」
「その蟲のことですか? 確かに俺が殺っちゃいましたけど、もしかして飼育してたとかじゃないですよね……?」
「それはない。むしろ迷惑を掛けたと言える、申し訳ない」
「いえいえ、大したことじゃぁないっす」
大の大人が何の躊躇もなく深々と頭を下げるのを見て、俺は随分とできた人と思う。
「なかなか強いようだな。それよりも、アルムくんと言ったか……君はどこから来たのだ」
いまいち要領が掴めない中で、俺は正直に答える。
「【極東】北州からですが、ここはそのぉ~~~もしかしてですけど、大陸のどこか……なんですかね?」
認めたくない事実を、俺は現実を受け入れる心の準備をしながら問いかける。
エンテもその父も、人種的に北州人や南州人には見えない。
しかし俺が次に聞いた言葉は──大陸どころの話じゃないのであった。
「ここは"片割れ星"。君が居た場所は……空に浮かぶもう一つの星だ」




