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#18 山の上の生活


 ある日暮れ頃、アルムの型稽古を岩に座って眺めていた老師は口を開く。


「アルムよ」

「……はい、老師」


 型の流れを止めないままアルムは返事をする。


「思ったよりも(なれ)の形が()ってきておる。よって今少し、実戦的な話をしよう」

「おぉ、おねがいします!」


 ゆったりとした歩調で、老師はアルムの正面へと立った。



(いくさ)の要訣について教えよう。一眼・二足・三胆・四力・五魔──」

「はい老師! それはなんですか!」


 老師は二本指を自らの瞑った目に当ててから、ビッと前へと指す。


「一眼──自他の間合いを観定(みさだ)め、周囲の環境を把握し、戦術的な組み立てを見通すことじゃ」

「いちがん」

「何事もまずはよく()る、ということじゃな。同時に頭を使う必要もある。己ができることを理解してからが始まりよ」

「みること」


 向かい合ってピタリと止まった老師は、アルムがまばたきした一瞬で踏み込み、トンッと心臓へと拳を軽く置いた。


「二足──大地に根ざす大樹が(ごと)く体幹を()らさず備え、動く時は即ち相手を仕留める時、速さを制し闘争(たたかい)を制す」

「にそく!」

「機動力、とも言い換えられよう。そしてそれは足のみにあらず……思考を含めて、あらゆる速度を鍛え研ぎ澄ませよ。速度こそが自らを優位に立たせると知れ」

「はやさ!」



 続いて腰を落とし、ゆったりとした動きでアルムを肩を掴む──と、アルムは抵抗しようとするも為す術もなくその場に倒れてしまった。


「三胆──自らの肉体における重心の動き、対する相手の重心への崩し、そして己の()の重心を()えることなり」

「さんたん!」

均衡(きんこう)じゃ。世界とは均衡によって成り立っておる。そして均衡が崩れることによって、それをまた均衡に戻そうとする(ちから)()りて世界は動くのだ」

「それしってる! バランス(・・・・)!」

「……ばら、んす?」


 老師は聞き慣れぬ言葉に眉をひそめる。


「大陸のことば!」

「そうか、あいにくと我は聞いたことはないな」

「先生にならった」

「誰じゃ」

魔導(まどー)の先生」

「霧縫も然り、師が多いようじゃなアルム」

「うん」

「だが……うむ、わからぬでもない。しかし今は我の弟子であることを忘るるな」

押忍(おす)!」



 すると肩を掴んだままの老師の手に(ちから)が入ったかと思うと、そのまま持ち上げ立たされる。


「四力──健全な精神もまた、健全な肉体にこそ宿る。闘争において(ちから)とは最も単純かつ明快なものであり、時に技術を凌駕(りょうが)する要素と知れい」

「ちから!」

「鍛えるのは当然として……美味い飯を食って、良い酒を飲んで、しっかりと寝ることよ」


 老師はしゃみながら両手で、アルムの両肩から両腕、両足へと触って筋肉を確かめていく。


「……アルムよ、霧縫は養子だと言っておったな。(なれ)の生まれは?」

「父も母もしらなーい」

「なるほどのう……少なくとも、純粋な人族(ヒト)ではないようじゃが」

「先生によると、俺は半分はヒトで、半分の半分ずつがエルフとヴァンパイアってゆってた」


 白い顎髭をいじりながら、老師は「ほう……」と声を漏らす。


半人(ハーフ)というやつか……妖精種(エルフ)吸血種(ヴァンパイア)が四分の一ずつ──獣人種や鬼族などとも違うが、恵まれておる内に入るじゃろう」

「うん!」

「まだまだ小子(こぞう)(なれ)は、ただ年月と共に育っていくだけで自然と強くもなろう。じゃが真に強くありたければ、研鑽を忘れるな」

押忍(おす)!」



 立ち上がった老師は手近な岩へと近付くと、添えただけの拳の一撃によってあっさりと粉々に砕く。


「五魔──外より出でて内より生じる魔力、その流れを掌握せよ。心身に充実させ、己のものとすれば──世界もまた己のものとなる」

「まりょく!」


 握ったままの拳を見つめる老師は、やや重々しい雰囲気で言葉を紡ぐ。


「我が大陸へ行ってよくよく理解したのは、魔力の練度(つかいかた)極東(こっち)とは違うことじゃ」

「……??」

「大陸におる猛者どもはな、洗練され研ぎ澄まされておる。"身意八合拳"はのう……そんな強者が当たり前にやっていることを(なら)い体系化、そこから我なりに一歩だけ深く踏み込んだものじゃ」

「おーーー?」

「魔力を利用しておるつもりでいて……その(じつ)、己の内にある魔力(ぶん)すら掌握できておらんのがほとんどじゃ」

「先生もそんなようなことゆってた! 気がする」

「ただし焦ることはない。並行して進めるだけでよい。(かたよ)らず──そう、均衡(ばらんす)じゃ」


 老師は砕け散った岩を、足で払って崖下へと落とす。



「まずはひたすら走れい。持久力なくば、いずれもまかりならぬ

「えー老師、バランスは?」

(たわ)け、持久力はそもそもの土台(ぜんてい)じゃ。疲れれば思考(あたま)身体(からだ)技術(わざ)も魔力も、すべてが(にぶ)る。走りながら一眼・二足・三胆・四力・五魔──そのすべて意識せよ」

「はい、老師」


 すると老師はふと思い出したように、ポンッと右拳を左掌に置く。 


「そういえばアルム、(なれ)は風呂に入りたいと申しておったな」

「はい、霧縫いではまいにち入ってました。北州(ヒタカミ)ではふつーです」

「では明日より毎朝、我と(なれ)の分の飲み水、農耕用の水、風呂用の水、すべてを汲んでくるように」

「えーーー」

「返事をせんか」

(いで)っ……押忍(おす)! まいにちくんできます!」


 ガツンッと拳骨を頭に喰らったアルムは復唱し、翌日より湧水池から(いおり)とを往復して水を運び続けるのだった。





 アルムが老師に師事するようになってから三週間ほどが()っていた。


 夜明け前──まだ霧雲が立ちこめる山の静寂の中、目を覚ます。

 早朝一番の仕事は水汲みであり、冷たい空気を切り裂くように山道を疾駆(はし)り、湧き水を汲んで何度も往復する。


 水を確保し終えて、次に畑の世話をする。

 葉に朝露が光り、土はまだ夜の冷気を残していて、作物を丁寧に管理する。

 朝食は菜食中心であり、畑で採れたばかりの野菜の旨味を感じながら腹を軽く満たし、食後には瞑想をして心身を整える。


 それから刃物一本だけを(たずさ)え、狩猟へと向かう。

  山の獣たちが活発になり始める時間帯、獲物を探し出して仕留める。

 重量物を抱えて山の上まで運んでから、解体・仕込みをおこなう。


 昼を過ぎれば、日が暮れるまで型稽古に励む。

 無駄な思考や感情を排して、体に沁み込ませるように、幾度となく繰り返す。


 夜になったら、狩った獲物や保存してある肉を中心とした食事を()って心身を満たす。

 食後は澄んだ星天の下で、実践的な知識や、武術の理、老師の人生哲学や思想、過去語りに耳を傾ける。

 夜闇が深くなってきたところで、心身を十分に休めて眠につく──前に、少しずつ"星典"を読み進める。


 "紅炎一座"で各地を回っていた日々とも、"霧縫"家で暮らしていた時とも、また違った生活の中で。

 魔力の捉え方、扱い方にも慣れてきた頃──



 ()が真上からやや傾きはじめて──アルムと老師しかいない泰山(たいざん)(いおり)へと──堂々とした足取りで訪問者が姿を現す。


「たぁぁのぉもぉぉぉぉおおおおオオオオオオオオオッッ!!!」


 山そのものを震わすがごとく轟かした声の(ぬし)が、老師とアルムたちへと近付いてくる。

 太い首、太い腕、太い胴周り、太い足。その男を第一印象で表すのであれば……"巨岩"のようだった。


 岩が隆起したような筋肉に(おお)われて、しかしてその動きに鈍重さはなく軽やかにすら感じられる。


「客人とは珍しいのう、望みは決斗(けっとう)か」

「応よ! 南州(シーハイ)一の兵法者、"(マー)・ガオフェン"たァおいらのことよ」

「大言を吐きおる」

「そうでもねェさぁ。ここまでで名のある武芸者を43人ほど(ほふ)ってきた。あんたが"(イン)・ロンバン"で間違いねぇな?」

然也(しかり)(なれ)の名は……あいにくと聞いたことはないのう」

「がっはっはっは! 覚えとくといいぜぇ。あんたを倒す男の名ァだからなぁ」


 アルムは老師の隣で、静かにつぶやく。


「……そういえば老師の名前、はじめてききました」

「そうじゃったか、別に覚えんでもよい」



 ガオフェンと名乗った偉丈夫は、無精髭を指でなぞりながらアルムを見る。


「稽古中の邪魔をしてすまんなぁ。血の繋がりは無さそうに見えるが、そいつぁ内弟子さんかい? 噂に聞くところだと、数多くの弟子入りを断ってきたと聞いていたが」

「所詮は風聞に過ぎぬわ」


 ニマァっと笑ったガオフェンは、背負っていた荷物を降ろす。


「ほー、そうかいそうかい。風評とは違うってかぁ……んならぁ、この持参した"土産(さけ)"は──」

「もらおう」

「がっはっはっは! 酒好きの噂のほうは本当のようだァ、そうこなくてはな。(ぼん)は……まだ早いなぁ!?」


 投げられた酒瓢箪を受け取った老師は、なんの疑いも躊躇いなく口にする。


「っぷ……はあぁぁぁ──なぁ(イン)・ロンバン、死んで生まれ変わるなら何になりたい?」


 老師と鏡合わせのように自分用の酒を飲みつつ、ガオフェンはそう問いかけたのだった。

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