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#17 未知との遭遇


 アルムは鉈で薪を割りながら、運んできた大木を手刀で(・・・)切断している老師の話を聞く。


「アルム、男の矜持(きょうじ)を忘るるでないぞ」

「きょーじ?」

「そうじゃ、男とは馬鹿な生き物よ。我欲のままに人生を狂わせ、時にちっぽけな尊厳の為に命を懸けることすら(いと)わない」


 老師は切り分けた丸太を蹴り上げ、拳による一撃を加えると、パカァンッと割れる気持ちの良い音が山間(やまあい)に木霊する。


「だがそれでいいのよォ……そうやって生き、積み上げた先にしか見れぬものもある。だからアルム、(なれ)も男の世界を──自分だけの世界を持つのだ」

「己だけの、世界──」

「決して揺れぬ信念を持て。一度決めたことは必ずやり遂げよ。口にした言葉には責任が伴うと知れ。己を曲げることは、即ち死ぬことと同義なり。何事も(いさぎよ)く、生き様で語って理想(ゆめ)(じゅん)じよ」

押忍(おす)ッ!!」


 アルムは気合を入れて(こた)えてから、薪を蹴り上げて一拍置き──鉈を一閃──真っ二つに斬断した。


「あっ、今の……なんかすんごくうまくいった!」

「少しずつではあるが、確実に()ってきておるようだな」


 霧粒のように動きを刻み、それをただ繋ぐのではなく、合一・連動させる。

 まだまだ(つたな)さをアルムは自覚するものの、それでも成長しているという喜びがさらなるモチベーションを生む。


「老師にもすぐおいつきます」

「口が過ぎる。鍛えるのは腕だけにしておけ」

「……押忍(おっす)





 しばらくして割り終えた薪をまとめてから、アルムは(いおり)から少し離れた小屋の中へと一人で運び込んでいく。

 奥のほうから積んでいくと、何やら大きめの──アルムの体がすっぽり収まりそうなほどの──"木箱"を見つけた。


「……ちょっとだけ」


 抑えられぬ好奇心から中を開けると、そこに収蔵されていた様々な物品が顔を覗かせる。


「んーーー」


 どう使うのかわからない金属の塊。妙な記号や文字が書かれた書物。どろっとした青い液体が透けて見える容器。複雑な模様が編み込まれた布──

 アルムは多種多様な品々を一つ一つ確認し……どういう用途なのか、意味を持つのか、希少性を含めて想いを()せる。



「──せい、てん?」


 するとアルムの広げた両手のひらほどの大きさの書物、その表紙に書かれた"星典"の文字。

 星という言葉につられて中を開いて見てみると──


「うん、よめそう」


 どういう風にくっついているのかはわからないが、紙の一枚一枚が非常に薄っぺらく、全体の厚みに対して枚数が非常に多い。

 さらに各ページの(かど)っこには簡単な絵が書かれており、パラパラーッとめくり続けるとその絵が動くように見えるのだった。


「あっは、おもしろーってかすげー」


 何度も何度も堪能したアルムは、次にざっくりと内容を見ていく。


「あれ? これって……」


 天に煌めく星々から、目に見えない小さな星──かつてラディーアが語ってくれた、"世界はとてもとても小さな星の集まり"で構成されているといった旨が記述されていた。

 さらには"自由な魔導科学"という思想。大陸の神話や歴史。算術や、魔術など広範に渡ってわかりやすく書いてあった。


(ちょっと借りて、夜中に読もっと──)


 アルムは"星典"を懐中(ふところ)にしまって、さらに木箱の中を漁る。



 すると"星典"よりもさらに小さいが、同じように薄っぺらい紙束を見つけ手に取った。


「くーげ、むそーりゅー、せんじんれーほー……??」


 読み進めていくと、何やら武術の覚書(おぼえがき)のようなものだった。

 同時にアルムは直感的(・・・)に──その武術が"自分に合う"──と、そう思えた。



小子(こぞう)、いつまでやっておる」

「げぇっ、老師……」


 老師が小屋へ近付いてくるのにも気付かないほど、アルムは没頭していたことに動揺を隠せない。


「──まったく散らかしおって」

「ごめんなさい老師、ちゃんとかたづけておきます」


 老師はどこか懐かしげな表情を浮かべて口を開く。


「随分と夢中になっておったようじゃな」

「はい、どれもめずらしくって……」

「それらはな、かつて我が"大陸"へ渡った時の一品どもよ」


 その言葉にアルムは目を輝かせる。



「これが……ぜんぶ大陸の──?」


 大陸から極東北州(ヒタカミ)へと渡った"紅炎一座"から、多くのことを聞かされて育ってきた。

 しかし大陸由来の物品の多くは、【極東】へ渡って初期の生活資金の為に売られてしまった為、ほとんど残っていない。


 交易商であるヴィスコームが極々稀(ごくごくまれ)に輸入することもあるものの、大陸と言っても極東とは比較にならないほど広い為、その文化や技術も幅広い。

 未知のモノに()れる歓喜(よろこび)は、アルムにとって何物にも代えられないものだった。


「老師ってやっぱりつよいんですね! 海には"まじゅー"がいるから命がけだって、一座のみんなが言ってたのに」

「それは我とて同じこと。運が良かっただけよ」

「へぇ~~~」


 老師はパンッと手を叩く。


「無駄話はここまで」

「俺にとってはムダじゃないです」

「やかましい。とっとと片付けぃ」

「はーい」


 返事しながらアルムは立ち上がって、散乱した物品を一度まとめようとした瞬間──老師の眼光が鋭くなる。



「待て、アルム」

「……? なんでしょう老師」

「動きがわずかに違う。懐中(ふところ)か、一体なにを隠しておる」

「えっ? あ……──」

「出せ」


 アルムは恐る恐る、"星典"を取り出す。


「盗んだか」

「いえ、ちがうんです。その……夜によもうとおもって──ごめんなさい!!」


 アルムはそんなつもりがなかったとて、話がこじれるよりも先にその場で土下座する。

 老師はその様子を腕組み見下ろし、深く息を吸ってからゆっくりと口を開く。


「盗んだことを(ただ)しておるのではない、隠したことを(とが)めておるのだ」

「えっと……いったいなにがちがうんでしょう?」

「男が易々(やすやす)と頭を下げるな。自らに負い目を持つな。全ての行動に確たる芯と責任を持て」


 そう言って老師はグッと硬い拳を握った。


「それはそれとして。アルム、歯を食いしばれ」

「ッッ……押忍(おす)



 アルムは歯を食い縛り、しかして目は逸らさぬよう見開いて罰を耐えようとする。

 しかし飛んできたのは拳骨ではなく、水月(みぞおち)へ足先蹴りが突き刺さっていた。


「え゛ッぅぇ……あ゛っ!?」

 

 今朝方食べて消化しきれてなかった物が、床に吐き出されてしまった。


「素直すぎる。思ったところに攻撃が来るとは思わんことだ、常に備えよ」

「がっ、う゛ぐ……押忍(おす)


 常在戦場。それは霧縫でも教わっていたことだった。

 平時であろうとも、危機的状況に対応できるよう自然のままに気を巡らせること。



「その本は好きにせよ、代価をもって得たものだ」

「ハァ……ふゥ、だいか……」

「今の一発よ」

「そ……それでもらえるんなら、こっちもほしいです老師」


 そう言ってアルムは"空華夢想(くうげむそう)流・戦陣礼法"と記された、武術の覚書(おぼえがき)のほうを手に持って示す。

 老師は呆れた様子を見せてから、すぐに口角を上げる。


「まったく、強欲な小子(こぞう)が。しかし男たるもの欲望に忠実たれ──その意気と図太さに免じてくれてやろう」

「ありがとうございます!!」

「どのみち今の我には不要なものばかり……他のモノも欲しいか?」

「ぜひ!」

「正式な比武(たちあい)で我を倒せたなら、持っていっていいぞ」

「えーーー老師にですかぁ? いいですよ、男ならいずれ自力で勝ちとります」


「よし。吐いた床も綺麗にしておけ、迅速にな」

押忍(おす)!」


 アルムは打ち込まれた苦痛など忘れて、すぐに掃除と整頓に取り掛かるのだった。

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