#17 未知との遭遇
アルムは鉈で薪を割りながら、運んできた大木を手刀で切断している老師の話を聞く。
「アルム、男の矜持を忘るるでないぞ」
「きょーじ?」
「そうじゃ、男とは馬鹿な生き物よ。我欲のままに人生を狂わせ、時にちっぽけな尊厳の為に命を懸けることすら厭わない」
老師は切り分けた丸太を蹴り上げ、拳による一撃を加えると、パカァンッと割れる気持ちの良い音が山間に木霊する。
「だがそれでいいのよォ……そうやって生き、積み上げた先にしか見れぬものもある。だからアルム、汝も男の世界を──自分だけの世界を持つのだ」
「己だけの、世界──」
「決して揺れぬ信念を持て。一度決めたことは必ずやり遂げよ。口にした言葉には責任が伴うと知れ。己を曲げることは、即ち死ぬことと同義なり。何事も潔く、生き様で語って理想に殉じよ」
「押忍ッ!!」
アルムは気合を入れて応えてから、薪を蹴り上げて一拍置き──鉈を一閃──真っ二つに斬断した。
「あっ、今の……なんかすんごくうまくいった!」
「少しずつではあるが、確実に成ってきておるようだな」
霧粒のように動きを刻み、それをただ繋ぐのではなく、合一・連動させる。
まだまだ拙さをアルムは自覚するものの、それでも成長しているという喜びがさらなるモチベーションを生む。
「老師にもすぐおいつきます」
「口が過ぎる。鍛えるのは腕だけにしておけ」
「……押忍」
◇
しばらくして割り終えた薪をまとめてから、アルムは庵から少し離れた小屋の中へと一人で運び込んでいく。
奥のほうから積んでいくと、何やら大きめの──アルムの体がすっぽり収まりそうなほどの──"木箱"を見つけた。
「……ちょっとだけ」
抑えられぬ好奇心から中を開けると、そこに収蔵されていた様々な物品が顔を覗かせる。
「んーーー」
どう使うのかわからない金属の塊。妙な記号や文字が書かれた書物。どろっとした青い液体が透けて見える容器。複雑な模様が編み込まれた布──
アルムは多種多様な品々を一つ一つ確認し……どういう用途なのか、意味を持つのか、希少性を含めて想いを馳せる。
「──せい、てん?」
するとアルムの広げた両手のひらほどの大きさの書物、その表紙に書かれた"星典"の文字。
星という言葉につられて中を開いて見てみると──
「うん、よめそう」
どういう風にくっついているのかはわからないが、紙の一枚一枚が非常に薄っぺらく、全体の厚みに対して枚数が非常に多い。
さらに各ページの角っこには簡単な絵が書かれており、パラパラーッとめくり続けるとその絵が動くように見えるのだった。
「あっは、おもしろーってかすげー」
何度も何度も堪能したアルムは、次にざっくりと内容を見ていく。
「あれ? これって……」
天に煌めく星々から、目に見えない小さな星──かつてラディーアが語ってくれた、"世界はとてもとても小さな星の集まり"で構成されているといった旨が記述されていた。
さらには"自由な魔導科学"という思想。大陸の神話や歴史。算術や、魔術など広範に渡ってわかりやすく書いてあった。
(ちょっと借りて、夜中に読もっと──)
アルムは"星典"を懐中にしまって、さらに木箱の中を漁る。
すると"星典"よりもさらに小さいが、同じように薄っぺらい紙束を見つけ手に取った。
「くーげ、むそーりゅー、せんじんれーほー……??」
読み進めていくと、何やら武術の覚書のようなものだった。
同時にアルムは直感的に──その武術が"自分に合う"──と、そう思えた。
「小子、いつまでやっておる」
「げぇっ、老師……」
老師が小屋へ近付いてくるのにも気付かないほど、アルムは没頭していたことに動揺を隠せない。
「──まったく散らかしおって」
「ごめんなさい老師、ちゃんとかたづけておきます」
老師はどこか懐かしげな表情を浮かべて口を開く。
「随分と夢中になっておったようじゃな」
「はい、どれもめずらしくって……」
「それらはな、かつて我が"大陸"へ渡った時の一品どもよ」
その言葉にアルムは目を輝かせる。
「これが……ぜんぶ大陸の──?」
大陸から極東北州へと渡った"紅炎一座"から、多くのことを聞かされて育ってきた。
しかし大陸由来の物品の多くは、【極東】へ渡って初期の生活資金の為に売られてしまった為、ほとんど残っていない。
交易商であるヴィスコームが極々稀に輸入することもあるものの、大陸と言っても極東とは比較にならないほど広い為、その文化や技術も幅広い。
未知のモノに触れる歓喜は、アルムにとって何物にも代えられないものだった。
「老師ってやっぱりつよいんですね! 海には"まじゅー"がいるから命がけだって、一座のみんなが言ってたのに」
「それは我とて同じこと。運が良かっただけよ」
「へぇ~~~」
老師はパンッと手を叩く。
「無駄話はここまで」
「俺にとってはムダじゃないです」
「やかましい。とっとと片付けぃ」
「はーい」
返事しながらアルムは立ち上がって、散乱した物品を一度まとめようとした瞬間──老師の眼光が鋭くなる。
「待て、アルム」
「……? なんでしょう老師」
「動きがわずかに違う。懐中か、一体なにを隠しておる」
「えっ? あ……──」
「出せ」
アルムは恐る恐る、"星典"を取り出す。
「盗んだか」
「いえ、ちがうんです。その……夜によもうとおもって──ごめんなさい!!」
アルムはそんなつもりがなかったとて、話がこじれるよりも先にその場で土下座する。
老師はその様子を腕組み見下ろし、深く息を吸ってからゆっくりと口を開く。
「盗んだことを糾しておるのではない、隠したことを咎めておるのだ」
「えっと……いったいなにがちがうんでしょう?」
「男が易々と頭を下げるな。自らに負い目を持つな。全ての行動に確たる芯と責任を持て」
そう言って老師はグッと硬い拳を握った。
「それはそれとして。アルム、歯を食いしばれ」
「ッッ……押忍」
アルムは歯を食い縛り、しかして目は逸らさぬよう見開いて罰を耐えようとする。
しかし飛んできたのは拳骨ではなく、水月へ足先蹴りが突き刺さっていた。
「え゛ッぅぇ……あ゛っ!?」
今朝方食べて消化しきれてなかった物が、床に吐き出されてしまった。
「素直すぎる。思ったところに攻撃が来るとは思わんことだ、常に備えよ」
「がっ、う゛ぐ……押忍」
常在戦場。それは霧縫でも教わっていたことだった。
平時であろうとも、危機的状況に対応できるよう自然のままに気を巡らせること。
「その本は好きにせよ、代価をもって得たものだ」
「ハァ……ふゥ、だいか……」
「今の一発よ」
「そ……それでもらえるんなら、こっちもほしいです老師」
そう言ってアルムは"空華夢想流・戦陣礼法"と記された、武術の覚書のほうを手に持って示す。
老師は呆れた様子を見せてから、すぐに口角を上げる。
「まったく、強欲な小子が。しかし男たるもの欲望に忠実たれ──その意気と図太さに免じてくれてやろう」
「ありがとうございます!!」
「どのみち今の我には不要なものばかり……他のモノも欲しいか?」
「ぜひ!」
「正式な比武で我を倒せたなら、持っていっていいぞ」
「えーーー老師にですかぁ? いいですよ、男ならいずれ自力で勝ちとります」
「よし。吐いた床も綺麗にしておけ、迅速にな」
「押忍!」
アルムは打ち込まれた苦痛など忘れて、すぐに掃除と整頓に取り掛かるのだった。