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#14 紋章と魔導

「──そしてわたくしは負けた。それだけの話ですよ」


 イドラ・ハージェントに恨みはなかった。それもまた自然な成り行きであったのだ。

 幾度となく経験を積み重ねてきたからこそ、そうした感情の揺らぎは枯れ果てていた。


「ひどいね、こんなとこにずっと閉じ込めるなんて」


 そもそもイドラを直接的に殺し切れなかったゆえ、苦肉の策での封印。

 食物もなければ密閉空間で空気も限られている為、閉鎖空間に拘束し、陰干しにすることで間接的に殺す為の手段だったのだ。

 封じた者たちも今なおイドラ本人が生きているとは、(つゆ)ほどにも思いはしないだろう。


「長く生きたわたくしにとっても、決して短くはないほど囚われていますが……そのおかげで色々と没頭することができました」

「ぼっとー?」

「のめりこむことです。わたくしは魔術士であり、魔導師であり、"技術者"でもあります。"大魔技師の高弟(こうてい)"として、様々なことを学びました」

「だいまぎし?」

「えぇ、人の身でありながら実に独創的かつ革新的。その繊細な指と先進的な思想は、数多の傑作を産み出し続け──わたくしの長い生涯を通しても指折りの人物でした」


 イドラは彼女自身、珍しいと思うほど感情的に語る。

 


「わたくしも大魔技師(かれ)を見習って、閉じられた場所(ここ)で魔力を循環させることで、ひたすら開発に(いそ)しみました」

「ほーほー」

「人は抑圧された環境の中でこそ己自身を見つめ直し、時にその真価を発揮するものです。自ら(かせ)を着け、余分なものを背負うことでしか得られないことがある」

「なるほどなー。それでぇ、なにができたの?」

「よくぞ聞いてくれました、アルム。以前、"グイド"という名の人物と創った"魔術方陣"というものがあるのですが、それの改良(・・)に成功したのです」

「おぉーーー?」


 今まさにイドラとアルムが囚われている封牢は、【皇国】で暴れていた"魔神"を封印した際の"魔術方陣"と呼ばれる技術が雛型(ひながた)となっている。

 効果範囲を拡張する自ら作製した魔術具が、皮肉にも敵対者に利用された形、己を封じる檻となってしまった。


「いえ改良というよりは、魔術刻印とも違う別の方向性へ転化と言うべきでしょうか。それこそが専門的に洗練させた"紋章"です」

「もんしょー」

 

 "魔術刻印"のような、特定の魔術を簡単に発動させるようにしたものとも(こと)なる。

 "紋章"は魔術のみならず肉体そのものに任意の効果を半恒久的に付与、理論上は魔導に近い効果すらも発動できる潜在性(ポテンシャル)を秘めている。


 何よりも特筆すべきは、"付け替え"が可能ということ。

 一度刻んだ紋章を解除し、新たに別の紋章を刻むこともできるのだった。



紋章(それ)ほしい! イドラ先生(・・)

「貴方のその豊富な魔力を使わせてもらえるなら、この場で刻むことも可能でしょう──ん、先生……?」

「いろいろとおしえたもらうから、先生!」

「懐かしい響きです」

「そうなの?」

「そういう時期もあった、というだけですが」


 記憶ももはや定かではない……長い、とても長い、長命種としての人生。


「ですがわたくしを師と(あお)ぐのであれば、そうですね……もっと優美に先生(マスター)と呼ぶように」

「ますたー!」

「連邦東部語です。わたくしもかつて"大魔技師"のことをそう呼んでいました」

「わかった、先生(マスター)!」


 イドラは新たな教え子──アルムの頭を優しく撫でた。



「それで、アルムはどのような紋章がほしいですか?」

「星!」

「……星? 夜空の?」

「うん! きらきらひかる星!」

「星空、久しく見ていませんね──」

「あれを掴みたい!」


 子供ながらに荒唐無稽とも言える注文。

 しかし弟子(せいと)がそれを望むのであれば、それに応えるのが師匠(せんせい)というものである。


「まぁ……今はそれで良いでしょう。多少なりと手間は掛かりますが、いつでも別の紋章にすることもできますからね」





 星の紋章を刻んだ後、イドラはアルムに魔力と魔術の基礎を教える。


「かつて竜族が支配していた太古の昔より、"魔力"は世界に溢れている(ちから)根源(みなもと)でした。今でも目には見えずとも誰もが()れて、呼吸と共に自然と取り込んで利用しています。が、その深奥は底知れません。ある程度は鍛えることもできますが、およそ魔力を貯留する"(うつわ)"は生まれた時に決まってしまいます」


 極稀に生まれる、常人の数十倍以上の魔力を蓄えることができる者は──"神器"と呼ばれる。

 それは努力では決して(くつがえ)せない圧倒的な大器であり、かつて大陸を支配していた竜族を排した神族はほとんどがその領域の魔力量を持ち、それゆえに任意全能の"魔法"を難なく用いたとされる。


「ただし効率的に運用できなければ、魔力操法に優れた者とできることはそう変わりありません。多くは身体能力を向上させるだけに留まりますが、機知と想像力に富む者は"魔術"として世界に影響を及ぼします」

「しってる。エドゥアールもラディーアも、すっっっっっごい炎の魔術を使うよ?」


 王国軍人として戦場でその魔術を振るった"火葬士"。

 傭兵として王国各地を暴れ回った"狂乱する熱風"。

 互いにその頃のことを武勇伝混じりにからかい合うのが、お決まりのやり取りとして何度もアルムは見てきていた。



「それは一度見てみたいものですね。火・水・空・地──想像しやすいものが基本であり、広く体系化されているのもこの四属です。寒い地域では氷属も珍しくなく、稀に雷鳴(いかずち)を使う者もいましたか」

「俺が使うのは魔導(まどー)

「その通り。魔導は俗に言えば……固有(・・)の魔術です。主観的な物言いになってしまいますが、己の中の魔力を濃くすることで使えます。これができる者は少なく、また尋常ならざる"渇望(のぞみ)"も必要です」

「……俺はどうして? 赤ちゃんのときからなのに」

「本能的に欲したのかも知れませんね。これもまた歴史上には何人か確認されています」

「ふ~~~ん」


 アルムにはそうした実感はなかった。しかし実際に使えた以上は、そういうものなのかと納得する。


「正直なところ、わたくしとしても魔導の教え方は漠然とした……感覚的なものになってしまいます。決して焦ってはいけませんが、急を要するのも事実──まずは己の魔力を自覚し、濃くすることに重点を置いてやってみましょう」

「はいです、せんせ──先生(マスター)


 言い直したアルムは、イドラの膝元で吸って吐いてをゆっくり繰り返す。

 魔力という存在を意識し──体の内側で沈めて練り固めていくようイメージしながら──何度も、何度も、繰り返すのだった。





 ──イドラの封牢にアルムが現れてから、2日ほどが過ぎようとしていた。


「おなかすいたー」

「……アルムは(すじ)が良い。おそらくはもう何日かで掴めるはずです。そうすればここを出て行けるはず」


 イドラは"髪に隠れた左眼"を通じ、アルムを観察する。


「ほんと? じゃぁもうちょっとがんばる」

「ですがその前に──生成した水だけでは栄養が足りません。生きることだけはできても、十全でなければ修得が遅れます」

「う~~~ん……?」

「なので仕方がありません。貴方も半の半は吸血種(ヴァンパイア)ですし、わたくしの血を飲みなさい──もっともあれは(ふる)き時代、単純に魔力を取り入れる為のものであって、主食にしていたわけではありませんが」


「わかった」


 実にあっけなく了承したアルムに、思わずイドラは怪訝(けげん)な顔を浮かべる。


「抵抗はないのですか?」

「うん、ドウゲン師父から霧縫流の修行で、狩った白兎(ウサギ)の皮をはいで、焼いて食べたり血も飲んだことある。美味しくないけど、生きる為には必要だからって」

「なるほど……まぁわたくしの血は少し特別(・・)ですから、少量でもうさぎより栄養はあると思います」



 いよいよともなれば──足の一本や二本、食べさせてでも生き残らせても構わないと思う。

 それほどまでに、この小さな生徒に情が移っていたことに、イドラは内心で驚いていた。


「さっ、歯を突き立てて……ゆっくりと、そう──」


 抱っこする形で、イドラは自分の首筋へとアルムを誘導する。

 吸血鬼の遺伝で生えている鋭歯が突き刺さり、そこからじんわりと流出していく感覚。


「お腹を壊しますから、少しだけですよ」

「うん」


 魔力色が混ざってしまうことを懸念していたので、本来であれば血を飲ませるのは最終手段だった。

 しかし思ったよりもアルムの才能は深く、既に魔力色の濃度固定がある程度できていたこと、さらにはイドラの魔力色とアルムの魔力色が近かったのも幸いした。

 魔導の発動において、おそらくはさほどの問題にはならないと。



「っぷ、うぇ~……」


 飲み終えたアルムは吐き出しはしないものの、口腔内を染めた赤色の舌を出す。


「はい、お水……うがいも忘れずに」


 アルムはがらがらと口の中を洗浄しつつ、そのまま飲んでいく。

 

「ん、く……ぷはぁ、ごめんなさい。痛い? 先生(マスター)

「謝る必要はありませんよ。それにこの程度の痛みなど、もはや感じないほどに生きていますから」


 首筋を軽く抑えてから指を離すと、既に血は凝固し止まっていた。


「では魔力が落ち着くまで、しばしの休憩としましょう」

「またおはなし聞かせて!」


 先生(イドラ)生徒(アルム)へ、数多の人々の物語──実体験を含んだ歴史を語って聞かせるのだった。

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