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#13 囚われの貴人


 アルムが霧縫(きりぬい)家の養子となって2年ほどが経過し、すっかり霧縫姓にも馴染んできた頃──突如として行方不明(・・・・)となる事件が起こった。

 なんの予兆もなく、"紅炎一座"もまったくあずかり知らぬところ。

 あくまで内々にではあったが、周辺に捜索隊まで出したものの空振り。


 それらしい事故はなく、誘拐事件も考えられたものの……要求といったものはなく。

 直近の本人の様子から察しても逃亡したとも考えにくく、如何(いかん)ともしがたい状況が続いた。

 

 そうして5週間ほどが過ぎたところで、屋敷内にて何事もなく霧縫アルムは発見された。


「あっ……ーと、ごめんなさい。ちょっと武者修行(しゅぎょー)に」


 多方面から叱責を受けつつも、最終的には些細な……ちょっとした騒動として終結を見た。

 少なくとも周りの人々にとっては。


 しかしアルムにとって、それはとても大きな出来事だった──





「ん? えっ、は? あれ……どゆこと?」


 目が覚めると──最初に映ったのは見知らぬ天井であった。

 確かに自分の部屋で、自分の布団で寝たはずだったが……硬く冷たい石床の感触が寝間着を通して伝わってくる。


「これはこれは……一体どういうことでしょう。この身となって初めての来訪者(おきゃくさま)とは」

「ッ──!?」


 暗い部屋の奥にはわずかな灯りに照らされてた、片目を隠した銀髪に、碧眼がわずかに煌めく女性の姿があった。


「だれ……?」

「それはこちらの言葉です。一応この狭い封牢の(あるじ)はわたくしですから」

「牢ぉ?」


 アルムは改め部屋内を見回して、己の記憶の中で引っかかったものを叫ぶ。


「……開かずの座敷牢!? すっげ、俺ってば見つけた上に、中に入れた!」


 目の前の女性はコホンッと咳払いを一つする。


「あ、ごめんなさい。俺の名前はアルム──霧縫アルムです」

「わたくしは"イドラ・ハージェント"と申します」


 イドラと名乗った女性は座ったまま一礼し、アルムもそれにつられる様に頭を下げる。


「お、おぉイドラさんってもしかして大陸人? ですか?」

「えぇ確かにわたくしは大陸出身です。そしてアルム貴方は……霧縫の直系血族ではないようですね」


 イドラは立ち上がるとアルムへと近付き、頬へと手を添えた。

 そうして伸ばした片前髪の奥にある、"水晶をそのままはめ込んだような左眼"で覗き込む。



「とても珍しい……人族が半分、妖精種(エルフ)が半の半分、吸血鬼(ヴァンパイア)も半の半分。揺らぎ(・・・)からすると……おそらくハーフエルフとハーフヴァンパイアの組み合わせでしょう」

「へっ?」

「"妖鬼人(ダンピールフ)"とでも呼べばいいでしょうか、種族間でも非常に産みにくい組み合わせです。よっぽどお互いに愛する二人から生まれてきたのでしょう」

「え、あぁそうなんだ。俺の……(ちち)と、(はは)──」


 そこでアルムもイドラの顔──立っていながら床に届くほどの流麗な銀髪からはみ出ている長耳(・・)を見て気付く。


「イドラさんって、エルフ……?」

「──そうですね、わたくしは一応(・・)エルフになります。それよりも……」


 イドラは真剣な表情を浮かべ、アルムを真っすぐ見つめる。


「牢の内部に限ってはわたくしが色々と施して循環(・・・・・・・・)させているとはいえ、秘匿され閉じられた空間です。本来であれば呼吸することさえできません」

「っと、つまり……?」

「水を生成することくらいはできますが限度があります。わたくしは生きられますが、貴方は脱出できないと遠からず死ぬことになるでしょう」

「えぇ~~~? んじゃぁどうやって出れば?」

「そこなのです。入ることすらできないはずですが、どうしてか貴方はここにいる」

「ふ~ん、そっかぁ」


 あぐらをかきながらアルムは、上半身を傾けるようにぐるぐると回す。



「──随分と暢気(のんき)なのですね。それともまだ子供ですし現状を把握できてないのでしょうか」

「なっちゃったものはしょうがないし、入れたんなら出れるでしょ? それにイドラさん、なんかいろいろ知ってそう」


 純粋な気持ちを言葉として投げかけられ、イドラは数秒ほど(ほう)ける。

 単純に人と会話することすら久しぶりなのも相まって、長い幽閉の間に固着してしまった己の精神性を蘇らせていく。


「──そうですね。おそらくは……魔術関連の知識については、大陸史上(・・)でも有数でしょう」

「すごい! 俺も魔術は一座のみんなから習ってはいるんだけど、なんか上手くいかなくってぇ──」


 イドラは少しだけ考えてから、ゆっくりと言葉を紡ぐ。



「それは貴方が、自覚はなくとも"魔導"を使えるからでしょうね。そうでないとここへ侵入できた理由がありません」

魔導(まどー)──って魔術よりつよいやつ!」

「強い……とは一概には言えません。魔導は魔術にはできない領域を操ることができるというだけです」

「そうなんだ、つよいわけじゃないのかー」


 火・水・地・空など、現象を引き起こす汎用的で誰もが使いやすい"魔術"。

 何がしかの部分に特化し、多くは観念的・概念的でカテゴライズがしにくい"魔導"。

 理論上は任意全能に近いが、魔術や魔導とは比較できないほど魔力を必要とする為、実際的な限界のある"魔法"。


「魔導を扱う者は、一般に魔術が使えなくなる。厳密には使いにくくなるだけで、修練すればその限りではありませんが」

「もしかして魔導? を使える俺ってば天才?」

「天賦であることは間違いありません。アルム……貴方の魔力はとても濃い(・・)

「濃い? 魔力って見えるの?」


 元来、魔力そのものを感じることこそできても、その濃淡も色も肉眼では見ることはできない。


わたくしには視える(・・・・・・)のです」



「へっへぇ~~~イドラさんってすごいんだね。んでんで、俺って何の魔導なの? 自分じゃわからないよ」

「現状を類推するに──おそらく、"空間転移"」


 かの魔法具"神出跳靴(あるかずはしらず)"に類する魔導。

 今はまだ魔法の領域までには至っておらずとも、いずれは届き得るかも知れない才能。


ワープ(・・・)だ! やっべー!!」

「わーぷ? とは」

「ラディーアが語って聞かせてくれるお話の中にあったんだ。あっ、ラディーアは俺の育ての母!」

「ふむ、連邦東部訛りに近い発音です。あれは元々"大魔技師"と呼ばれる──いえ、今はいいでしょう」


 するとアルムは何かに気付いたようにハッとし、それから安堵の表情を浮かべた。



「あ~~~、そっかぁ」


 アルムはどこか憑き物でも落ちたかのように、大きく息を吐いた。


「どうしたのです?」

「俺ってさ、身寄りがなくて一座に拾ってもらったんだ。んで、そん時って海のど真ん中にいきなり現れたって……」

「なるほど、まず間違いなく魔導の暴走でしょうね」

「うん……だからさ、俺──本当の"父や母に捨てられたんじゃなかった"んだって……」


 涙を浮かべている年相応の少年を、思わずイドラは優しく抱きしめる。


「心配することはありません。わたくしも魔導師です(・・・・・・・)。アルム、貴方がその(ちから)(ぎょ)することができるよう手を貸しましょう」

「うん、ありがとうイドラさん」


 しばらくそのまま抱擁してあげつつ、イドラは考えをまとめていく。



「それに──アルム、外部より持ち込んだ貴方の魔力があれば……この閉じた循環にも変化を起こせます」

「んーーー??」

「そしてその力を自在に扱えるようになれば、わたくしも寂しくなくなるでしょう。定期的に顔を出してもらえると嬉しいです」

「そういえばイドラさんはどうしてこんなところに?」

「……行き違い、というだけです。過去にもこういったことは何度もありました」


 イドラは懐かしむように言葉を吐き出していく。


「互いに信じていたものが、気付かないまま少しずつズレていき──やがて修正できないほどにまで至る。そうなればもはや別離か排斥かのどちらかになる、そしてわたくしは負けた。それだけの話ですよ」



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