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#11 霧縫の家


 霧縫(きりぬい)屋敷には日々、鍛錬や瞑想をおこなう為の武錬場があった。

 早朝からアルムだけではなくノエもそこで座して、当主である霧縫ドウゲンが口を開くのを待つ。


「これより鍛錬を始める──が、その前に。霧縫アルム」

「はい!」

「良い返事だ。改めて言うが、養子であろうとも霧縫家に入ったからには、霧縫としてあらゆることを覚えてもらう。修練もその一環だ」

「わかりました!」


 ドウゲンは腕を組んで大きくうなずく。


「うむ。一族相伝の"霧縫流"──主たるは"忍術"・"体術"・"小太刀"の三つ、開祖たる"霧縫シンゲン"より連綿と受け継がれ、実戦を経て研ぎ澄まされてきた武術よ」


 正座した状態からドウゲンは手を前に広げると、次の瞬間には姿が搔き消え、アルムは後ろから首を掴まれていた。


「おっ? おーーー……」


 アルムは驚いた様子を見せるが、特に怖気づいたり萎縮(いしゅく)するようなことはなかった。

 それは単に鈍感なだけなのか、もしくは器が大きいのか……あるいは壊れているのか、現時点でドウゲンには図りかねた。



「霧中を縫うように動く──霧とは自然のそれだけでない。知らぬ相手のこと、己の心もまた霧も同然である。それを制すことこそが霧縫の由来。八代目の(おり)にその実力と大名たる棗家(なつめけ)への多大な貢献を認められ、武士として取り立てられたのだ」


 裏で汚れ仕事を担う忍者から、晴れて表舞台で堂々と生きられるようになった。

 しかし独自の流派を持ちながらも、あくまで内々にのみに留めて継承しているのは、忍びとしての気質と矜持(きょうじ)を捨てず、純度を保つ為。


「それから武家としての新たな霧縫流・"一刀勢法"が創始され、我が第十三代目当主にまで伝えられてきた」

「ドウゲンさんが十三代め!」

「アルム、忘れるな。師父と呼べ」

「はい、師父!」


「よし。十四代目は長子テンゲンとなる、お前もやがては支えてもらいたい」

「……? まだ会ったことない、です」

「次男のフゲン(あに)さまと違って、テンゲン(あに)さまは、今は(なつめ)のおうちにいるの」


「そうだ、ノエの言ったようにテンゲンは次期当主として、棗家に奉公に出て経験を積んでいる。いずれ会うこともあろう」


 中腰になってアルムと目線の高さを合わせたドウゲンは、手のひらを前に出す。



「アルム、まずは拳を打ち込んでみよ」


 うなずいてから立ち上がったアルムは、自身の拳をドウゲンの手のひらめがけて打ち放つ。


「せいっ!!」


 パァンと気持ち良い音が、武錬場に残響していく。


「ほう……見様見真似(みようみまね)か? それともなにかやっているのか? アルム」

「じぇるすしきけんとーじつ」

「……ジェルス式? 拳闘術?」

「おーこくのけんとー、らでぃーあに習った」

「王国の拳闘──なるほど大陸のものか。それに別種族混じりの肉体──姿が堂に入っている」

「どうも! です」

「あるいは本能や天然で、どういう風に動かせば良いのかを理解しているようだ」

「わぁ、アルムすっごいんだ」

「それほどでも?」



「──天稟(・・)だな、これは思った以上の拾い物だ」


 ドウゲンは誰にも聞こえないほどの声でそう呟きつつ、少しだけ養子への認識を改めることにした。

 再び相対すように正座し、口にせずともアルムも同じように座したところで、ドウゲンは突きつけるように言う。


「アルムよ、"武"とはなんぞや」

「……?」


 首をかしげて疑問符を浮かべるアルムに、ドウゲンは虚空に"武"の字を指で書いて見せる。


()とは"(ほこ)を止める"ことにある、わかるか」

「戈──ほこ……矛、ぶきを止める?」


「その通り。戦うことは武としては最終手段と思え、であれば武とは何か?」

「ん~~~、にげる?」


(さと)いな、それも一つ。戦わずして遁走すること、我らが霧縫をはじめとして"忍者(しのび)"にとって重要なことだ。さらにその前に戦わずして治むること、これもまた武なり」

「たたかわない……」


 アルムは素直に言葉を反芻(はんすう)する。


「そして圧倒的な強さを見せつけることもまた、余計な争いを抑制する手段となる」

「そういうのいっぱい見てきた!」

「修羅場は経験済みか、さすがは"紅炎一座"──"子連れ鬼"の子よ」

「うん! ……あ、はい!」


「そもそも危険な場所には近付かないこと。交渉や偽装、あらゆる手を使うこともまた、一つの武の形とも言えよう。しかしそれはあくまで理想であり、実戦とは時として異なる様相を(てい)す──ノエ」



「はい、父上」


 ドウゲンに呼ばれてすぐに察したノエは、その場からスッと立ち上がった。


「アルムも立ちなさい。これから少しノエと立ち合ってもらう」

「はい」


 小さな男女が2人、武道場の真ん中で向かい合う。


「できうる限り事前に、争いとならぬよう(つと)め、可能であれば逃げること。しかし望むと望まざるにかかわらず、闘争は往々(おうおう)にして()けられないことがある。ゆえに武術は発展してきたと言えよう。そして武とは絶対的な強者による暴力に対し、弱者が(あらが)う為に端を発し、長い年月を掛けて積み重ねられてきた。本質的に武とは守に(かたよ)るものと知れ──アルム、さきほどと同じようにノエに拳を打ち込むのだ」


「アルム、えんりょはいらないよ~」

「わかった、そんじゃ──」



 アルムはステップを踏んでから地を蹴り、軽やかに間合いを詰める。

 そして勢いのままに拳をノエへと突き込んだ──が、武道場に木霊(こだま)したのは、さきほどとは別の音だった。


「ッ()ぅ~~~」


 床板に勢いよく背中を打ったアルムは、そのままノエにのしかかられるように倒れ込んでいたのだった。

 確かに拳を放ったはずなのに、わけがわからないまま投げ込まれた形。


「うむ、霧縫流・体術──"末裏縫(まつりぬい)"。まだ不恰好な部分もあったが美事なり、よくやったぞノエ」

「ありがとうございます、父上」

「なんかきづいたら消えてた! どうやったの? 教えて!」

「えっと……?」


 起き上がって瞳を輝かせるアルムに対し、ノエは父へとお伺いを立てる視線を送る。


「焦るな。ノエもまた霧縫家において天賦の才に恵まれている。アルムよりも二年ほど早く修練を積み始めてはいるが、互いにとって何度となく鍛錬相手となろう」



 ドウゲンは立ち上がると、流麗な動きで間断なく拳や蹴りを虚空へと幾度となく打ち込み、しばらくしてピタリと止める。


()とは()、その源流は一つなり」


 再び空中に()と、次に()の文字を指で書いた。


「舞には武における要訣が詰まっている。舞を学べば、所作・礼法も自然と身につく。静と動の精髄を学ぶことができる」

「おどり……歌うのは好きだけど──」

「これもノエから学ぶと良いだろう。こやつは嫁がせる上の姉二人と違い、"霧縫流"の忍びの側面(・・・・・)を次代へ継承する役目ゆえ」


 そう言われたノエはその場でどこか(つや)やかさを感じるほどに、たおやかに踊り舞って見せた。

 


「さて、最後にアルムよ。霧縫の術を学ぶにおいて最も重要なことを教えておく。それは──知られるな(・・・・・)

「……??」

「技とは知られていないからこそ、容易に"必殺"へと至る。アルム、お前がさきほどノエに為す術もなくやられたようにな」


 相手に手札が知られていれば、対応される可能性がある。ゆえに武術とは初見殺しにこそ、大きな価値がある。

 霧縫流が少なくない古流武術と同様に一子相伝を堅守しているのは、決してその秘を外部に出さない為なのだ。


「霧縫流を見た者は……必ず殺せ。手段を問わず、どれだけ時間が掛かっても必ずな」


 アルムは──そこでようやく──初めて緊張した面持ちでうなずいた。


「研ぎ澄まされた刃のような武士らしくあれ、そしてその下に秘して心を忍ばせよ。おまえはもう身内だ。ゆえに加減はせぬぞ」


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