#10 養子 II
「にゃーーーんにゃー、猫ちゃんやーい」
ノエはアルムを案内しながら、鳴きマネをする。
「ノエは猫、すきなの? なんですか?」
「にゃっは~~~、二人の時は慣れない敬語はいらないよぉ。もうわたしたちは同じ家族だって、父上からも言われてるから」
「わかった、ノエ」
「うん、アルム。でも父上がいるところではちゃんとしてね。それでぇ……わたしは猫だいすき~、ふわっもふっで自由気ままでぇ……」
2人で話しつつ広い縁側を歩いていると、正面から一回り大きい男子がやってくる。
「フゲン兄さま!」
「おーーーう、ノエ。もしかしてそっちの……」
「そう、あたらしい子!」
フゲンと呼ばれた男子はニマァ~っと笑うと、わっしわしとアルムの頭を撫でた。
「亜人の子なんだってなあ? オレらの黒髪とは全然違うやな」
「そういえば耳の形もちょっと違うし、目もきれー……おっ? アルム、あーんして、あーん」
「?? あー……」
フゲンに灰紫髪をくしゃくしゃにされ、ノエに碧紫の瞳を覗き込まれながら、アルムは言われるがままに口を開けた。
「歯がトガってるぅ」
「犬歯か。耳が尖ってて歯が鋭いのは吸血鬼だっけ? それに人も混じってるんだったかおまえ」
「そうらしい」
「がっはっはっは! らしいか。まっ自分のことがわからなくても、これからは霧縫だ、よろしく頼むぜ義弟よ」
フゲンはバシバシッと力強くアルムの肩を叩く。
するとアルムの胸元でチャリチャリと揺れるものに気付いた。
「なんだそれ、指輪か?」
フゲンに問われたアルムは、細い紐で通した透明な宝石が埋め込まれた指環を見せる。
「うん、おれのなまえがほられてる。たったひとつの手がかり!」
「なるほどぉ、綺麗なもんだ。アルムには大きすぎて指にはまらないから、そうやって持ち歩いてるのか。大事なもんなんだろうから失くすなよ~」
「だいじにする!」
一緒になって指環を覗くように見つめていたノエは、フゲンへと視線を移す。
「フゲン兄さまも一緒に案内する~?」
「断る! うんこだ!」
そう宣言して、フゲンは立ち去っていったのだった。
アルムはキョロキョロと内や外を見回しながら、ノエについていく。
「まっ歩いてればそのうちなれるよー、ニンジャ屋敷だから"かくしべや"とか、"かくしつうろ"もあるから気をつけてねー」
「にんじゃ!」
「そうだよー。今はブシ……おサムライさんだけど、ニンジャとしての心も忘れてないのがきりぬぃ~」
「かっこいい!」
「おぉ、そう思えるならアルムはスジがいいよ」
純真な感想に、ノエは気を良くしながらさらに話を進める。
「サムライもニンジャもねー、"忠義"が大事なんだよ」
「ちゅーぎ?」
「この人! って決めた、たいせつな人のためにつくすことだよ」
「へぇ~~~」
いまいち要領を得ていないアルムに対し、ノエは実践してみせる。
「わたし、きりぬいノエはぁ──きりぬいのシノビとして、今日からあなたに命をささげます」
「お、おーーー?」
「わたしの忠義は主どのの下で……この命がつきる日まで、いっしょに歩くとちかいます」
ノエは子供らしからぬ流麗な動きで、片膝をついて礼をした。
「なぁにこれぇ?」
「ん、"忠義ごっこ"……? むかしはねぇ、ほんとうに命をあげてもいいって人に、こうやって"ちかい"を立てたんだから」
「いまはちがうの?」
「きりぬいはとくべつな人をもたない"ながれもの"だったけど、ほんとうに"とくべつな人"を見つけたときだけ忠義をつくしたんだって」
「ふ~ん、ちゅーぎかぁ」
ニコッと笑いながらノエは、義弟の手を引いていく。
「アルムだけの忠義が見つかるといいね」
「もうみつけた!」
「えぇっ!?」
「おれは、おれに"ちゅーぎ"をつくす!」
「アルムじしんに? う~ん……そういうのもアリ、なのかなぁ?」
ノエは首をかしげつつも、アルムの性格というものがなんとなくわかってきた。
やんちゃで我が強い、年下の家族ができたことに……ノエは明日からの生活が楽しみになる。
「ノエにもちゅーぎが見つかるといいね!」
「一生をつくせるような人にであえたら、きっとしあわせだろうねぇ」
「そういうのはね、"ロマンチック"って言うんだよ」
「ろまんち?」
「うん! ろまん! ラディーアから教わった」
ノエはアルムが養子になるにあたって、父ドウゲンから聞かされていた経緯を思い出しながら疑問を投げかける。
「へぇ……その人って"一座"の?」
「そう、おれをそだててくれた母!」
「そっかそっかぁ、アルムは家族がいっぱいいていいねぇ」
「ノエももうかぞく!」
小さい手を義姉に引かれながら、アルムは広い庭を進んでいく。
「アルムは木は登れる?」
「得意だよー」
そう言って二人は──物見櫓代わりとなっている──屋敷よりも一際高い樹木を登っていった。
頂点近くの枝に腰掛けると、屋敷の全景から街までを一望できる絶景が、二人の小さな瞳に映る。
「すげーきれー」
「でしょ?」
「"かたわれ星"も、ちかい! きがする」
アルムは届かぬ"片割れ星"へと手を伸ばし、掴み取るようにニギニギと動かす。
そんな様子につられるように、ノエもまた一緒に手を伸ばしてみた。
「けしきよりもお空?」
「そらってか、星!」
「キラキラひかるお星さま?」
「そう! 星のかずだけせかいがあるんだ」
「……??」
ノエはアルムの言っていることは理解できなかったが、少なくとも嘘をついてるようには見えず、ただ純粋に信じていることだけは理解する。
「アルムって、いろんなのしってるんだね?」
「うん、ラディーアもおれくらいのこどものころに聞いたんだよ」
「だれから?」
「しらない、おさななじみっていってた。せかいはねぇ……ちいさな星からおおきな星まで、かぞえきれない星でできてるんってさ」
「よくわかんない」
「ノエもみんな、目に見えないくらいちいさい星のあつまりなんだって。だからねー、おれは星になりたいけど、もう星なんだ」
成長し、大人に近付いていくにつれ、忘れていくような──取り留めがなく、他愛もない、子供同士の会話。
二人はしばらく昼の星空を眺め、ノエはふと思い出して口を開く。
「あっそうだ! だいじなことを言うのわすれてた」
「だいじなこと……?」
「"開かずのざしきろう"だけは近づいちゃダメだよ」
「あかずぅ……?」
ノエは可愛らしくも、おどろおどろしい語り口調で喋りだす。
「そう──どこにあるかわからない……けどお屋敷のどこかにはある、もし"開かずのざしきろう"に入ったら二度と出られない──」
「へぇ~」
「あれっ? こわいのへーき?」
「よゆーよゆー」
「むぅ、それじゃぁとっておき! アルムは"蛇骨王"って知ってる?」
「んーん、しらない」
ふるふるとアルムは首を横に振る。
「……そうだよねー。蛇骨王はね、北州でいちばん古い伝承の"大妖怪"なの」
「でんしょーのだいよーかい?」
「すっごくおっきなバケモノってこと。かぞえきれないほどの蛇があつまって、夜中にうなり声がきこえてもぜったいに外にでちゃいけないの。あとね、うなり声をよーく聞いてもダメなの」
「なんで?」
「呪いの声なんだって。だからね、きっと死んじゃうのかも。それでね、蛇骨王もさいごには倒されちゃうの」
アルムは顔をしかめながら、首をかしげる。
「たおされたなら、もうこわくないじゃん」
「ふっふっふ~~~怖いのはここからなの、いっぱいの蛇がいなくなってから出てきたのは……家よりもずっとおっきな人の骨なの」
「おーーー?」
「わかったわかった? つまりそれだけおっきな"巨人がどこかにいた"ってことなの」
「な~んだ」
「えぇーーー、こわくない?」
「だってボーネルさんとか、ドワーフなのに体がおっきいから、巨人とのハーフなんじゃないかーとか言われてたよ?」
「だぁれ?」
「いろいろなのつくってくれるひと」
「そっかぁ……じゃなくって、もうアルムははなしがいがないなぁ~」
アルムの一連の反応にノエは口唇を尖らせつつ、一拍置いてから切り替える。
「でもなにかを教えるときの父上はとってもこわいから、かくごしといたほうがいいよ」
「たのしみだー」
「むーーーつまんな~いい、もっとこわがれー」
アルムは新たな生活、一転した人生──期待に胸を踊らせながら屈託なく笑うのだった。