2.メイド(奴隷)epi.3:問題児②
──⋯
「はぁー⋯疲れた⋯」
学校の席につくなり、どっと疲れが押し寄せる。
朝の屋敷仕事が終わると、寧音さんが学校へ行く準備をと声を掛けてくれた。
葉室さんが言ってた通り、今までと変わらずに学校に行っても良いということだった。
借金とお屋敷のこと以外、変わらずに暮らしていけるのは有り難い。
「るりっちおはよ!昨日、大丈夫だった!?」
小学校からずっと仲が良い彩羽に声を掛けられる。
借金のことや葉室家のことは昨日連絡していて、半泣きになりながら話を聴いてくれた。
「おはよー。なんとかね!ちゃんと学校に来れて嬉しいよ〜。でもね、聞いてー!」
今朝のことを彩羽に話すと、ぎょっとした目でこちらを見た。
「マジで!!それって襲われたってこと!?こわーっ!」
「声大きいよ!⋯寝ぼけてたみたいだし、びっくりしたけどもう大丈夫だから」
周りのクラスメイトに聞こえてしまいそうな反応に焦り、思わず彩羽の口を塞いでしまった。
彩羽はごめん、とヘラヘラ笑っていた。
「でも、葉室柊でしょ?この学校でも有名だよね。」
彩羽が言う。
運動部の練習試合で何回か名前は聞いたことがあったけれど、どんな人物なのかは興味がなかった。
「え、有名なの?全然、知らない⋯」
「バスケ部だよー。うちってバスケ部に力入れてるじゃん?たまに練習試合してて、イケメンで強い選手がたくさんいるっていつも体育館が沸いてるんだよね。」
うちの高校は公立高校だけど、運動部も文化部も部活動が活発なところが特徴。
特にバスケ部は近年上手い選手が多く、力を入れているらしい。
そして不思議と、うちの学校もバスケ部の顔面偏差値が高いのが集まっていて、朝練や試合中の人集りは耐えない。
「へー。ちゃんと顔見たことないなぁ。」
「あ、そういえば今日朝試合で来てるみたいだよ?見に行ってみる?」
(朝試合って、うちの高校でだったんだ⋯)
わたしは人混みが苦手だし、無理にイケメンを拝みたいと思ったことがないので、いつも試合の結果だけ確認していた。
「いやーあはは、帰ったら多分会うと思うし、いいかなぁ。わたし日直だし、花壇にお水あげてくる」
今朝のこと、顔を見たら思い出してしまいそうで気が引けた。
そっかぁという彩羽を置いて、当番の花壇の水やりをしに中庭へ向かった。
「「わーっ、朝から全力だね」」
「「「チームワークすごー!」」」
中庭へは体育館横を通る。
朝試合の応援とイケメン見たさに集まった人たちを横目に水差しに水を汲む。
──ダンッダンッ⋯ピピーッ!
後ろから聞こえる体育館でドリブルする音に終了を知らせる笛の音。
人集りの熱も落ち着き、選手たちが体育館外の縁に腰掛けていた。
(あの中に柊様がいるのかな⋯)
正直柊様の顔ははっきり見ていない。
というより、薄暗いのに加えて目の前に覆いかぶさっていたので見えなかった。
「あの、お疲れ様です!よかったらタオル使ってください!」
腰掛けていた選手たちに、応援していた女子たちがタオルや差し入れのジュースを渡している。
水やりを終えたわたしは、あの集団の中を通らないと教室に戻れない。
青春のひとときを横切るのは申し訳ないと思いながらも、
すみません、と気持ちばかりの謝罪を言いながら通ると
「葉室くん、タオルッ⋯」
トンッ──
「えっ」
一人の女子が"葉室くん"にタオルを渡そうとした勢いで足が引っ掛かってしまった。
(やば⋯!)
ビシャシャッ⋯
足を引っ掛けた勢いでバランスを崩し、水差しに残っていたお水を誰かにかけてしまった。
「⋯ポタッ⋯は⋯?」
半分程残っていた水差しの水が直撃し、一瞬周りが沈黙した。
「ご、ごめんなさい!拭くもの!」
ポケットからハンカチを取り出し拭こうとすると、腕を優しく掴まれた。
「大丈夫、びっくりしたけど。」
「いやいや!すみません、どうしよう⋯」
「着替えあるし、いいよ」
慌てていると、その人は少し微笑みながら立ち上がり、バッグを持って更衣室へ歩いていった。
優しい人だったけど、あのほほ笑みに少し見覚えがある気がした。
(これが柊様だったら、クビだったな⋯)
身の危険を感じつつも、水差しを返しに備品室に向かった。
水差しを片付け備品室から出ると、背後から腕が伸びたのが見えた。
ドン——
備品室のドアと手のひらがぶつかる音が鳴った。
わたしは驚いて振り返り、背後の彼と目が合った。
「お前」
朝と同じシチュエーション、同じ低い声
違うのは、わたしの顎を掴んでいて、彼の顔がはっきりと見えている。
そういえば、更衣室は備品室から近かったんだ。
「なっなに」
「朝から何?うざいんだけど。水かけてくるとか、わざと?」
表情を変えず、冷めた目で見下される。
先ほどの爽やかな対応とは真逆で、だいぶお怒りの様子。
言葉遣いや言い方も、今朝の柊様と同じ⋯
(この人、柊様だ⋯!)
この状況でやっと自分の主人に気づき、"クビ"の一言が脳裏によぎる。
「ちが、違います、人にぶつかってしまって足が、わざとじゃなくっ」
彼の顔が急に近くなったことに気づいた瞬間
口が何かに当たる感覚がした。




