2.メイド(奴隷)epi.2:問題児①
夜明け前、日が昇るよりも前に目が覚めた。
「ここ、どこだっけ⋯」
虚ろな目を開きながら昨日のことを思い出す。
(ああ⋯そっか、わたし、売られたのか⋯)
自分でそう思いながら、少し傷つく。
今日からメイドとしての仕事が始まるのだ。
スマホを見ても家族からの連絡はなく、姉弟の連絡すら繋がらない。
自分が置かれた状況を他所に、家族が悪いことに巻き込まれていませんようにと願った。
──コンコンコン
誰かがドアをノックする。
「瑠李さん?起きてください。」
その声は高く柔らかく、寧音さんの声ではなかった。
別のメイドかも知れないと扉をゆっくりと開ける。
「はい⋯?」
「あ、起きてましたね!よかった。私、天音って言います!すぐに準備してください。20分後に1階で寧音さんと朝礼です。」
「わ、わかりました!すぐに行きます。」
天音さん、同年代くらいの女の子だった。
昨日寧音さんからもらった仕事着に着替え、胸まである髪の毛をくくって1階へ降りる。
(今どき、本当にこういうメイドさんの仕事着って存在するんだなぁ)
仕事着といえば、メイド服。
一般的に売られているようなフリフリのエプロンやミニスカート、ニーハイなんてものではなく
パフスリーブではあるが、袖はきゅっと細く、スカート丈も長い、あくまでも動きやすいデザインだった。
エプロンは肩の部分だけ大きくリボンで縛る程度の可愛らしさがある。
ちょっと非現実的で、借金を抱えている絶望感から気が紛れる気がした。
1階のエントランス横にあるスペースで、寧音さんを前にメイドが3人並んでいた。
そこには、天音さんもいる。
「おはようございます!お待たせしました!」
「おはようございます。では、朝礼を始めます。まずはみなさんに紹介しますね、昨日からメンバーに加わった葉山瑠李さんです。柊様の世話係としても働いていただきます。」
「「「え⋯!」」」
寧音さんが朝礼の開始とともに、他のメイドたちに御子息の世話係ということを伝えると
驚きで周りがざわっとした。
──葉室 柊様
それが葉室家の御子息様で、私がお世話をする人。
歳はわたしの1つ下で、名門私立高校に通っている。
もともとは寧音さんを入れて10人のメイドがいたが、ここ3ヶ月で6人が立て続けに辞めてしまったそうで、御子息の世話係に着任した人たちが大半だったみたいだ。
(こ、こんなに辞めちゃってるの⋯?不安すぎる⋯!!)
「静かに。瑠李さんはわからないことが多いので、都度教えてあげるように。紹介は以上です。早速ですが瑠李さん、2階にいる柊様を起こしに行ってください。今日は朝試合があるので、必ず起こすようにと指示を受けています。」
「えと、承知しました。」
慣れない環境で、初仕事がお坊ちゃまを起こす仕事とは⋯。
指示されるまま、2階の角部屋にある柊様のお部屋にたどり着いた。
──コンコンコン⋯
控えめにノックをしてみるが、返事はない
「あの、柊、様?朝です。起きてますか?」
何も物音がしない。まだ寝ているのかも知れない。
もう一度ノックをしてみる。
「柊様、朝試合の時間です!」
⋯
変わらず返事がないので、今度は少し強めにノックをした。
──コンコンコンッ
「しゅ⋯!」
いきなり開いたドアから手が伸び、部屋の中に引き込まれる。
薄暗い部屋の中、力強い手に引き寄せられ、ドアに背中が付いた。
「⋯だれ」
寝起きのせいか、少し不機嫌そうな低い声で聞かれる。
突然部屋に引き込まれた驚きと、掴まれた腕が力強く言葉が出てこないわたし。
ドアに追い込む形で立つ目の前の人を、これから毎日起こしに来なければいけないのかと一瞬で考えながら上を向く。
「あ、きょ、本日から、柊様の身の回りをお世話させていただきます⋯。る、瑠李と申します⋯。」
目の前にいる主人に圧倒されながら寧音さんから教わった挨拶をする。
薄暗さに慣れてきた視界には
どこかの芸能人を連想させるような整った顔立ちの主人が映る
「あー。新しい人だ?」
「はい⋯」
その「新しい人」に新人という以外に意味を含んでいるとは想像もせずに返事をする。
──!!!
返事を聞くと柊様はニヤリと笑い、わたしの首に顔を埋めた。
「ちょっ!」
──スーッ⋯
首筋の匂いを嗅がれ鳥肌が立つ
(⋯!嗅ッ!?)
判断が追いつかないまま、自分の首元に埋められていた顔を鷲掴みにして体を押しのけていた。
「ちょっと!なに!?寝ぼけすぎでしょ!!!」
勢いで主人の顔を鷲掴みにして、体を押しのけてしまっていることに気が付き我に返る。
柊様も顔面を鷲掴みにされていることに、ポカンとしている様子だった。
「っ!申し訳ございません!あの、試合に遅刻しますので⋯わたしは失礼いたします」
そそくさと部屋を出て、自分の部屋に戻る。
何が起きたのか、もう昨日からずっとわからないまま。
初めて会った主人に接触された感覚に、驚きともトキメキとも違う何かを感じていた。




