3.おもちゃ epi.8:わがまま④
びしょびしょの服のまま、半分放心状態で割れてしまったグラスの破片を拾い集める。
柊様のお友達と馴れ馴れしく話していたことが気に食わなかったのか、
単純に自分以外のことで盛り上がっていることが嫌だったのか、
柊様の怒りの基準が分からず、ずっと頭が回っているみたいだ。
(わたし、なんでそんなに柊様に嫌われてるのかな⋯)
そんなことを考えていると、割れた破片で指を切ってしまった。
「痛っ⋯もー、ついてないな⋯」
今日はこれ以上、何も起きませんように——。
ささやかにそう願いながら片付けを終えると、天音さんがわたしのびしょ濡れの姿に目を丸くし、
『なにがあったの!?』と、あわてて駆け寄ってきた。
突風でテーブルが倒れ、その拍子に転んでしまっただけ、と苦し紛れにごまかすと
天音さんは少しほっとしたように胸をなでおろした。
柊様たちは匠さんの家に行くと言ってすでに屋敷を出た後だと教えてくれた。
もうこれ以上、逆鱗に触れる心配はないのだと思うと、胸の奥がふっと軽くなる。
昼間のことを考えないように屋敷の仕事に没頭していると、
気がつけばもうすっかり夜になっていた。
柊様はまだ帰ってきていない。
昼間のことが気がかりで、もしわたしに非があったのならちゃんと謝ろう⋯。
そう思いながら柊様の帰りをじっと待っていると、玄関の扉が開き、柊様が咳き込みながらふらりと帰ってきた。
「あ、おかえりなさい。⋯大丈夫ですか?顔色が悪いです」
「⋯」
柊様は、なんでいるんだと言いたげな顔をしていた。
「昼間、柊様のお友達に馴れ馴れしくしてしまってすみませんでした⋯。」
柊様のあとを恐る恐るついて歩きながら、昼間のことをぽつりと謝ってみた。
けれどやはり返事はなく、無言のまま歩き続ける彼に胸が痛む。
柊様の足取りは重く、歩くたびにゼーゼーと苦しそうに咳き込む声が聞こえ、
ふと、以前天音さんが柊様は体があまり強くないと話していたことを思い出した。
「体調大丈夫ですか?何かあったかいものとか⋯」
「うるせぇ」
そう言って部屋に入って扉を乱暴に閉めた。
放っておきたいとも思ったが、部屋の中から咳き込む声が気になってしまう。
仕方がないので、キッチンに降りてはちみつレモンを作って持っていくことにした。
思えばこの選択が、わたしと彼の関係性をおかしくさせるきっかけだったのだと後から知る——。