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第九話 癖のあるハーブティー

 屋敷に戻ってから、私はジンとリビングルームで頭を悩ませていた。

 


「とは言っても難しい問題だな。今どうにか説得したとして、病気で金が必要である以上は今後もうまい話を持ちかけられる機会は五万とある」

「大人に目を光らせてもらおうにも、きっと子どもたちは誰にも相談しないだろうし……あぁ、どうしたらいいんだろう」



 ウィルに大見得を切ったのはいいものの、具体的な解決策はちっとも思いつかない。


 ウィルだけを助けたらいいのなら話はもっと簡単だが、私は領主だ。ウィルだけが特別じゃない。ウィルみたいな境遇に置かれた人みんなを助けられる方法を考えないと。



「取り敢えず整理すると、ジェファーソンのような虚偽の申告への対策をする、従業員への正当な給与支払いと確実な徴税をする、医療費を抑制する、この三つが目標ってことでいい?」

「そうだな、そこを改善できれば今回みたいなことは防げるんじゃないか」



 虚偽の申告については、税務官が根気強く調査をすれば少しは改善されるかもしれない。ただ従業員の給与に誤りがあって後々過払い分を還付するとして、還付金額があまりに大きすぎると予算を組む際に元になる税収の予測ができず予算案の作成に支障が出る。


 一つ一つの問題を解決する方法はあっても、全てが丸く収まるような方法はなかなか見つからない。いや、そんなものがあるのかさえわからない。


 だって私たちが考えているのは、今の政治家たちがみんな頭を悩ませている問題なのだから。



「医療費については政府も補助を考えてるみたいで、罹患者の多い疾病の治療費を国費から何割か負担するつもりだって聞いてる。ただ財源の問題もあるから、補助するにはやっぱり税収を安定させないとダメなんだよね」

「なんだか堂々巡りだな。結局全部繋がってるから簡単にはいかない、と」



 医療費の補助について政府が重い腰を上げたのは民にとっては良いことだが、国民全員が補助を受けるとなると予算は莫大だ。


 だからこそ現状を改善するために例の調査書が私のところに届いたわけだが。



「あぁ、ジェファーソンに腹が立ってきた。そもそもあの人たちがきっちりと帳簿を正直につけてくれたら、こんな悩みなんて存在しないのに」

「そりゃ無理だろ。それこそ自分たちに損なことでもない限り人間はわかりやすい得を取るもんだからな」

「追徴課税ぐらいじゃ損にならないってことかぁ……」



 ナタリーが入れてくれたハーブティーを口につけて、少し気分を落ち着ける。


 南の航路を経て輸入されてきたお茶からは独特の爽やかな薫りが漂ってきて、考えすぎで熱のこもった脳内が冷まされていくのを感じた。



「珍しい匂いの茶葉だな。イヴの趣味?」

「え?あぁ、そうなの。この匂い苦手だった?」

「いや、エキゾチックで良い匂いだと思うけど。なんか意外でさ」

「ふふ、エドワードにも同じこと言われた。見た目によらず渋い趣味だって」



 ジンは香りを確かめてから一口お茶を含む。一般的に好まれる良い香りの紅茶とは少し違うから好き嫌いが分かれるけど、私はクセになる感じがして結構好きなのだ。



「ん、やっぱりイヴっぽくはない味だな。良い意味で」

「なにそれ、良い意味ってどういう意味?」

「見た目ほどは甘くないってことだよ。駆け出しの甘ったれ領主みたいな顔して意外と色々考えてるどっかの誰かさんみたいに」

「私のことそんなふうに思ってたの?心外」

「ぱっと見だよ。あの不良少年相手にビビらないなんて大したもんだと感心したさ」



 確かに私の見た目は領主向きではない。威厳とかとは無縁の幸薄そうな顔と豊満さのかけらもない貧相な体は、典型的な田舎の気弱な貧乏貴族だ。



「それを言うならジンはなんていうか……思ったより普通ね」

「悪口だろそれ」

「勿論良い意味で、だから。良い意味で普通なの」

「ほーん、その心は?」

「斜に構えた皮肉屋みたいだけど、話すと全然そんなことない。意外と反抗期がなかったタイプなんじゃない?」



 私の言葉にジンは少し驚いたようで、体を前のめりにしてうんうんと大きく頷いた。



「俺のことよくわかってきたじゃん。そうだよ、俺境遇は結構複雑だけど割と周りの人間には感謝してんだよ」

「やっぱり。そんな感じの顔してるから」

「メイドの子だけど腹違いの兄貴には色々と面倒を見てもらったし、母親も普通の子供と同じように俺を育ててくれた。そりゃ悪い大人だって沢山いたし嫌な思いも沢山したけど、数人でも信頼できる大人がいるって本当有り難いよ」



 しみじみと遠くを眺めるジンは誰のことを思い出しているのだろうか。本当に子どもにとって周囲の大人の影響は大きい。歳の離れた先帝に見初められたという母親は苦労も多かっただろうに、ジンのことをきちんと育て上げたのだ。


 だからこそきっとジンはウィルのような子を放っておけないのだろう。



「あの子たちもそんな大人が身近にいればいいんだろうけど……みんな生きていくのに必死だからな」

「親や家族を不安にさせたくないって精一杯大人みたいに振る舞っていても、本来はまだまだ守られるべき子どもだからね」



 どうしたもんかな、と二人して溜め息を吐く。


 気を紛らわせたくて無意識にお茶を飲もうとカップに口をつけたところで、中身が空っぽであることに気づいた。



「ん、ナタリー呼ぶ?」

「そうする。何杯あっても足りなさそうだから」



 もう一度お茶を淹れてもらおうとナタリーを呼ぶ。しかし一向に返事がない。


 あれ、いつもなら部屋の外で待機してるのにどうしたんだろう。



「ナタリー?いないの?」

「珍しい、イヴと俺を密室に二人きりにするなんてナタリーなら絶対有り得ないのに」

「ナタリー、何かあった?ナタリー!」



 そうしてキョロキョロと廊下を見渡していると、一階から息を荒げてナタリーが現れた。

 随分と急いだ様子で申し訳ない気持ちになる。



「お待たせいたしましたお嬢様、少し立て込んでおりまして」

「ごめんなさい、お茶が欲しかったんだけどナタリーがいないから何かあったのかと思って」

「えぇ、ちょうどそのお茶の追加をご用意しようとしていたんです。でも肝心のお水がなくって」

「水がない?」

「はい、そもそも流れてさえきていません」



 水がないということは、泉の水が枯れたか他のところに流れてしまっているかのどちらかだ。


 どうしてこうも私が領主代理になった途端に問題が起こるのだろうか。いや、文句を言える立場じゃない。やれることはやらないと。


 弱気になりそうなのをグッと堪えて顔を上げる。ジンを見ると、すでに外套を手に持っていた。有り難いことに彼も付き合ってくれるらしい。


 

「ここまで聞いたら俺も付き合うよ。これを逃した次いつ外に出られるかわからないしね……冗談だよ。じゃ、息抜きも兼ねてもう一度泉を見に行こうか。お茶休憩はその後ってことで」

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