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第八話 ブラック求人

 青い空を反射する透き通った泉。水底の小石まで陽光を反射する透明度の高い水は、我が家になくてはならない貴重な水源だ。



「ほーん、いいところじゃん。妖精でも出てきそう」

「意外、ジンって妖精とか言ったりするんだ」

「失礼な。意外とロマンチストなんだよ、やんごとなき身分だからね」



 今日はジンと約束していた日。

 ナタリーと三人、泉に到着した私たちは敷物を草原のうえに敷いて腰を下ろした。



「その服どう?ちょうど良いかなって思って買ってきたんだけど」

「すごく良いよ。形はフォーマルだけど生地に伸縮性があるから動きやすいし、デザインも斬新だね。若いデザイナーが手がけたんじゃない?」

「正解、思ってるよりずっと若いから見たら絶対驚くと思う」



 ウィルから買った服はジンも気に入ったようで、ご機嫌で敷物の上に寝転んだ。

 買ったときは大きく見えた服だけど、ジンが着るとまるで採寸して作らせたみたいにピッタリで本当によく似合っている。



「美しい景色、新しい服、穏やかな気候、ノードは最高だな。うちにほしいくらいだ」

「穏やかじゃないこと言わないでちょうだい、あなたが言うと冗談にならないんだから」

「ごめんごめん、そうならないために引きこもってるんだった」



 ジンは人当たりもいいし悪い人ではなさそうだけど、だからこそ警戒しないといけない。失礼にならないように、でも言い訳が立つ程度にもてなして、無難にやり過ごすのが一番なんだから。



「ジン、あなたのような身分の人に私から言うのも失礼だけど、もう少し自分の立場を考えてものを言ってちょうだい」

「イヴ、静かに」

「黙らない。私がどれだけあなたに気を遣っているかわかる?」

「イヴ、本当に黙って」

「へっ?」



 突然ジンに両手で口を塞がれる。一体なんなんだろうかと周囲を見渡すと、ナタリーも何かを察しているのかジンが私に触れているのを咎めることなく周囲を警戒していた。



「この場所を知ってる人間って基本的にどこから来る?」

「私たちが来たのと同じ道から来るはずです」

「ならこれは招かざる客だな」



 ガサガサと草むらが揺れる音が聞こえてきた。もしかしてナタリーとジンはこの音に気がついていたのだろうか。すごい、私は全く気が付かなかったのに。



「あんたはここにいろ。ナタリー、イヴのそばにいてくれるか」

「言われずとも」

「多分相手は素人だろ。そこまで厄介な相手じゃなさそうだが、さて。目当ては何かな」



 ナタリーの背に庇われてジンの行方を見守る。

 やがて物音はどんどんと大きくなって、すぐそばの木の陰からふらりと人影が現れた。



「おい、動くなよ。どうやってここに来た?」



 ジンはその人物を見るなり、大きく目を見開いた。



「わ、わっ!ごめんなさい!」

「驚いたな。子どもじゃないか」



 聞き覚えのある高い声にもしやと駆け寄る。ジンの背後から相手を覗き込むと、予想通りの人物がそこにいた。



「ウィル!どうしてここに」

「お嬢様?ってことはもしかして僕、領主様の森に入っちゃったってこと!?」



 両手いっぱいに籠を抱えた少年は、私を見るなりしまったとでも言いたげに眉を下げた。この子、なんだかいつも両手に何かを抱えてる気がする。



「ウィル、もしかして道に迷ったの?」

「迷ったって言うか……その、薬草を探してたんです。僕のママは体が弱いから。いつもは街の近くの麓で採ってるんだけど、今日はうまく見つけられなくて。それで奥に奥に入っていったら、ここに」

「麓からって、獣道もないのによく来たな」

「必死だったんだもん……あれ、眼帯のお兄さんのその服。もしかして」



 しゅんとした様子だったウィルだったが、ジンの服を見るなりパッと表情が明るくなった。

 少し驚いた様子のジンに近づいて、くるりと前後からその着こなしを確かめる。



「すごく似合ってるよ、姿勢がいいし鍛えられてるから服もお兄さんに着てもらえて喜んでるね。僕の服を着てるってことは、この人がナタリーさんの息子さん?」

「ナタリーの……?あぁいや、なんでもない。もしかしてこの服は君が?」



 そういえばナタリーの息子用にって買いに行ったのを忘れていた。察したジンが上手く話を合わせてくれてよかった。



「うん!僕が作ったんだよ。はじめまして、僕はウィル。スミスさんのところで働いてるんだ」

「俺はジン。すごいなウィル、本当にいい服だ。また新しいのを作ったら買わせてくれよ」



 ジンの言葉に嬉しそうにはにかんでいたウィルだったが、籠の中の薬草を見るなり悲しそうに眉尻を下げた。



「僕、服はもう作らないんだ」

「えっ?なんで、こんなに才能があるのに」

「ママがもうこんな薬草が効かないくらい弱ってるんだ。お医者さんからもらえる薬じゃないと治らないって……でも薬は高価だから、もっと稼げる仕事をしないと」

「もっと稼げるって、嫌な話するけどスミス殿はちゃんとお給料は出してるんだよね?」



 私の問いかけにウィルは小さく頷く。

 スミス殿はまともな人だ。子どもだからって不当な搾取は絶対にしない。恐らくウィルはその辺の大人と同じかそれ以上の給料をもらっているはず。


 なのになんで服作りを辞めるなんて言うんだろう。



「友達に誘われたんだ。ジェファーソンさんの工場ならもっと沢山お金が貰えるって。僕の倍くらい税金払ってるって言ってたよ」

「そんなのは嘘だよウィル。信じちゃダメだ」

「でも、もし本当だったら?ママが助かるかもしれないのに」



 ジェファーソンといえば我が領の問題児、純利益が毎年異様に少なく従業員に高額な賃金を支払っていることになっている資本家だ。

 

 恐らく友達はジェファーソンにウィルを勧誘するよう言われているのだろう。高額な税金を払っているのは事実かもしれないけど、従業員の収入を上乗せしてそうなっているのだとしたらウィルの身が危ない。



「ウィル、お仕事のことを決めるのは少しだけ待ってくれる?」

「え、でも友達には今晩までに返事してくれって言われてるのに」

「それなら今日はスミス殿のところに泊まりなさい、絶対に今日返事をしてはダメ。わかった?」

「うーん……お嬢様が言うなら」



 どうしよう。取り敢えず返事を遅らせることはできそうだけど、どうしたらウィルを不正な勧誘から守ることができるんだろうか。


 いや、不安に思ってもやるしかない。ウィルみたいな境遇の子は他にも沢山いる。その子達が同じ目に遭わないようにするために、領主としてやれることをやらないと。



「大丈夫だからねウィル、私に任せて」

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