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第五話 奇妙な同居人

「知ってるとは思うんだけど、うちの国は今政治的な過渡期なんだよ。正統な皇位継承者であるマルグレーテ皇女を推戴する親帝派と、共和政への改革を掲げる議会派。どっちが勝つかはわからないけど、どちらが勝っても国は変わる」



 アンダリア大陸一の大国であるアグストリア帝国の政局が混乱しているのは、勿論隣国の私たちもよく知っていることだった。



「他にも兄姉がいるとはいえ俺はちょうど良い年頃の皇弟だから結構重要な立場なんだけど、国にいたら中からも外からもあれこれ言われるし……かと言ってあんまり遠くにいると有事の時に困るだろ?」

「要は、匿ってほしいと?」

「そこまではしなくていい。金も出すし迷惑もかけない、ただ『ノード連合王国のクローデット辺境伯領で遊学中』って身分が欲しい」

「それは……」



 簡単に答えることはできない。下手にお金を貰うと公的な繋がりを認めることになるし、アグストリア帝国との関係が悪化したときにここで繋がりを持つことがどう働くのかもわからない。



「断りな、イヴ。義理は果たしてやったんだ、そこまでする必要はないよ」



 そうするのが無難だろう。ここは辺境、国家防衛の最前線だ。下手にアグストリア帝国との繋がりを強めると侵攻の取っ掛かりにされる可能性もある。



「俺はあんたと話してるんじゃないぜ、エドワード」

「僕は彼女の婚約者だ。矢面に立って何が悪い」

「まだ婚約してないって聞いたけどな。それに、昨日のイヴを見てたらあんたに頼らなくても自力でどうにか出来るはずだ」



 そんなことはない。絶賛悩み中だ。正直どうしたらいいのか皆目見当もつかない。


 断って国際問題になる可能性、有り。受け入れて国際問題になる可能性、有り。

 エドワードの言う通り、本音は断りたい。けどお父様が言うならまだしも私のような駆け出し領主代理が断ると、何かあったときに責任を取らされるのは間違いなく私だ。そうなればこの領も領民もどうなるか。



「あなたの要求を全て呑むことはできない。でも、全てを拒否することもできない」

「イヴ!」

「それはつまり?」

「こちらの条件を全て呑むことができるなら、滞在を認めてあげる」



 こちらにとって一番いい状況は何か、それは『何も起こっていない』ことだ。それは国際問題なんて予測不可能なことだけではない。既に起こったことを含めてだ。



「そちらからの金品の返礼はいらない。その代わり、私が同伴するとき以外は住人との接触は禁止。普段人の出入りがない離れの部屋に偶然旅人が身を寄せた、というのでどう?」

「公式な遊学は流石に無理か。いいよ、悪くない」

「私はあなたが誰か知らないし、エドワードも知らない。いいでしょ、エドワード」

「……まぁ、それが安全かもね。このまま帰らせて野放しにするよりは、目の届くところでほとぼりが冷めるのを待とうか」



 幸いにもジンの持っていた手紙に封緘はされていなかった。もしかすると私たちがこう判断することを見越して、読まなかったという言い訳が立つようにしてくれたのだろうか。



「じゃあこれで決まり。後でジンには離れを案内するからこのままここで待ってて」

「はいよ」



 話もまとまったところで、そろそろエドワードが発つ時刻が迫ってきていた。


 食事を終えて席を立つエドワードと時を同じくして、出立の用意ができたとバトラー家の者が迎えに来た。



「ごめんなさいエドワード。せっかく来てくれたのに、落ち着かなかったでしょ」

「ま、僕の知らないところでこうなってるよりかはよっぽどマシだからね。何かあったら直ぐに追い出すか僕に使いを寄越すんだよ」

「大丈夫、そんなことにはならないように頑張るから」



 エドワードは私の言葉に少しだけ微笑むと、チラリと厳しい眼差しでジンを一瞥して帽子を被った。



「また来るよ、頑張ってね」

「ありがとう、道中気をつけてね」



 扉を開けると爽やかな春の風が屋敷中に舞い込んでくる。エドワードは春風で乱れた私の髪を少し整えて、そうして屋敷を後にした。



「またね〜!」



 バトラー家の家紋の入った馬車が門の向こうに見えるなくなるまで見届ける。

 やがて爪音も聞こえなくなるのを待って、私はようやく部屋に戻った。



「健気なもんだねぇ、なんで婚約してやらないの?」

「わっ!びっくりした」



 ジンの待つ朝食室に戻ると、なぜかジンは扉沿いの壁際に立っていた。まさか聞き耳を立てていたのだろうか。


 

「盗み聞きなんて趣味の悪い」

「はは、やっと素の顔に戻ったな」



 反射的に後退る私を揶揄うようにジンは私の顔を覗き込む。彼の顔の半分は眼帯で隠れているが、彼がエドワードとはまた違った端正な顔立ちをしていることは容易にわかった。



「お似合いじゃないか、あんたとエドワード。あんまり待たせてやったら可哀想じゃないか?」

「冗談はやめて。エドワードと私は兄妹みたいなものなの。もしエドワードに好きな人が現れたら私は喜んで祝福する」

「ふぅん、これは脈無しだな。可哀想に」

「エドワードだってそう。私のことを女性として愛してるわけじゃないの。だから私は別に急いで結婚しなくてもいいかなって」



 感情の読めない目に見下ろされて、負けじと睨み返す。

 ジンの背丈はエドワードとほとんど同じなのに、なぜかジンの方が大きく思える。エドワードだって男性らしい体格をしているが、エドワードにはない圧迫感がジンにはある気がする。



「そうか、要するにあんた恋愛結婚がしたいんだな」

「へっ?何を聞いてたの?そんな突拍子もないこと言うなんて」

「わかった、わかったよ。あれこれ理由を言っちゃいるが、要はロマンスが欲しいんだろ?わからなくもないよ、憧れるもんな」



 ひらりと踵を返してジンは椅子に座る。


 恋愛結婚?私が?そんなこと考えたこともない。

 そりゃ子どものときはおとぎ話の王子様に憧れたりもしたけど、その王子様そのもののエドワードに恋心を抱かなかったのが答えだろう。


 好きどころか生理的に嫌な相手と結婚させられる若者が多い中で、エドワードのような人が候補にいる私はどれだけ幸せか。



「エドワードに恋をできない理由はなんだ?完璧すぎるから?好みじゃないから?」

「それは……考えたこともなかった」



 色々と理由はつけているけど、私がエドワードに恋をできない理由と結婚に踏み切れない理由は同じな気がする。


 でも何故だろう、肝心の理由を上手く言葉にできない。



「私の迷ってる原因の核心をつかれた気がする。ジンってこういう話得意なのね」

「いや、得意じゃないさ」

「じゃあなんでこんなこと聞くの?」

「そりゃあんた、好みの女の恋愛観は知ってて損はないだろ……なんだよその目、冗談だよ。ただの暇つぶしさ」



 胡乱な目でジンを見つめる。

 とんでもない相手を招き入れてしまったものだと今更後悔したけど、もう遅い。


 兎にも角にも、こうして奇妙な共同生活が幕を開けたのだ。

次話から内政パートに入ります。

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