第二十一話 ラブレター
お気に入りのハーブティーを飲みながら新聞を捲る。王都の事件や国外のいざこざに紛れて、見覚えのある名前が目に飛び込んできた。
『レズリー孤児院で違法薬物。マフィア幹部逮捕』
「摘発できたんだ、よかった」
記事を読むと私がレズリー孤児院のことを相談してから警察隊はかなり頑張ってくれたようで、孤児院を利用して薬物の売買を行っていたマフィアの幹部を現行犯で逮捕したらしい。
レズリー院長は参考人として、一先ずは治療のために保護されたと書かれている。そして子どもたちは他の孤児院に預けられたり里親を探したりと行く先は様々ではあるものの、新しい居場所に迎えられたようだ。
「さて、私も頑張らないとな」
休憩はここまで。新聞を片付けて資料を広げる。
乳業関係者から集めたこの資料は、あるものの見積書をだった。
「ホーレスさんのところは安くも高くもないけど供給が安定してるし、やっぱりホーレスさんになるのかなぁ」
あるもの。それは子どもたちの栄養状態を改善するための期待の星、スキムミルクだ。
エマの話を聞いた私は、栄養価の高いスキムミルクを子どもたちに提供できないかと考えたのだった。
「でも安くないと買えない孤児院や家庭にこそ買ってもらいたいものだから、価格はもう少し抑えたいんだけど」
スキムミルクはバターなどを作るときにできる副産物で、長期保存ができて栄養豊富なため子どもたちの栄養補給に最適だ。
あとはこれを安価で提供できれば全て解決するんだけど、それが難題だった。
「今の一食にかかる費用の半分、いや三割くらいにしないと、肝心の貧困層には手が届かない」
輸送費だって馬鹿にならない。配給みたいにすればいいのかもしれないけど、子どもたちだけが沢山集まるのなんてそれこそ孤児院や学校くらいしかないだろう。
「……そうだ、学校だ」
我が領では六歳から初等教育として数時間学校に通って基礎的な教育を受けるシステムがある。国力増強を目指す国の方針で一応は全ての子どもたちがその対象にはなっており、費用も然程かからない。
しかし貴重な働き手である子どもたちに対して目先の利益にならない教育を施す余裕のある親はそうそういない。
ウィルの場合は当時は父親が安定した職に就いていたから学校に通うことができていたが、彼は少数派だ。
そう、人を動かすには目先の利益が存在しなければいけないのだ。
「ナタリー、ちょっといい?」
「はい、なんなりと」
静かに控えていた休暇明けのナタリーに声をかける。私が交渉する相手は乳業関係者だけではない。
「教育長への手紙を今日の郵便で送りたいの。お願いしてもいい?」
「かしこまりました」
早速私は便箋に文をしたためる。
学校は就学率の低さに頭を悩ませている。学校でスキムミルクを配給すれば食事目当てに子どもを通わせる親も出てくるはずだ。事業者だって、輸送先が限定されればもう少し値段を下げることができるって言っていた。
「休み明け早々にごめんなさいね」
「いえいえ、こちらこそお嬢様が大変な思いをされているのにのんびりまったりと休暇をいただいて……念の為ジンに万が一のことが起こらないようにと色々頼んでおいてよかったです」
「あら、じゃあジンの言ってたことは本当だったってこと?ナタリーが思ったよりもジンのこと信用しててびっくりしちゃった」
「人間としての彼のことは信用してます。仮にも恩人ですしね」
じゃあナタリーは本当にジンが私に手を出さないか心配しているだけなんだ。そんなの杞憂なのに。
文書の最後に署名をして、封蝋を用意する。
どうかこの話が上手くまとまりますように。
「それじゃあこれよろしく。用を済ませたらゆっくりしてきていいからね」
「しかとお預かりいたしました。それでは行ってまいります」
ナタリーを見送って私はまた別の仕事に取りかかる。悩んでいる間にも書類はどんどんと届くし仕事は次々に舞い込んでくる。
これは照会文、これは提出物、これは、これは……
一通り書類の内容を確認して仕分けていると、ふとある通知文が目に入った。
「労働法改正案?そんなこと言ってたっけ」
表題は『児童労働の禁止と修了証明書の公布について』で、今後労働者を雇う際には初等教育を終えたことを証明する『修了証明書』の提出が必要になる改正案を議論しているとのことだ。
もし初等教育を終えていない子どもを労働させた場合、雇用主は罰金または懲役刑に処せられる。
「二年後の導入を目指して活発な議論を交わしていきましょう、か。渡りに船かも」
もし改正法が実現すれば教育の在り方が突然変わることになる。初等教育の義務化ともなれば、今幼い子どもがいる家庭へも影響が出てくることは確実だ。
その混乱を防ぐために各地域にこうして事前の通知が送られたのだろう。
どうせだし、この話も一緒にしてしまおう。重複する内容もあるし、義務化になったついでにお昼に補助食を提供するようにしたいと提案すれば話もスムーズだ。
「これはまた教育長と話すときに参考にするからここに綴じておいて、これはただの勧誘、これは結果通知、これは……」
上質な封筒に家紋入りの封蝋。今時こんな古風なことをしてくるのは一人しかいない。
いつからか習慣化していたエドワードからの手紙だった。
『夏の匂いが近づいているこの頃、いかがお過ごしでしょうか。
僕は最近日の出が早すぎて、眩しさで早朝に目が覚めてしまうようになってきたよ。なかなかに寒さが堪えるけれど、朝焼けの空を見ると君の瞳を思い出せるからそう悪くもないものだね。
さて、今度君の誕生日の時期にそちらに滞在するつもりなんだけど都合はいかがかな。近頃多忙でなかなか返事を書くことも顔を出すこともできなかったから、ゆっくり話せたら嬉しいよ。君の活躍について、紙面じゃなくて君の口から色々聞かせてほしいな。
僕も君も変化の時期で悩みも絶えないけれど、今を耐えればきっと素晴らしい未来が待っているだろう。そのときまでどうか体調には気をつけて。
追伸 離れの件についてはあまり首を突っ込まないようにね。』
お手本のような美しい字。エドワードから手紙が来るのは珍しいことではないが、最近は忙しそうだったので随分と久しぶりに感じた。
「変化の時期、か」
それはきっと私たちに限った話じゃない。
変わりゆく時代に悩みながら答えを探す、その途方もなさに少し憂鬱な気分になりながら、私は返信用の便箋を引き出しから取り出したのだった。
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