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第十九話 香水の下の匂い

 わぁ、と歓声が上がる。ランドリーメイドのマリアは嬉しそうに目を細めると、エマの痩せた頬を優しく撫でた。



「懐かしいわ、うちの娘もあなたくらいのときはすごくお転婆でね。よく服を汚して帰ってきたものよ」



 少し色褪せた、けれど大切に手入れされているのがわかる子ども用のワンピース。エマに着せる服がないことに気がついたマリアが、気を遣って自分の家から持ってきてくれたものだ。


 

「ごめんなさいねマリア、大切な思い出の品を貸してもらって」

「いいんですよ。服も着てもらった方が喜びます。さぁエマ、髪も整えましょうね」

「いいの?あたしすぐ逃げるのに」

「逃げるのにも髪を綺麗にして損はないでしょ?くるくるで絹みたいで、すっごく綺麗な髪」



 マリアにはエマより少し歳上の息子と、ウィルと同年代の娘がいる。やはり私よりは随分と子どもの扱いに慣れているようで、目に見えてエマの緊張が解けるのがわかった。



「あたしの髪、ママとお揃いなの。パパはまっすぐの髪で、ママは私と一緒」

「あら素敵。エマはママから宝物を受け継いだのね」

「パパとは目の色が一緒なの。ママとパパは、エマはママたちのいいとこ取りだって言ってた」

「こんなに愛らしい瞳をしてるんだもの、二人は本当にエマのことを愛してらしたのね」



 す、すごい。にんまりと嬉しそうな顔をするエマだけでなく、思わず私もマリアの母性に縋りたくなってしまった。



「イヴ、ちょっと話したいことがあるんだけどエマの様子はどう?……何、その顔どうしたの」

「いやなんかお母様に会いたくなっちゃって。エマなら今はマリアが面倒を見てくれてる」

「どれどれ……おぉ、俺らといるときと全然顔が違うな」



 やはり母親ほどの歳の女性が相手だと多少心を開きやすいのだろうか、元々おしゃべりらしいエマは少しずつ口数が増えていった。



「レズリーのところは薄暗くて不気味で嫌い。みんな誰が悪口言ってるとか陰口ばっかりだし、楽しくなかったの」

「それは不快だったわねぇ。楽しいことがある孤児院ならよかったのに。エマは何をするのが好き?」

「うーん、わかんないけど……でも、お絵描きは好き」



 今日はこのままエマのことはマリアに任せてしまおう。ランドリーのことは他のメイドに頼んで、エマの心をほぐすことに専念してもらわないと。


 二人が話しているのを邪魔しないようにそっとジンと部屋から出ていく。



「それで、話って?」

「あぁ、それなんだけどちょっと考えてたことがあってさ」



 静かに部屋の扉を閉めて廊下を進む。


 

「まだ確信は持ててないんだけど、孤児院がマフィアと繋がる目的がわかったかもしれない」



 あっさりと放たれた言葉に思わず大きな声で反応してしまう。



「孤児院の目的がわかった?!」

「ちょっと、声がでかいよ。今何時だと思ってんの」

「大きくもなるでしょ、大事なことなんだから。ちょっと、そこの部屋のドア開けて。ゆっくり聞かせてちょうだい」

「部屋に連れ込むなんて、ナタリーがいないと随分と積極的なんだな……ハイ、すみませんでした」



 面倒なことをいちいち言ってくるジンをジト目で見つめて、その辺の空き部屋に押し込む。

 埃っぽい部屋は灯りも用意されていないけど、月明かりが眩しくて部屋の中はジンの顔がよく見えるくらい明るかった。



「孤児院がマフィアと繋がってる理由がわかったの?」

「まだ予測だけどね。イヴはレズリー院長に会ったときのこと覚えてる?」

「勿論、痩せ型で髪が長いから印象的だったの」



 随分と痩せているから、余程孤児院の資金繰りは厳しいんだろうと思ったのを覚えている。髪だって売るために伸ばしてるとも捉えられたし、何かと大変そうな印象を受けたのは記憶に新しい。



「そのときに香水の匂いがしたんだけど、イヴは気づいた?」

「香水……確かに見た目に似合わない甘ったるい匂いの香水だなとは思ったけど。変わった人なだけなのかと」



 決して裕福ではなさそうな見た目の割に派手な香水の匂いだったのは確かだ。でもそれとマフィアがどうやって繋がるのだろう。


 

「あれ、多分薬物依存だよ」



 真っ暗な静謐の空間に似つかわしくない不穏な言葉。


 違法薬物といえばノードでも最近その使用や売買が問題となっているが、まさか孤児院のような福祉施設までもがその温床になっているというのだろうか。



「あの匂い、子どものときにアグストリアで嗅いだことがある。この匂いがしたらその場から離れろって護身のために教えられたよ」

「香水で薬物の匂いを誤魔化そうとしてたってこと?じゃあレズリー院長がチャリティーイベントをする理由は」

「薬物と引き換えにチャリティーの寄付金をマフィアに流してるんだろうね」



 もしジンの仮説が本当ならばとんでもないことだ。そんな院長のもとで暮らす子どもたちが真っ当な生活を送れるわけがない。エマが逃げ出したのにも納得がいく。


 確かエマは絵を描かないと食事ができなかったと言っていた。それが嫌だから逃げ出した、とも。



「じゃあレズリーは子どもたちに絵を描かせてそれの売り上げを薬物の対価に渡して、また子どもたちに絵を、描かせて……」



 そこまで言って、一つの悍ましい可能性に思い至った。


 独創的な色合いの小物に不思議な画風の絵画。そしてそれを描く子どもたち。もしかしてあそこで売られている作品は。



「レズリー院長は子どもたちにも薬物を投与してる?」

「信じたくはないけど可能性はあると思う。薬物には空腹感を抑える効果があるものもあるって聞くし、もしかすると子どもたちは満足に食事を与えられていないのかも」



 痩せたエマの姿を思い出す。どうか私たちの考えすぎであってほしいと願わずにはいられないが、最悪のケースを想定して対策を取らないと何もかもが手遅れになる。



「このままじゃクローデット領内だけじゃなくノード国内がめちゃくちゃになっちゃう」



 もし子どもが安全に暮らせる場所がなくなったら。もし子どもから他の人に薬物が広まったら。もし国内の資産が裏組織に流出したら。


 そんなことになる前に、今私たちが何とかしないといけない。



「知恵を貸してくれる?ジン、あなたの力が必要なの」

「勿論だよ。クローデットでマフィアの勢力が拡大したらアグストリアにも必ず波及する。俺たちで何とか食い止めよう」

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