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第十八話 標的と悪評

 悪い人のお金になる、それはつまり孤児院が裏社会の組織の資金源になっているということだろうか。

 これが事実であればこのまま放っておく訳にはいかない。早急に子どもたちを別の孤児院に預けて、事態を明るみにしなければ。


 そんな私たちのもとに、暗い影が落ちた。


 

「失礼、そこで何をしておいでで?」

「ヒッ……!」



 突如背後から声をかけられて心臓がバクバクと跳ね上がる。どうしよう、もしかして孤児院にバレたのだろうか。


 なんて言い訳をしようかと冷や汗を隠しながら振り返ると、そこにいたのは意外な人物だった。



「あなた、ジェファーソン?」

「おや、お嬢様でしたか。これは失礼」



 癖のある黒髪を束ねた胡散臭さの抜けきらない金持ちそうな男性、それはこの間会合で舌戦を交わした経営者のジェファーソンだった。


 ジェファーソンは私の後ろに隠れる少女を見つけると、特に表情を変えることなく頷いた。



「お嬢様もお気付きのようですな。あのイベントは関わらない方がいい」

「もしかしてジェファーソンもレズリー孤児院に?」

「えぇ、人脈を築く絶好の機会かと思って来てみたのですがね。まさかマフィアの手先だったとは」



 あんな怪しい集まりに呼ばれて、何にも気づかずに絵なんて買っているやつらは嗅覚が鈍すぎる。その呆れたような口ぶりはジェファーソンが今回の事案に加担していないことを示唆していた。



「その少女はまだマシですが、他の子どもたちの様子はそれはそれは酷いものでしたよ。うちの労働者たちが貴族の子弟に見えるほどにはね」

「一応確認するけれど、あなた本当に今回のことには加担していないのよね?」

「勿論、そもそも利益にならない行為を私がするはずもないでしょう。見たところ孤児院を牛耳っているのは国外のマフィアです。もし私にもなんらかの利益があるのであれば加担したでしょうけどね……冗談ですよ」



 完全に信じるにはまだ疑わしさは残るが、なんとなくジェファーソンは関係ない気がする。だってこの男が形だけでも孤児院に寄付なんてしている姿は想像できない。



「国外のマフィアって、そいつらはなんでこんなことをしたんだろな」

「その眼帯、あなたあの時の書記官殿ですかな。なかなか良い身なりをされている」

「そりゃどーも。にしても孤児院は本当に色んな奴らを招待してるみたいだな。領主のクローデット家もそうだけど、俺なら勘の良い経営者なんて頼まれても呼ばないね」

「恐らくですが、労働者からの悪評を聞いて声をかけたのでしょう。ジェファーソンはきっと悪どいことに抵抗がないのだろう、そう思われたことは想像に容易い」



 こればかりは身から出た錆ですが、と表情も変えずに付け加えたジェファーソンは一応今後の税制改革に向けて色々と処遇改善を行なっている……はずだ。税吏が調査に向かったときも問題はなかったと聞いているし、疑いだしたらキリがないから今はこのことは置いておこう。



「私は多分チョロい女だと思われたんだと思う。税改革とか理想的なことを言う世間知らずだって舐められたのよ」

「その線が濃厚でしょうな。慈善事業なら簡単に金を落とすと踏んだのでしょう」

「でも、そうだとしてもあまりに軽率じゃない?人を多く呼べばそれだけ私たちみたいに気づいてしまう人は増えるはずなのに」



 もし裏があるのだとしたら、考えなしに首を突っ込むと逃げる余地を与えてしまうことに繋がりかねない。

 孤児院には私たちが勘づいていることをバレないようにしないと。



「どちらにせよ早くどこかに移動した方が良さそうだな。イヴ、この子どうするんだ?」



 ジンの目線にエマは怯えたように肩を跳ねさせた。この子が大人を信用できないであろうことは容易に想像がつく。私が連れて帰ったり別の孤児院に預けたりするのは簡単だけど、何がこの子にとって一番良いのかを考えないと。



「エマはどうしたい?」

「あたしは一人がいい。誰にも何も言われたくない」

「そっか、一人がいいか」



 かといって彼女を一人で放り出すのも無責任だろう。もしも何か別の犯罪に巻き込まれたりしたら悔やんでも悔やみきれない。



「イヴ、この子に決めさせるのは酷だぞ」

「わかってる、今考えてるの」



 助けを必要としていても声を上げられない人は沢山いる。この子だって本音は助けてほしいと思っているのかもしれない。人に期待できなくなっているこの子の心の声を知ることは、きっと本人にさえできない。


 何も正しくないし、何も間違ってない。それなら私は自分が正しいと思うことを覚悟を持ってするしかない。



「エマ、あなたを一時的に我が家で預かります」

「え、なんで!」

「ジン、ここまで馬車を呼んでくれる?ここからならエマを乗せたこともバレないはずだから。ジェファーソン、わかってると思うけどこのことは内密にね」

「わざわざ私が自分の首を絞めるような真似をするものですか。好きにしてください、私はここでのことはもう忘れますから」



 ジンが馬車を呼びに向かったのを確認して、エマに目線を合わせる。



「エマ、しばらく私の家で一緒に過ごしてほしいの。その代わりいつでも逃げ出していい。誰にもあなたを追いかけないように伝えておくから」

「絶対やだ。それにあたし、何か盗むかもよ?」

「あなたに決定権はありません。大人としてあなたを保護しなければいけないし、孤児院のことを証言してくれる貴重な証人には安全な場所にいてもらわないと」



 それにこの子は賢い。こんな子どもが屋敷にあるようなものを換金しに来たら大人は絶対に盗品を疑うし、その末路は安くで買い叩かれるか官憲に突き出されるかの二つに一つだ。

 この子は自分の行いの結末を考えることができる子だ。きっと目先の欲に目を眩ませて何かを盗むなんて馬鹿な真似はしないはず。



「何も心配しないで。別に屋敷でこき使おうって思ってなんかないから」

「そんなにお嬢様の屋敷が嫌ならうちで働きますか。ジェファーソンの工場と聞けば大概の子どもは逃げ出すようですが」

「……わかった。イヴのところに行く」



 ジェファーソンのダメ押しが効いたのかはわからないけれど、エマは渋々折れてくれた。


 よかった、これで一先ずここから動くことができる。



「馬車が来たようですね。それではお嬢様、ご機嫌よう」

「ご機嫌ようジェファーソン。それじゃあエマ、行きましょうか」



 ジンが馬車から顔を出す。周囲に人の目が無いことを確認してエマと共に乗り込むと、ジェファーソンは既に何処かへと立ち去った後だった。


 馬車がゆっくりと動き出して、やっと肩の力が抜ける。



 緊張した面持ちのエマを視界の隅に捉えたまま、私は中の様子が見えないように馬車のカーテンをぴしゃりと閉めたのだった。

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