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第十三話 春の訪れ

 パタパタと二階から足音が聞こえてくる。階段を駆け降りてきて勢いよく扉が開くと、満面の笑みのウィルが現れた。



「お久しぶりです!またお会いできて嬉しいです」

「久しぶりウィル、元気そうでよかった」

「親の体調はどう?って、聞くまでもなさそうだな」



 あの会合から数週間後。私はジンを連れて内密にスミス殿とウィルに会いにきていた。


 最後に会ったときの暗い顔が嘘のように年相応の笑顔を浮かべているウィルに、私たちも安堵する。



「お母さんすごく元気になったよ!スミスさんがお医者さんに連れてってくれたおかげだよ」

「そこまで具合が悪いと知らなんでな、遅くなったが間に合ってよかった」

「お嬢様もお兄さんもありがとうございました!」



 医療費補助の実現を前に、スミス殿は福利厚生として従業員とその家族に対して経費で健康診断を行うことにしたと聞いた。そして専門医に具合の悪い母親を見てもらった結果、当初の見立てよりも安価で効果的な薬があることが判明したのだ。



「来年からは国から補助が出る。それまでは私がその差額分を補填してやるつもりです」

「僕だけ特別扱いしないでって言ったんですけど、ボーナスみたいなものだってスミスさんが」

「お前は将来的にうちの店の顔になるんだ。これはお前のためだけじゃなく、うちの店のための投資でもあるんだよ」

「はぁい」



 ウィルはくすぐったそうな顔をして鼻の頭を掻く。ウィルがここで働き続けることができてよかった。ジェファーソンのところも随分と処遇改善があったと聞いたけど、スミス殿はウィルの第二の親のようなものなのだから。



「ねえお兄さん、今度お兄さんに服を作ってもいい?」

「それは光栄だけどいいのか?ただでさえ二人とも忙しそうなのに」

「勿論。あなたはウィルのことでお嬢様と手を尽くしてくださったと聞いてますし……それに一応ナタリー殿のご長男ですから」



 にやりとナタリーとジンを見遣るスミス殿はおそらく二人が親子ではないことに気がついている。そしてきっとジンが書記としてあの会合にいたことも。



「さて、お前に今月の給与明細をやろう」

「またもらえるの?これ見方がよくわかんないんだけど」



 初等教育を終えているウィルでも細かい数字の計算などは難しいところがある。


 これから自身で申告をしなければならない子どもたちのためにも、初等教育でのお金の教育はもっと充実させていかねば……いや、本来は初等教育を終えたばかりの子どもが働かなくてもよくなるようにしなければならない。



「よかったな、イヴ。全部丸く収まって」

「ジン……今回はかなり幸運だったと思う。スミス殿が流れを作ってくれたおかげ」

「俺も朝食のベーコンを諦めた甲斐があったよ。あんたの名演説も聞けたことだしな」

「それは内緒の約束でしょ。それにベーコンは自業自得、夜遅くまで付き合わせたのは悪かったけどね」

「ごめんごめん、軽口が過ぎるのは俺の悪い癖なんだよ」



 この通りだよ、と頭を下げるところが意外と真面目だ。私は仕方ないなとわざとらしく息を吐いて顔を上げさせる。



「次は朝食抜きだから」

「肝に銘じるよ。イヴお嬢様の広いお心に感謝します」



 芝居めいた口調の流れでジンが紳士の礼をする。その仕草がまるで役者みたいで、あまりにそれが様になるのでついつい見惚れてしまった。

 

 そういえばジンの容姿はよく目立つんだった。だから屋敷に引き篭もらせてたし、今日だって別室を用意してもらったんだっけ。

 


「あれ、どうしたの。急に固まったりして」

「いや……動作がすごく自然で様になってるから」

「練習したからね。色男はこのくらいできて当然だろ?」

「そういうものなの?」

「お嬢様、気を確かに!エドワード様もそのくらいできますからね」



 ジンは女性には秋波を、男性には憧れの眼差しを向けられるタイプの人だから、そういう振る舞いがよく似合う。きっと本国ではさぞプレイボーイだったのだろう。



「ジンが役者だったら今のポーズがそのままポスターになってそう」

「なんか意外だな、あんた俺のこと役者になれるくらいの色男だって認識してたのか。それならもっと口説いてくれてもよかったのに」

「私に褒めそやされたってあなたは別に嬉しくないでしょ」

「そんなことはないよ。多少は気を許されたんだなって思うと、他人の飼ってる猫が擦り寄ってきてくれたときみたいな気持ちになる」



 私は他人のペットかと内心ツッコミながら、まぁ似たようなものかと納得する。

 婚約者みたいな立場の男性がいる女と一緒に住むのってなんだかんだと気を遣うんだろうな。そんな素振りは一切見せないけど。



「そりゃ気も許すでしょ、ウィルのことで知恵を出してもらったりしたし。あなたにとっては何の得もないのに、意外と面倒見がいいんだなって見直したの。ナタリーもそうでしょ?」

「まぁ、あとはその軟派なところさえなければとは思いますが、水回りのことといい助けてもらったのは事実ですから」



 最初は私のために警戒してくれていたナタリーも今回の件でジンのことを信頼しつつある。


 最初は国際問題とか色々不安だったけど、始まってみれば意外とどうとでもなるものだな。



「ナタリーまでそんなことを言うなんて。こりゃ明日の食事が楽しみだな」

「その調子の良さが落ち着けばこちらも素直に感謝することができるんですがね」



 口ではナタリーも厳しいことを言うが、その表情は柔らかい。まるで教師と生徒みたいだけど、こんなことナタリーに言ったら凄い勢いで否定されるから言わないでおこう。



「さて、あんまり長居してもご迷惑だしそろそろお暇するわ」



 他の従業員もいることだし仕事の手を止めすぎてはいけない。スミス殿とウィルの様子も見ることができたし、今日の目的は十分達成できた。


 

「もう帰っちゃうんですか?」

「これ、お嬢様もお忙しい中来てくださったんだ。お前も仕事が残っとるだろう。お嬢様、本日はありがとうございました」

「こちらこそありがとう。二人の作品をこれからも楽しみにしてる、頑張ってねウィル」

「はぁい」



 スミス殿が扉を開けた途端、砂混じりのつむじ風が街を通り抜けていった。

 日差しはどんどんきらめきを増して、世界は明るく色づいている。



「それでは、ごめんくださいませ」



 二人の笑顔が眩しくて目を細める。

 クローデット領には春の陽光が降り注いでいた。

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