第十一話 クローデットの円卓会議、或いは確定申告の夜明け
「本日は突然お呼び立てしてごめんなさいね。今日は大事なことをお話ししたくて」
応接間の円卓に集まった複数人の男性。彼らは皆我が領で事業をしている経営者だ。
「いやいや、ちょうど良かったですよ。そろそろ会合の時期でしたからね」
私の真向かいに座るのはこの中で最も影響力のある商工会長で、ウィルの雇い主であるスミス殿。そしてその横に座るのは問題児ジェファーソン。
「そう言ってもらえるとすごく助かるわ。皆さんとても忙しいだろうから」
「いやいや、このような場に招いていただいているのに欠席する人間がいるわけがない。少なくともそういう人物は経営には向いていませんな」
癖のある黒髪を長く束ねた男性、ジェファーソンは読めない笑みを浮かべる。
少しの静寂の後、私は腹の底から静かに声を出した。
「我が領の徴税率の低さは皆さんも知っているでしょう。本日はその改善に向けて皆さんの意見を募ります」
ちらりとナタリーと書記を見る。空気に溶け込むように控えるナタリーは私の目線につられて眼帯をした書記⸺使用人に扮したジンを見やった。
ナタリーはジンが大人しくできるのかどうか不安らしい。
「実は国から徴税率の改善を迫られています。基準値までの引き上げができないのなら、来年度の予算も削減されるとのことです」
「予算の削減となると穏やかではありませんな。この周辺は国境地帯、有事の際には最初に戦場になる可能性が高いでしょう」
「まさか国防費を削減されるのか?それは流石に」
「輸出に便利だからここで事業をしているのに、それが仇となるとは……」
辺境は国の要衝。国境沿いであるために人の出入りが多く、商売には打って付けだが一度戦争が起こるとそれどころではなくなってしまう。
最近は戦争といえば領土獲得戦争ばかりでノード本土が戦地になることはなかったが、この頃はどうもきな臭い。
国防費は国の予算から出る上に、辺境を制圧されると戦況が悪化することは避けられないから我が領の守りが手薄になることはないだろうが、それでも出来る限り先立つものは確保しておきたい。
「落ち着いて、まだ予算の削減は決まってないし戦争が起こるとも決まってない。だからこそ、事態を良くするためにあなたたちの意見を聞きたいの」
一人一人の目を見据えて、威厳を保つために声を低める。小娘だと侮られてはいけない。今日の会合で私の立場を誇示することができれば今後の内政がやりやすくなるのだ、今日ばかりは自分を大きく見せないと。
「来年度から税に関しては改革を考えてるの。税の種類、税の算定方法、納税の方法の三つ」
「それは……どういうことでしょうか」
後ろめたいことのある経営者たちは皆顔つきを険しくさせる。恐らく私の意図するところを察したのだろう。しかしこれに怯んではいけない。
「まずは税の種類。みんなは国が医療費の補助を導入しようとしてることは知ってるでしょ?」
「えぇ、症例数の多い疾病に対し有効な治療法があるものについてはそれを補助する意向だと」
「それに向けて、今徴収している税を額はそのままに目的別に名称を定めようと思うの。我が領独自でね」
税金というものは徴収された後の使い道は人々にはあまり実感しにくいところがある。自分の支払ったものがどういうことに役立っているのかを知ることは、納税の意識を高めることになるはずだ。
「となると、課税する段階からある程度の額は医療費補助用に使うと定めておくと言うわけですか」
「そう、支払った人は税の多少に関係なく最低限度の生活を営めるように補助を受けられる。その国の方針をみんなに広く知ってもらうの」
それはいい、とスミス殿がにこやかに頷くと、皆それに追随して賛成を表明した。
「労働者は怪我や病気も多い。支払う者は増えるでしょうな」
「税の多少に関係なくということは、我々も恩恵に預かれるわけだ」
「賛成です。非常に先進的で良いお考えだ」
ここまでは予想通りの反応だ。非常に好意的に受け止められている。まだ彼らに損のある話はしていないのだから当然だが。
問題はこの後、税の算定方法と納税方法だ。
「ありがとう、じゃあこの件については賛成ということで進めることにするから。次は算定の方法と納税の方法だけど、これは切っても切り離せないから一緒に説明させてもらうわ」
その言葉と共に、自分の目つきが鋭くなったのがわかった。ナタリーも固唾を呑んで見守ってくれているし、ジンは……ジンは下を向いて筆を走らせているからどんな顔をしているのかわからないけど、今のところ大人しくしている。
「アグストリアで提言されている新たな制度に特別徴収や源泉徴収というものがあるのは知ってる?」
「はて、初耳ですな」
「細かいことを言うと色々違うところはあるんだけど、大まかに言うと事業者は給料から税金を天引きした額を労働者に支払って、天引きした全員分の税金を代わりに支払うっていう制度なんだけど」
あたかも自分が博学であるかのように振る舞うのはボロが出そうで非常に緊張する。ジンに教えてもらってから色々慌てて調べたけど所詮付け焼き刃の知識だ。余り深く突っ込まれると困るんだけど、少なくとも私より詳しい人はいなさそうだからよかった。
「つまり、給料を支給する時点で税額が決まっているというわけですか」
「その通り。そしてその税額を決めるのは他でもない労働者自身に行ってもらうつもり」
「労働者が自分で?そんなの、自分に都合が良くなるように細工するに決まってるでしょう」
「労働者が自分で税額を決めると言うと語弊があるけど、勿論ルールに則ってその作業をしてもらうから心配はいらないと思う」
経営者たちの顔色がみるみる変わっていく。それもそうだ、今まで色々経費で誤魔化してきたのが出来なくなるのだから。
今回の税改革は全ての人に痛みが伴う。税吏も労働者も、勿論経営者も例外ではない。
「一年間の収入に対して税を課すのはこれまで通り、変えるのはその収入の申告方法だけ」
一年間の収入に対して課税すると言っても、やり方は一つではない。
各月の給料ごとに大まかなみなし税額を徴収して一年間の収入が確定した後に差額を返還するか、一年間の収入と税額が確定してからそれを次の年に徴収するかはまだ未定だ。
けれど収入を確定する方法はどちらを選んでも大差ない。
「それの前段階として皆さんには来月分の給料から労働者と税吏に対し、給与の明細書を発行していただきます」
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