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第十話 源泉

「本当だ、水路が枯れてる」



 深い闇を抜けて厨房に繋がる屋敷裏の水路に辿り着く。


 水路には僅かに水滴が残るのみで、流れがどこかで妨げられているのは間違いなさそうだった。



「お嬢様!遅くなって申し訳ございません。ランドリーメイドのマリアです」

「いえ、こちらこそ休んでいたところ呼び立ててごめんなさい」

「キッチンの水が止まっていると聞きましたが、まさか本当に枯れているとは……」



 緊急で駆けつけてくれたのは洗濯室を管理するランドリーメイドの責任者であるマリア。私は彼女に気になっていたことを問いかけた。



「それでどうだった?ランドリールームの水回りは」

「今確認してきましたが、ランドリールームからここまでの水路には水は十分にありましたし、特に異常はございませんでした」



 屋敷で水を使う部屋はいくつかある。その中で断水している箇所をそれぞれの担当者に確認してもらっていたのだ。



「厨房に繋がるところだけ断水していて、ランドリールームにはちゃんと流れてる。他も問題なさそうだし、屋敷全体じゃなかっただけ幸運かも」

「少なくとも水が枯れたわけじゃないことは確かだ。分岐点まで見に行けばどうにかなりそうだな」



 ジンの言う分岐点は屋敷からそれほど遠くない位置にある。暗闇の中歩くのは危険を伴うが、明日に持ち越すと考えることが増えてしまって私が容量オーバーだ。


 今から行こう。どうせうちの敷地内だし、複数人で明かりを持っていけば大丈夫なはず。



「マリア、報告に来てくれてありがとう。ここからは私たちがなんとかするからゆっくり休んでて」

「しかしお嬢様が屋敷を留守にされるのに休むわけには」

「明日も朝早くから仕事があるでしょ。これは私の仕事だから気にしないで」

「お嬢様……お気遣いありがとうございます。念の為他のメイドにも今の状態は伝えておきますね」

「ありがとう、気をつけて戻ってね」



 使用人たちの朝は早い。もう夜も遅いし、こんな時間まで連れ回すわけにはいかない。屋敷の主人としてそこはきっちりしておかないと、みんな気を遣って休めなくなってしまう。


 申し訳なさそうに去っていくマリアを見届けて、残ったジンとナタリーに目配せする。



「二人とも、ついてきてもらってもいい?」

「勿論です。お嬢様のそばにいるのが私の仕事ですから」

「いいよ、どうせ食って寝るだけだし」

「ありがとう。できるだけ早く済ませるから」



 あまり長居しても事が解決するとは限らない。考えるだけなら部屋の中でもできるし、現場の確認だけさっさと済ませてしまおう。



 ***




 ざあざあと水の音が大きくなる。暗闇の中の分岐点には、確かに水が存在していた。



「これ、木が倒れてる?」



 他の水路には順調に水が流れる中、キッチンに繋がる水路の上に暗い影が落ちているのが見えた。


 まだ倒れて間もなさそうな木は根本から完全に折れていて、これが水路を塞いでいることは明らかだった。



「倒木ね、そんなことだろうと思ったよ」

「落ちた枝とか葉っぱが溜まってたんだ……これなら明日にはどうにかできそう」



 定期的に水路の清掃や点検はしてもらっているけど、流石に周りの木までは見てもらってなかった。倒木を撤去するのは手間だけど、これなら思ったよりずっと早く復旧できそうだ。



「明日の朝一番にいつもの業者を呼びましょうか。しばらくは他の部屋から水を借りるように、料理人たちには私から伝えておきます」

「ありがとうナタリー。それにしてもよかった、なんとかなりそうで」



 安堵の息を吐いて外套のフードを被りなおす。ナタリーから話を聞いたときは驚いたけど、これで安心して眠れそうだ。



「この水路、便利だけど不便だよな。泉から屋敷に辿り着くまでに塞がれたりしたら手元に届かなくなるんだから」

「本当にね。それこそ知らない間に誰かに新しい水路をつくられてたら……ん?」

「ん、どうした?」

「いや、なんかこれ……」



 泉から水を引くと、上流から下ってくる間に行き先を変えることができる。水路の幅や深さを変えれば量だって調整できる。


 そこまで考えて、一つの可能性に思い当たる。

 これってお金の流れも同じじゃないの?



「手元に届く前に分けておけばいいんだ、差し引いてしまえば滞納できない」

「何の話?」

「税金の話!税金を差し引いた給料を支払って、税金は勤務先に払わせるの。これなら個人が納税する必要は無くなるし、滞納されても一軒一軒回らなくても雇用主だけを相手にしたらいい!」



 税を滞納している各家を税吏が訪ねるのは非効率的だけど、支払いを雇用主がまとめてしていれば税吏が訪ねる先はグッと減る。


 業務も効率化できて支払いの確実性も高まる。これならうちの徴税率も改善できるかもしれない!



「流石お嬢様です!よく思いつきましたね、経済学者も腰を抜かしますよ」

「そういえばアグストリアの学者がそんなことを言ってたな。源泉徴収とか特別徴収とかいう名前で、まだ導入はされてないけど」

「知ってたなら教えてよ!何で黙ってたの?」

「単純に忘れてた。だってうちの税収はほとんどが農業由来だし、まだ貨幣じゃなくて現物での納税も多いからあんまり関係なかったんだよ」



 まあ私が思いつくことなんて誰でも思いつくことだろうけど。逆に偉い先生と同じ発想をしたんだから誇りに思っていいと思う。


 若干ムッとした私に、ジンはカラカラと笑うと続けてこんなことを聞いてきた。



「それに問題は他にもある。重税が引かれた後の労働者の生活はどうなる?今までなら年間の収入で税をかけてたけど、給与支払いごとに税を算定していたら税吏は毎月課税額を計算するのか?結構ややこしいぞ」



 意地悪な顔でそう言うジンを私はキッと睨み返す。私を甘く見ないでもらいたい。一応これでも色々勉強してきてるんだから。



「それならどうにかできるから問題ない。思いついたのはそれだけ?」

「お、随分強気だな。どうやってするつもりなんだ?」

「それはまた今度の楽しみにしておいて。今日はもう遅いし、早く帰りましょ」

「お預けかよ、わかった」



 今夜は楽しみで寝れないかもな、なんて軽口をジンは叩いて、もと来た道を下っていく。



「お嬢様、あれの明日の朝食は必要ですか?」

「用意してあげて。一応今日も色々付き合ってくれたし。あぁ、でも……」



 私の分より一品減らしといて。

 そのくらいの仕返しは許されるだろうから。

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