俺が生徒会長になった瞬間に、目安箱に大量のラブレターが届くようになったんだが
夢を叶える事が出来た。
3年生前期、俺はやっと生徒会長になることができた。立候補者は過去最多の10人。その中から選ばれるのは簡単なことではなかった。練りに練ったスピーチの原稿。毎朝の校門前での挨拶活動。そして、これまで積み上げてきた友人関係。
だが生徒会長になることがゴールではないのだ。
生徒会長になったからにはこの学校をもっとより良いものにしたい。そういう思いで俺は目安箱を設置して生徒から意見を集めることにした。
俺の通う盛山高校は県内一の進学校であるため、真面目な生徒が多くより良い意見が集まるはずだと思って設置した意見箱、もとい目安箱。
しかし集まってくる意見に俺は頭を悩ませていた。
「はぁ……またか」
目安箱から一枚の紙を取り出して思わずため息が漏れる。
『 親愛なる成瀬倫也さんへ、
この手紙を書くとき、私はとても緊張しています。心の中で感じていることを言葉にするのは、思ったよりも難しいものですね。それでも、あなたへの想いを伝えたい一心で、このペンを取りました。
あなたと過ごす日々は、私にとってかけがえのない宝物です。あなたの笑顔、優しい言葉、そして時折見せる無邪気な表情…すべてが私の心を満たしてくれます。どんなに疲れていても、あなたの存在が私に力を与えてくれるのです。
もし、あなたが私と同じように感じていてくれるなら、こんなにも幸せなことはありません。あなたと共に歩む未来を夢見て。
私の気持ちが、あなたに届くことを願っています。
三年三組 小皆賀さゆり』
はぁ。もう一度深いため息が出る。
俺が生徒会長になり、目安箱を設置してからというもの、ろくな意見が集まらず、中に入っているのは、ほとんどこう言ったラブレターなのだ。
いたずらなのではないかと最初は疑ったが、ラブレターを送ってきた彼女たちの一人に会ってみたことがあるが、どうやら彼女たちは本気のようだった。
だからなおさら困っている。
いたずらならそれ相応の対応ができるのだが、彼女たちは至って真剣なのだ。
今回もどうしたものかと途方に暮れていると、同じく目安箱の開封作業をしている副会長の三波恭子から声がかかる。
「またラブレターですか。ふーん。モテモテですね、会長は」
黙々と作業を進めている三波だが、なんだか怒っているようだ。
「いいや、そうでもないさ」
本当にどうしたものか。
「さっ、そんなことよりさっさと手を動かしてください」
三波に急かされ、一旦そのラブレターを机の端に置き次の紙を手に取る。
がしかし……
「……まただ」
今度はご丁寧にピンク色の包装紙でつつまれたラブレターだった。
再び三波が『むーっ』と頬を膨らませた。
一応、目安箱に入っているラブレターには応えられないとアナウンスしているのだが、それでも送られてくるラブレターの数は後を絶たない。
どうしたら、やめてもらえるだろうか?
「もういっそのこと、その子と付き合ったらどうですか?」
「それだ、そうしよう」
「え?! ちょっと!!! 何言ってるんですか?!」
「…………冗談だよ」
「もう!! 私をからかったんですか!」
三波は顔を真っ赤にして怒ってしまった。
「会長なんて、もう知りませんっ」
子どもみたいに怒ってしまった三波を俺は『すまんすまん』と謝ってなんとかなだめた。
「でも、なんで三波が焦るんだ?」
「そ、それは……こ、この学校の生徒会長たる者が不純異性交遊など良くないと思ったからです!! 決して会長の事が好きとかじゃありませんから!!」
三波よ、今の時代にツンデレのテンプレートみたいなセリフをありがとう。
「こうなったら、会長の悪ーい噂を流せば良いんじゃないですか?」
「ほほう、例えば?」
「例えば、実は八股してるとか」
「八股?! それはやりすぎだろ!」
「これくらいオーバーにしたほうが案外上手くいくもんなんですよ」
「さっき不純異性交遊がどうとか言ってなかったか?」
「忘れました」
「忘れたのか」
なら仕方がない。
それからも二人で作業を進めていく。
他の生徒会メンバーは部活動を優先し、今生徒会室にいるのは俺たち二人だった。
「あ、また会長へのラブレター見つけましたよ」
三波が今度は嬉しそうにそう言った。
ん? おかしいな。今まで三波がラブレターを見つけた時は怒るか、何も言わず俺に渡してきただけだったのに。
「差出人は……書いてありませんね。匿名です!」
そのラブレターを俺は素直に受け取る。
表には『会長へ』と小さく書かれていた。
その字で、俺は全てを察してしまった。
「……読んでみてもいいか?」
「? なんで私に訊くんですか?」
「……それもそうか」
素直に俺はそのラブレターを読んだ。
ってこれは……
「うふふ。どうしたんですか、そんなに顔を赤らめて。りんごみたいですよ?」
「お、おう。ちょっとな……」
「へーっ。そんなに、感動したんですか? さぞ、素晴らしいラブレターだったんですね」
やばい。俺の方が恥ずかしくて死にそうだ。
「(ふふっ。全然気づいてない)」
「ん? なんか言ったか?」
「いえ、なんでもありません。それより、そのラブレターは今まで貰ってきた中で何番目に良かったですか? 1番ですかー? ねぇ会長?」
ああ、最高に嬉しかったよ。
なんて素直に思いを伝える事ができるなら、こんなふうに生徒会長になるなんていう遠回りはしていないさ。
「秘密だ」
『もう、せっかく頑張ったのに』と小声で呟く三波の表情を、俺はこの先忘れることはないだろう。
しかし、これだけは伝えておこうと思った。
「俺は小学生の時から好きだったけどな」
「え?」
「なんでもない」
「もー」
放課後の生徒会室は夕陽で赤く染まっていた。きっと俺の顔が赤かったのも、そのせいだろう。
「さて、もう今日は帰るか」
「ふふっ。まぁ、いいです。それでこそ会長ですもんね」
「そうかもな」
俺はその、ほとんど告白まがいのラブレターを大切にポケットにしまった。
「先行くぞ」
「ま、待ってくださいよ」
彼女は生徒会室の戸締まりをして、小走りで俺に追いついてから横を歩く。
あんなに憧れていた彼女の隣を、今の俺は歩いているのだ。
「俺って、もっと自信持ったほうがいいと思うか?」
「何言ってるんですか。この学校の生徒会長なんですよ。そして、私が支えてるんですから、もっと自分に自信持ってください」
コツッと持っていたカバンがぶつかる。
「そうだよな。ありがとう」
その後、目安箱にラブレターを入れる匿名の男が、一人増えたとか。
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