ひとりぼっちのお姫様 中編
だんだん見てくださる方、評価してくださる方、このお話好きだよ!といいねをしてくださる方が増えてきてとても嬉しいです。にやにやしちゃう…。
前後編のつもりが、気付いたら前中後編になっていたのでもう一話続きます。何故こうなった…???
なお、フィオナ的には事実を告げているだけであって、口答えや言い返しているつもりはありません(周囲に期待をしていないから)。悪しからず。
彼女を観察し始めた当初、フィオナ嬢はえらい変わりもんなんやな、と思った。
ヒトからすれば混ざりもんである獣人への差別や蔑視が当たり前やのに、俺なんかに謝ったりするし。それどころか、俺が不便してへんかとか、困っとることはないかとか、常に気を配ってくれとるのがようわかる。
そら、俺がフィオナ嬢に世話焼いてくれへんかって頼んだきっかけは、彼女の婚約者である王太子の失礼すぎる態度にあるわけやけど。だからって、フィオナ嬢がここまで俺に甲斐甲斐しく世話を焼く必要なんてないはずで、ほんまなんでこの子はこんなに気ぃ遣てくれるんやろか?
家族以外の『誰か』がここまで悪意も嫌味も感じさせずに俺に気を揉んでくれるのは初めてで、なんというか、珍獣を見とるような気持ちやった(かなり失礼な話やけど、それくらい彼女の行動は俺の目に奇行として映っとった)。
「失礼ですが、フィオナ様は何故そのようにルース殿下のお傍にいらっしゃるのですか?」
「王太子殿下の婚約者ともあろう方が別の殿方に……それも、混血に混血を重ねた獣人にはべるだなんて、はしたないと思われても仕方ありませんわよ」
どうやら不思議に思っとったのは俺だけやないようで、彼女に直接尋ねてくるやつもおった。
不慣れな俺のためにと学び舎の施設を案内するフィオナ嬢に近づいてきたと思えば、悪意を隠そうともせぇへん女たちは、俺の目の前で堂々と口性のないことを言ってのける。
真っ昼間から本人の前で下世話な話をするなんて、これやから女ってのは好きになれんわ。
どうせ男相手だって好きでもなんでもないくせに(そもそも家族以外の他人は嫌いや)、そんなことを考えながらこっそり溜息をついた。
(ほんま品性のなさが明け透けやんなぁ)
にやにや、くすくす、嫌な感じの笑い顔。
こんな顔して下品を晒すくらいなら、フィオナ嬢くらい表情が動かん方がよっぽどええんとちゃう? なんて、俺が内心呆れていれば、当の本人はぱちぱちと瞬きをして。
「ルース殿下は百獣の国の皇族ですから、これくらいの親切は友好国の貴族として当然のことでは?」
「っ、」
「本来であれば同じ王族の立場である殿下がおもてなしすべきところを、嫌がって逃げ出してしまわれたのが事の発端です。こちらの国の無礼をルース殿下にご寛恕いただき、僭越ながらわたくしが代わりに務めさせていただいている以上、貴方がたの穿った見方こそいかがなものかと」
頬に手を添え、まるで困っているかのような素振りでフィオナ嬢は言う。
表情はさっきからピクリとも動いとらんはずやのに、ほんまに困っとるんやろなぁとこちらに思わせる雰囲気があるのは、やや芝居がかったその所作のせいなんやと思う。
表情にまったく出ないぶん、もしかしたら彼女の感情は身振り手振りに出やすいのかも知れへん。
(……それはそれで、ちぐはぐさが見てておもろいな?)
フィオナ嬢が淡々と事実を並べ連ねた言葉は紛うことなき正論やった。
事実、こっちの国の王太子が俺を避けとるんは誰の目にも明らかなことやし、相手の女どもは自分たちの分が悪いことがわかったんやろうな。俺と彼女を見比べ、そして、なおも食いさがろうとするように苛立ちの滲む顔で口を開いて。
「それに、どこかの誰かさんたちのように、隣国の皇子に向かって失言をされる方も少なくありませんから。フォロー役のひとりも、付きっきりで必要でしょう?」
女どもが言いかけた言葉を、フィオナ嬢はなんてことない顔で、またしても正論を使ってぴしゃりと遮る。
……その瞳が剣呑な色を宿しているのに気付いたのは、きっと俺だけだったんとちゃう?
そうでなくちゃ、なんでフィオナ嬢に叱られとるのになんで不満そうにしとるのか、この女どものおつむが俺には理解でけへんもん。
目は口ほどに物を言う、とはどっかで聞いた言葉やけど、今のフィオナ嬢はまさにそれやなと思った。
表情はいつもない。身振り手振りも今はない。
それでも、女どもを真っ直ぐ見つめるフィオナ嬢の目は、はっきり見て取れるほど相手を責める色をしとる。
その圧力に気圧された女どもがたじろぐのをフィオナ嬢は冷たく見下して、
「殿下は言わずもがな、貴方がたも、本来であれば百獣の国から正式な抗議が来てもおかしくないくらいのことをしている、という自覚はおありですか? 今回の件が取り沙汰されれば、他国は間違いなく百獣の国の味方となり、この国は国際社会から孤立することになりますが……」
「「……!?」」
「プライドが高いのは結構ですし、この国の生まれを誇るなとも言いません。けれど、外交に亀裂を生むような浅はかな真似だけはやめた方が良いかと思いますわ。ご自分の言動に責任を持つ気がないのであれば、なおのこと」
淡々と事実を告げるフィオナ嬢に、女どもはわなわなと震えとる。
怖がっとるような、あるいは苛立っとるようなその表情に、はっきり浮かぶのは『反感』。
フィオナ嬢の言い分がどこまでも正しく、客観的に物事を捉えとるからこそ、失言をした自分らの保身のためにそうせざるを得ないんやろうな。
そういった心の動きが手に取るようにわかるが――自覚が出たなら、なんでこいつらは、さっさとここから逃げ出さへんねやろ?
フィオナ嬢がさっき言ったばっかやん、自分はアホどもの尻拭いするために俺の傍におるんやって。ほんまに人の話を聞いとったんか?
……まあ、なんも聞いてへんから失態に失態の上塗りしとるんやろうけど。
なんというか、ここまで来るといっそフィオナ嬢に同情してまうわ。
彼女は王太子の婚約者で、ゆくゆくはこの国の国母になるはずの子やのに、ここまで自分とこの貴族に蔑ろにされるとか普通はありえんのとちゃう……?
(しかも彼女、この国の王家の血筋やろ?)
降嫁された王妹の娘で、今現在、王家に最も近い血筋の侯爵令嬢。
それがフィオナ嬢で、この国の王女に次ぐお姫様と言っても過言やない。
それがどないしてこうも雑な扱いになるんか――侮蔑なんてもんを向けられなあかんのか、俺にはさっぱりわからんかった。
(やっぱあれか? 王太子のあの態度のせいか??)
「ッ、貴方ごときがあまり偉そうなことを言わないでくださる? 血筋を笠に着て殿下と婚約したばかりか、その地位にしがみ付いて王宮の殿方を誑かす女狐が!」
「そういえば、ルース殿下は狐の獣人でいらっしゃるそうですわね? ふふふっ、狐同士、さぞかし気が合うのではありませんこと?」
大きな疑問とわずかばかりの困惑、それから……ふと感じた既視感を抱えて事を静観しとれば、いよいよアホがアホをやらかした。
いくら衆目の少ない場やって言うても、俺らの真ん前でさすがにこれは言い逃れできへんやろ? と得意げに笑う女どもに呆れつつ――
それ以上に、俺の腹ん中ではぐつぐつと怒りが煮えとった。
(クソが)
どいつもこいつも『狐』を馬鹿にしよって。
『狐』が、『狐』がお前らに何したって言うんや。なんもしてへんやろ。
なんで俺らが『狐』ってだけでこんなこと言われなあかんねん。
なんで俺らが『狐』ってだけで疑われて蔑まれて殺されかけなあかんのや?
ご先祖さまが悪人やったら子孫も悪人か?
犯罪者の子どもは犯罪者か?
そんなんちゃうやろ。悪人には悪人になる理由があるし、犯罪者には犯罪者になる理由がある。
それが外的要因が本人にあるかは知らんし、そんなん人それぞれやろうけど。少なくとも、俺も母さんも、誰かに恥じるようなことをやったおぼえはあらへん。
『狐』は狡猾やとか卑怯やとか言われるけど、俺からすればお前らの方がよっぽど狡猾で卑怯やわ。
くそ、くそ、どいつもこいつもふざけよって。留学なんて来るんやなかった。これやから他人は嫌いなんや。クソ兄貴も兄貴の下僕も俺たちを取り巻く何もかも大っ嫌いや――!!
「……狐、ですか」
腹ん中の熱がカーッと全身に広がって、目の前が真っ赤に染まる中、近くから聞こえた女の声。
普段聞いている声よりも少し低くなったそれに、どうせお前もほかのやつらと一緒で『狐なんて』って言うんやろと、頭に血がのぼったまま考えて。冷えた笑みを浮かべたまま、温度をなくした視線をフィオナ嬢に投げた。
……すると彼女は、ほんの少し前の時と同じように、頬に手を添えゆるりと首を傾げて。
「誑かしたおぼえは特にありませんし、そのような事実もございませんが……。それはそれとして、わたくしを狐に例えてくださるのですか? ありがとうございます」
「「は?」」
(は??????)
淡々とフィオナ嬢が告げたお礼に、俺の頭も、たぶん女どもの頭の中も、『?』でいっぱいになった。
(……いや、あの、……え?)
フィオナ嬢、今、『狐』に例えてくれておおきに、て、言うた? 言うたよな?? ……ハッ! いや。いやいや。いやいやいや。ありえへんやろ、お姫様がそんなこと言うとか。は? なんやこれ俺らの幻聴か? 集団幻覚ならぬ集団幻聴か?? こちとら嫌われもんどころか殺されそうになるくらいの疎まれもんの『狐』やぞ??? 自分の国でも誰にも好かれん『狐』やのに、『狐』に例えられて喜ぶやつなんておるわけないやん。……はぁ?(二度目)
(……な、んや、今の、)
まるで『狐』と一緒なことを喜ぶかのようなフィオナ嬢の言葉。
現実に思考がまったく追いつかんくて、ありえんくらいとっ散らかっとる。
それどころか、いきなり好意的な感情を匂わされた動揺は自分でももう抑えきれんくらいのもんやったから、思わず目を見開いて彼女を見つめてもうた。
頭のすみっこの方、どっか冷静な部分が『どうせリップサービスやろ』と囁く声が聞こえたけど、ドクンドクンと心臓の暴れる音であっという間にかき消される。
口ん中がカラカラに乾いて、気を付けとらんと唇が震えそうで、真一文字に引き結ぶことでどうにか堪えた。
他人なんてみんな嫌いや。
母さん以外のやつなんてどうでもええ。
本気でそう思い込む今の俺のうしろには、いつだってさみしいと泣くガキの頃の俺がいる。
楽しげにはしゃぎ、騒いで、自由に飛び回って遊ぶ子どもたちの声。
たくさんの人に、笑顔に囲まれ、さすがだと頼られる兄貴の姿。
それらは『狐』には遙か縁遠くて、絶対に『狐』には手に入るはずがないもの。
それでもひとはないものねだりをせずにいられん生き物で、まして、自制心や物事の道理を知らへん子どもやったらなおさらや。
ずっとずっと飽きることなく泣き続けて、この手を取ってくれと、血を吐くように泣き叫んで。そんな願望とっとと切り捨ててまえば楽になれるのに、いるはずのない『誰か』を求めることを、やめることはどうしてもできへんかった。
『わたくしを狐に例えてくださるのですか?』
『ありがとうございます』
頭ん中で繰り返す声に、ガキの頃のオレが顔を上げる。
なんで俺ばっか我慢せなあかんのやと、孤独感に癇癪を起こして泣いとったそいつが、フィオナ嬢を見つけてまう。
(――おねがい、やから)
『狐』にゆめを見せた、責任を取ってくれと。
もう一度『狐』を認めてくれと希うそいつ声に、無意識に手を握りしめる。
「狐は賢い動物と聞きますし、一夫一妻制で雄も子育てを雌に任せきりにしないとか。賢いだけでなく、愛情深くて、責任感があり、つがい対する誠実さもあるだなんて素晴らしいと思いますわ」
――果たして、彼女は。
俺の切実さに欠片も気付くこともなく、さらりとそう言ってのけた。
「それに……どうやら貴方がたはご存知ないようですけれど、信仰の国では、狐は神の遣いとして神聖視されている生き物だそうですよ? 無知であるを悪とまで言うつもりはありませんが、あまりそういったことを声高に叫んで、他国の方のお気を害さないように気をつけた方がよろしいですわね」
表情は相変わらず動かない。
口調もほとんど淡々として、抑揚も少なく、事務的な態度ではある。
……けど、フィオナ嬢があまりにも平然としとるから。
淀みなく紡がれた言葉は、嘘偽りない事実を述べただけなんやって、不思議とそんな確信があった。
(それに、)
ほんの一瞬――『つがいに対する誠実さ』、と彼女が言った時、フィオナ嬢の平坦な声にちょぴっとだけ感情の色が乗ったような、そんな感覚があった。
あくまでもそう聞こえただけで、俺の気のせいかもしれへんけど、王太子のあの言動を思い返すと『気のせい』で流すのは引っかかるもんがあり。それもあいまって、俺には彼女の言葉がただのリップサービスとは思えんかった、から。
……だから。
「なあ、フィオナ嬢」
「どうされましたか、ルース殿下?」
「自分が俺に礼儀と誠意を尽くしてくれとるのは十分わかっとるから、俺も兄貴にはなんも言わんでおるんやけど。王太子クンといい、この子らといい、ほんまにフィオナ嬢が庇う価値あるんかな?」
「「!?」」
「百獣の国と魔術の国は友好国ってことになっとるから、あんま大事にするのもなと思てんねやけど、まあ、普通に考えてやっぱ失礼やったし。フィオナ嬢に対する態度も、とてもやないけどまともな貴族令嬢のそれと思えへんくてなぁ……」
正式な抗議のひとつでもすれば、痛い目見てもうちょいマシになると思わへん?
にこりと笑って俺がそう尋ねれば、女どもは表情を強ばらせながらピシリと音を立てて固まり、フィオナ嬢は俺を見てぱちぱちと目を瞬かせた。
わかりやすすぎる女どもとは違て相変わらずの鉄面皮やけど、なんだか、その反応は彼女が驚いとるように見えなくもない、ような。
(……俺に味方されたこと、本気で驚いとったりしてな?)
そんな風に解釈してまうのは、きっと俺が彼女に対して好感を持ち始めたから。
……いや、ちょろいのは俺かてわかっとんねん。
せやせど、『狐』だからという理由だけでずっと疎まれてきたからこそ、『狐』を肯定してくれたどころか、褒めてくれたフィオナ嬢の心象が上がるのは当然のことやろ?
母さん以外の相手から『狐』であること認められたのは、俺の記憶にある限り、これが生まれて初めてのことで。柄にもなく興奮しとる俺がいるのがわかるし、さっきから、じわじわと心臓のあたりから全身に熱が広がってく感じがする。
きっとわけのわからんことを言っとるんやろうけど、なんというか……生きとるって感じが、する。
「……ええと、」
初めての感覚にそわりと浮き足立つ俺の横で、フィオナ嬢は言葉を言い淀む。
その反応も初めて見るな、なんて俺が考えながら答えを待てば、彼女の視線が不意にチラリと女どもへ向けられた。
瞬間、女どもはビクッと震えたかと思うと、血の気が引いた顔でフィオナ嬢を睨みつける。
まるで早くなんとかしろ、とでも言うような。苛立たしげで憎々しげな視線を向けられ、フィオナ嬢はまた瞬きをひとつ。
けど、俺の見間違いやなければ、その瞬きの直前――彼女の瞳に生きた感情が少しだけ浮かぶのが垣間見えた。
(呆れと、諦め……)
さしずめ、自分本位で身勝手な女どもに対する呆れと、何を言っても無駄なことがわかりきっとるがゆえの諦め、やろか。
彼女は何も言わへんし、ほんの一瞬しか見えへんかった感情やから、俺の気のせいって可能性は大きい。
……けど、今見えたものを気のせいやと思うには、あの感情は俺自身にもおぼえがありすぎた。
それこそ、普段は思考の外に追いやって忘れることにしとる古傷がえぐれて、ずきりと胸が痛む錯覚を覚えるくらいに。思わず顔を顰めて、歯を食いしばりそうになるくらい、生々しい痛みを伴った。
その時、俺は不意に『ああ、そうか』と思った。
ついさっき、なんとなく感じた妙な既視感。
あれはきっと、フィオナ嬢に俺自身が重なって見えたからやったんや。
血筋だけは立派なもんやけど、その実、俺も彼女も嫌われもんで。疎まれとって。何を言っても取り合ってもらえへんし、認めてもらうことも、受け入れてもらうこともできひん。
何を言っても何をしても、誰の目に留まることなく打ち捨てられて、無駄になる。
そんな虚しさのにおいを、俺はフィオナ嬢から嗅ぎ取ったんや。
そう思うと、途端にフィオナ嬢を放っておくことが苦痛になった。
なんや代償行為のつもりかと言われれば、否定はできひん。
けど、それでも、この子をひとりにするのは嫌やった。
国が違えば立場も違うし、性別なんぞ見ての通り。
それやのに、俺と鏡映しみたいにそっくりな境遇にあるらしい彼女をひとりにするのは、どうしても嫌やった。
だから俺は、彼女に助け舟を出さずにおれんかったんや。
「……マ、今回はフィオナ嬢の顔に免じて許したるわ。ほれ、さっさと去ね」
「っ、隣国の皇子だからってあまり調子に乗らないで欲しいわ! どうせたいした歴史のない、野蛮なけだものたちの国の癖に!」
「そのけだもの皇子よりも更におつむの出来が悪いのは自分らやろ? 自覚がないって怖いわ〜。フィオナ嬢もそう思わへん?」
「え」
「自分、あいつらの名前はわかるよな?」
「……? はい。どちらも我が国の伯爵家の令嬢です。伯爵様方は王城に出入りされるので、そちらも存じ上げておりますが……それがどうかしましたか?」
「いや? フィオナ嬢が知っとるんなら話は早いなと思ったから、確認させてもろただけやで。抗議するなら人違いするわけにもいかへんし、正しく、きちんと、国には事実の報告をせんとなぁ……?」
「「――!」」
「俺の気が変わる前にはよ消えろや、ブス」
いきなり口数が増えた俺に、呆気にとられたかのようにたどたどしい口調になるフィオナ嬢。
ここまでやっても表情が変わらんとかむしろこれギャグやったんか? とズレた思考はさておき、やっと懲りない女どもを追い払うことに成功したらしい。
自分らの素性なんて簡単に洗えるんやぞと匂わせ、笑うのをやめて低くした声で『次はあらへんぞ』と脅せば、よわよわのおつむでも俺が本気なのはさすがにわかったんやろ。
引き攣った声を上げて踵を返し、あの女どもはばたばたとみっともなく走って俺らの前から逃げていく。
……ははっ、伯爵令嬢とは思えへんはしたなさやわ。
ほんま、この国の貴族子女はたかが知れとるなぁ。
「……笑顔でなかなかおっしゃいますね」
「まあ、ここまで俺に言わせへんとなんも理解できひんアホとは、さすがに予想外やったわ」
俺らのやり取りを遠巻きに見とった野次馬も居なくなって、二人きりになったからやろか。
やっと口を開いたフィオナ嬢の呟きにやれやれ、と俺が肩をすくめると、彼女はゆっくりひとつ瞬きをしてから俺に頭を下げた。
「誠に申し訳ございません、ルース殿下。百獣の国と魔術の国は友好国だなどと謳っておきながら、殿下のことも、彼女たちのことも、申し開きようもなく――」
「まあ、ウチは内乱のせいで国としての歴史がほかのとこよりちっとばかし短いからな。そういった面で軽んじられる部分があるのはしゃーないわ。どこに行ってもああいう輩はおるもんやし、俺は気にしとらんから自分もそう気に病まんといてな」
「……………………恐縮、です」
どことなく納得いかへんと言いたげな雰囲気を感じさせながらも、フィオナ嬢は俺の言葉に顔を上げた。
……まあ、そりゃそうやろな?
フィオナ嬢が真面目でまともな人やってことは、こっち来てからあれこれ気を揉んでもらっとるうちにわかったし、お咎めなしは許されへんことやと思っとるんとちゃう?
ただ、いくら納得いかへんことでも、あの女どものアホな振る舞いを俺に目こぼししてもらえるならありがたいっちゅー気持ちとの間で葛藤しとるんやない?
(……ほんま、難儀な子やんなぁ)
別に自分が悪いわけでもあらへんのに、立場のせいで思い煩うことの多そうなフィオナ嬢の面倒くささとか、しんどさとか、考えただけで気の毒すぎてならんわ。
普通、こういうことに頭を悩ませるのは王太子や国王あたりのはずやろ?
婚約者の立場やからある意味仕方ないと言えば仕方ないんやろうけど、暴走しかしない婚約者や同年代の令嬢の手綱をひとりで握りつづけなあかんとか、あまりにも荷が勝ちすぎてんとちゃう……?
ほんま大丈夫なんか、この子も、この国も……?
「……本当に、ルース殿下にはどのように詫びたらいいか」
(別にそこまで気にせんでも……)
俺からしてみれば、たとえ口先だけやったとしても『狐』を肯定して、褒めてくれただけでも十分で、なんならお釣りが来るくらいには嬉しかった。
しかしそれがフィオナ嬢に伝わるわけもなく(仮に伝えたとしてこの感覚を理解してもらえるかわからへんし)、こうして食い下がられとるわけで。
(どないしたら彼女が気に病まずに済むんやろ?)
いっそ王太子ん時みたく、何か頼みごとでもしてみるか?
そしたら、フィオナ嬢の気持ちもちょっとくらい軽くなるかもしれへんし、そう悪ない案なんとちゃう?
ふと思い浮かんだ考えは不思議とええもんに思えて、ほなそうしよか、とアッサリ俺の中での方針は決まる。
問題は、俺が何を彼女にお願いするかってことやけど――
(もしかしたら。……この子、なら)
『狐』を好意的に見てくれるフィオナ嬢やったら。
俺の夢を、またひとつ、叶えてくれるんやないか?
「なら、フィオナ嬢にひとつ頼みがあるんやけど」
「頼み……?」
彼女が気負わずに済むようにと努めて明るく、軽やかな口調になるように心がけたものの、その気持ちが空回りして声が裏返ったりしてへんやろか。
みっともなく声が震えて、こちらの強い緊張が伝わってへんやろか。
どうしようもない期待と不安がごちゃまぜになった感情から、ドキドキと早鐘をうつ心臓に、自然と呼吸も浅くなる。
断られたらとか、やっぱり拒絶されたらとか、嫌な想像も拭えへん。
でも、それでも、ガキの頃から燻って捨てきれずにおった夢を前に、『やっぱやめた』と取り消す気にはなれんくて。
「俺と友達になってくれへん?」
不安も震えも押し殺し、にこりと笑って手を差し伸べる。
そんな俺に彼女はまた、ぱちりとひとつ瞬いて――
その真っ黒な瞳を、ほんの少しだけ、見開いた。
【Tips!】代償行為
何かしらの障害があって目的を達成できなかった時、それに代わる『何か』を果たすことで気持ちを昇華させること。
ルースの場合は自分と同じようにひとりぼっちのフィオナに手を差し伸べることで、母親以外に心を許せる相手がおらず、孤独感のぬぐえなかった幼少期の自分が救われたような気持ちになる…といった感じ。救いたかったのはあくまでも自分であってフィオナではないのかもしれない、というルース自身の言動に対する葛藤です。
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