お兄ちゃんは心配性
いつも閲覧、いいね、ブクマ、評価等ありがとうございます〜!
読んでくださる方が増えるのがやっぱりわかりやすい指標なので、ついついにっこりしちゃいますね…へへ…。
今回はお兄ちゃん視点ですが、大筋が進まない舞台裏の話なので、文字数は普段よりちょっと少なめです。
(ちなみに次回はがっつりルース視点の予定)
フィオナ・ボールドウィン。
魔術の国の、王家直系の青い血を引く侯爵令嬢。
婚約者であるはずの王太子や国王夫妻からの冷遇を受けており、大抵の貴族たちは王家に倣うかたちでフィオナ嬢への接し方を冷たくしていると聞く。
わずかばかりの例外は、かの国の王女だけらしいが、はたして真偽のほどはいかほどか。
そんな彼女が、ルースの友人としてこの国を尋ねて来たと報告された時、どうしてそうなる!? と私は大いに混乱した。
けれど、ルースから卒業記念パーティの席で起きた事件の話を聞けば、そうせざるを得ない状況だったことも納得できるというもので。
冤罪に、婚約破棄に、国外追放。
王太子の婚約者はその優秀さゆえに冷遇されている、などとまことしやかに囁かれる噂が真実味を帯びるルースの話に、魔術の国との国交に関する方針を改めるべきか? と本気で頭が痛くなった。
それほどまでに、ルースによって語られた事の顛末は王家の横暴極まるものだった。
――だが、彼女の立場とルースの地位を考えれば、『はいそうですか』『それはお気の毒に』と済まないのが世の中だ。
なにしろ私自身、フィオナ嬢に対して憐れむ気持ちはあるものの、ルースに取り入ろうとしているのではないかと疑う気持ちも同じように持たざるを得ないのだから。
あいつはフィオナ嬢が冤罪をかけられた、と言っていたが、それは本当に冤罪だったのか?
ルースの同情を買うためにそう言って泣きついたのではないか?
国を統べるものとして、国民の上に立つ者として、そう疑惑を抱くのはごく自然のこと。
だから私は、それとなく、フィオナ嬢に気を許し過ぎるなと諫めたのだが――
「……はっ、なんも知らへん癖によう言うわ」
「フィーに手ぇ出してみぃ、兄貴やろうが殺すで」
ルースはいつものように私の言葉を無視するのではなく、明確な殺意と共に突っぱねた。
母親以外の誰も信じようとしない、腹違いの弟にそこまで言わせる少女。
……肌にピリピリとした殺気を感じながら、私は彼女に、改めて強い関心と疑心を抱いた。
+ + +
留学中のルースと手紙でやり取りしているニーナ様から、あちらの国でルースに友人ができたらしい、という報告は聞いていた。
文面からも喜びや嬉しさが滲むような、そんな手紙が送られて来たのだと話すニーナ様はとても嬉しそう
で。誰よりもルースのことをよくわかっている彼女がそう言うのなら、本当にあいつに友達ができたのだと私も安心できた。
建国時の出来事から、この国では狐の氏族への風当たりがひときわ強い。
私の父の代から――厳密には祖父の代から、少しずつその改善に取り組んできているものの、ひとたび種が撒かれて根付いてしまった意識の変革は一朝一夕に行くものではなく。
獅子の氏族とのハーフではあるものの、狐の氏族として生まれたルースには友達ひとり作らせてやることができなかった。
それどころか、父から私への代替わりのどさくさにまぎれるかたちでニーナ様とルースが暗殺されかけ、九死に一生を得るまで、公務に追われていた私は二人の窮状に気付くこともできず。
結局、私が気付いた頃にはルースは他人をまったく信用しなくなっていて……二人を離れへと追いやり、使用人たちを立ち入らせないことでしか守ってやれなかったのだから、本当に私は不甲斐ない兄だ。
その時に生まれた弟との溝は、未だ埋まることなく残っている。
閑話休題。
とにかく、あいつに友人ができた自体は、私たちにとって非常に喜ばしいことではあった。
その友人の影響か、私との文通も少しずつただの報告書から、一言二言、日常の話が添えられたり、私の手紙に対する返事が書かれるようになったことも、私にとってはとても喜ばしい変化だった。
代替わりした頃からずっと私にルースにそっぽを向かれてしまって、兄弟としてまともに言葉を交わせた回数はほんの数えるほど。
それがこの一年、文通とはいえ急激に数を増やしたのだから、私の喜びも察してもらえるはずだ。
だが――ルースは手紙の内容から友人を特定されないよう、細心の注意を払っていたようで、フィオナ嬢を連れて帰国して来るまで正体は掴めなかった。
なにしろ魔術の国には魔術の国なりのセキュリティが組まれているため、影を向かわせて友人の素性を調べることが難しかったからだ。
それでも一応、貴族として高い地位にある人物(もしくはそれに準ずる人物)だとうっすらと察せる程度の情報は散見されたので、これがあいつの譲歩できる最低ライン……私たちに知らせてもいいと思える情報だったのだろう(ルースからフィオナ嬢への執着具合を見る限り、この予想は間違っていないはずだ)。
つまり、それだけフィオナ嬢がルースにとって大きな存在になっているのだということで、……それがわかるからこそ、私の胸にはどうしようもなく疑心や不安という感情が、むくむくと湧き上がってくる。
ずっとひとりぼっちだった弟にできた、初めての友達。
それが嬉しいと思うのは本当のことで、決して嘘偽りない気持ちだ。
だが、たとえ余計なお世話やお節介だと言われようが、兄としてこれ以上ルースに傷ついて欲しくないからと、警戒のひとつもしたくなる気持ちもわかるだろう?
それだけあいつの周りには敵ばかりだった。敵しかいなかった。
食事に毒を盛られたり、食器に毒を塗られたりすることなんて日常茶飯事で、直接危害を加える者がいないだけで陰湿な行為は思いつく限り一通りやられている。
あいつが本当に心安らぐ瞬間は、もしかしたら、母であるニーナ様の傍にいる時すらなかったのかもしれない――そう思うとなおさら、フィオナ嬢に向ける視線が厳しくなってしまうのだ。
……まあ、たとえ彼女が侯爵令嬢でなくても――どんな立場の人間であったとしても、私はルースの友人として現れたぽっと出の存在を穿った目で見てしまうのだろうが。
昨晩の離れの様子を報告してくれた影の言葉を聞く限り、フィオナ嬢とルースは『ちゃんと』友達らしく見えたというし、ニーナ様も彼女を受け入れているようだ。
ニーナ様が受け入れているのだから私も受け入れるべきだ、と思わなくもないが、やはり自分の目で見極めなければ納得はできない。
そんな私にルースは迷惑そうな、妻は呆れたような目を向けてくるが、こればかりは譲歩できることではないのである。
非公式の会談を取り付け、あいつに害を成すようであれば、心を鬼にして二人を引き離さなければと。そう思って。
(……そう思って、いたんだけどなぁ)
私が待ち構えていた少女は、ルースのエスコートで現れた。
……パーソナルスペースが広く、身内にさえ触れられることを厭うあいつが平然とエスコートしている光景や、二人がお互いに心を許し、預けていることが傍目からでもわかる空気感。
フィオナ嬢を悪しざまに考えていた私は、初っ端からストレートでがつんと鼻っ柱を殴られ折られたような衝撃に、一瞬、言葉を失うことになった。
つややかな黒髪を簪でひとつに結い上げ、猫の氏族を思わせる形のいいアーモンド型の瞳には冷ややかな静けさをたたえた、この国ではめったにお目にかかることのないヒト族のご令嬢。
華奢で、嫋やかで、私たち獣人がほんの少し力を込めて触れただけでぽきりと折れてしまいそうなほど脆く見える彼女は、しかして気が強そうな端正な面立ちから凛とした内面の強さを感じさせる。
一挙手一投足――歩き方ひとつでさえ侯爵令嬢の名に恥じない洗練された美しさを纏うフィオナ嬢には、護衛として立ち会わせている者たちが気圧され、思わず感嘆の息を漏らすほどだった。
けれど彼女は、『優秀さゆえに冷遇されている』という噂通り、決して見た目だけのご令嬢ではなかった。
「格別のお心遣いありがとう存じます、陛下。困っていることなど、何も」
「ふはっ。せやな? 朝もずいぶん、手厚い歓迎を受けたって言っとったもんなぁ……?」
「ええ。それはもう」
「まずはそう、朝、陛下が遣わせてくださった侍女を待っていると、いきなり部屋に入って来られまして!」
「それから、顔を洗うようにと泥水を張った盥を用意してくださって。恥ずかしながらわたくし、こちらの国の事情にとんと疎いものですから、驚いてしまいましたの」
「確か、盥の泥水を引っかけられそうになった、とも言っとったよな?」
「ええ。実は、あの、本当に申し訳ないのですけれど、その際、お守りが反応してしまいまして……」
侍女を泥水びたしにしてごめんなさい、と心の底から申し訳なさそうに謝罪するフィオナ嬢に表情が引きつった。
なにしろ彼女がルースと息が合った掛け合いを披露しながら、こちらの文化に疎くて申し訳ない、と言う赤い唇が紡ぎ出したのは容赦ない痛烈な毒だったのだから。
……気になることがあればなんでも言って欲しい、と先に(それも意図的に)言ったのは私だが、まさかここまで遠慮なく皮肉られることになるとは予想外も甚だしい。
いくら自分が侯爵令嬢だからって、普通、皇族相手にこうも忖度しないものか?
しかも彼女、ルースの話が本当ならつい先日、貴族籍を剥奪されて平民になってるはずだろ?
まだ情報の真偽のほどが定かではないから、一応、侯爵令嬢として扱ってはいるが……それにしたって……ええ……???
なんというか、もう、彼女の遠慮のなさに言葉を失えば良いのか、いつまで経っても私の弟を蔑ろにすることを止めない馬鹿の愚行に言葉を失えばいいのか、わからなくなってくる始末である。
内容が内容だから私は止めないだけで(彼女に働かれた非礼は王宮の膿を絞り出すにあたりちょうどいい口実になる)、本来はそれこそ口が過ぎると言われてもおかしくないくらいの発言なのだが、……考えれば考えるほどわからなくなってくる。
フィオナ嬢だって自分の現在の立場がいかに脆弱なものなのかわかっていないはずがないのに、いくらなんでもこの発言はあまりにも捨て身すぎないか?
それとも彼女は馬鹿と天才はなんとやら、というタイプなのだろうか?
本当に、私じゃなければ罰されてもおかしくないレベルの発言なんだが……???
「最初はルース殿下の遣いだとおっしゃっていたのですが、よくよく話を聞いてみれば、自分は殿下ではなく陛下の遣いだと声高に主張されていましたわ」
「今朝の歓迎は陛下からの格別のご配慮であることを、わたくしに勘違いして欲しくなかったのでしょうね。護衛の皆様といい、陛下に忠実な方ばかりで羨ましい限りですわ」
フィオナ嬢の貴族らしい笑みの裏に隠された、『侍女と言い護衛と言い、配下の舵取りもろくにできないのですね』というせせら笑い。
彼女を試すつもりで手痛いしっぺ返しを食らうことになった私は、表面上はなんとか取り繕って皮肉を聞いていると、ほんの瞬きの刹那、フィオナ嬢の冷ややかな瞳の奥に揺らめくものが見えた。
その瞬間、ビリッと雷が奔るような感覚に、ふと、昨夜のルースを思い出して――。
(……ああ、そうか)
いっそ愚かさすら感じるほど痛烈なフィオナ嬢の皮肉が、すとん、と腑に落ちた。
(なんだ。そうか。そういうことか)
ルースの執着は決してあいつの一方通行などではなかったのだ。
目の前の少女もまた、同じようにあいつに執着してくれているのだ。
昨夜、フィオナ嬢を疑った私にルースが殺気立って『殺す』と言ったように。彼女もまたルースのことを想い、あいつが傷つけられることに憤っている。
あいつを傷つけるすべてを許さないでいる。
だからルースの名を騙って貶めようとした侍女を許さないし、ルースへの嫌悪を隠しもしないで態度にすら表す護衛たちを蔑んでいるし、――中途半端な私のこともこの子はきっと怒っている。
それが表情に出てこないよう押し込め、煮詰めたものがこの皮肉なのだと思えば、色々と納得できるものがあった。
(……だとしたらこれは、本気で『捨て身』のつもりか?)
不意に、私が彼女を侯爵令嬢として扱っているうちにルースの周りを掃除するつもりなのかもしれない、と思った。
本人にその気があるかは知らないが、彼女は魔術の国の王族の血を引いている。
それだけでただの侯爵令嬢より重要性が高く、こちらとしてもかなり蔑ろに扱いづらい相手であり、逆に彼女がその立場を利用さえすれば、他国であっても多少の影響力がある(なんせ無礼があったと国王に泣きつかれては困るのだ、それが実現するかどうかは話が別としても)。
……もし今までの言動がすべて織り込み済みのものだとしたら、私はずいぶんこの子のことを見くびっていたのだなと苦虫を噛み潰す思いである。
ルースや護衛たちと言った、私たちのやりとりの一部始終を見聞きした者がいる以上、こちらとしては状況改善のために動かざるを得ない。
私としては、これを機に王宮の掃除をするための理由ができたわけで、願ったりかなったりな状況ではあるけれど……うーん。
(私よりよっぽどなりふり構わないな、この子……)
案外この二人、似た者同士だったりする? なんて考えてしまったのは、仕方のないことだと思うんだよ。うん。
「ほな行こか」
「ええ」
これ以上、会話を続ける意味もないと判断したのだろうか。
ルースがフィオナ嬢との話を切り上げるよう、来た時と同じようにフィオナ嬢をエスコートして退室する。
部屋を辞す前に彼女は一応、会談の時間を設けたことと滞在の許可に対する礼を告げてくれたが、おそらくそれ以外にフィオナ嬢が私に思うところなど何もないのだろう。
私を映す、興味のかけらも感じられない無味乾燥の眼差しに強くそう思う。
まして、それがルースに向けられた途端、ふんわりと春のようにあたたかな色をたたえる変化をまざまざと見せつけられて、そう思えなければよほど鈍感な輩に違いない。
(……まあ、当然か)
客人ひとりまともにもてなすこともできない侍女や、会談の場で露骨に感情を出して相手を威圧するような護衛しか彼女の前に出せていないので、彼らの雇用主である私が好感を持たれるはずもないのである。
ならばせめて、ルースのためにも身の回りを綺麗にしたいと思っていた私の意図を汲み、(加減ない)皮肉を返してくれたフィオナ嬢に『なんとかする』と宣言したのだ。
有言実行するためにも気合を入れなくては、と意気込んだ時。
「 」
「 」
「――あ゛?」
扉が閉まる前、ちらりとこちらを一瞥したフィオナ嬢の挑発。
ヒールの音にかき消されそうなほどかすかなそれが耳に届き、思わず低い声が出た。
扉が閉まる間際の一瞬に見えたのは、憐れむような、それでいて確かな優越が滲んだ微笑。
その表情と先ほどの囁きに、私はようやく、見定めていたのが自分だけではなかったことに気付かされ――『あの小娘』と、皇帝がたかだか侯爵令嬢相手に向けるべきじゃない程度の低い悪態が、とっさに心の中で口をつく。
「……ふ、ふふ。ふふふふふふ」
「へ、陛下……?」
突然笑い出した私に、護衛たちは困惑したり、怯えたり、反応は様々。
まあ、それはいっこうに構わないのだが、彼らが皇帝の弟を蔑ろにしていることを、当然ながら許すわけではない。
なんとも憎らしい子娘だが、せっかく片付けにちょうど良い建前をフィオナ嬢は提供してくれたのだ。
ありがたく利用させてもらうことにして、さっそく、今から、身辺整理を始めなければ。
「君、」
「はっ、はいっ!」
「今朝、フィオナ嬢の世話を任された侍女を呼んで来てくれ。……ああ、もちろん、指示を出したであろう侍女長も忘れずに」
『ヒエッ』
「任せたよ」
「かかかかしこまりました! ただいま!! すぐに!!!」
私がにこりと笑えば、用事を任せた兎の氏族の護衛は文字通り部屋を飛び出していった。
それ以外は……長い尾を持つ獣人は足の間に尾をしまっているし、それ以外も室内の空気の悪さに比例するように顔色がすこぶる悪いように見える。
もっとも、原因は彼ら自身に半分くらいはあるので(もう半分は言わずもがな)、君たちには大人しく甘んじていてもらおうね。
もしかしたら、今の君たちは断頭台に立たされているかのような心地なのかもしれないが……大丈夫、さすがに私もそこまでは言わないよ。だから安心してね。
(……掃除が済んだら、あいつはこちらに戻ってきてくれるかな)
そんな想像をするものの、妄想のルースも手厳しく『は????』と絶対零度の眼差しをこちらに向けてくるか、『断固としてお断りに決まっとるやろ』と取り付く島もなく断ってくるかのどちらかで、兄様はとても悲しい。
せめて妄想くらい手心を加えて欲しいのだが、私に優しいルースはルースじゃないか……という悲しい現実を噛みしめ、気付かれない程度に肩を落とした。
(せめて普通に会話できるくらいになったら御の字、だよなぁ)
思い描くだけなら私の自由。
だがそれを実現させようと思うのなら、実際に動かなければどうにもならないわけで。
あいつと兄弟に戻るためにも頑張らなければ、と改めて意気込んだのだが、……気合いを入れる私に対しまたしても護衛たちから悲鳴が上がったのは、さすがにいかがなものかと思う。
【Tips!】ブラコン
皇帝陛下ことお兄ちゃんはマジなブラコン。
年が離れた弟のことが可愛くて仕方ないし、本当は仲のいい兄弟になりたかったけれど、周囲の人々や国に根付いた思想、タイミングの悪さ等々が絡み合って重なって弟からはほぼシャットアウトされている。かわいそう。
ルースがフィオナと出会ってから精神的な余裕が生まれたため、じりじりと距離を詰めつつある。が、フィオナはルースにとっての逆鱗なので、彼女を疑ったことでまた振り出しに戻った。兄として王としてまっとうに心配しただけなのにとてもかわいそう。
ちなみに今回の副題は『ブラコンvs親友厨』(嘘)
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