だって私、悪役令嬢ですから
Twitter(X)でもちょこちょこ言っておりましたが、仕事が修羅場過ぎて今週分の更新が遅くなってしまいました。すみません…。
来週は盆休みなので早めに更新できると思います。
でも再来週はまた修羅場です。かなしみ。
――その光景を目にした時、感じたのは痛烈な憧憬だった。
ニーナさまとのゴタゴタを経て、ルーに案内された客間へ荷物を置いたあとのこと。
これから夕食の用意をする、と言って二人が肩を並べてキッチンに立つ姿は、まさしく私の思い描く家族そのもの……ううん、前世の私と母の姿そのものに映った。
あの頃の私は実家を出て一人暮らしをしていたし、帰省しても実家暮らしのきょうだいがいたから、二人きりでキッチンに立って料理をする機会はそこまで多くなかったけれど。
でも、何やら軽口を叩き合いながら、おしゃべりをしながら夕食作りにいそしむ二人の様子は、ひどく懐かしくて。ああ、やっぱり家族ってこういうものだよなと、私の中でストンと腑に落ちるような感覚があった。
結局のところ、侯爵家の娘として、王家直系のお姫様の血を引く青い血の娘として生まれても、私の根っこの部分は前世の私のまま。
貴族の娘を演じることはできても染まりきることはなく、平々凡々十把一絡げの庶民でしかないのだろうなと思う。
もし、今生の母が呪殺されずに今も生きていてくれたなら。
もし父が母の死をきっかけに、仕事に割く時間をほんの少しでも私にあててくれたなら。
そんな下らない『たられば』を考えた回数はもはや、自分でも数え切れないほどだった。
とはいえ、母の人となりを伝聞でしか知らない私は『仕事人間の父を射止めた母もまた重度の仕事人間だったらしいし生きていても家族団らんは望み薄だろう』という結論に毎度落ち着くし、父にしても『今でさえクソほど鬱陶しいあの人との時間が増えるとか鬱を通り越して病み』としか思えないわけで。
(それに)
もし母が生きていたら。
父がもっと私のことを見てくれていたら。
――もしも私が今よりずっと、満たされた人生を送っていたとしたら。
その時、果たして私は、今と同じようにルーと友達になれただろうか。
今のように、気兼ねなく言葉を交わして、笑い合うことができていたのだろうか。
久しぶりに思い描いた『もしも』に、その『もしも』が叶ってしまった世界の可能性に思い至って、私は背筋がゾッとした。
背筋が凍り付いて、足元の地面がガラガラと音を立てて崩れていくような、たまらなく恐ろしい感覚。
その恐怖は紛れもなく執着、あるいは依存とカテゴライズされる感情に起因するものであり、ただの友人に抱く友情にしては汚く歪んでいることを私はよく知っていた。
……初めて出会えた、自分と似たような立場にいる『誰か』の存在。
実情を紐解けば決して私たちは『同じ』ではないことも、私と『同じ』だと思うことも失礼に当たるのだと、頭の冷静な部分ではわかっている。
だって、ルーにはきっと、本当の本当に孤独だった頃はないはずだから。
お兄さんである皇帝陛下はわからないけど、少なくとも彼にはニーナさまがいてくれた。
自分と同じ理由で迫害され、苦しめられている別の誰かがいて、その人と痛みをわかちあうことができていたはずだ。
辛い時、苦しい時、悲しい時に手を差し伸べてくれる人が、優しく寄り添ってくれる人がいたはずなんだ。
(そうじゃなくちゃ、私の傍にいようとなんて、してくれるはずがない)
先に声をかけたのは私だった。
でも、それは結局のところ名ばかりとはいえ『王太子の婚約者』としての義務感によるもので、留学生の機嫌を損ねて外交に問題を起こさないように……という意味合いが強かったように思う。
だけど、そうした表面上のお付き合いから、友人関係へと踏み込むきっかけを作ったのはルーだった。
あの時の彼が何を考えていたのかは今でもわからないし、私にそれを知る術なんてない。
けれどそこにどんな思惑があれども、私が作っていた壁をルーがそっと壊して、線引きを乗り越えてきたから、今のこの関係があるのが事実だった。
そしてそれは、過去の自分が他者に同じことをしてもらったという経験や、自分というリソースを他者のために割くことができる心の余裕のようなものがなければ、決して行動に起こされなかったもので。
……あの時の私にはどちらも欠けていたのだから、必然、ルーはどちらの要件も満たしていたことになる。
(ああ、よかった)
それでも。
それでも私は、ああ、よかったと、目の前の光景に胸を撫で下ろす。
私にはルーしかいないけれど、ルーには私だけじゃない。
少なくともニーナさまがいて、もしかしたら、皇帝陛下もいるのかもしれない。
それが悲しくないと言えば嘘になる。
だって、私には君だけなのに。
君しかいないのに、肝心の君には私だけじゃないんだもの。
そんなの、悲しくないわけがないよ。
悲劇のヒロインみたいにみっともなく泣きじゃくって、私だけを見ていて! ほかの誰にも目移りしないで! ――なんてさ、そんな風に我儘を言えたらと、夢を見ないはずがないじゃない。
……けれど私は、依存も執着も、ルーが大切で大切でたまらないからこそしているわけで。
ひとりきりですべての悪意に耐え続けることがどれほどしんどいのか、みじめで、苦しくてたまらないのかを、私は誰よりもよく知っているわけで。
ルーが私と同じ思いをしていないことを安心こそすれど、逆恨みや嫉妬をするなんてありえないのだ。
ルーのことが大切だから。大好きだから。
本当の意味で私と同じ孤独ではなかったとしても、私の手を取り、友達になってくれたルーだからこそ、私はこうして依存し、執着している。
「……眩しいなぁ」
何を話しているかは聞こえないけれど、気安くじゃれ合う母子の様子にそっと目を細める。
あたたかくて、まぶしい。
まるで陽だまりのような光景に切なく胸を締め付けられるのは、きっと、今は遥か遠い過去への懐郷のせいだろう。
戻れない日常。届かない光景。
失われたからこそ尊いと感じるのは万国共通だとしても、手に入らないからこそ美しいとする価値観は日本に由来するもので。魔術の国に染まり切れないのは、こういうところが原因なのかな、なんてとりとめのないことを考えてみる。
そこでふと、私の視線に気付いたらしいルーがこちらを向いて、ぱちりと視線がかちあった。
ルーはゆるりと笑みを浮かべながら手を振ってくれて、やったぁファンサだ! と思わず私の顔にもパッと笑顔が花開く。
そのまま、うきうきしたテンションで私もひらひらとルーに手を振り返したのだけど、ほぼ同時にこちらをジッと――食い入るように見つめるニーナさまに気付いて露骨にビクついてしまった。
なにあれこわい。
美人ってそれだけで眼力があるのに、ニーナさまは釣り目だし、目じりに赤いラインを引いたお化粧をしていることもあって、なおのこと迫力がすごいのだ。
ニーナさまに対して、その、決して嫌いってわけではないのだけど、苦手意識と言うか居心地の悪さと言うか、そういったものを感じていることも相まって、なおのことリアクションが大きくなってしまったんだと思う。
(ルーのお母さんだから、仲良くできるに越したことはないんだけどなァ……)
あまりの自分の前途多難っぷりに呆れて、私はひっそりため息をついた。
+ + +
なんやかんや、つつがなく夕食を終えて翌日。
……ニーナさまとの会話にあたり、都度都度ルーを間に挟まないとまともに会話が成り立たないことに関して、果たして『つつがなく』と言い表していいものか? という疑問はさておくとして。
穏やかな空気の中で食事を終え、夕食後の時間も三人でゆるーく過ごして、おやすみなさいと挨拶できたのは『平和だった』と称してもいいのではないかと思う。
なお、それはもう大変久しぶりに――なんなら、フィオナ・ボールドウィンに生まれ変わってから初めて食べたお米はとても美味しかったことをここに記します。
わたし百獣の国だいすき!!(集中線)
……。
……、……。
……こほん。
気を取り直して話をすると、今日はなんと、ルーのお兄さんであり百獣の国の皇帝陛下であらせられるフレディ・カークランドさまの元へご挨拶に向かう予定である。
なんでも昨晩、ルーが留学から戻ったことと私を連れてきたことを陛下に報告した際、『それならちゃんと挨拶くらいしておこうか』という話になったそうで。夕食後ののんびりタイムを過ごしていた時、本当に申し訳ないけどと、苦虫を二、三匹くらい一気に噛み潰したような顔でルーが頭を下げてきたのだ。
わざわざそんなことしなくたって、ルーのお願いなら私はなんでも聞くのにね。
私の立場が立場なので、挨拶はあくまでも非公式のもの。
それでもやっぱり、兄的には弟の周辺を飛び回る羽虫の確認をしておきたい気持ちがあるからこそ、こうして挨拶の場を設けられたんだろうなと思う。
もしくは一国の王として、元とはいえ王太子の婚約者であった侯爵令嬢、それも魔術の国出身の魔術師が使えるかどうかの見極めをしたい……という思惑があるのだろう。
陛下の本音としては、たぶん、おそらく、ほぼ確実に後者の方が大きいような気がしている。
なにしろ旅行や外交で一時的に国外に滞在することはあっても、基本的に魔術師が国を出ることはないので。
国外追放を食らったフリーの魔術師という存在は、他国からすれば非常に興味深い存在に違いない。
――とまあ、そういうわけなので、昨晩の時点でルーからひとつ注意喚起された。
その注意喚起とは、かなりざっくり言うと『侍女に気を付けろ!』をいうもの。
「俺が『フィーは自分で身の回りのことができるから要らん』って何度も言っとるのに、兄貴のヤツ、侯爵令嬢なら侍女の世話が必要に決まっとるやろって譲らなかってん」
「せやから明日の朝、フィーの世話に兄貴の遣わした侍女が来る、……と思う」
「正直、可能性としては半々や。俺の客なんて世話する意味がわからんってサボるヤツもおるやろし、しゃーなしに来るヤツもおる。ついでに言うなら、もし仮に侍女がちゃんと来たとして、フィーの世話まで満足にやるかっちゅーと……正味、その可能性はうっすいわ」
「俺の客やからって、雑な世話……世話しか……あー、兄貴の指示やし、さすがに世話すら放棄する阿呆はおらんと思うけど。目に余るようアホは気にせず追い返してもろてええから」
……以上が昨晩、ルーに言われた言葉をまとめたものである。
淡々と喋っていたけど、まとう空気は間違いなく怒っている時のもので、陛下の強引さに納得がいっていないんだろうなぁと察するに余りある。
ただまあ、陛下の気持ちもわからなくはないのだ。
魔術の国は黒魔術というやべーものが存在するお国柄、貴族であっても王族であっても身の回りのことは自分でやるというスタンスがあるため、たまたま侯爵令嬢が身支度の整え方や掃除の仕方を身につけているに過ぎない。
ルー自身、使用人のいない生活をしているからその感覚が薄いのだろうけど、普通のお貴族様は自分で身の回りのことをやる習慣がそもそもないのだ。
自分で身体を動かして、あくせく働くのは下々の者がやること、と考えている貴族は普通に多い。
その証拠に、使用人の多さが貴族としての豊かさの証明なのだとでもいうように、無駄に使用人を抱えて下らない用事を言いつけるようなお馬鹿さんも魔術の国にはそれなりにいた。
もっとも、見栄を張るより無駄がないことにこそ重きを置く人の方が圧倒的に多かったので、全体的に見れば本当に微々たるものだったけれど。
この百獣の国でも、おとなりの信仰の国でも、貴族は使用人に傅かれて世話をさせるのが当然だ。
民主主義国家と名高い科学の国では貴族がいないそうだけど、それでも、富裕層の人間の中にはやっぱり使用人を雇って身の回りの世話をやらせるというのだから、客人として現れた侯爵令嬢に侍女を付けようとする陛下の判断はごく当然のもの(正確には『元』侯爵令嬢なので、別に付けなくても実際のところ問題はない)。
それに、どれだけ周囲に嫌われていようとも、仮にも皇弟が招いた客に侍女の一人も付けないのはさすがに……みたいな。
たぶんそういう事情も多かれ少なかれ含まれているものと思われる。
とはいえ、私自身の気持ちとしては、ルーの気遣いの方がありがたいなぁというのが正直なところ。
魔術の国の貴族はただでさえ自分のテリトリーに他人が入ってくるのを嫌がる人が多いけれど、私はことさらそれが酷く、なんなら実の父親にさえ自室に入られたくないタイプの人間である。
おまけに前世の記憶もあるものだから、基本的に自分のことは自分でやらないと気が済まないし、あれこれと傅かれるのがむしろ苦痛なタイプ。
そんなわけで、できることなら侍女をつけないで欲しいのが私の本音である。
父親に自室へ入られたくない云々の下りは、ぶっちゃけ父親のことを家族として認識してないからなんじゃないの? と言われてしまえばそこまでの話。
ただ、血の繋がり的にも戸籍的にもあの人が家族の括りに入ることに違いはないので、私の知らないところで『家族さえ拒絶する血も涙もない女(笑)』とあちらの国ではどうやら噂されていたらしい。控えめに言って草。
仕事中毒のあの人との親子関係をちょっとでも経験してからそういうことは言ってくれよな!
私じゃなくても絶対嫌になると思うよ!
………………どうせ私みたいに政治が絡んでたんだろうけど、よくもまあうちの母はあの人と夫婦になれたもんだなぁ。私だったら絶対やだ。
仮面夫婦はやれても夫婦の営みは断固遠慮したいし、そんなことするくらいなら分家筋から養子を迎える方向で動くね。
……仕事中毒の似た者同士だからどうにかなったのかしら。
閑話休題。
――長々とした前置きも終わりにして、そろそろ本題に入ろうと思う。
「ああ、起きてたんですね」
(うっっっっっわ)
……確かにルーから、やってくるであろう侍女に気を付けろ、と言われていた。
仕事をしないだけなら比較的無害な部類だけれども、中には、嫌がらせしてくる阿呆がいるかもしれないと。
そして、どんな嫌がらせをされるかわからないから、くれぐれも警戒を怠らないようにと真剣な様子で注意を促された。
この件に関してはニーナさまもルーの意見に同意らしく、神妙に頷きながら「使用人にはうちらが何を言っても無視されてまうから……力になれんくてごめんね」と夜のうちに謝られていた。
だから、そう、私もできうる限りの警戒をしようと思っていて。
私が寝ているうちに悪さをされてはたまらないからと、王宮から侍女が来そうな時間をルーとニーナさまに確認しておいて、その時間よりも早く目を覚ますようにしていたのだけど。
……早めに目を覚まして、寝台に腰かけて侍女を待っていたのだけど。
(マジか)
まさか本当に、侍女が無断で部屋に入ってくるとは思わないじゃん??
そりゃあ警戒しようと思いましたよ思いましたけども、『いくらなんでもそこまではしないよねー』くらいの可能性だったんだよ私の中では。
いくら嫌われ者の皇子様のお客だとしても、皇帝陛下からの指示で世話を仰せつかったのなら、陛下の顔に泥を塗らないためにも最低限のことはやるだろうって。もしくは仮にやらかすとしても、良くも悪くも何もしない、という方向でやらかすだろうと考えていて――こんな風にガチ目な方向でやらかすとか、絶句以外の何物でもない。
いやもうマジかこの女、頭やべーんじゃねーの……(ドン引き)。
「ルース皇子の指示でお仕度の手伝いに来ましたぁ。……これから陛下に謁見するんでしたっけ? ほら、ちんたらしてないでさっさと準備してくださいよ」
(――ふーん)
短い毛で覆われた丸い耳に垂れ目をした、獣人の女。
私の支度の手伝いに来たと言いつつも、いかにもやる気のなさそうな、ダルそうな態度で始終話している。
その言葉遣いは一応、敬語の体裁は残しているものの、とてもじゃないが客人に対する発言じゃない。
……この侍女は決して、私を舐めているわけではないのだろう。
そう、舐めているのではなく、私を完全に見下しているのだ。
そして、私を通してルーを見て、ルーのことを見下している。
この手の視線は散々魔術の国で向けられてきたので、この侍女が何を考えているのか手に取るようにわかった。
――有り体な表現になるが、そういう目をしている、というヤツだ。
しかもこの侍女、今、寄りにもよって私の前で『ルーの指示で』と言った。
自分は皇帝陛下の指示ではなく、ルーの指示でここに来たのだと。
その上での態度、ということは、この場で犯した自分の粗相を、不始末を、何もかもルーの責任として押し付けるつもりでいるに違いない。
(残念ながら私、そういうのはわかるのよ)
魔術の国で同じことをする馬鹿をさんざん見てきたから。
「ああ、そうだ。顔を洗うには水が要りますよね? わざわざ持ってきてあげたんですよ、私」
恩着せがましい言い回しと共に、わざとらしい笑顔を浮かべて侍女が差し出してきた盥には、確かにしっかりと水が張られている。
けれどその、肝心の水に大きな問題があった。
――ちゃぷん、と盥の中で揺れているのは、黄土色の絵の具を溶かしたように濁った水。
ほんのり香る土の匂いから、恐らくこの水は泥水なのだろうと察することができた。
(なるほど、なるほど)
客に対して泥水を出すような侍女がいる主人として、ルーを貶めたいのか。
あるいはそれとも、客に対して泥水を出すようルーが指示を出したとこちらに誤解させ、私たちの関係が破綻するように仕向けたいのか。
どちらにしても、この侍女が悪意を持って私に接し、間接的にルーにまで悪意を向けていることに変わりはない。
(私の目の前で堂々と親友を傷つけようなんて、いい度胸をしているじゃないか)
へーふーんそういうことするんだ、と自分の目が段々据わっていくのがわかる。
――吾輩は筋金入りの親友強火担過激派(※同担歓迎)の女である。
ルーには健やかに、幸せに、笑顔で毎日を生きて欲しいと常日頃考えている。
吾輩はここで初めてルーに明確な悪意を向けるものを見た。
しかも見たところ、回りくどく、陰湿に、私と彼の仲を引き裂いて笑おうと目論んでいる輩のようだ。
――ゆえにフィオナは激怒した。
必ず、この悪意の塊を除かねばならぬと決意した。
フィオナにはルーに悪意を向けるものの思考がわからぬ。
フィオナは、ルーの親友である。
彼を友と呼び、彼に友と呼ばれ、差し出された手を取り生きることを選んできた。
しからばルーへの悪意に対しては、人一倍敏感であった。
(はてさて、どうしてやろうか)
いつまで経っても何も言わず、何も行動を起こさない私に、苛立ちを隠そうともしない侍女を眺めて考える。
手っ取り早いのは悪役令嬢ムーブ全開で叩き潰すことだけど、私がどういうポジションで……具体的にはどういった地位の人間としてこの侍女に認識されているか、それが少し問題になってくる。
元侯爵令嬢の現平民として認識されていれば、何コイツ生意気じゃんってなってリアルキャットファイト(物理)に発展する可能性があるし、そうなった時に有利なのは間違いなく身体能力へプラス補正がかかる獣人。
そう考えると、迂闊に悪役令嬢ムーブは取れないし、別の方法を考える必要がありそう。
もうひとつの方法としては、魔術師らしく魔術で黙らせること。
脅しにちょっと大きめの火を出せば、生き物として本能的な恐怖を抱かずにはいられないから、さっくり黙らせることができるだろう。
……ただ、うーん、まだ一度も試してもいないので、こちらの国で魔術を使うのはちょっと怖いのだ。
今はだらだら説明をする余裕もないので詳細は省くけど、訳あって百獣の国は魔術の国より魔術が少し使いにくい土地なので。そんな土地でいつもの調子で魔術を使おうとしたら、そりゃあ失敗の可能性が大きいよね? という話。
不発に終わるとか、普段よりもちょっと小さい規模の火が出るくらいならまだしも、大きな炎が出てルーの家を燃やすわけにはいかない。
同様の理屈でほかの魔術も使いづらいし……、
(最悪、黒魔術でサクッと殺っちゃうのもあり?)
どちらかといえば、あり寄りのなしではある。
人を呪わば穴二つ、という言葉があるように、黒魔術は術者に対するデメリットもある。
だからできるかぎり、使わなくても済むならそれに越したことはないのだけど、……見せしめ的な意味でやるのは十分ありだよなぁと思うのだ。
ルーに悪意を向ければ相応の報いが帰ってくるよーと知らしめるためには、この国の人たちにとって不可解で未知な力を使うのが手っ取り早い。
魂の消滅だの寿命が削れるだの、それっぽっちのことでルーを守れるなら安いものだよなと、私は思うわけで。
(ああ、でも――)
そんなポカはやらかさない、という自信があるけれど。
もしも黒魔術を使ったことが、術者が辿る運命のことが、ルーに知れてしまったら。
……その時はめちゃくちゃ怒られるだろうなぁと、そんな気がして、少しだけ足踏みをしまうかも。
「ほっんと、これだから侯爵令嬢は」
(……へぇ?)
うーんうーんと対応に悩んでいると、侍女が舌打ちしながら悪態をついた。
マジで態度悪いなぁコイツ、と思ったのは思考全体の四分の一くらい。
残る四分の三はといえば、侍女の発言の方に気を取られていた。
(ふむ、ふむ、なるほど?)
私はここでどういう扱いになっているのか気になっていたけれど、そうか。
少なくともこの侍女の中で、私は元ではなく、真正の侯爵令嬢なのか。
「――それはとても良いことを聞いたわ」
「?」
ぼそりと呟く私は、しっかりお嬢様然とした口調。
そのまま、怪訝な顔でこちらを窺う侍女に優しく微笑みかけて、私は口をゆっくりと開いた。
「本当に質の悪い侍女だこと」
スッと表情を消した私に、露骨にビクッと震える侍女なんてなんのその。
……当然でしょ?
私の脳内では、とっくにカーンッと戦いのゴングが鳴り響いたあとなのだ。
「ねぇ、貴女。どうしてわたくしが先ほどからずっと黙っていたか、貴女にはわかるかしら?」
「はっ?」
「……そう。そうなの。やっぱりわからないのね。マァ、別にいいわ。元々期待なんてしていないから。貴女がこの部屋に入ってきた時から、それが理解できるほどのおつむを貴女が持っているとは思っていなかったもの」
寝台から立ち上がり、頬に手を当て、ふぅ、とわざとらしく芝居めいたため息をつく。
目を白黒させている侍女は依然として状況に理解が追いついておらず、必然、私の気分を損ねたことにも気付いていない。
だからこそ、こんなとぼけた反応ができるわけだけど――
ねぇ、悪役令嬢がそれを許すと思う?
「いいわ、わたくしは優しいもの。おつむの弱い貴女にもちゃぁんと教えてあげる。……わたくしはね、呆れてものも言えなかったのよ。百獣の国の皇帝が召し抱える使用人は、こんなにも程度が低いのかとね」
「っちが、私はルース殿下の指示で――!」
「だから貴女はおつむが弱いと言っているのよ。わたくしがルース殿下の客人としてこちらに招かれている時点で、この離宮には使用人がいないことも、使用人に関する権限はすべて皇帝陛下と皇后殿下にあることも重々承知しているわ。それを理解した上で、わたくしはこちらの離宮に招いていただいているし、昨晩はとっくに侍女をつけずに夜を過ごしているの。……だから当然、ここに侍女が来れば、それは皇帝陛下の指示によるものだと知っているわけ」
ここまで言えばその粗末なおつむでもわかるかしら? こてんと小首を傾げながら確認を取れば、侍女は顔色を悪くした。
……まったく、馬鹿みたいにルーに悪意を向けてばかりいるから、ルーを傷つけることばかり考えているから、これっぽっちの簡単なことにさえこの侍女は気づかないのだ。
心底呆れた、とハッキリ言葉にする代わりに冷たい視線を浴びせかければ、途端に侍女は震え上がって肩身を狭くする。
ちゃぷん、と盥の中で濁った水面が揺れ、小さく水滴が跳ねた。
美人と言うのはそこに居るだけで圧があるもの。
そして、今の私は間違いなく美人に分類される美貌を持っており、なおかつ婚約破棄モノのテンプレらしくよく言えば気の強そうな、悪く言えばキツい面立ちをしている。
そんな顔に養豚場の豚を見る目を向けられれば、よっぽど気の弱い人間だとすぐに腰を抜かしてしまうし、そうでなくとも震える連中が大半なのだった。
……え、なんで腰を抜かす人間がいるなんて知ってるのかって?
そんなの実体験だからに決まってるじゃないですか。
……冗談じゃないよ? 本当だよ?
さて、話の脱線をするのはここまでにしておいて。
もう少しだけこの侍女には、私のおしゃべりに付き合ってもらおうかな。
「――ああ! それとも貴女、実は陛下に叛意でもあるのかしら?」
「はぁっ?? な、なんでそうなるのよ!?」
「なんでも何も……そうでしょう? 本当は陛下に叛意があって、ルース殿下にこそ忠誠を誓っているから、わたくしの前でそう言ったのよね」
ぱちん、と手を叩いてにっこり笑った私に、侍女はすっかり言葉を失っている。
彼女からすればとんでもない理論を振りかざされているので当然だろう、と思いつつも、わざわざ手心を加えてやる必要性をまったく感じていないのでさっくり無視していく。
だってこいつがルーの敵なのは明らかだし、優しくする理由もないなって?
私個人への悪意とか嫌がらせなら気にしないけど、ルーに向けたものなら許すなんてありえないのである。
なにしろ私は友人強火担過激派の女なので。
「ふふ、盥に泥水を張って持ってこられた時はどうしようかと思ったけれど、ルース殿下への忠誠をほかの者たちから隠すため、ということなら仕方ないわ。そういうことならわたくしも許してあげなくちゃ。だって、殿下にもちゃんと忠誠を誓ってくれる人がいるなんて思ってもみなかったんですもの。嬉しくてたまらないわ!」
「~~~~~~さっきから黙って聞いてれば、アンタ、馬っっっ鹿じゃないの!? そんなわけないですけど!? 私が忠誠を誓っているのは皇帝陛下だけです! 誰があんな、卑劣な狐の氏族ごときに――」
「あら、そうなの。それじゃあやっぱり、このもてなしは陛下のご意向なのね」
「ッ……!」
言質は取ったぞと、嘲り嗤う私に侍女は顔を青くした。
見るからに『あ、やばい』という顔をして、盥を持つ手に力がこもり、全身を固くしたのがどれほど鈍くたってよくわかる。
(……ふーん?)
侍女の様子を見るに、どうやら皇帝陛下は本気でちゃんと、まっとうに、弟の客のために侍女をつけようとしてくれていたのではなかろうか?
あるいは弟を迫害しようとする意識はなく、本当に家族として大切にしようとしている……とか。
だってそうじゃなくちゃ、このタイミングで侍女が顔を青ざめさせるような理由はほかにないしね。
ここでの言動はすべて、この侍女の独断によるものと見て良さそうだ。
「手伝いも世話も結構。早く部屋を出て行ってちょうだい」
「……え」
「おあいにくさま。確かにわたくしは侯爵令嬢だけれど、お国柄、自分の身の回りのことはすべて自分でできるのよ。それでもルース殿下の客だからと、お優しい陛下が厚意で侍女を遣わせてくださっていたのに……こんなもてなしを受けるんだもの。本当に残念だわ」
「う、うそ、侍女を呼びつけたのはアイツのはずじゃ」
「あらあら、こちらの国の侍女は皇帝陛下の弟君をアイツ呼ばわりするのね? これじゃあ王宮の使用人も程度が知れているわ。差し出がましいことだけれど、陛下には使用人の総入れ替えを検討なさった方がいいと伝えるべきかしら」
「――」
「ルース殿下は皇帝陛下と血を分けた弟君だと、貴女、本当にわかっているの? 殿下を蔑ろにすることは、同じ血が流れる陛下を、先帝陛下を、ひいては皇室そのものを蔑ろにするも同然なのではないかしら」
「ちが、」
「誰がお前にしゃべっていいと言ったの? ……断りなく勝手にわたくしの部屋に入ってくるところといい、お前、いったい何様のつもり?」
高圧的な態度と物言いで侍女を黙らせれば、かわいそうな侍女はガタガタ震えだした。
……別に怯えるのも震えるのもいっこうに構わないんだけど、さっきから盥から零れた泥水がびしゃびしゃ床を濡らしているのよね。
誰がそれを掃除するのか、とか、このおつむが弱い侍女はちゃんと考えているのかしら。
どれほど気に入らなかろうが不服だろうが、お前がやったことなんだから当然お前が片付けるんだよな? と、一応釘だけ刺しておこうかなーなんて考えながら、口を開けば。
「っ、あんな狐野郎の情婦のくせに、さっきから偉そうにしてんじゃねーよ!」
「!」
……泥水を張った盥を構える侍女を前にして、コイツ本当に宮仕えの自覚があるのか? と疑問に思った私は思考がずれているのだと思う。
こんな時、普通ならもっと焦ったり、慌てたり、身を守ろうと身構えたりするのが普通の反応のはずで。私みたいに無防備に突っ立ってるのはきっとおかしいのだろう。
その証拠に、盥の泥水をぶっかけようとしてくる侍女は鬼の形相を浮かべながらも、どこか訝しむような目をしているから。
……でもなぁ。
「わぶっ!?」
「……」
「――っあ、……え? なんで……?」
残念ながら水浸しになったのは、盥を構えて私に向け、泥水をかけようとしていた侍女の方。
私にかけようとしていた泥水がそのまま侍女に返り、びしゃんとその顔を、髪を濡らして、ぼたぼたと水滴が床に落ちていて。
冷めた目を向ける私になどちっとも気付かず、侍女は自分の身に起きたことに目を白黒させて困惑していた。
「わたくしが戻るまでに部屋の掃除は済ませておきなさい。……自分がやったことの後始末もできない、なんて言わせないわよ」
深くため息をついたあと、私は荷物をまとめてあるトランクを片手に部屋を出た。
その際、侍女を一瞥してしっかり釘を刺すことも忘れないでおく。
私が戻る頃になっても惨事が片付いていないなら……マ、その時はその時だ。
どうせ今回の件は陛下の耳に入れる予定だし、この侍女が今後どうなるか、なんて私の知ったことじゃない。
「……それにしても、身に着けたままでよかったなぁ」
『身』を『守』り、『災』いを『返』すためのお守り。
魔術の国にいた頃も散々役立った貴族の嗜みが、まさかこちらでも早々に役立つことになるのは予想外だったなと、苦笑しながら私はニーナさまの部屋を目指した。
Tips! 【コミュ障】
吃音や発達障害等、医学的な意味でのコミュニケーション障害ではなく、あくまでも俗語の方。
フィオナ個人の気質・性格的な問題として他人と関わることが苦手だし、時には苦痛に感じることもある。ルース以外の人間に基本的に興味がなく、親しくない相手と面と向かって会話することに苦手意識がある。今は。
なお、お嬢様モードの時は長年の影響でお仕事スイッチが入るため、普通に会話ができる様子(会話できることと積極的に相手との会話を望むかは別)。
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