番外編 聖女の品格
乙女ゲームのヒロインと悪役令嬢のサブストーリーです。
こんなのもあり??
お楽しみいただけると嬉しいです。
「まーりあちゃんは、せーいじょー。きょーうのおつとめ楽しいなー。たらったらったらったたー」
王都の中心部、中央神殿へと続く石畳の大きな通りを、歌いながら踊るように抜けていくのは、ピンクの髪の聖女、マリアだ。
古くから門前町として栄えたこの通りには、小さな商店が立ち並び、人通りも多い。
マリアはパフォーマンスも兼ねて、少し手前で馬車を降り、人々に声をかけながら神殿へと向かう。
「マリア様ー。今日もかわいー」
「ありがとー。マリアうれしー」
「マリアちゃーん。ポーズ決めてー」
「てへ。きゅるん? こおんな感じ?」
「さいっこー!!」
「やーん、みんなもさいっこー。っあいたっ」
ノリノリでポーズを決めたマリアは、後頭部を扇で叩かれて、頭を抱える。
一人で先に行ってしまったマリアを、ぜいぜい言いながら追いかけてきたのは、クローディアだった。
「あなたっいい加減になさいなっ。聖女の品格をなんだと思ってらっしゃるの」
「ひーん、お姉さまいたーい。でも、マリアを叱ってくれる、お姉さま、大好き」
「なっなな、あなたはっもうっ」
「おおっ尊い。聖女様二人の微笑ましい絡みが見られるとは。ああ、わざわざこの時間に来たかいがあった」
マリアは、ちゃんと分かっている。
マリアが大げさに痛がったり、少しでもクローディアに反発すれば、民衆の怒りがクローディアに向いてしまう。あっという間に悪役令嬢のできあがりだ。
マリアの大好きなクローディアをそんな不幸な目に合わせられない。
だから、クローディアに懐いて見せる。
民衆の気持ちをうまく逸らして百合のデュオを応援したいという気持ちに誘導するのだ。
そして、民衆は、特に男たちは百合が大好きなのだ。これを利用しない手はない。
「お姉さま、ファンサは重要なんですよー」
「ちょっと何を言ってるかわからわないわ」
クローディアは、絡みつくマリアに邪険な回答を返しながらも、決して振り払うことはない。
実はそんなところもマリアは大好きだったりする。
「もうっ、高貴さとか品格とかツンデレ担当はお姉さま。マリアは親しみやすさとかあざとかわいい担当って決めたじゃないですかっ。そんなにぜいぜい言ってたら、お姉さまの高貴さが台無しですわ。ささ、こちらに座って」
「やっぱり何を言っているか分からないけれど……あら、気が利くのね。ありがとう」
マリアは、周りからよく見えやすいベンチにクローディアを移動させて座らせる。
ちなみに、周りの人だかりは、聖女デュオの追っかけである。
マリアがこの体制を敷いてから、確実にマリア達を推してくれるファンが増えた。
「はい、お姉さま、これをお飲みになって。レモンと蜂蜜を炭酸水で割ったものだそうです」
「あら、変わった容器ね。街ではこんなものが流行ってるのね……けほっけほっ」
「あら、お姉さまおこぼしになって」
マリアがわざとこぼれやすいカップで渡したのに疑わない。ちょろいところもマリアのお気に入りだ。
いやだわ、恥ずかしいとあわててハンカチを取り出そうとするクローディアの手首をマリアはキュッとつかむ。じっとクローディアの顔を覗き込むと、クローディアの顔は、恥ずかしさからか照れて赤くなり、そっとマリアから目を逸らした。
そのしぐさと表情は、確実に民衆のツボを捕らえているはずだ。
ごくり、と周囲から生唾を飲み込む音が聞こえてくる。
(お姉さま、ぐっじょーぶ!!)
「マリアが拭いて差し上げますわ」
「あ、あら、ありがとう」
マリアは、そのままクローディアの顔に顔を近づける。
(ふふん、これこそ、民衆が求めているもの。百合プレイ。これでマリアとお姉さまの聖女デュオの人気は爆上がりよっ)
マリアは、クローディア様が口の端からこぼしたレモン水をなめとろうと、クローディアの頬に唇をよせた。
「そこまでだ。マリア嬢」
「ぴぎっ」
「まあ、オスカー様」
「ほう。マリア嬢は何を怯えた子ネズミのようになっているんだ? まるで悪だくみが見つかった時の反応のように見えるが」
(違うわよっ。首根っこをつかみ上げられたら誰でもそうなるわよっ)
「オスカー様、そんなことをおっしゃらないで。マリアは私がこぼしてしまった飲み物を拭いてくれようとしただけですのよ」
ぜいぜいと気道を確保するマリアの背中をなぜながら、クローディアは優しくマリアを擁護してくれる。
クローディアの、そんな風にきちんと公平に物事を見られるところもマリアは大好きだ。
ちょろいけど。
「あの、私が、はしたなくて、がっかりされました?」
「そんなことはない。ただ、そなたの愛らしい顔に触れる権利は、私だけのものにしておきたくてな。――マリア嬢、その役目は婚約者たるこの俺に譲ってくれるな」
「はい、異論はございませんっ」
既にこの場は、王太子の登場に持っていかれてしまった。
いつの間にか場の雰囲気は、百合デュオではなく、ロイヤルラブロマンス状態で、周りの群衆は恋する乙女たちで埋め尽くされている。
(まあ、お姉さまのためにはこれもありだわ。でも、マリアはたっいさーん)
「マリア嬢」
「はひっ」
「君が聖女になってから、色々な事件が起き、聖女としての修練をとる時間を与えられなかったのを、私は王太子として非常に心苦しく思っている」
「はあ」
「そこで、君は、クローディアもかつてこなしていた『行』を行ってみてはどうかな」
「え、『行』って何、『行』って」
「そう、そうですわね。いい考えですわ。オスカー様。あれをこなせばマリアも、少し精神的に落ち着くのではないでしょうか」
「ちょっと待って嫌な予感しかしな……」
「心が鍛えられれば、今後ますます聖女としての活動に深みを持たせ、品格を増すことができるでしょう」
「ねえ話をきい……」
「ええ、それでは、私、手配いたしますわ」
とんとん拍子に話は進んでしまった。
後日判明する。
行とは、水行・火行・山行の事だった。
水行とは、水垢離・滝行。
火行は、火渡り。
山行とは、山駆け。
他にも、写経・読経・座禅
(ちがーうっ。なんか世界観違うから!!)
マリアは精神の深みではなく、肉体的な逞しさがレベルアップした。
◇◇◇◇◇◇
「兄上、やはりあの者が聖女というのは問題があるのではっ」
「まあ、あるだろうな。あの者だけでは問題だろう。しかし、物事には適材適所という言葉がある。クローディアがうまく御するだろう」
オスカーの執務室に駆け込んできたのは、弟の第二王子ラッセルだった。
おそらく、マリアが聖女の試練である数カ月にわたる「行」に送り出されたということを聞いたのだろう。
「しかし、彼女はっ、あのような者、聖女に向いているとは思えません。クローディア様がいらっしゃるのですから、もはやあの者は不要なのでは」
「お前の言い分は分かる」
ラッセルの言い分は、痛いほどわかる。しかし、彼の想いをすぐに叶えるわけにはいかないのだ。
「しかし、国が落ち着くまでは、此度の件で活躍した聖女二人の体制は続ける必要がある。……悪いな。さすがに聖女と王族が兄弟続けてすぐにというわけにはいかない。お前が行動に移すのは、少し待ってもらうことになる。余計な虫がつかないようにすることぐらいしか力になれなくて済まないな」
「……っ」
ラッセルの頬に赤みがさす。
オスカーが、マリアを数ヶ月、人里離れた場に修行に出したのは、この弟の気持ちを慮っての事だ。隣国のパーセン家子息に向けるマリアの気持ちを知って、弟がやきもきしていたのを知っている。
「ラッセル、実はちょうどお前を呼び出そうとしたところだった。聖女の修練所近くの国有地に鉱山が見つかった。一ヶ月後、調査隊を派遣する。お前が指揮を取れ」
「はっ、はい! 拝命致します」
ラッセルは、来たときとは全く逆の表情で執務室を去っていった。
お節介は、血筋かもしれない。オスカーは、素直になれない弟の後ろ姿を見送りながら、もう一人の弟の姿を思い浮かべるのだった。
「あいつにも何か後押しをしなければならないかな」
おそらく、とある魔女がその表情を見たら、その腹黒さもきっと血筋だ、と叫ぶに違いない。
マリアも一応モテモテ、というお話でした。
いったん、完結とします。
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