Bサイド:『盤外戦術』
冒頭にチョッチ導入部を追加した。
(※注釈)導入部
地方の県立中学校で良くある部活動。何事にも何かを導入する。
昨年の全国大会優勝は、羽田空港発サンフランシスコ便離陸地点でファイヤーリンボーの導入に成功した初出場中学校であった。
更に修正。
パーティ会場の公爵家騎士の待機説明で書き洩らしがあったのです。
フンガー!
みなさんどーも。
マルグリット・フォン・ベルクハイム子爵令嬢です。
在学中の四年間、のほほんと鼻ほじりながら過ごしてきた訳ではありません。
その辺りを強制的にお教えしましょう。
耳の穴掻っ穿って聞きやがれでございます。
――【天の声(仮)】さんの声が聞こえ始めてから、私は色々と分析をしました。
幸いにも、私が【天の声(仮)】さんの声に影響を受けなかった事も後押ししました。
『[キャラクタ:名称未定]は物語に影響しない事を確認。対象から除外します』
対象から除外する、と言う言葉から私が【天の声(仮)】さんの影響を免れたと判断しています。
しかし、未だ以って私だけ【天の声(仮)】さんの声が何故聞こえるのかは解明出来ていません。こんな過去事例があるはずもなく。
謎多いな! せめてモチッとヒントよこせやゴルァ!
私は研究や分析が大好きなので、そのために学園へ入学したのです。
学園の重要文書保管室には貴重な文献や学術論文など、これでもかと集められているのです。
天動説派と地動説派の争い合ってる論文とか所蔵してるんだぜ!
見たい!
高等数学で最近発見された数式の論文が転がってるんだぜ!
見たい!
物質化学で、化合や燃焼についての実験論文が売るほどあるんだぜ!
見せろ!
あ、分析結果と考察は、逐一実家へ報告しています。
発生した[イベント]の内容と結果も可能な限り一字一句を再現して。
まずは、声が聞こえた時に起こる事件と不条理がどのように影響するのか調べました。
そして、人々に施された異常がどのように変化するのか。
効果範囲、効果期間、私のように声が聞こえる、或いは声の影響が及ばない方の有無。
最初に常識が塗り替えられるのは、事件が起こった場所の名称を一単位とした範囲内でした。
例を上げれば、教室、ダンスホール、食堂、学園寮など単語で表せる範囲です。
そして、ほぼ一日キッカリで効果範囲が区画レベルに広がります。
こちらは、学園、貴族区画、商業区画など特定の範囲を一括りに纏めて表した呼称が対象です。
その後は二、三日かけて区画からジワジワと王都全域に効果が広がります。
それ以上、効果が広がらないのはせめてもの救いでした。
しかし、一度効果が出ると王都内では持続します。
王都、と言っても王都最外壁までです。外壁の外に移民の方々や、城壁内に住居を得られなかった移住民の方々が生活するバラックには効果が及んでいませんでしたから。
仮説ですが、固有な名称が付与され、且つ人々の生活圏内を取り囲む構造を持っている単位が効果範囲ではないかと。
人口が増える度、更に外壁の外側を大きく取り囲むように新たな外壁を造って来た王都は三重構造となっています。一番外側を外壁と呼び、旧外壁は第一内壁、第二内壁と名称を変えてきました。不条理な非常識の効果は、その名称単位を一つの区切りとして広がっていきます。
だから、所属も曖昧で、取り囲む構造をしていないバラックが対象にならないのかと。
王都郊外の農家宅などにも効果は及んでいませんでしたので、取り囲む構造は連続的に繋がっている必要がある、と推測しています。
物理的ではなく、認識的に、です。そうでなければ、大地と空は世界中に繋がっているのですから国と言う単位で効果範囲となっていた事でしょう。
実は、この時点で王都の別邸に勤める使用人たちを実家に戻し、別邸は売り払って学園寮に引っ越しました。何か起こった時に身一つですぐ逃げ出せるように。
当然、使用人たちは非常識に塗り替えられていたので、王都から離れた地では症状が回復するかの実験を兼ねています。
酷い扱いやもしれませんが、回復することを願っていたのは本当です。
実験結果が出るまでは一年かかりました。
王都から離れ、キッカリ一年でいきなり毒が抜けた、と。
非常識になる症状は呪いなのか、洗脳なのか、はたまた奇病なのか全く解明出来ませんので、ただ単に「毒」と名付けられました。報告なども「毒」と表現するように統一されています。
その毒が抜けるまで、仕事などを与えて只管打ち込ませていたとの事です。そうしないと常識の破綻した役立たずが不条理な行動を撒き散らしながら徘徊するので住民から苦情が山ほど出るとの事でした。
今後、同じ症状は隔離して療養させるのが最適解っぽい?
学園に入学してから半年も経った頃、二回目の[イベント:悪役令嬢]が発生した時の事です。
【天の声(仮)】さんの声を聞きながら、現場に急いで向かっていたのですが、驚くべき内容が聞こえてきました。
【公爵令嬢:ミネルヴァへヒロイン阻害ルーチンを起動しました……拒絶されました】
そう。拒絶です。
ミネルヴァさまは、【天の声(仮)】さんが強制的に施す操作を自らの意思で跳ね除けたのです。
これはもしやと、私はミネルヴァさまに接触。
予想通り、ミネルヴァさまの理知的な目が曇っておりませんでした。
だから思い切って何が起こっているのかを打ち明けました。
ぶっちゃけ突飛すぎて、打ち明ける本人も疑心暗鬼なのが笑いどころでしょうか。
始めは驚きの眼でお聞きになられていたミネルヴァさま。
その時の私は鬼気迫る勢いで捲し立てたらしく、尋常でないほど必死な様子だったそうです。
だからこそ、信じるに値すると仰られました。
話の真偽より先に人を見て判断するなんて、器が違います。
【天の声(仮)】さんをグチグチと詰ってた記憶も朧気にあるのですが……。
うん、気にしない! 気にしたら負け!
信用して頂けたので、エレーミアさまが今まで熟していた十ほどの[イベント]と、それが齎す影響を事細かに説明しました。
ミネルヴァさまは、密かに感じていた常識への違和感が何であったのか一頻り納得されていました。
常識が改変されていたにも係わらず、そこに疑問をお持ちだった事に驚きです。
余談ですが、疑念が晴れたミネルヴァさまに不条理な非常識で塗り潰そうとも、二度と通じなかった事を付け加えておきましょう。
さすがミネルヴァさま! さすミネ!
そこからは私が現時点まで分析した結果を情報共有して、二人で今後の方針を決めました。塗り替えられる常識をどのように乗り切るべきか、我々の範疇で対応出来るのか。何が起こるか判らない漠然とした不安を抱えたままですが、二人で立ち向かっていく事を誓い合いました。一人だと限界があるのですよ。
この時、既に王都内でも常識が塗り替えられている事柄がジワジワと影響し始めて、色々と不具合が起こりつつありました。
学園内は二人で乗り越えようとも、王都全体に広がる非常識をどうにかするなどは不可能です。王都内で自由に動けるのは二人きり。どうあっても手が足りません。
ですから本格的に外部の協力を仰ぐ事にいたしました。権力と資金力に物を言わせる方法です。
ミネルヴァさまのお父上であらせられる公爵殿下と子爵である私の父へ、王都以外の領地貴族家に異常事態の情報共有と、不測の事態へ備える旨など諸々の調整をお願いしました。
公爵殿下は絶大な発言力をお持ちであり、当家は貿易で外貨を稼いでますので王国一、二を誇る資金力を持っています。両家とも大抵の事は押し通せる力があります。
フハハハハ、その力を存分に奮いたまえ!
……うん、ちょっと言ってみただけ。
父達が裏で動いている間、私達は[イベント]の分析と実験に明け暮れ、情報の精査と確度の向上、蓄積に励んでいました。
ミネルヴァさまも王都の領主邸を引き払い、単身で学園寮に入寮しましたので、二人の時間を合わせ易くなりました。何か有れば直ぐにお部屋へ行けばいいのですから。
エレーミアさまを中心に、王太子殿下、侯爵家のジョルジオーリさま、辺境伯家のユミールさま、伯爵家のダルタリアスさまと入れ代わり立ち代わり[イベント]が発生します。結構な頻度です。
その全てをコッソリ観測するのは骨が折れました。
蓋を開ければただの覗き見ですって?
それがなにか?
開き直った私は無敵です。
臆面もなく淡々と[イベント]を観察し、情報の解析と[イベント]の傾向と対策を練っていました。
エレーミアさまが殿方との出会いから[イベント]の回数を重ねるごとにお相手と段々距離が近づいていくのですが、四名の殿方それぞれと親密になっていきます。その内にお身体へ触れ合うまでになりましたが……。
殿方諸君、あなた方は婚約者がいらっしゃいましたわよね? この件をお父上がお知りになられたらブッとばされる案件でございますわよ?
まあ、【天の声(仮)】さんから知能低下させられてますし、既に倫理観もブッ壊されてますから、そんな事も判らなくなっているのでしょうね。
ミネルヴァさまの婚約者であらせられる王太子殿下が、エレーミアさまと仲を深める[イベント]が何度か発生したのですが、ミネルヴァさまご本人には詳細を話し辛くて堪らんですたい。
何て思ってたら、ミネルヴァさまと件の[イベント]を一緒に見る機会があり、王太子殿下に興味無さそうなミネルヴァさま。ご自身の婚約者が明らかに不貞をされている現場ですのに。
まるでいつも通りでしたの思い切って聞いて見ました。
「よろしいのですか、ミネルヴァさま。王太子殿下とエレーミアさまの距離感はご友人の域を越えられてますわよ?」
「ええ、どうでもよろしいかと。ガルシアさまとは七歳の時に婚約が誓約されましたが、真面にお会いしたのも二度だけですし。特に感じ入る事もございませんわ。所詮、婚姻は貴族の仕事ですもの」
それに今の異常事態では婚約解消は時間の問題ですから、と。
婚約者に情けの一欠けらも無いようです。うーん、ドライ。婚姻により無血で支配国をどんどん広げるハルスブルク家のようにドライです。
ある時、実験をいたしました。第三者の私がミネルヴァさまの無実を証拠付きで王太子殿下と側近の方々へ証言しましたが、話を聞かない以前に、それすら起こってないものとして誰も見向きさえしない結果となりました。
ならばと、[イベント]の最中で証言をした際も、私は居ないものとして[イベント]が進みました。
ただ、エレーミアさまだけは反応します。
「誰よコイツ。こんなキャラ知らないわ。なんでミネルヴァを擁護してるのよ。何よ、バグ? ボツシナリオかしら」
一応、私の声は届いているようです。
「ウザイわね、コイツ。消せないかしら? チッ、プレイヤーがイベントに無い事するのは危険ね。フラグが変わるかもしんないわ。やり直しが効かないんだから余分な事は出来ないわね。ホンッと忌々しい」
そこはかとなくヤヴァ気な雰囲気をエレーミアさまから感じたので、私は他の方々と同じようにNPCルーチンが働いているフリをしてその場をやり過ごしました。
実験結果をミネルヴァさまと共有した際、私がエレーミアさまと接触するのは危険であると言う結論に至りました。
ミネルヴァさまの提案で、私は[イベント]への関与はせずに、外部から[イベント]全体の把握を努める事に集中。エレーミアさまの視界に入らないように細心の注意を払って観測者になります。
エレーミアさまが私を排除する[行動リクエスト]を申請する危険性があるからです。これが承認されると、【天の声(仮)】さんの声を聞ける唯一の存在である私がいなくなります。それは詰みになるのです。
私はスッポリその事が抜け落ちとりました。マジあぶねえ。
三度、[イベント:悪役令嬢]が起こった時のことです。
ミネルヴァさまに今度は思考ルーチンなるものが施されました。
それはミネルヴァさまの意思力を以ってしても、最初の一言を抗えませんでした。その一言だけ自身の意思ではない言葉を発して仕舞うのです。
なので、二人であれこれ検討した結果、ミネルヴァさまが二言目で対処することに決まりました。一言目が意志とは関係なく発せられたとしても、今までの[イベント]を調査した結果、最初に不都合となる言葉を切り出す事は無いと見越したからです。
ミネルヴァさまへの思考ルーチンは頻発しました。それ以外の【天の声(仮)】さんから施される命令?は全て跳ね除けていらっしゃるからでしょう。スゲェ……さすミネ!
時たま訳の判らない[イベント]が発生する事もあります。[三段消しを二回実行せよ!]とか[Bボタンダッシュ!]とか。対象者がエレーミアさまの時だけしか発生しないのですが、その場合は大抵エレーミアさまがいきなりピョンピョン飛び跳ねたり、駆け足で庭園を往復したりと言った奇行を繰り返していました。そうかと思えば全く反応しない事もあります。
訳の判らない[イベント]は、常識の塗り替えなどの影響がありませんでしたので、他とは違う位置付けなのでしょう。
エレーミアさまが伯爵家のダルタリアスさまと二人で励むくらい親密になられた時の事です。
[イベント]で[真実の愛]なるものが発生しました。
ダルタリアスさまの婚約者であらせられるディートリント伯爵令嬢と婚約解消が成ったのですが、その経緯が酷でえ。
「ディートリント……。君とは結婚することが出来ない。私は真実の愛を見つけてしまったのだ」
「真実の愛でございますか? ダルタリアスさま」
ホント、何言ってんだよダルタリアスさま。
「私は、こちらのエレーミア嬢と深く愛し合っているのだ! もう、自分の心に嘘は吐けない! 愛がない婚約は白紙にしてくれたまえ」
「ごめんなさい、ディートリントさま。私がダルタリアスさまと出会って仕舞ったばかりに……。でも判って下さい! 私達は愛し合っているのです!」
貴族家の婚約解消理由にならない台詞が出ました!
「ああ、ダルタリアスさま……。わたくしが至らなかったばかりにお二人のお心を炒めていたのですね」
「君のせいではないさ。真実の愛は何者にも妨げる事は出来ないものだから」
ちょっとディートリントさま、「炒めていた」って何だよ! 【天の声(仮)】さん! 言わせる台詞が支離滅裂なんだけど!
「ああ、わたくしにはお二人を引き裂く真似は出来ませんわ……。わたくしは、おとなしく身を引かせて頂きます。お二人がお幸せになられることを陰ながら祈っております事を忘れないでくださいまし」
「さようなら、ディートリント。今迄ありがとう」
「ディートリントさま、ダルタリアスさまのことはお任せください! 必ず幸せになりますから!」
ここは身を引く場面じゃないでしょうが!
政略婚姻なんだから個人の気持ちは関係ないだろ!
それにダルタリアスさまの有責で婚約破棄になるんだから分捕れるモノは絞り取れよ!
と、まあ何時もの如く、理屈や道理をも素っ飛ばした不条理で非常識が罷り通るんですが……。
【天の声(仮)】さんも[イベント]開始の声でエレーミアさま以外の対象者の方々に知能低下や思考ルーチンなどを施してますんで。
なので、在り得ない珍妙な会話で着地点が明後日な結果を受け入れて仕舞う事が頻発する訳で。
あまりの事にお腹が痛くなります。
一番ヤヴァかったのが、辺境伯家のユミールさまで発生した[イベント]で[侯爵家の断罪]ってタイトルからして不穏なヤツ。
ユミールさまの婚約者であるコルネリア侯爵令嬢が、エレーミアさまの実家を不当に貶めて取り潰そうとしたって話なんだけど……。
エレーミアさまの実家は、街道や上下水道などの建築設計と建築監督をする職人の棟梁です。正確な測量技術と高等数学を用いた複雑な計算が必要なので技術と知識を併せ持つ上級職です。
エレーミアさまが平民枠の特待生に選ばれたのも、高等数学や設計技術を両親から叩きこまれていたからです。学園は大学準拠ですから、一定水準の知識レベルがなければ入学出来ませんので。
つまり、ぶっちゃけ平民だけど領主――この場合は王家――が直接お抱えするエリートです。他領の貴族家がどうこうするはずないんですよ。
ところが追加でコルネリアさまの侯爵家は、横領や重税、果ては人身売買に手を出していると出所が謎の証拠と共に家ごと断罪しておりました。
もちろん、事実無根の冤罪です。
しかし、それが事実として王都内では認識されるのです。
一週間後、侯爵家に対して国王陛下から財産と領地没収、および廃爵の沙汰が降り、コルネリアさまと侯爵家の方々を捕縛するため王国騎士団が動きました。
ホント、お腹痛くなります。
これ、濡れ衣を着せられた侯爵家が普通に挙兵する戦争案件です。
実際、戦争は起こりませんでしたけど。
コルネリアさまと王都の別邸に住まわれる方々は、陛下の勅命が出る前に侯爵領へ引き上げて頂きました。このあたりは大公爵の令嬢であるミネルヴァさまに音頭を取って頂きましたので、すんなり事が運びました。
後は王都外壁の外に母の生家から一族直轄の諜報暗殺部隊を連絡の繋ぎ目的で、二部隊ほど借りてバラックに紛れてもらってます。そこから事の次第を早馬で侯爵領とミネルヴァさまのお父上にお伝えいたしました。
侯爵領へ王国騎士団が向かいましたが全員捕縛されています。
これは、ガルシア王太子殿下の[イベント]で[武闘大会]なる、毎年開催されていると【天の声(仮)】さんが捻じ込んできた武技を競う大会がいきなり勃発した影響です。
相手が一度攻撃するまで自身は行動しないと言う、攻撃を交互に繰り返す茶番が騎士団にまで効果を及ぼしていたのです。
ですから、王国騎士団が攻撃しても防御すれば、こちらが攻撃するまでは何もしない特性を利用して捕縛したとのことです。全身鎧の騎士だけで構成した領軍が迎え出てましたので、剣の一撃を受けたくらいでは怪我すらしてません。王国騎士団側で落馬をした騎士が打撲したくらいです。
王国騎士団の方々は毒抜きのため、部隊単位で各領の隔離療養所に入れられています。
茶番もここまで来ると喜劇を通り越して単なる子供の遊びです。
言い忘れてました。婚約破棄された他のご令嬢もミネルヴァさまから自領へ戻るよう指示を出して頂いてるんで、今頃は隔離療養中じゃないですかね。
各御領主さまにも[イベント]については情報共有していますので、王都での『婚約破棄』は不名誉とはされません。それは、子息が『婚約破棄』をしでかした辺境伯殿下や伯爵殿下にも該当します。
子息は加害者ですが意思を塗り替えられた被害者でもあるので、お相手の貴族家と話し合いの結果、婚約は双方に非がない白紙撤回の扱いにする方針が決まりました。
とは言え、子息達は例え操られていたとしても責任が生ずる立場です。事が事だけに廃嫡となるでしょう。
ジョルジオーリさまのお父上である侯爵殿下は、王城にて宰相の職に就かれています。残念ながら王都の毒に浸されておりますので、常識的なご判断は既に出来ない様子です。伺った話ですと、宰相殿から送られる書簡は、政治を上辺だけ少し知っている者が得意顔で記述したような、実利が伴わない稚拙な内容に辟易したそうです。
ご領地は代官として侯爵殿下の弟君が治めていますので、事態終息後はそのままご当主に繰り上がる事が決まっているそうです。
二年目、三年目ともなると、【天の声(仮)】さんの[イベント]が幾つかのパターンに分類できました。基本はエレーミアさまが必ず[イベント]の中心となりますが、分類ごとに対応の定型化が出来たので、大分楽に……!
しかし、夜に発生する[イベント]!
お前はダメだ!
私が重要文書保管室に入り浸る時間を奪うんじゃねえ!
そう。夜に[イベント]発生する事があるんですよ、これが。
その場合、単発でって事は無く、別の[イベント]から派生して行きます。
大抵、ちょっとした日常生活[イベント]から殿方との逢瀬[イベント]に繋がり、そのまま夜に合体[イベント]と言う流れ。
これが最近では一番多く発生する[イベント]パターンです。
日常生活[イベント]から何日後に逢瀬の約束をする場合だと、逢瀬[イベント]まで日が空くので調整し易いですが、一日で全てを熟されると非常に鬱陶しいです。
次に多いのが悪役令嬢[イベント]です。ミネルヴァさまが【天の声(仮)】さんの声を跳ね返されるので、エレーミアさまが自作自演をする事になる[イベント]になりますが……。
こちらはエレーミアさまがやらかした自作自演の証拠集め、ミネルヴァさまのアリバイ立証で、作業自体は多いタイプです。しかし、やることが決まっているので精神的にも負担は少ないので楽な部類に入ります。
そして、厄介なのが常識を塗り替えられる[イベント]と、物理的に被害が出る[イベント]です。
常識が変わるタイプは、大きく常識が改変される場合、個人レベルの影響は少なくなる傾向です。個人へ直接影響する場合、差分をしっかり認識すれば日々の生活は何とかなります。逆に改変された常識を利用して有利に事を運べたりもします。
問題は物理的に被害が出るタイプ。
効果範囲が区画単位や王都全域に渡る[イベント]もありました。
困ったことに内容が危険を孕む事が多々あります。
例えば十日後に商業区画から疫病が発生し王都は全滅するとか、何月何日に教会区画から火災が発生し全焼するなど、かなり殺意マシマシの事件がありました。そんな事件は発生まで時間的猶予もあり、【天の声(仮)】さんが[イベント]開始の声と共に防ぐために必要な行動のヒントを教えてくれるのですが、それを片付けるためにミネルヴァさまと二人で奔走する羽目になったり。
そんな凶悪極まりない[イベント]は、エレーミアさまが率先して対処することは少ないので私達で解決して事なきを得ましたが。
エレーミアさま、放置してましたけど王都全滅になったらどうすんですか……。
こうして私達は四年間を茶番と不条理に耐えながら乗り越えたのでした。
その間、公爵殿下へは最速で詳細な報告をしておりました。
年々、国として機能しなくなっていくハーノヴァ王国に公爵殿下は三年目でついに決起いたします。
水面下で領地貴族を纏め上げており、ハーノヴァ王国領地貴族の総意として王国からの脱却を皇帝陛下へ上申なされました。
ハーノヴァ王都を包み込む前代未聞の異常事態についても、当然ですが皇帝陛下へも都度お知らせが届くようになっております。本件は非常に重く受け留めてくださりましたので、すぐさま事態の収束に動かれました。
皇帝陛下を筆頭に七名の選帝侯、帝国内でも重要な地位にある王国の国王陛下や領主殿下、更に法王猊下にもおいで頂き、議会が幾度となく開催されました。状況により、帝国に隣接する他国の領主閣下や、子女を学園へ留学させている他国の貴族当主閣下なども議会に参加する事もありました。
当然ですが、当事国の統治者であるハーノヴァ国王陛下も議会に招集なされました。しかし、数年ですっかり毒されていた陛下は、もはや政治を執り行う者の姿ではなくなっていたそうです。
その結果、ハーノヴァ王家に統治能力は無いと決断が下されます。
呪いとも言える異常が横行しているハーノヴァ王国は解体も已む無し、と議決されたのが学園三年目のことです。
後はハーノヴァ王国が解体されるため、貴族家が本格的に離反し始めました。領地ごと所属国を変えたり、公国や侯国として建国したりと、王都以外は慌ただしい一年でした。
それに合わせて、学園に入学している貴族領の子女達が、別邸などの使用人ごと王都から領地へ呼び戻されています。
ハーノヴァ王家に国家解体の令は通達され、王都民にも御触れは出ています。しかし、国がなくなることは在り得ないと、王都に住む誰しもが笑い飛ばしています。もちろん、直接書状を受け取った王族の方々もです。常識の改変が最も恐ろしく感じた瞬間です。
そして、学園生活最後を締め括る卒業パーティー。
ミネルヴァさまと私は【天の声(仮)】さんが必ず何か仕出かすと予想していました。
学園入学の日に【天の声(仮)】さんが[物語を開始します]と言っていたのですから、高い確率で学園卒業の今日、『物語』が終わると読んでいたのです。
人が集まる場所で[イベント]が始まれば、不測の事態が起こった場合に対応するための手が足りません。
ですので、公爵家から騎士をお借りし、パーティー会場の入り口外で待機して頂きました。[イベント]発生時、最初に効果が及ぶのは『パーティー会場』の単語で表せる範囲です。更に[イベント]開始タイミングで効果範囲内に居合わせなければ、キッカリ一日後まで影響は及ばない事を判っているのです。
公爵家の騎士は、公爵殿下から事情を知らされている精鋭の方々です。王都の非常識には毒されないよう、今日の朝に王都入りをされています。正常な判断を出来る方々がお味方に付いて下さいますので、ミネルヴァさまを安心してお任せ出来ます。おかげで私は観測者として[イベント]に意識を集中させられます。
案の定、[イベント]は発生しました。婚約破棄に国外追放などとアタマノオカシイ内容でしたが、常識など通用しない【天の声(仮)】さんなればこそ、です。ほんとマイペースだな。
王太子殿下が衛兵をお呼びになりました。
公爵家の騎士が先んじて行動します。
これは予め、騎士や衛兵が呼ばれる事態になった場合の対処として決めていた事です。
王族への不敬など無視して真っ先に駆け付けることが最善ですから。
どうせ連中の常識はおかしくなってますし。
そのまま公爵家の騎士に連れられ、ミネルヴァさまは退場いたします。
後は[イベント]が終わるのを待つだけです。
その終了までが苦痛でしたが。
予想通りに『物語』が終了しました。それも『全て終了』です!
さすがにその声を聞いた時はイヤッフーと飛び跳ねそうになりました。
脱兎の如くパーティー会場から逃げ出し、学園外で待機しているミネルヴァさまと合流しました。
『物語』が『全て終了』したのです。
ミネルヴァさまと共に戦い抜きました。
不条理に苛まれ、ずっと気を張り続け、心安らぐ時がなかった四年間。
ずっと終わりまで只管に耐えていました。
この時が来るまで。
さあ、こちら側の[イベント]開始です!
ザマーミロ、【天の声(仮)】さん!
公爵家の馬車が爆走します。
貴族区画を抜け、市民区画を通り抜け、職人区画を後にします。
王都をぐるりと囲む外壁を抜けました。
騎兵の間を走り馬車は停止します。
隊列が見事な軍隊の中央に、一際装飾の美しい全身鎧を纏った騎士がおいでにならせられます。
如何にも司令官!と言った風貌で、視線はこちらへ向いています。
「お父さま! ただ今戻りました!」
「おお、ミネルヴァ! 事は成ったのだな。そちらがマルグリット嬢であるか。今迄の助力、まっこと感謝いたす」
「車中より失礼いたします、公爵殿下。マルグリット・フォン・ベルクハイムに御座います。こちらこそ、異例の事態に係わらず迅速にご対処頂き感謝いたします」
ど う よ (*`ω´*)
私だって貴族語くらい使えますの事よ!
い、一応、貴族だからさ (´Д`;)
今ね、混成軍の総指揮官であらせられる公爵殿下と合流したのでございますよ。
ここには各貴族領からはせ参じた領軍や、皇帝陛下直轄の騎士団、公爵殿下の騎士団が合わせて三万。全てを精鋭で揃えたと聞いてます。
それが王都の各門を取り囲んでいるのでございますのよ。
これが私達の[イベント:王都終了のお知らせ]です。
全ての事が終わり次第、ハーノヴァ王都の王族、貴族を可能な限り捕縛。
そして、各地に造られた隔離療養施設へ移送する、って算段になってたのですよ。
一番の目玉はエレーミアさまの捕縛。
この一連の事件は、彼女を中心に回ってたんですもの。
なんてったって、[イベント]が起こるときに『ヒロイン:エレーミアの行動リクエストを承認します』なんて、エレーミアさまが【天の声(仮)】さんに何かしらの申し出をしたと見える言葉が頻繁に登場しましたから。
どう見ても事件と関連性があるので、聴取は必須です。
国が一つ亡くなるほどの大騒動なので、厳しい取り調べになるでしょう。
騎士達が王都に滞在出来る時間はキッカリ一日。
それ以上は【天の声(仮)】さんが放った非常識に毒されますから。
終わった後まで傍迷惑だなコンチキショウ!
非常識対策として軍を半分こにして、二日間をかけて捕り物をすると聞いています。
普通だったら政府中枢を全員捕縛すれば、国の運営が成り立たないのですが……。
既に破綻してるし!
政治機構が機能してないし!
王都民を見殺しにする訳にはいかないので、まず一年間は物資の供給をする手筈になっています。同時に王都を封鎖し、人の出入りを完全に止めます。王都を丸ごと隔離療養所にして住民が回復するか実験も兼ねています。
『全て終了』したとは言え、渦中にあった王都、いえ、もう旧王都ですか。この場所自体がどのくらいで回復するか誰も判らないので。
だから実績のある年数で、まず一年なのです。
「後は我々に任せたまえ。二人には苦労をかけたな。公国にて迎え入れの準備を済ませておる。ゆっくりと心労を癒すが良かろう」
「お心づくし、ありがとうございます。公爵殿下。お言葉に甘えさせて頂きます」
「ありがとうございます、お父さま。では、私達はこれにて失礼いたします」
「うむ。道中、心煩わす事がなきものと祈っておる」
公爵殿下に見送られ、私達の馬車は進路を公爵領改め公国へ。
渦中に居た二人、しかも【天の声(仮)】さんが予想していなかったイレギュラーと言える二人なので、もし再び[イベント]が始められたら私達の対策をしてくる可能性は非常に高いのです。だから王都の影響範囲からとっとと消えるのが最善策なのです。
マジで何が起こるか判らないからね!
速足で走る馬車に揺られ、戦友の二人は公国へ向かっています。
いやー、ホント疲れたよ……。
最後は国、無くなっちゃったしね。
ミネルヴァさまの公爵領はハーノヴァ王国に併合される前の公国時代に逆戻りしたし、私の家は隣国のエスタライヒに併合されたしで、色々変わったなぁ。
全部、【天の声(仮)】さんの声を聞いた事から始まって。
最後、【天の声(仮)】さんの声を聞いた事で終わりになって。
結局、【天の声(仮)】さんに翻弄されただけだったって事かいな。
「マルグリットさま、如何なされました? 眉間に皴を寄せられて」
「いえ、この四年間が只々、不条理に翻弄されただけかと腹立たしくなったのですわ」
「確かに。大変でございましたものね」
「ええ、本当に」
「それも今日で終わり。暫くはゆっくりさせて頂きましょう」
「そうですわね。のんびりさせて頂いても咎められないくらいに働きましたから」
私達は一生懸命働いたのだ!
たった二人で不条理の最中を抗って。
だから【天の声(仮)】さんの謎やエレーミアさまの事も、もう知らん!
車窓から入る風が緑の匂いを運んで来た。
王都と違い自然の中から生まれる香りだ。
その香りで漸く実感したのだ。
二人の戦いは終わったのだと。
二話目。
もう一話で終わり。