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Aサイド:『ルールと強制力』



【逆ハーレムフラグが成立しました。イベントを開始します】



 あら、久しぶりに聞く声です。

 抑揚のない語り口調、殿方かご婦人のどちらか判別出来ない中性的な声。

 どのくらい振りでしょうか。三週いえ、一カ月に届くかしら?


 私にしか聞こえない声。

 在り得ない展開が怒涛の如く押し進められる事件が起こる前触れです。

 まるで啓示のようです。

 だから、この声のことを私は【天の声(仮)】さん、と呼んでいます。


 ところで逆ハーレムって何なのかしら?



【[イベント名:婚約破棄]を実行登録しました】



 よりにもよって婚約破棄……。

 今日は学園の卒業パーティーなんですが。

 王都に居を構える貴族家ご当主達も招かれているお祝いの席ですのに、絶対起こってはいけない事じゃないですか。

 これから起こる事を知らされる身としては、お腹が痛くなってしまいます。

 また茶番が正しい事柄として置き換えられる不条理が目の前で繰り広げられるかと思ったら、もう吐きそう。



【王太子:ガルシアの知能を低下します……低下しました】

【伯爵令息:ダルタリアスの知能を低下します……低下しました】

【辺境伯令息:ユミールの知能を低下します……低下しました】

【侯爵令息:ジョルジオーリの知能を低下します……低下しました】

【ヒロイン:エレーミアの行動リクエストを承認します……承認しました】

【公爵令嬢:ミネルヴァの知能を低下します……失敗しました】

【公爵令嬢:ミネルヴァの知能を低下します……失敗しました】

【公爵令嬢:ミネルヴァの知能低下の失敗によりBパターンへ移行します】

【公爵令嬢:ミネルヴァの思考ルーチンを変更します……条件付きで変更完了しました】

【パーティー会場エリアの主要キャラクタ以外へNPCルーチンを起動しました】



 予想以上に最悪でした。

 今日で学園最後の日ですから、【天の声(仮)】さんが必ず一仕事をするとは思ってましたが……。


 とびっきりの厄ネタじゃないですか! ヤダー!


 王太子殿下と婚約者のミネルヴァさまが対象になっています。

 王族の婚約破棄が何とも場違いな場所で始まってしまうのです。

 本来ならば、両家の裁可権限を持つ方々と見届け人、及び国政に係わる重鎮の方々と協議を重ねるなど、(しか)るべき手続きを()ってあたる必要がある国事に属するお話です。

 こんな卒業パーティーでは絶対に起こり得ない事なのに……。


 NPCルーチンと言うのもクセモノです。

 過去の経験から、皆さまが特定の言動と行動しかされなくなると思われます。

 そして、在り得ない状況を正しいと受け入れてしまうのです。

 その効力は恐ろしく、どのような不条理もそれが常識であると認識させられるのです。

 ええ。それ以降も()()()()()として塗り替えられる悪夢。


 ここは何と言う名の地獄ですか!


 コッソリ隠れていいですか?

 ああ、これでも子爵令嬢ですからコッソリはまずいですわね。

 ちょうど、お腹が痛くなっていることですし。胃が捩じれるようにキリキリと。

 気分がすぐれないと申し上げ、今すぐこの場を辞しましょう。

 とりあえず、()()()()()()()()()()()()まで。

 そうしましょう! それが最良です! さあ、急いで慌てろ!



「ミネルヴァ! このエレーミアへ行った数々の仕打ち、赦すことは出来ん! おまえとの婚約を破棄する!」



 間 に 合 わ な か っ た (´;ω;`)



 【天の声(仮)】さん、何時ものことですが、もうちょっと猶予を下さい。

 せめて安全圏に退避する時間くらい稼がせて!


 王太子殿下は感情そのままに、粗末な台本の演劇と勘違いしそうなペラッペラに薄い台詞を振り撒かれました。

 国の顔たる王族としてあるまじき姿なのですが、なにせ知能が低下されてますので。


 王太子殿下の周りにはダルタリアスさま、ユミールさま、ジョルジオーリさまと、側近の方々が肩を並べてミネルヴァさまを侮蔑の目で蔑んでおられます。仮にも家格が上である公爵家令嬢に対して向けて良い目ではありません。礼儀をすっ飛ばしています。

 そして、王太子殿下の腕にしがみ付くエレーミアさまは涙目で怯えた様子です。相変わらず演技が下手ですね。

 彼女、平民の特待生として学園に招かれたのですが、まぁイロイロとなされておりました。ホント、もう顔を青くしたり赤くしたりするような事をイロイロと。


 今回の主役であられる皆さまは知能が低下され、パーティ会場にいらっしゃる方々もNPCルーチンが働いております。

 今ここで起こっている異常事態が常識であるかのように誰も疑問を持たれません。


 救いはないのか!


 おっと、荒ぶって仕舞いました。淑女としては失格ですね。それは置いといて。

 (くだん)の知能低下は、再度経験を積まないと戻らない罠。

 王太子殿下並びに側近の方々は、当分ボクちゃんお幾つですか状態なのです。



「何故でございますのガルシアさま! 理由をお聞かせいただけませんか!」



 ミネルヴァさまが、感情に振り回されたような台詞を口にされました。普段の理知的で思慮深い会話術と比べれば、違う方と入れ替わったのでは、と目を疑うほどの変貌なのです。


 受け答えの内容が噛み合ってない事を誰もが気にしません。

 まるで台本通りの台詞だから間違いではないとでも言うように。

 道理や理屈もあったものではありません。

 ゾッとします。

 この先に何が続くか考えたら背筋の震えが止まりません!


 ミネルヴァさまの変貌は、思考ルーチンとか言う、本人にあるまじき行動を起こさせるものの影響です。

 私は対象者を洗脳して用意した台詞を話させる仕組みだと解釈しています。


 だって、今までの方々も在り得ないお言葉を口にしてたんですもの!


 そう、()()()です。

 今回に限ったことではありません。



 ――私こと、マルグリット・フォン・ベルクハイムが【天の声(仮)】さんの声を初めて聴いたのが四年近く前です。

 あれは学園への入学が決まり、初登校の日でした。



 複合国家である神聖マーロマユ帝国の東に領土を持つハーノヴァ王国。その王都、ニーダーハーノヴァにあるハーノヴァ王立学園は、十四歳から十八歳の貴族子女、裕福な平民が通う名門校です。(注:子女は男女のこと)


 大学に準拠した教育を受けられることが最大の売りでもあります。

 大学と同様、教会の博士さまが講壇に立たれるのです!

 最先端の高等学問に触れられるのです!

 ハッキリ言って、それ以外の売りなど興味もないので知りません。


 実家で学問講師としてお越し頂いていた教会の学士さまにお話を伺ってからは、入学年齢に達したら是非、門戸を叩きたいと常々思っていたのです。

 学費はさすがにお高いのですが、我が子爵領は塩泉と貴金属鉱脈、大理石などの貿易で外貨を稼ぎまくっていますので多少の金子(きんす)などは何のその、娘の我儘を二つ返事で返してくれました。父母(ちちはは)ダンケ!


 いよいよ入学です!

 ウキウキワクワク気分で、王都にある別邸から足取り軽く学園に向かいました。

 貴族が多く通う学園であるに関わらず、馬車やお付き(護衛)が禁止などと訳が判らなかったのですが、王都の治安がそれだけ安定しているのかな、と安易に考えていました。



 今にして思えば、これも【天の声(仮)】さんによる常識の改変で、「学園は徒歩で通う」となったのでしょう。大都市で、しかも貴族家の娘が無防備にも一人で出歩くなど、(さら)ってくれと言わんがばかりの非常識ですから。おっと、回想に戻ります。



 学園が見えて来た時、私の耳に謎の声が聞こえてきました。



物語(ストーリー)を開始します。[イベント名:プロローグ]を実行登録しました】

【侯爵令息:ジョルジオーリの思考ルーチンを変更します……変更完了しました】

【ヒロイン:エレーミアの行動リクエストを承認します……承認しました】

【学園生キャラクタへNPCルーチンを起動しました……エラー1件発生】

【[キャラクタ:名称未定]のNPCルーチンがレジストされました】

【[キャラクタ:名称未定]へNPCルーチンを再起動します……失敗】

【[キャラクタ:名称未定]は物語(ストーリー)に影響しない事を確認。対象から除外します】



「はあ⁉」


 耳元、と言いますか直接頭の中で聞こえたような謎の声に、思わず素っ頓狂な声をはしたなくも上げてしまいました。かなり大きな声でしたが、周りを歩く学園生達は気にも留めないどころか「何も起こっていない」と言った様子。得体のしれない何かに薄ら寒くなりました。


 『物語(ストーリー)を開始します』ねぇ……。

 今日が学園入学だからか? そんじゃあ卒業するとき物語が終わるんかいな。 


 などと考察していたところへ、常識では在り得ない事が目の前で起こりました。


 学園生と思われる一人の少女が、何とブロート(パン)を咥えて学園へ向かう学園生の間を軽やかに縫って走って来ました。右へ左へ、それは見事なステップワークです。


「遅刻、遅刻~」


 ブロート(パン)を咥えたまま喋るなんて器用です。

 うおいっ⁉

 曲がり角の反対側から人が来てるのは見えますよね⁉

 なんで急加速して突っ込んでいくんですか⁉


「きゃっ!」

「うわっ!」


 ほらぶつかった。二人が(もつ)れ合うようにスッテーンと転びました。

 あの女性が華麗に人混みを回避していた姿を見た後だと、(わざ)と体当たりしたのではないかと勘繰ってしまいます。と言うかワザとだろ!


「あいたた~、ぶつかっちゃっいました~。ゴメンナサイ」

「ははは、大丈夫かい? しかし、随分と元気な子ウサギちゃんだ」

「寝坊しちゃって慌ててたんです。……でも得したかな。こんな素敵な人と出会えたんですもん」

「フフ、こちらこそ可愛らしい子ウサギちゃんと縁が出来て嬉しいよ。それに目の保養になったしね」


 バチコンとウィンクする男性は侯爵家のジョルジオーリさまじゃないですか!

 ないわー。その歯が浮く台詞ないわー。気障(キザ)と言うより道化芝居ですよね、それ。

 社交界でもキリッと背筋を伸ばしキッパリ断言する厳しめ口調が有名なお方ですのに、見る影もないのですが……。


「ほぇ? 目の保養? ……やんっ!」


 えーと。確かM字開脚でしたっけ? 女性は慌ててスカートで下着を隠したのですが、そちらじゃないでしょう? 淑女にとって生身の脚を晒すのは、非常にはしたない事なのですから。

 とは言え、この学園の制服はスカートの丈が短すぎます。太腿の付け根近くまで晒す造りは、未だに抵抗がありますが……。

 何故、このデザインが(まか)り通ってしまったのか考えるのは詮無きことですね。


 ふと、先程聞こえた謎の声を思い出します。確かに特定の人物名、ジョルジオーリさまとエレーミアなる女性名が聞こえました。


 これが偶然とは思えません。


 ジョルジオーリさまが、女性の手を引いて起こし上げます。そのまま手を握っているのはどうかと。


「僕はジョルジオーリ。オーリと呼んでおくれ。君と同じ新入生だよ」

「あの、私は平民枠の特待生に選ばれたエレーミアです」



 や っ ぱ り か (`・ω・´)



 この方がエレーミアさまですか。特待生制度なんてあったんですね。全然知りませんでした。興味ありませんから。

 それよりも、この騒ぎの渦中、学生達が全く目も向けていない事が恐ろしいです。関わらないようにしてる訳ではなく、やはり「何も起こっていない」と認識してるとしか言いようがありません。皆さんが自然体を心がける荒行とかしていない限り。


「さあ、せっかくだから一緒に登校しようか。エスコートは任せてくれ」

「……はい♡ よろしくお願いします」


 ジョルジオーリさま。エスコートは右腕に手を添えて貰うので合って、指を絡めて巷の恋人同士さながらに手を繋ぐことではありませんよ? しかも、高位貴族の令息に対して平民女性が礼節もなく馴れ馴れしく会話するなど不敬以外の何物でもないのですよ? 当然ご存知のはずなのですが。

 それにジョルジオーリさまは婚約者がいらっしゃいましたよね? これ、もの凄く問題になりませんか?


 顔を赤らめたエレーミアさまは見目麗しいと言えますが、女性からしますとチョットした所作があざとく見えてしまいます。計算高く自分を演じているのが初めて見た私でも判る雑っぽさです。

 しかし、通学路を歩かれている貴族家の方々がこの状況に対して誰一人苦言を(てい)されないこと自体が在り得ません。まるで当たり前の事であると言うように。

 もの凄い違和感が付きまといます。


 とりあえず、エレーミアさま。吹っ飛ばしたブロート(パン)は拾ってけ!



【[イベント名:プロローグ]が終了しました】

【ギャラリーへCG[プロローグ]を追加しました】

【侯爵令息:ジョルジオーリの好感度が+5加算されました】



 あらら、ここでまた謎の声が。

 ここまで判断材料が揃えば何となく見えてきます。

 これから起こる事件を告げて、その事件を円滑に進める「何か」を人に施し、事件の結果?を通知するのが謎の声、と言えるのでしょう。誰に聞かせるための言葉なのか、何を目的としているのか謎過ぎます。特にCGとか好感度とか。なんじゃらほい?


 謎の声で事件が始まるなんて、まるで啓示のようですね。

 とりあえず【天の声(仮)】さん、とでも呼びましょうか。


 しかし、私には影響がないんですが何でかな?

 【天の声(仮)】さんの言葉を思い出してみますか。

 ……。


『[キャラクタ:名称未定]は物語(ストーリー)に影響しない事を確認。対象から除外します』


 こ れ か ! (ꐦ°᷄д°᷅)


 名称未定だと? 物語に影響しないだと? 失礼な!

 舌ひっこ抜くぞ! ムガー!



 ――これが初めて【天の声(仮)】さんの声を聞いた時に起こった()()の出来事です。


 結局、この日は()()も【天の声(仮)】さんの声を聞いたのです。

 その度に。

 好感度とかルート開放などと色々と聞こえましたが、極力その現場に近寄らないよう行動した当時の私がいたからこそ、冷静に事態を分析することが出来たのです。


 そして、四年間。

 【天の声(仮)】さんとの付き合いも長くなりました。

 付き合いと言いつつも、【天の声(仮)】さんが突発的に告げていくだけですが。

 それでも、内容が巻き込まれたらアウトな事柄ばかりなので、危険回避に役立たせていただきました。

 場合によっては聞き逃したらアウトな内容が出て来たりするので、巻き込まれないギリギリの距離感を掴めたのは僥倖でした。


 そうして胃がキリキリする日を()()となく乗り越えて今に至ります。


 はい、回想終わり。



「――以上がミネルヴァ、貴様がエレーミアへ行った蛮行の全てだ! 全て証言は揃っている! もはや全て言い逃れは赦さんぞ!」



 ヤヴァイ。


 聞 き 逃 し た (;・∀・)



 おーほっほっほ! 昔のことを思い出してる場合ではございませんことよ!


 縦ロールで妙に自信満々なテレージア男爵令嬢のマネっこしてる場合じゃないってば、自分。

 【天の声(仮)】さんが関わると、貴族家や国家に波及しそうな危険極まりない内容を含んでる事があるから、聞き逃すと対策が遅れるのよね。

 今後の()()()()()とか()()()()()とか。


 知能低下した王太子殿下の単語が不必要に繰り返す台詞からすると、ミネルヴァさまの罪を列挙したところかしら?

 それならまだ何とかなりそう。



「お言葉でございますがガルシアさま。わたくしは仰られたように、エレーミアさまへ嫌がらせや、ましてお怪我を負わせるような事は一切しておりません」


 ミネルヴァさまに毅然とした立ち振る舞いが戻っていました。

 思考ルーチンくらいでは、ミネルヴァさまの本質を変え続ける事が出来ないのは()()()()ですから。


「ミネルヴァよ、全て証言は揃っていると言ったであろう。この期に及んで全て言い逃れをするなど、全て罪人である証拠だと言う事に気付かないほど浅慮であるか」



 おや? 王太子殿下の言い回しにムツカシイ言葉使いが加わりましたね。知能が低下しているので内容は稚拙極まりないですが。


 ところで。

 ミネルヴァさまの仰ることが本当だと私は知っています。多分、聞き逃したところは冤罪の内容を語っていたのではないかと。


 だって私、この四年間で【天の声(仮)】さんの声をずっと聞いているのですよ?

 だからミネルヴァさまが何一つ罪に問われる事をなされていないことも知っています。


 ――例えばこんな感じで。



【[イベント:悪役令嬢(その1)教室 ヒロインへの誹謗中傷]を実行登録しました】

【公爵令嬢:ミネルヴァへ誹謗中傷ルーチンを起動しました……起動が破棄されました】

【公爵令嬢:ミネルヴァへ誹謗中傷ルーチンを再起動します……起動が破棄されました】

【公爵令嬢:ミネルヴァへ誹謗中傷ルーチンの起動失敗によりBパターンへ移行します】

【ヒロイン:エレーミアの自作自演を承認します……承認しました】



 やれやれ。【天の声(仮)】さんも予想外だったんでしょうね。

 ミネルヴァさまは王族の血を引く公爵家(ゆかり)のご令嬢です。当然、ご教育は高度で厳しいものだったのでしょう。その甲斐あってかは判りませんが、貴族から市井(しせい)の人々まで分け隔てなく接するお心のやさしさと、公明正大であることを揺るぎない確たる意思で体現されていたお方です。さすがの【天の声(仮)】さんもミネルヴァさまの意思力を思い通りにすることが出来なかったのではないでしょうか。まぁ、勝手な想像ですが。


 だから、エレーミアさまが自分自身で罪をでっち上げる必要に駆られたと。



 過去四年で、[イベント:悪役令嬢]とやらは両手の指と足の指で数えても足りないほど発生していますが、全てエレーミアさまの自作自演で進められてきました。

 私はこの頃、【天の声(仮)】さんの声が聞こえたら現場へ駆け付けるようにしていました。時たま()()()()()()()()()()が起こりましたので、初めからコッソリ見ていた方が()()()()()をし易くなるのです。


 そう決めてからはエレーミアさまの滑稽な姿を数多く見る事になりました。

 エレーミアさまがご自身の制服にインクを被ったり、同じくご自身の教科書をズタズタに切り裂いてミネルヴァさまの教卓へ忍び込ませたり、と。


 エレーミアさまは誰も見ていないところでは結構愚痴をこぼされています。

 その愚痴の中で謎めいたものを聞いたことがあります。


「せっかくヒロインに転生したのに!」


 なかなかの声量で叫ばれるので離れていても良く聞こえます。助かります。


「なんでミネルヴァの奴はゲーム通りチクチク言ってこないのよ! おかげで手間かかったじゃない! ほんと、クソ女ね! チッ、リアルだとイベント調整が面倒だわ。ゲームと同じ選択式にしてくれりゃあ楽なのに」


 転生? ゲーム通り? 選択式? 何の事か判りませんが、【天の声(仮)】さんの核心に触れている気がします……。


 しかし、エレーミアさまは【天の声(仮)】さんの声が聞こえている素振りはありません。

 けれども、何か繋がりがあるように思えます。【天の声(仮)】さんは頻繁にエレーミアさまのお名前を対象者とされておりますから。

 まあ、その謎はキッパリ放置です。

 知ったところで【天の声(仮)】さんが起こす事件への対処は何ら変わりませんし。



 そうですわ! エレーミアさまの自作自演シリーズで一番すごかったものを思い出しました!


 階段の最上段にミネルヴァさまがお近づきになられた時、その脇を掠めるようにエレーミアさまが勢い付けて階段にダイブされたことでしょうか。


 転がり落ちながら受け身や方向調整をすると言う武術家真っ青の高等テクニック。当然の事ながら、お怪我は一切ございません。

 踊り場で倒れるように着地され、気を失ったフリをされましたが、一連を流れる技の練度に惚れ惚れいたしました。

 メイヤースクールで帝国式武術の護身法を学んだ時に、お教えを乞うた師範と遜色ないレベルです。普段の演技は三流役者以下ですのに。


 しかし、翌日は身体の至るところが包帯だらけで、杖を突いて登校されたのは驚きに目を見張りました。そこまで演技するのか、と。



 その[イベント]アレコレは、全てミネルヴァさまに嫉妬されている自分が悪いからと悲劇を装っていました。ミネルヴァさまが、さも実行犯であると仄めかし、評判を落とす噂を広げる始末。自作自演なのに。

 噂が広がりますと、エレーミアさまは悪役令嬢と言う単語を頻繁にお使い始め、ミネルヴァさまが裏では悪役令嬢と呼ばれるように噂を悪い方へ巧みに誘導していました。演技は三流でも悪巧(わるだく)みは一流ですね。


 ミネルヴァさまは「噂はあくまで噂」と仰られ、気にしない素振りをお見せになられてました。しかし、全く身に覚えのない事柄で噂され、更に尾ひれが付いて随分と悪く言われている事も当然お耳に入っている訳で。辛い顔など一つもされませんでしたが、さぞやお心を痛めていたことでしょう。


 最初の頃、第三者である私がアリバイと証拠を用意して証言をすると言う()()をしましたが、誰も真面(まとも)に取り合ってくれませんでした。これも【天の声(仮)】さんが常識を改変した弊害ではないかと思っています。ならば[イベント]の最中ではどうなるかと試しましたが、【天の声(仮)】さんの対象者に含まれていなければ、どんなに申し立てても聞いていただくどころか目の前の私すら認識されませんでした。


 【天の声(仮)】さんが指定した対象者以外の行動や発言は「何も起こっていない」事とされるようです。


 だから、それ以降は事の成り行きを見守る位置に戻りました。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



【[イベント名:婚約破棄]が終了しました】

【断罪フラグCを満たしました。特殊イベントを開始します】

【[特殊イベント:悪役令嬢の追放]を実行登録しました】



 はぁ⁉ ちょっと【天の声(仮)】さん! 今回は連続イベントパターンですか⁉

 スンゴク不穏なイベントが始まるような声が聞こえているんですけど!



「ミネルヴァ! 貴様に国外追放を命じる! 衛兵! この者を連れていけ!」



 や り や が っ た (;゜д゜)



 もう、お腹が痛くてたまりません!

 お医者さま! お客さまの中にお医者さまはいらっしゃいませんか!



 王太子殿下、陛下の裁可も無しに貴族家、しかも公爵家の令嬢を独断で放逐する権限なんてお持ちになられてないじゃないですか!

 バカですか? サルですか? お子ちゃまですか?

 いや、実際に知能レベルがお子ちゃまになっていますがね。

 最近、余り間隔を空けずに知能低下とか頻発しましたから、今の王太子殿下はやんちゃな小坊主レベルくらいまで知能が下がっているかと。


 王太子殿下の腕の中に抱き留められているエレーミアさまがアヤシイ微笑みを浮かべています。

 言葉で表現すると「ニチャァ」がそれに該当するのではないかと。

 糸を引く様な微笑みですが、それを直視している側近の皆さんは「可愛らしい笑顔だ」「君の笑顔で癒される」などと言ってますので、今すぐお医者さまにかかられた方が宜しいかと存じ上げます。



 こんな異常事態を(まか)り通してしまうのが【天の声(仮)】さんの怖いところです。

 お子ちゃま発言をした王太子殿下の言葉が正式なものとして常識が置き換わります。

 そうなると、ミネルヴァさまでも成す術がありません。

 まだ()()()()()()()()だけの効力ですが、数日後には王都全域まで広がります。

 陛下や王都住まいの貴族家の方々、政務機関など国の中枢が巻き込まれます。


 地獄を見れば心が渇く!



 王太子殿下達をキッと睨んだままミネルヴァさまが、()()()()()()()()で待機していた騎士に引き連れられて出ていかれました。

 ()()()()()()に。



 今回の茶番は酷いです。

 それでも、この場で処刑とか最悪な事態は(まぬが)れましたのでヨシとしましょう。



 追放を言い渡した王太子殿下達はと言えば、エレーミアさまと順番に熱い抱擁と口付けを致しております。

 衆目の面前で(はばか)ることなく不貞を働く現場を見せつけられる身としては、非常に不愉快この上ないのですが。

 その衆目となる皆さんは、NPCルーチンとやらのおかげで置物状態ですので、この様子を見ても何ら感情の起伏がありませんが。


 私もとっとと退場したいのですが、【天の声(仮)】さんが終了の声を上げるまでは帰るに帰れません。

 まだ不都合な事態が起こるやもしれませんので。


 とりあえず、すぐ逃げられるようにジワリジワリと出口付近に移動しました。



【[特殊イベント:悪役令嬢の追放]が終了しました】

【[逆ハーレムクリア報酬イベント:博愛の交わり]を実行登録しました】



 連続イベント二連チャン……。


 って、オイちょっとまて。

 ここで交わりシリーズが登場するってことは……。



 お っ ぱ じ め や が っ た (꒪ཀ꒪)



 王太子殿下と側近の方々がエレーミアさまと熱く盛り上がり、男4:女1で大変教育に宜しくない事をかましやがりました。


 エレーミアさまと個別で励まれる交わりイベントは腐るほど発生しました。

 問題は、時たま「どこそこの男爵領は不穏分子だ」とか「従わない伯爵家がある」などと危険極まりない会話が睦言に混じって囁かれたりするのです。そのせいで見たくもないものを全部見る羽目に。こんちきしょう! モゲるか腐れ!


 しかし、まさか全員一斉に励まれる日が来るとは……。なんだ、それ。


 私、頭も痛くなってきました。



【[逆ハーレムクリア報酬イベント:博愛の交わり]が終了しました】

【ギャラリーへCG[博愛の交わり]を登録しました】

【シーンへエクストラシーン[博愛の交わり]を登録しました】



 (ようや)く開放されました。二時間も頑張りやがって……。

 このCGやシーンと言う単語が事件のお終いに度々出て来るのですが、一体何なのか全く判りません。

 【天の声(仮)】さんが捲き起こす事件では直接それらしいものが無かったので無害っぽいのですが……。



【[イベント名:エンディング]を実行登録しました】



 エンディング? うわっ⁉ いきなり音楽が流れてきました。パーティー会場の楽団が演奏……してませんね。ホントに謎だらけです。

 あら? 聞いたことの無い旋律ですね。外国の民族音楽かしら?



【[イベント名:エンディング]が終了しました】

【ムービーへ[エンディング]を登録しました】



 五分ほどで音楽は終了しました。オーケストラと違い、小楽団の演奏のようでしたし短いのは仕方ないですね。

 もう少し聞きたかった気もしますが、音楽に(うつつ)を抜かしている間にまた事件が盛り込まれていたら洒落になりませんですから。短くて良かったと言えましょう。


 そして。

 ムービーとはなんぞや?



物語(ストーリー)が全て終了しました】



 な ん で す と ! (◎ω◎)



 終わり? 全部終わりですか【天の声(仮)】さん!

 ホントに? マジかいやー! 解放感パネェ!



 ヨ ッ シ ャ ー ‼ (๑•̀ω•́๑)



 急いで慌てろ!


 私はパーティー会場の出口へ滑り込み、いつもの二倍くらいの速度で走り出します。

 多分、二倍くらい出てるハズ! キモチの問題!


 学園の卒業パーティーは社交界の(つど)いと違って制服で出席することが義務付けられています。靴もヒールがありませんから、爆走には持って来いです。

 加速! 加速に次ぐ加速! をしたつもり!


 一気に学園の外まで躍り出ました。何の踊りかって? シュープラトラー(チロリアンダンス)です!

 冗談を言う余裕が出てきました。



「マルグリットさま! ご無事でしたか!」

「ミネルヴァさま! お待たせしました! (`・ω・´)ゞ」



 学園の外には公爵家の馬車が待機しています。その周りを騎馬に乗った公爵家の騎士八名で護られております。

 この場所は王都内の貴族区画ですので、護衛の騎士は一度に八名までしか帯同を許されていませんから。

 それ以上の数だと、謀反アリ! と王国騎士団が出張してきます。


 私が公爵家の馬車に乗り込むと、すぐさま出発しました。

 このまま公爵領へ継馬(つぎうま)を替えながら強行する予定です。



「悪夢は終わったのですね?」


 おずおずとミネルヴァさまがお尋ねられました。


「はい。予想通り『全て終了』と声が聞こえました。後は計画通りに」

「ええ、計画通りに」


 二人して黒い笑顔を浮かべます。

 この四年間がどうだったかを考えれば当然でしょう。


 そして馬車は王都から逃れるように走り出しました。



全三話の予定。

続きは編集中なので近々公開予定。


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