放課後
一日の授業が終わると、わたしは素早く荷物をまとめ、まっすぐに体育館へ向かう。
女子新体操の強豪校であるうちの高校には、バスケ部もバレー部もない。新体操部の生徒たちは、校内でいちばん広々とした場所を、誰にも遠慮することなく悠々と利用することができる。
更衣室に着くのは、いつもわたしが一番乗りである。他の子たちは放課後のおしゃべりに忙しく、たいていは部活が始まるぎりぎりの時間まで、教室や廊下にたむろしてきゃあきゃあと笑い合っている。もっともそれは新体操部の子たちに限ったことではなく、高校生の女の子というものは、異様なほどおしゃべりが好きなものなのだ。
まだ誰もいない、がらんとした更衣室で、わたしはひとり制服を脱ぐ。セーラー服の襟やスカートのプリーツがしわにならないようによく注意しながら、そろそろと、静かに脱ぐ。Aカップの無地のブラジャーも、ブラジャーの上につけた灰色のキャミソールも、一枚ずつ、ゆっくりと脱ぐ。薄桃色のショーツだけを身に着けた、棒のように細い身体があらわれる。
新体操の選手であることを差し引いてもすこし痩せすぎている、とよく称される手足はがりがりで、胸と尻の膨らみも申しわけばかりで、花の女子高生とは思えないほどの色気のなさだ。更衣室の全身鏡にその身体を映し、満足してわたしはそれを眺める。
続いて、教科書等を入れたものとは別に持ってきた大きめのバッグから、ビニール袋に入れた練習着を取り出す。味気ない真っ黒なレオタードの生地は、日々の汗を吸ってわずかに擦り切れてきている。それでも伸縮性は抜群で、身に着けると肌にぴったりと同化する。わたしがどんな動きをしても、レオタードは従順にしたがう。それをたしかめるために、わたしはその場で小さく飛び跳ねてみる。片足を横に大きく振り上げて、身体の真横でぴったりと数秒止める。相撲取りが四股を踏むように大きく両足を広げて腰を落とし、股関節をじっくりと伸ばす。静かな空間に、わたしの骨がばきぼき鳴る音が、ひびく。
このころになってようやく、他の部員たちがわいわいと連れ立ってやってくる。彼女たちの華やいだ笑い声が聞こえてくると、わたしは身体をほぐすのを中断し、荷物を持って、更衣室の端っこにいそいそと移動する。薄汚れた壁に同化するように、背なかをつけてぴったりと張りつく。
ぎぎ、がちゃり、わずかに錆びて開けにくいドアが不快な音を立てながら開く。「あ、ヒラコさん」誰かがそう言うときもあるし、言わないときもある。言わないときのほうが多いように思う。
いずれにしても、わたしは邪魔にならないよう、隅っこでかすかに微笑みながら、彼女たちが着替えを終えるのを待つ。待つ、という行為は好きだ。自分以外の誰かにすべてをゆだねて、ぼんやり受け身でいるうちに、いつのまにか終わっている。今もそう、ぼんやり立っているうちに、みんな制服を脱ぎ捨ててレオタード一枚になり、あいかわらずわいわい華やぎながら、次々に更衣室を出て行く。最後に残されたわたしは、古びた鍵で更衣室をしっかり施錠し、それから、体育館の中央に集まっている黒レオタードの群れに、影のようにひっそりと加わる。
まもなく、美仲先生がいつも通り、綺麗な光沢のある青いジャージに身をつつんで、颯爽とあらわれる。
美仲先生は、わが部の部活動指導員である。もともとは地元の小さな新体操クラブの指導者をしていて、数年前から、スポーツ指導の人材派遣サービスに登録して、うちの高校で部活指導をしている。