30過ぎの女 その1
ある女の家に、黒服が上がり込んでいる。
「結婚する相手はいるのか?」
黒服が問いかける。
女には付き合っている男がいた。
男とは、もう5年も付き合っている。
そのため、女は男との結婚を望んでいた。
しかし、男はなかなか結婚しようと言ってくれない。
そうこうしているうちに女は30歳を過ぎてしまった。
女としては、30歳になる前には結婚しておきたかった。
いや、これに特に理由はない。
なんとなく30歳というものが、節目に思えていた。
ただそれだけの話である。
本当になんとなくだが、20代からすると、30代に突入する、
ということは、とてつもないことに思える。
簡単に言うと、20代は若いが、30代はオバサンである。
そのように女は感じていた。
それだけに、どうにか30歳になる前に結婚したかった。
しかし、男がなかなか結婚してくれないために、ずるずると付き合っていくうち、
30の大台に乗ってしまっていた。
もうそこからは、仕方なしに、付き合っている。
「相手はいるんだけど、なかなか結婚してくれなくて。」
「そうか。」
黒服はあまり興味がなさそうに、そっけない返答をする。
「相手がいるならしょうがないが、早めに結婚してくれ。でないと、こちらが用意した相手と強制結婚することになるぞ。」
それだけ一方的に言うと、黒服は帰っていった。
「それができたら苦労はしないっつーの。」
女は誰に言うでもなく、一人つぶやく。
「結婚して欲しい。」
「またその話か。」
この話になると、男は急に不機嫌になる。
「なんで結婚してくれないの?」
「もうその話はよそうぜ。」
「ねぇ。」
男は結婚の話から逃げていた。
そしてずるずると今日まで付き合っている。
しかし、女は30歳を過ぎ、ついには強制結婚の命令まで来るようになった。
もはやこのままというわけにもいかない。
男がどう思っているのかわからない。
なぜここまで長年付き合ってきて、いざ結婚という話をすると嫌がるのだろうか。
なにか理由があるのか?
わからない。
どちらにせよ、この話になると男は会話をやめてしまう。
話してくれないことには、なにもわからない。
わからないまま、こちらはモヤモヤした気持ちをかかえたまま。
そのままなんとなく付き合っていくしかないのか。
本当に、どうしたら良いのだろう。
この男と結婚できるのだろうか?
ふと心配がこみ上げてくる。
もしここまで付き合ってきてダメだった、なんてことになると…。
そんなことは考えたくもない。
それに、ついに強制結婚命令もくるようになった。
女にとって、もはや後がない、というような状況だった。
どちらにせよ、女としてもそろそろ結婚してしまって、気持ち的にもスッキリしたいところだった。
そんなある時、男が女連れで歩いているところを目撃してしまう。
(あれは…。)
まぎれもなく、あの男である。
二人の距離感、雰囲気から察するに、ただならぬ関係。
(浮気?アイツ許せない。)
良く見ると、さらに子どももいる。
(えっどういうこと?)
一見して私が浮気された、そう思っていたが違う。
男の浮気相手こそ、自分のほうだったのだ。
なんてやつだ。
しあわせそうな顔で歩きやがって。
そんな顔して良いと思っているのか。
今、私がこの家族の前に飛び出せば、一瞬で家庭が崩壊するだろう。
悪い考えがあたまをよぎった。
しかし、そうはしなかった。
奥さんとその娘には罪はないからだ。
一人で察した女は、身を引くことにした。
そして、数日後。
女に強制結婚の命令が下った。
今までは、付き合っている男がいたので、突っぱねてきた。
しかし、もう今はいない。
諦めた、というか、少しふてくされたような気持ち。
どうにでもなれ、という気分でもあった。
女は結婚命令に従うことにした。
そこからは早かった。
トントン拍子に物事が運び、あっという間に結婚してしまった。
なんだ、結婚というのはこんなにあっけないものなのか。
なにかもっと特別なもの、と思っていただけに、夢が壊れたような気分だった。
それよりも、気になるのは相手の男性である。
自分に選択権もなく、当日までどんな男かわからない。
それが多少不安だった。
しかし、当日会ってみると、なんとも普通というかんじの男だった。
良すぎず、悪すぎず。
好みか?と言われると、正直微妙だったが、絶妙なラインだった。
好きじゃない人と結婚するってどんなかんじなんだろうか。
心ここにあらず、というかなんというか。
ともかく、女は結婚したのだった。