結婚したよ その1
「これですべての工程は終了だ。お疲れ様。」
なんて言って、黒服達によって、押し込められるようにして二人は部屋にたどり着いた。
まあ、オレの家なんだけどね。
婚姻届は受理された。
つまりオレは、結婚したってことだ。
そして、オレはこの女性と夫婦になったんだなあ。
今、オレの家には見知らぬ女性がいる。
にも関わらず、その女性とオレは結婚している。
こんな不思議な状況ありえるだろうか?
なんて言ったところでしょうがない。
現実に起きていることなのだから。
なぜ俺が結婚したか、というと強制結婚法によって、オレ達二人が結婚することを、
国に強制されてしまったからだ。
そして、この法律により結婚した男女は、結婚したその日から同じ住居で生活を共にしないといけない。
そういうわけで、目の前には結婚した相手の女性がいる、というわけなのだった。
それにしても、オレはこの目の前の女性のことを何も知らないな。
なんて考えている場合ではない。
まずは相手のことを知っていかないと。
なにせ自己紹介すらまだなんだから。
「あの、ボク徳田新幹線って言います。これからよろしくお願いします。」
なんか緊張する。他人行儀というかなんというか。
もう結婚しているというのに、自己紹介から始めないといけないとは。
なんとも不思議としか言いようがない。
目の前の女性は、ちょっと大人しい性格みたい。
「私、森アザミです。あっでももう名字が変わったのか。」
アザミさんもまだ結婚したことに実感が湧いていないみたい。
「そうだね。じゃあアザミさんって呼べば良いかな?」
「あっはい、お願いします。」
「それじゃあえっと、徳田さん?のことはなんとお呼びすれば?」
「好きに呼んで良いよ。あとタメ口で良いから。」
「ありがとう。じゃあ徳田さんって言うのもおかしいね。新さん、で良いのかな。」
「うん。それで良いよ。」
「じゃあこれからよろしく。」
「あっこちらこそよろしくです。」
二人の間に沈黙が訪れる。
うーんきまずい。
なんというか、こんなときどんな話をしたら良いものか。
そもそもウチの家に女性が訪ねてくるということがまずありえないというか。
どうも正直な所、ロクに恋愛というものをしてこなかったので、どうしたら良いのかわからない。
「ちょっとお茶でも淹れよう」
「あっ…すみません。」
アザミは、本当は「お茶くらいなら私が」と言おうと思ったが、勝手もわからないので、おまかせするしかなかった。
お茶を淹れていて気づいたが、この部屋にはオレのものしかない。
お客様用の茶碗あったかな、なんて思ったところで気づいてしまった。
こんなことで、これからどう生活していけというのだろうか?
というのも、なぜかはよくわからないが、結婚当日まで相手の情報を一切教えてもらえない。
それは、お互い同様で、オレも知らなかったが、アザミさんも教えてもらえなかったらしい。
よくよく聞いていくと、いろいろと矛盾している気がする。
当日まで相手のことを知らない、拒否権はない。
そして、当日届けを出したらその足で夫の家に嫁ぐ必要がある。
それではいつ引っ越しをすれば良いのだろうか?
嫁入り道具など、いつ運び込めば?
こちらも想定が甘かったのはあるが、政府側もどう考えてるんだろうか。
考えてみたらおかしな話だ。
政府は結婚までは面倒を見るくせに、その後のことはなにも考えていないのだ。
いや、本来ならこちらも結婚が決まった段階から準備する必要があったのかもしれない。
しかし、二人が出会う前に準備?ちょっと無理があるような気がする。
なにしろ嫁ぎ先の情報が得られないのだから。
結論そこまで深く考え込まれた仕組みではないようだ。
要するに、「結婚法」というだけあって、結婚させてしまえば、
あとはなんとかなるだろう。
そういう短絡的な思考を感じる。
法律の開始からまだ間がないため、こういった場合にどうしたら良いか、
といった経験や知識の蓄えがまだ政府にもないのだ。
そのため、婚姻届を出した後のことについては、特に詳細には書かれていなかった。
そういうことなのだろう。いやそういうことにしておこう。
それにしても、なにしろ急な話だったので、アザミさんをお迎えする準備もしていなかった。
ていうかそんなこと考えてもいなかった。
そうか。これから一緒に生活するんだから、必要なものが一杯あるよな。
ちょっと遊びに来たってわけじゃないんだもんな。
こりゃ大変だぞ。
「どうする?ご実家から送ってもらう?」
「うーん。」
悩んだ結果、ご両親に電話して相談してもらった。
いろいろ生活に必要なものがあるだろうから、送ってもらうなりする必要がある。
でも、そもそもこの部屋になんでもかんでもは持ってこれない。
なんせ一人暮らしの住まいだからね。そんなにウチは広くない。
荷物を送ってもらうか、買いに行くか。
そのどちらかになるかな、なんて考えていた。
買いに行くとしたら、そうだなあ。
二人で買い物に行って、なんかウキウキしちゃったりして。
なんかこれデートみたいじゃない?
なんて浮かれてみたりして。
一人で妄想膨らんで楽しくなってきた。
電話が終わるのを待っている間、ちょっとヒマすぎて電話してるアザミさんをずっと観察してた。
なんかこう、美人とかかわいいとか、そういう基準で言うとなにもかもが普通。
そんなかんじ。地味ーに生きてきたというかんじ。
いや、そういうのって大事なことだと思うんだよね。
日本の社会っていうのは、出る杭は打たれるっていうか、目立つと叩かれる文化だからね。
良くも悪くも目立っちゃいけない。
ひたすら中間層としてグループに溶け込んでおく、そういう技術が必要なんだよね。
かく言うオレもその手の人種。
地味さにかけては負けてない。
なんつって。
とりあえず電話は終わったらしい。
「どうする?」
「一度家まで一緒に来てくれって、父が。」
「あーそのほうが良いか。」
荷物を取りに行ってみると、アザミの両親に再会。
さっきぶりだけどね。
「おお、なに君だったか。」
「どうも徳田です。」
「おおそうか。徳田くん。いやー悪いねバタバタしちゃって。」
「いえそんな。」
「役所から書類もらってはいたけど、全然役に立たないのな。ビックリだよ。こうなるならもっと説明しておいて欲しいよな。」
「ハハハ。そうっすね。」
なかなか気さくなオッサンみたいだ。
ちょっと安心する。
なんかえらい歓迎されているかんじがするな。
なんだろうな。ここまで歓迎されてしまうと、逆に戸惑うというか。
「ウチの娘はねえ、こんなだから、どこにも貰い手がないだろうなーとは思ってたんだよ。」
「はぁ。」
「だから政府から結婚命令が来て、正直助かったという気さえしてるんだよね。」
「あーそうだったんですか。」
「まあ、国が紹介する人間なんだから、変な人なわけないし、いろいろ安心だからね。」
へえ。そういうもんなんだ。
まあ今のところ、強制結婚で結婚した男女に、トラブルがあったって話はあんまり聞かないみたいなんだよね。
「お父さんもうやめてよ!恥ずかしい!」
アザミさん、なんだか照れてる。
ちょっとかわいいな。
「徳田くん。どうか娘をよろしく頼むよ!」
「あ、こちらこそよろしくお願いします。」
その後軽く引っ越し騒ぎ。
いや、大変だったよ。
その夜のこと。
寝る準備を済ませたアザミさんが、かしこまっている。
「ふつつか者ですが、これからよろしくお願いします。」
なんだか古風な人みたい。
「こ、こちらこそよろしく。」
「その、新婚初夜ですから、その。」
「えっ!?そういうかんじ!?」
まったくそんなこと考えてなかった。
というか、まだ知り合って間もないのに、そんなことできないよ。
「無理無理無理!俺達まだそういう間柄じゃないでしょ!」
言ってから気づいた。俺達もう結婚してるんだよね。
「いやでも…。」
「良いから。もう寝るよ!」
まったくアザミさんには驚かされる。
まさかそんなことを考えていたとはね。
ずいぶんと古式ゆかしい人みたいだ。