追放された悪役令嬢を拾いました。
俺がこの世界に転生してから約15年。
いつも通りの何気ない生活を送っている時だった。
買い物から家に戻っている途中、汚れた服で行き倒れている同い年くらいの少女の姿を見つけた。
その少女に慌てて駆け寄り声をかける。
「おい!大丈夫か!?」
「うぅ…‥」
良かった。
息はしているみたいだ。
腹を抑えて苦しそうにはしているが特に外傷は見当たらない。
病気か何かだろうか。
少女を抱えてすぐに治療所に連れて行った。
現在は俺の家。
倒れていた少女を内に連れてきた。
治療所で見てもらったところ、ただの風邪だった。
風邪薬を貰い治療所を後にし、とりあえずうちに連れてきた。
「…‥」
無言でこちらを睨んでくる少女。
一応、助けたと思うんだが、なぜそんなに睨んでくるのか。
それに、どっかで見た顔だ。
「なぁ、お前名前は」
「お前!?私を誰だと思っているのよ!?」
お前呼びにすごく腹を立てているようだが、あいにくと誰だか分からないから訊いたのだ。
「知らないから訊いてるんだが」
「平民の分際で何よその口の利き方!?」
もしかしてこいつ貴族か。
それにしては薄汚れてるような。
でもこの世界はそこまで差別意識がなかったと思うが、こいつはやけに馬鹿にしてくるな。
そんな時、少女の腹が盛大になった。
「…‥これでも食え」
「はぁ!?私にこんなものを食べろですって!?
こんな平民の食べ物を食べるくらいなら死んだ方がましよ!」
…‥。
もう元の場所に捨ててきてもいいかな?
せっかく親切にしてやってるのに、この態度。
前世に見た乙女ゲームでもこんな奴いたな。
悪役令嬢のミリス。
そういえばこの世界ってあの乙女ゲームの世界なんだっけ。
国の名前とか、文明レベルとか、魔法のシステムとかが一緒だったな。
ゲームだと今俺のいる国とは隣の国が舞台で全然絡みがないから忘れてた。
…‥。
こいつ、ミリスに似てないか?
確かミリスは国外追放されてこの国にくる話があったと思うが…‥。
「何よ」
じっと顔を見ていたらイライラしたように返された。
それよりやっぱり似てる。
もしかしてこいつがミリスか?
だったら凄く面倒なんだが。
ミリスは追放されたことを恨んで力をつけてヒロインたちに復讐しに行くんだよな。
と言うことは、俺はそのミリスに力をつける役割と言うことか?
そんな役目、遠慮したいんだが。
やっぱり、捨ててこようか。
「何ぼさっとしてるのよ。
さっさと私が食べられるものを持ってきなさい」
少しイラっと来たので用意していたサンドイッチを口に無理やり突っ込んでやった。
「っん!?」
口に入ったサンドイッチを嚥下した後、さっきよりもさらに顔を怒りに染める。
「な、何するのよ!?」
「いいから文句言わずに食え」
「はぁ!?こんなもの食べれるわけないでしょ!?」
「そんなにまずかったか?」
流石にそれはへこむぞ。
それ、一応俺が作ったやつだし、料理は自信があるからな。
「…‥お、美味しくないわよ!」
ん?
怒っていると思ったが、少し表情が和らいだような。
それに、まんざらでもなさそうな反応。
「ほら、もっとあるぞ」
「だから、こんなもの食べられるわけないって…‥」
徐々に声が小さくなっていき視線がサンドイッチに向かって行っている。
これは、気に入ってくれたのか。
「ほら食え」
もう一度無理やり口に突っ込んでやる。
「っん!?……ぷぁっ!?
だから何するのよ!?」
怒りを顔に見せているがそれほど嫌がっているようには見えない。
やっぱりめんどくさい奴だが俺の作ったものを気に入ってくれたのは嬉しい。
そして、何故か俺の家に居候しだしたミリス。
最初は汚いだの狭いだのベッドが固いだの文句を言っていたが、段々と態度も和らいできた。
今は一緒に料理を作っている。
「腕が疲れたわ。変わりなさい」
ボウルを無理やり渡してくるミリス。
マヨネーズの作り方を教えてやったのだが、こいつは根気がたりない。
今まで甘やかされてきたのが原因だろう。
それでも今はずいぶんとましになった。
もしかしたらこいつも変われるのかもしれない。
ゲームの通りに進めばこいつは処刑になる。
会ったばかりの頃ならそれでも別に良かったが、今はそれは避けたい。
数日一緒に暮らして、こいつにも可愛い所があると知ってしまって情が移ったのかもしれない。
「手が止まってるわよ」
「もともとはお前が押し付けてきたんだろ」
こんな感じで言い合うことばかりだがお互い楽しくやれてると思う。
「あら、新婚さんかしら?」
二人で市場に買い物に来ていると八百屋のおばちゃんにそんなことを言われる。
俺たちの歳は近いからこうやって偶に間違えられる時がある。
この世界だと結婚していてもおかしくない歳だしな。
「は、はぁ!?
なんで私がこんな平民と!?」
顔を真っ赤にしながら否定するミリス。
そんなミリスの反応におばちゃんは微笑ましそうに見てくる。
「本当に違いますよ。俺たちはただの同居人ですから」
「…‥」
さっきまで赤かった顔を綺麗な白に近い肌色に戻し冷たい目でこちらを見てくるミリス。
凄く不機嫌そうだ。
「何だよ」
「別に」
顔を背けられてしまった。
俺、何かしたか。
最近こいつは急に不機嫌になる時がある。
何もしてないと思うんだが、何かしたのかと思い訊いても教えてくれない。
全く意味が分からない。
「あらあら」
おばちゃんは何か楽しそうにしている。
何なんだ一体。
「な、何よあんた!?」
夜に突然ミリスの部屋から大声が聞こえてきた。
慌ててミリスの部屋に駆け込む。
そこには寝巻のミリスと短剣を持った黒ずくめの男がいた。
「誰だお前!?」
ミリスの前に庇うように立つ。
「ちっ。まあいい。二人とも始末すればいいだけだ」
そう言って投げてきた短剣をギリギリ防ぐことが出来た。
「ちっ。温室育ちの女を殺す簡単な仕事かと思ったが面倒な」
強盗か何かと思ったが、狙いはミリスか。
「ど、どういうことよ!?」
戸惑ったミリスを見て顔をにやつかせる男。
「は。俺はお前の父親に頼まれてきたんだよ。お前を殺せってな」
いやらしい笑みを浮かべながら言う男。
その言葉を聞いたミリスは膝から崩れ落ちる。
「お父様が…‥」
そういえばこれも復讐するきっかけの一つだったな。
この場を切り抜けたミリスは父親に復讐心を抱くんだったな。
「だから死ね」
ミリスに投げられた短剣を庇って受ける。
「…‥眠れ」
その直後、俺は先ほどからこっそり詠唱していた魔法を発動させ男を眠らせることに成功した。
「ちょっと、血が…‥!?」
「大丈夫、すぐに治る」
心配そうな顔をしたミリスが駆け寄ってきたので落ち着いた声で返す。
短剣を抜きすぐに回復魔法を使った。
「あんた、魔法使えたのね」
「まあな。それより、これからどうするんだ」
ゲーム通りならミリスは復讐を選ぶ。
だけど、俺はこいつにそんな道を選んでほしくない。
「私は…‥憎い…‥」
やっぱりこいつの中には憎しみしかないのだろうか。
「国を追放されて、お父様にも殺されかけて」
この数日で俺はこいつを変えられたと思っていたが駄目だった。
「でも、私も悪かった」
落ち込む俺の耳にそんな言葉が入ってきた。
ゲーム通りのミリスからは絶対聞けないであろう言葉が。
驚いてミリスを見る。
「あんたと暮らして分かった。
私は我儘だったんだって。
色んな人に迷惑ばかりかけてたって」
更に言葉繋げるミリス。
「追放されても仕方ないことをしてきたって分かった。
むしろ死刑でもおかしくないのに国外追放で感謝してるくらい。
だから、これからは色んな人のためになることをしたい」
「…‥」
良かった。
俺はこいつを変えることが出来ていたんだ。
やばい、ちょっと泣けてきた。
「だからもっとあんたに迷惑かける」
「…‥は?」
いやいや。
今までの俺の感動返せ。
急に何言いだすんだこいつは。
「さっきお前、人のためになることをするって言ったよな!?
それなのに何で俺に迷惑かけるんだよ!?」
人のためになることがしたいなら俺に迷惑かける必要ないだろ。
「それは、これからもあんたと居るからに決まってるでしょ!?」
「いや、意味が分からないんだが」
一緒に居たらまた暗殺者やらが来て迷惑がかかるということだろうか。
そう思っていたのだが、ミリスから思考を全て停止させられるような言葉が出てきた。
「だから!あんたと結婚したら迷惑ばっかりかけるかもって言ってるのよ!?」
…‥。
こいつ、今結婚って言ったか?
聞き間違い、だよな?
「…‥」
何も言えずに無言でいた俺を見てはっとした後、顔を耳まで赤くしだす。
どうやら勢いで言ったことらしい。
「ち、ちがっ」
わたわたと慌てだすミリス。
今「違う」って言ったよな。
やっぱり勢いで言ったことで間違いか。
「分かってる。気にするな」
「…‥てない」
声が小さすぎて聞こえなかったので訊きかえす。
「分かってないって言ってるのよ!
本当はあんたが好きだって言ってるの!
それなのにいつも、あんたは!」
顔を赤らめながら、だけど目は真剣に想いを伝えてくるミリス。
「結婚、本気だから!」
「いや、でも…‥」
「何?私のことが嫌いなの?
それでも結婚してもらうから」
滅茶苦茶だ。
確かに嫌いではないが、そんな強引に来られても。
「私はあんたには遠慮しないから。
迷惑もいっぱいかけるし我儘だっていっぱい言う。
だけど、それ以上にあんたを幸せにする。
だから結婚しなさい」
その清々しい図々しさに少しドキッと来てしまった。
真剣にこちらを見てくるミリスの美しい瞳から目をそっらすことが出来なくなってしまっている。
「…‥」
「何か言いなさいよ!
言っとくけど、はい以外は聞かないからね」
強引すぎる。
「俺がお前のこと好きじゃなくてもか?」
「最初からそう言ってるでしょ!
最後には絶対私と結婚して良かったって言わせるから!」
「…‥分かったよ」
あまりの圧の強さに認めてしまった。
だけど、全然嫌な気はしない。
こいつのこは可愛いと思ったことも何度もある。
二人でずっと居られたら楽しいかもと思った。
もしかしたら俺はこいつのことが好きだったのかもしれない。
そう考えた途端顔が熱くなってくる。
「何顔赤くしてるのよ!」
「お前もだろ!」
二人して顔を赤くして黙り込む。
なんだこれ。
凄い照れくさいんだが。
「!!!!!!!!!!」
突然唇に柔らかい感覚が振れる。
それは一瞬だったが、その感覚が離れて行かない。
「な、何を!?」
ようやく何をされたか理解した後、後ずさる。
ますます顔が熱くなる。
「こ、今度はあんたからしなさい!」
湯気が上がりそうなほど顔を赤くしながら目を瞑るミリス。
…‥。
肩を掴みゆっくりと顔を近づけていき、唇が触れる直前、
「やっぱり無理!!!!!」
思いっきり逃げていくミリス。
何だよ…‥。
この後、俺たちの唇が再び触れたのは結婚式でのことだった。