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3章23話:罪悪感

 シャワー上がりにぽちぽちスマホ弄ってたらぼちぼち部屋にみんな戻ってき始めたので、気の抜けた返事をしてやると何故か海知が慌てて部屋に飛び込んできた。


「な!? ほの囮、またお前先にお風呂に……」

「ああ、そう言うお前は京ヶ瀬さんとのダンス良かったぞ。早く付き合ったらどうだこのこの」


 海知の脇腹を肘で突く。僕らはあの後早めにダンスを切り上げてさっさと部屋の風呂を使わせてもらったのだ。正直樹海の温泉が恋しい、早くおっきな湯船に浸かりたい。なのでどうやっても海知への発破に感情が籠らん。


「ち、ちが、違うからな!? 千秋とはたまたま近くだったからたまたま踊っただけで、そう言う関係じゃ! か、勘違いするな!」

「ツンデレ感染ルートがわかりやすすぎる」


 慌てふためく海知を見て、僕は自分の荷物を纏め始める。それを見た連中が何やら騒ぎ始めた。


「え、ちょ!? ほの囮ちゃんなんで荷物纏めてんの!?」

「あー、実家に帰らせていただきます」

「明日みんなで帰るのに!?」


 山で遭難したということで、今晩の僕は保健室での寝泊まりになる。勿論怪我も何もしてないのだが僕が無理を言った。部屋で寝泊まりしない最高の口実が出来上がったのだ、利用しない手はないだろ。


「えぇぇ! 恋バナしようぜ恋バナァ! 俺まだほの囮ちゃんの好きな男の話聞けてねぇよ!」

「うるっさいな居ないよンなもん。つーかお前ら何その顔、なんで泣いてんの気持ち悪い」

「うるせぇぇぇぇえ!!! 元凶はそこのソイツだ畜生ォォォォオオオ!」


 男子生徒たちの目には涙が、これはアレですね、中学の時の僕と同じ感じですね。海知に好きな子取られた感じですね。そうだ、同じ苦しみを味わえ……。


「見てなかったから分かんないんだけど、海知って京ヶ瀬さんとダンスしてたんじゃないの?」

「ああしてたよ京ヶ瀬さんとぉぉぉ!!!」

「あっ……」


 京ヶ瀬さん推しの方でしたか。いや、だとしても目元を見るに被害者の会は結構な会員数になってそうなんですけど。


「かこちゃんも、みくちゃんも、えりなちゃんも海知とおどりやがってよぉ……そんなにイケメンがいいのかよぉ……」

「のあちゃんやみのりちゃんもだぞ……くっ、俺たちに人権無しってか」


 なんて残酷なことを……。まさか希望した女子全員と踊ったのか? そんな男子全員から恨み買うようなこと、中学の時は自重していたのに何してんだコイツ。

 そう思って目線を海知に向けると、海知は何か焦ったような表情をした。


「ほ、ほの囮……何とも思わないのか?」

「…………? 哀れな奴らだなとは思うけど」

「そ、そうじゃなくて! 女の子と20人は踊ったんだぞ……? ほの囮は何とも思わないのか?」

「え、20人? ダンス教室……?」


 結ばれたカップルは死後その場に出て踊る訳で、20人と踊り続けるというのか? 踊ってない夜を知らなすぎないか? 確かにこのムーブは気に入らないにも程があるんだが。


「そ、そんな……ほの囮はショックで劣等感がって……なんで、なんでそんな平気で……」

「平気ってかドン引きだけどね……普通に1回踊るだけでもまぁまぁ疲れるじゃん」


 さっきから何を気にしてるんだカリスマダンス講師。その体力だけは本気で羨ましいぞ。

 物凄くショックを受けてる海知と、残ってくれと泣きついてくる委員長を振り切って保健室に向かった僕は荷物をその辺に放り投げると、保健室のベッドに寝転がる。はぁ、静かだ、最高。


「ははは、保健室は君の私室ではないんだよ、犀潟くん」


 デスクで何やら作業中の男性ーー頚城先生が声をかけてくる。物腰柔らかだが、注意すべき事柄には注意を行う。教師としてのその在り方には好感が持てる。


「保健の先生が残られる可能性もあったので少し安心しました」

「おや、私のことを待っていたのかい?」

「はい。是非とも散歩に同行させていただきたく」

「………ははは、不良だねぇ君」


 頚城先生は書類を書く手を止めない。


「私じゃない可能性はあったんだろう?」

「でも十中八九来るとは思ってましたよ。貴方はきっと知りたがっているでしょうから」

「………………」


 ペンが擦れる音が止んだ。

 頚城先生は穏やかな表情のままこちらを向き、席を立った。

 僕のそばを通り抜けてカーテンを開ける。青白い月光が差し込み、保健室内は途端に明るくなっていった。


「赤泊さんはこのままにしておくのかい?」

「そこまでお時間取らせませんので」

「ふむ……」


 しばらく考え込んだのち、頚城先生は窓を開けて外にサンダルを落とした。2つ分だ。


「悪い先生だと思うかい?」

「良い親だとは思います」


 その答えを聞いて頚城先生は目を見開き、そして少しだけ笑みを溢す。僕は窓から外に出てサンダルに履き替え、頚城先生の後について歩く。

 先生の背中は寂しそうだった。これから話すことは先生の待ち望んだ答えであるのは間違いない。だけど結果は変わらない、先生が歩んだこの20年間は変わらないのだ。この背中から寂寞が消えることはない。

 暫く歩くと向こうで手を振っている人物が嫌でも目に入る。青白い月光に照らされて、月光色の髪と瞳は淑やかに輝きを放っている。


「これ、昨日の反省を生かしたモテコーデ! 可愛い?」


 暖かそうなピンク色のオーバーサイズフリース。本来このくらいの装備でないとこの季節の山は堪える。

 余った袖であざとくポーズを作り、月潟は微笑を浮かべた。


「あざとい」

「あ、それ褒め言葉。えへへ。センセもこんばんは〜」

「月潟さんまで居るのかい?」

「私は見届け人みたいなものだよ。さ、行こ行こ! あ、梅昆布茶いる?」

「要らん」


 そっか、と言って水筒のコップに梅昆布茶を注ぐ月潟。昨日の気温調節を余程反省したのか、今回は山登りセット完備である。そこまで深くはいかない予定なんだけどな。

 昼に通ったオリエンテーリングのルートを3人で歩く。夜の樹海を散歩するようなペースで、鼻歌でも歌いながら月潟は前を歩いていた。頚城先生は少し困惑しながらもついてきてくれている。

 やがて、昼に僕と夏葉が行方不明になった地点へと辿り着いた。そこからあの坂を登ろうとして、頚城先生は足を止めた。


「ダメだ、ここから先は、ダメだ」

「………………」


 温和で穏やかで、何事にも動じなさそうな頚城先生の声が震えている。何かを我慢するように唇を噛み、手は力強く握られていた。


「どうしてですか?」

「何度も何度もここまで来たんだ。でも私は……私はあの子に拒まれている。私はこの先には行けない」

「…………それは違います」


 僕は先生に向き合った。後悔で押しつぶされそうな表情を見て心が痛む。その気持ちは痛いほど、死にたくなるほどよくわかるからだ。


「先に進めなかったのは、貴方がそれを拒んでいたからですよ、先生」

「どういう、意味だい?」

「あの人は向き合おうとした人間を拒んだりしない。貴方が罪悪感に押しつぶされてしまったから、あの人は貴方に会うことが出来なかった」


 神域、という概念は説明が難しいと思う。僕らはこの坂を登った先で霧に包まれ、神域へと迷い込んだ。だが本来、この坂を登り切った先はただの山の入り口だ。樹海につながっているとは言え、人が立ち入ることのできない領域ではない。

 ではあの神域は何なのかといえば、翠雨さまが霧をトリガーにして作り上げたものだ。確かに生者を彼岸に招くことは出来ないが、それでも先生が踏み込む決心をしたならば、あの人は神域から姿を見せてくれる。いつだってヒトが望み、神もそれを望んでいれば門は開かれる。僕がかみさまに、翠雨さまに出会ったように。

 だから、開かれないのは彼がそれを拒んでいるからだ。





「先生は……失踪事件の真相をご存知だったんですね」




 頚城先生は頭の良い人だ。言葉遣いや授業の評判、そして将棋。それらでも充分情報は集まるが、1番はこれだ。


「マスターがよろしくって言ってたよ〜。あ、BAR樹海のマスターね?」

「ああ、彼か。成る程、彼の知り合いだったとはね」


 月潟にはマスターに電話をして聞いてもらった。頚城先生の話、具体的にはその経歴や能力。さらには20年前の事件についての調査まで。


「変だなと思ったんです。教頭先生にしては年齢が高く、能力の割に現場への顔出しが多い。だから先生は途中から教員になったのかなと。

 それからもう一つ、警察犬の導入について」

「…………」

「お察しの通りかもですけど、新聞には警察犬が導入されたされなかったの判断は書かれてません。逆はともかく、導入されませんでしたなんて記事出る訳ないですし。

 にも関わらず警察犬が導入されなかったと断定できたのは何故か。一般的な教員では捜査の状況を深く知れたとは思えません」


 だから調べた、頚城先生がその時どういう立場だったのかを。


「頚城刑事……20年前、貴方は警察官だった。被害者が警察官の親族の場合、その警察官は公平性の観点により捜査から外されることがあると聞きました。貴方は捜査から外され、しかし尚独自に捜査していた。

 その結果、真相に辿り着いた……辿り着いてしまった」


 先生の顔はどんどん強張っていく。過去の後悔を再確認させてしまうのは本当なら心苦しい。だけどこれは必要なのだ。先生が前に進むためにも、そして僕らが進むためにも。


「人身売買、そして殺人」

「ーーーーーッ!!!」


 それを聞いて先生は溢れんばかりに目を開いた。


「いずれもボロが出ない訳がない。なのに事件は未解決になった。……貴方は目の当たりにしたんですね? 警察がそれを握り潰すのを。そして、自分の妻がそれを政治利用するのを」

「……………私には、何の後ろ盾もない私には何も、何も出来なかったんだ」


 先生がポツリポツリと語り始めた。


「全て少し捜査すれば分かったことだった。彼らの犯行はお粗末で、誰がやったかまでは簡単に特定出来てしまった。だが、私がそこに辿り着いた時にはもうそれでどうこう出来る次元になかったんだ」

「……………」

「妻の温情だったんだろうね。私は泣く泣く辞表を出すこととなった。命が惜しかった。一緒に捜査していた同期は被害者の女の子の父親でね。そんな彼が謎の変死を遂げてから、私はただ怯えて過ごすだけだったんだ」


 それはどんなに苦しい20年だったのだろう。犯人は分かっていて、でもそのうちの1人が自分の妻で、自分を守ってくれるはずの組織は敵で、同僚を殺され、警察の上にもさらに大きな悪意が巣食っていると分かってしまった。

 何も出来ず、何も変えられず、ただ心は縛り付けられたようにこの山へと向かう。たった1人懺悔するかのように山に入っては、いつもこの坂を前にして足を止めてしまう。


 僕も同じだからよく分かる。


「貴方は娘さんが既に亡くなられているのは分かってて、ずっとこの山に来ていたんですね。それは他でもない自分で捜査して分かってしまったから」

「………………君は、君たちは賢いな。それが私に残された生き甲斐だった。本当は毎日のように探したかったけれど、一方で見つけられないのも分かっていた。だけどね、あの子が亡くなった林間学校の時なら、見つけられる気がしたんだ」

「……………」

「合理的じゃないと思うかい? 私もそう思うさ。けれど、私にはもうこれしかなかった。捜査の情熱も、復讐心も、何もかも諦めてしまった私にとっては……これだけだったんだ」


 ポツリと溢す頚城先生。本当に寂しそうに彼は言う。父親としてやれるだけのことを全てやって、最後の最後に残された生きる意味を探して今彼はここに居る。


「どうして、ここまで調べる気になったんだい? 20年前の事件だ、もう気にしているような人間など誰もいないと言うのに」

「少なくとも娘さんは気にしてましたよ。だから僕はここに居る」

「………まさか、本当に娘はここに居るというのか? いや、そんな……まさか……」


 動揺する先生に、月潟は言った。


「世の中は不思議で満ち溢れてるんよ、センセ。そしてそれを信じることが第一歩かな〜」


 まぁ肝心なところで梅昆布茶を飲んでいるのだが……つくづく締まらない。


「おせっかいだったらすみません。でも僕は、このままで良いとは思えない。だからお願いします翠雨さま。僕のためだと思って、どうか、お願いします」


 坂の奥、闇の向こうに向かって僕は頭を下げた。この優しい父親と、あの優しい女の子がこのままで良いわけがないと思ったから。

 これはある種の賭けだった。でも、彼女はきっと……。







「お前は本当に愚かですね、ほの囮」

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